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飛空船、墜落

 飛空船が墜落していく。


「え、あれ、あれ?」


 あ、死んだ。


「大丈夫大丈夫私ならできるけどヴォルクさん呪わないでくださいね!」


 知るかバカ野郎。


 設定を、お前を信じた俺がバカだった。

 こんな形でゲームオーバーだってのか。


 せっかく、主人公に転生するための道筋が見えていたのに。

 やはり、時間をかけてリヴァイアサンを動かすよう説得すべきだった。


 後悔先に立たず。


「動いてええええええええええええええ!」


 カチカチカチカチとセレスがボタンを押している。


 せめて彼女のメロンを抱いて死ぬべきか。

 もしかしたら最高の死に際かもしれん。


 考えている間に、海面が眼下に近づいてきていた。


 せめてメロンを揉みながら死にたかった。


 と、諦めていたのだが、生きていた。


 ベヘモス3号は無事、海上すれすれを飛んでいる。

 徐々に、上空にも向かっていた。


「やりました、やりましたよヴォルクさん!」


 風防の反射面越しに、喜悦満面のセレスの顔が見える。


 ともかく、無事飛行できているようで、ほっとした。


「俺は信じていたぞ」


 不思議と、真っ赤な嘘が口から出てきた。


「ありがとうごいます!」


 セレスがベルトを外すと、振り向いて首に抱きついてきた。

 女子に抱きつかれるなんて、人生初だ。いやそれより。



 メロンが! メロンが!



 あと体と体が密着していては、その何だ。男として、危険だ。


「ヴォルクさんのおかげです。私一人じゃ、ずっと空へ飛びだせなかっただろうから! 本当に、本当に、ヴォルクさん大好き!」


 人生初抱擁に告白までされてしまった。


 何、俺もうすぐ死ぬの?


 ぎゅむー、と強く抱きしめられ、同時におそろしくやわらかいものも押し付けられる。



 天国も近い。



 いやマジに天国が近かった。

 風防の向こう側で、空飛ぶモンスター、翼竜が横に並んで飛んでいた。

 大きく口を開けて、空気を吸い込んでいる。

 もしかして、ドラゴンブレスを放とうとしていないか。


「セレス、セレス!」


 俺はセレスの背中を叩いて注意を呼びかける。


「はい、私、やりました!」


「違う! これに武装はないのか!」


「は? 飛ぶために邪魔なものは、何も」


 つまりないらしい。

 ようやく、セレスも振り返り、正面の翼竜のほうを見た。


「って、わああああああああああああああ!」


「とにかく逃げるぞ!」


「はい!」


 セレスが操縦桿を握り、左下へと機体を落とす。

 これにより、一時翼竜から離れた。

 翼竜は息を飲み込み、こちらを追ってこようとしてくる。


「あー、驚いた」


 セレスが息をつくのも、束の間のぜいたくだ。


「まだだ」


 俺は、記憶をたどっていた。

 あの翼竜は、翼が大きく胴が小さいタイプだ。

 また、皮膚の色は赤く、翼はコウモリのものと同じ。

 それらの特徴を備えるのは、<ルビードラゴン>。

 最高クラスの飛行速度を誇り、強力な酸の息を放つ。


 つまり、一時離れたところで、最高速度を出したところで。

 怪物は、距離を詰めてきていた。


 このペースだと、あと数十秒で追いつかれる。


「ヴォルクさん、私、空で、男の人と死ぬの、ロマンチックだなあ、って思ってたんです」


「待て諦めるな」


「しかも最期に夢を叶えられて。本当に、いい人生でした」


「待てって言ってるだろ」


「だってヴォルクさん、ただの呪術師じゃないですか! ろくに攻撃手段持ってないじゃないですか!」


「ああ、そうだ。俺は剣も使えない。槍も、弓も、ナイフも、魔法も、法術も、使えない。攻撃することもできなければ守ることもできない」


「いいんですよ、ヴォルクさん。私、満足です。もしかしたら私、ヴォルクさんのこと――」


「死ぬようなフラグを立てるんじゃない。大丈夫だ」


「だって、もう――」


「もう十分、近づいた」


 俺はスキル名を唱える。

 それで、ゲームと同じく、呪術は発動した。


「<地獄よりのデモンズチェイン)>」


 ゲームでは、行動阻害のスキルだった。

 スキルにより、ルビードラゴンの体から鎖が生える。

 鎖は、怪物の翼の根元を一瞬で縛り上げ、はばたけなくする。


 結果、ルビードラゴンを待つのは、墜落という運命だ。


 飛空船<ベヘモス3号>は、ルビードラゴンを彼方に置き去りにした。


 これで、一安心。


 というところで、再びセレスが抱きついてきた。


 今度は、首にでなく、頭だ。

 彼女のメロンに俺の頭が埋没する。


「私、本当に、死ぬかと!」


 俺はまさに今死にそうだ。


 予想以上に、乳圧が凄まじい。

 まともに息ができない。

 セレスの腕をタップし、離してくれるよう頼む。


「ヴォルクさん、ヴォルクさん!」


 余計絞まった。


 え、何、乳に殺されるの俺。

 ある意味幸せかもしれないが、すごい間抜けだ。


 やばい、意識が、遠のく。


 俺は必死にセレスの腕をつかみ、頭を離させた。

 思ったよりもたやすく、そうすることはできた。


「おま、俺を殺す気か!」


「あ、ごめんなさい。苦しかったですか」


「二重の意味で天国を見たぞ」


 俺はジェスチャで、セレスに前を向いて座るよう指示する。


 セレスはその通りにし、操縦桿を握った。


「今、どのあたりだ?」


「ゴウラム大陸の北部と思います。飛んできた方位と、山脈の様子から考えて、間違いないかと」


「じゃあ、トラムももうすぐだな」


 と、ここで俺ははたと気づく。


「これ、どうやって着陸するんだ?」


「着陸は簡単ですよ。逆噴射して推進力を減らしつつ、上昇エネルギーを減らしていけばいいだけですからね」


「発進の時みたいに危険はないな?」


「あれは落下して吹き込んでくる空気に負けていただけですから。二度、同じ失敗はしません」


「そうか。いや、そうだったな」


 何しろ天才技術士様だ。

 俺はセレスの頭をぽんぽんと叩いて、詫びる。


「んっ」


 セレスが急に、あえぐような声をもらした。


「どうした?」


 俺はセレスの様子を確かめるべく、彼女の肩越しにうかがう。


「いえ、別に。あと、近い、です」


「しょうがないだろ。一人乗りを二人で乗ってるんだから」


「そうじゃなくて! 息かけるように喋るのやめてください!」


「ああ、そうか。悪かったな」


 俺は顔を引き、息が直にセレスにかからないようにする。


「ほら、トラムも近くなってきたので、着陸しますよ」


「わかった。よろしく頼む」


 飛行船が減速していき、空が流れていく速度も減じていく。

 空中で浮遊状態に移項しかけていた時、


「ところで、私、オイル臭くありません?」


「いや、気づかなかったが」


 考えれば、科学と魔法の結晶が飛行船である。

 機械として、オイルを使っている。

 セレスがオイルを顔につけてからかわれる、というイベントも存在した。


 俺は鼻をひくつかせて、セレスの臭いをかぐ。


「ヴォルクさん、あんまりかがないでください」


「悪い。ただ別にオイル臭くないっていうか、なんか、いい匂いだぞ。何だこれ」

 セレスの首筋に、鼻をそわせる。


「ひゃっ、や、やめてください。そんな、だめ」


「何だ? 何か、香水でもつけてるのか? ほんのさりげなく」


「だめ、首、弱いんですう!」


 セレスが背中をそらせ、精一杯俺から離れようとする。

 同時に、カチリ、という音がした。


 直後、わずかに飛行船が上へ浮かんだかと思うと、落下し始めた。


 浮力を完全に切ったのだ。

 当然待つのは、再び落下する運命。


「セレスうううううううううううううううう!」

「ごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 二度失敗を繰り返してんじゃねーか。

 いや俺も悪いが。


 落下していく中、今度はベルトを締めていない。

 ゆえに飛行船と人の重さの違いで、俺もセレスも体が風防に押し付けられる。


「せめてさっきみたくお空で死にたかったあああああ!」


 死ぬこと確定みたいな発言するんじゃないと、思い、


「今呪い殺すぞ貴様ァ!」


 つい罵ってしまった。


 ともかく、そういう場合じゃない。


 セレスが押していたスイッチをもう一度入れるが、浮力は復活しない。

 リヴァイアサンから発進した時と同様のことが起きている。


 けれど、同じようにまた助かるとは思えない。


 何か呪術師ヴォルクのスキルで、助かるものはないか。


 何かないか何かないか何かないか。


 いや、ぴったりのスキルがあったじゃないか。



「――<愚鈍な秒針ディレイセコンド>!」



 飛行船は、周囲より遅い時間の中で落下する。


 運動エネルギーそのものは変わらない。

 もし叩きつけられれば、遅くなった時間の中とはいえ、車に轢かれたカエルと同じになる。


 ただし、この時の対象は、飛行船のみ。

 ゆえに飛行船と俺やセレスの間に、時間差が生じる。

 速く落ちるものと、遅く落ちるものとの関係が逆転。


 要は、ゆっくり落ちる飛空船に、俺とセレスは乗っているだけだ。


 俺とセレスは、シートの上に落ちる。


 あとは、タイミングを見計らって、飛び降りて逃げればいい。

 そうすれば死ぬ心配はない。


「ヴォルクさん、これは……」


「悪いが、<ベヘモス3号>はこのまま壊れる。だが、飛び降りて逃げれば、俺たちは助かる。それでいいな?」


「はい、もちろんです」


 俺は風防のボタンを押し、風防を開く。

 風防もまた飛行船の一部だから、ゆっくりと開いていった。


 俺とセレスは、風防と機体の間から抜け出る。

 そしてある程度の距離で飛び降り、すぐさま<ベヘモス3号>から走って離れる。

 墜落先は人気のない荒野だった。


 ゆっくりと<ベヘモス3号>は地面にその体を衝突させていく。

 そしてある程度のところで、火炎を吐き出し始め、爆発した。


 爆発の瞬間から、飛行船は飛行船でなくなり、時間の流れは周囲と同じになる。

 俺はセレスによって腕に抱きつかれながら、その様を見届けた。



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