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最終話


 人が強くなるためには、どんな方法があるだろう。

 体を鍛えるか、心を鍛えるか。


 俺はその両方を選び、自分を徹底的に強くした。


 迷いの森。

 水精の神殿。

 王立図書館

 古の霊廟。

 次元の狭間。

 他にもいろんなところで戦い、力を得てきた。



 旅の過程で、いろんな人たちと出会い、心を通わせてきた。


 セレス、ミュウ、エリー、シノンに始まり、本当にたくさんだ。

 腹黒い街娘、寂しがりの人形使い、間の抜けた女海賊、呪われた仮面の剣士、敬虔な邪教の巫女、サディストのモンスターテイマー、優しすぎる魔人、木石のごとくなったエルフの姫、俗っぽい賢者、騙されやすい女将軍、人嫌いの占い師、大雑把な鍛冶師、老練の召喚士、倦んだ観測者。

 たくさん出会ってきた。

 たくさん衝突してきた。

 そして、理解しあってきた。

 間違いなく俺の糧となった。



 俺の体も心も充実した時。

 グアガの刺客に対し、俺は啖呵を切って戦いを仕掛けた。


 結果、世界の終わりは始まった。


 もはや一刻の猶予もなかった。

 世界が始まった場所から世界は収縮していく。

 その終わりは終焉の都に向かっていき、中心部で、世界は粒子となり、消滅する。

 そしてまた、始まるのだ。

 同じ歴史を、同じ時間を、同じ運命をたどる。


 だが人々は、続きを望んでいる。

 

 世界中が力を合わせ、続きを欲していた。


 この終焉の都の突入にあたって、今まで出会ってきた者たちが力を貸してくれたのである。


 だから俺は今、ここに立てている。

 終焉の都、その最奥の部屋のすぐ近くに、ほぼ無傷でいることができている。



 そばには、セレスがいてくれた。


「ヴォルクさん、いよいよですね」


 彼女は乗っている魔導鎧のハッチを開け、顔を出す。身体能力が優れているわけでも特別な術が使えるわけでもない。ただ彼女の技術の結晶が、全高二メートル半の巨大な魔導鎧である。操作の複雑さゆえに彼女以外に扱えないが、そのスペックは王国が誇る四聖にも匹敵した。

 何より、終焉の都で壊れずにここまで来ることができた。

 もはやリオンたちに遜色ないほどである。


 しかし魔物との戦いでダメージがないはずもないし、修理もろくにできないのだ。すっかり見た目は傷つき、挙動に時々ぎこちなさが出ていた。


「ああ、急ごう」


 ここまでで、たくさんの者を置いてきた。その思いを無駄にはしたくない、できるはずもない。

 俺が十メートルはあろう扉に手をかざすと、扉は床をこすって開いていく。

 その途中、セレスが魔導鎧を操作し、振り返らせる。

 行くべき方向が、逆だ。


「セレス?」


「すみません。私もどうやら、ここまでです」


 重い足音が、近づいてきていた。

 大回廊の薄闇から、魔物が迫ってきている。

 <終焉を告げる獣アポカリプティック・シン>。

 王冠を戴く八首の竜がやってきた。

 この魔物は、途中仲間たちに任せてきたが、足止めが叶わなかったらしい。


「行ってください」


「バカいえ。今度こそ、俺も――」


「だめです!」


 強い否定がきて、俺は戸惑ってしまう。


「ついていけなくて、すみません。けど、ヴォルクさんだけは、万全の状態でないといけないんです。それはすでに、話し合ったこと。みんなで決めたことです。でしょう?」


「決して死なない、死なせない。それもまた、決めたことだ」


「しょうがない、ですね」


 セレスは力なく笑うと、駆動鎧に収まりハッチを閉める。

 俺も迫りくる獣に対し手をかざし、構えた。

 すると不意に、セレスが駆動鎧の腕で俺をつかんだ。


「なっ!?」


 突然のことで、逃れる、ということさえ考えられなかった。

 さらに<懺悔の間>に向けて投げられては、抵抗も何もない。


 俺が懺悔の間に入ったことで、開いていた扉は止まり、閉まり始める。


「セレス!」


 俺は地面に足をこすってブレーキとする。だが一度止まりきり、また走っていく中で、扉はほとんど閉まりそうになっていた。


「何のつもりだ!」


 実際は、訊かなくてもわかりきっている。

 それでも訊かずにはいられなかった。


 駆動鎧はこちらを少し振り返っただけで、すぐに背中を向けた。

 わずかに、届かない。

 投げられて勢いが止まるまでがとかく、遅かった。それに、懺悔の間の長い距離も問題だった。

 どうあっても、戻る前に扉は閉まってしまう。

 あちら側からの操作がない限り戻れない。行ったらそれまでの仕組みとなっている。


「ああ、その前に一言」


 駆動鎧の発声機越しに、セレスの言葉を俺は聞いた。


「愛してますよ、ヴォルクさん」


 まるであいさつのごとく軽い告白。

 初めてまっすぐ、言われた言葉だ。

 扉は完全に閉まり、俺が殴ったところで、扉はびくともしない。

 向こう側は見えもしなければ、音が聞こえもしない。


 俺は扉にすがるように膝をつき、その場に留まる。


 一体、何なんだ。

 俺は、リオンとして生まれなおすべく、ここまでやってきた。

 だがここにきて、やめておけばよかったなどと考えはじめている。


 なぜだ?

 もうすぐ願いが叶おうとしているのに。


 そして、気づく。


 俺の本当の望みは――、つい先ほどまで叶っていたのだ。


「はは、なんてバカなんだ、俺は」


 再び、立ち上がる。


「自分の願っていることは必ず実現するってのは、ほんとだな」


 かつて占い師が俺に告げたこの世の真理を、実感する。


 実のところ一つ、ずっと迷っていたことがあった。

 いや、迷っていたことにさえ気づかなかった。見ないふり気づかないふりをしてきたのだ。

 だが迷いは見え、その答えもすでに出ていた。

 思うにこれまでずっと答を出す準備もしてきたのである。


「さて」


 俺は後ろを振り返らず、最奥の部屋、グアガが待つ部屋、<浄罪の間>へ歩き出す。


 すでに意気は満ちていて、体も万全。


 懺悔の間と浄罪の間を隔てる扉に立ち、手をかざす。

 すると扉はゆっくりと開いていき、浄罪の間の姿が明らかになる。


 半径が五メートルありそうな太いガラスの円柱を中心として、血管のような緑の回路が床に、壁に、天井に、光って浮いている。円柱の中には光球が一杯となっており、徐々に、収縮していっていた。

 円柱の足元には、操作盤らしい機械と、玉座のようなイスがある。


 俺が浄罪の間に足を踏み入れ、扉と玉座の半ばほどまで近づいた時だった。

 イスが回転し、こちらを振り返る。


 青年が、イスには座っていた。線は細いが筋肉はついており、立ち上がったその姿には戦う者特有の芯がある。

 それでもその表情はすっかり疲れ果て、顔色も悪い。

 かつて真っ直ぐで正義感にあふれた好青年の面影は、もはやほとんどない。

 世界の闇に、さらされすぎたのだ。

 人の業に、振り回されすぎたのだ。



「ここまで来た時は……」



 青年、グアガは、ぼそぼそと喋る。



「リオンが来てくれるものと、そう思っていたよ」


「それは悪かったな」


 俺は立ち止まったまま、グアガと話す。当然ながら、俺はグアガがこれから何を話すのかは知らない。

 少しだけ、興味をひかれたのだ。


「だが、知った。リオンは、来ないんだね」


「だから何だ。俺が、お前を止める」


「もし僕を止められるとするなら、彼以外にありえない。まして、罪深い呪術師というのは、ありえない。僕はね、世界の真実を知ったんだ。この世界は悲しく哀れなばかりなのだと知った。すでにもう、どうしようもない境地に立たされている――」


「ああ、もういい。十分だ。その先は知ってる」


 俺は戦闘を始めるべく、手をかざす。


「要は自分が辛すぎるから大勢を道連れにするつもりで、けれど気が咎めるから本当は誰かに止めてほしかった。誰かがお前のことを想って止めてくれると願った。王国の四聖として世界を想ったお前は、報われない悲しさと、八つ当たりの罪悪感の板ばさみになった。そうだろ」


 ラスティ・グアガ。

 何度もリオンたちに立ちはだかり、使命と倫理観の間で苦悩した果て、世界をリセットすることにした青年。


「お前のことなんかどうでもいい。だが俺はお前を止める。これは決定事項だ」



 グアガはうつむいていたかと思えば、広間に反響するほど高笑いする。


「そうだね。僕も、きみのことなんかどうでもいい。けど、その人を呪うことしか知らない口を、止めてあげるよ」


 グアガは虚空から、宝剣を抜き出す。

 宝剣は、玉座のイスの背もたれをたやすく切り落とし、さらに空を割けば風の刃が俺の皮膚を切り裂いた。


 宝剣の名は<無明>。

 金属ながらまったく光を反射しないのが見た目の特徴。

 性質としての特徴は、何にも破壊されず、何であろうと斬る。

 その剣自身さえ斬れるのか斬れないのかは、己を斬ることが物理的にできない以上、確かめられない。そんな矛盾の塊めいた剣だ。



「さあ、さっさ始めて、さっさと終わらせよう」


 グアガは剣を斜めに構え、こちらをにらみつけてくる。


「世界が終わる前に」



 もはや言葉は不要だろう。

 俺は仕留めるつもりで、スキルを発動する。

 すでに、グアガの敗北は確定している。



「<死神の夜想曲リーパーズノクターン>。


 死神の舞踊のさらに深奥。

 尽きることなく死神が、対象の魂を奪いにくる。

 グアガには当然ながら、即死耐性がある。だが高速の鎌には、それだけで動きを阻害する効果がある。体の意志伝達を妨げるのだ。

 さらに死神の壁が、守りにもなる。

 その間俺は組み立てていたスキルの発動をするべく、口にする。


永遠のエンドレス――」


「――<重刃カマイタチ>」


 死神たちが、100や200に体を引き裂かれた。


 重刃カマイタチは、ただ一振りが何重となく風刃となるグアガの技。

 しかしあの様を見ると、一体いくつ刃が重なっていたのか。


 俺は死神の陰に隠れたグアガを視認するべく、右に動く。

 瞬間、まばゆい光がグアガのほうから発せられる。

 左に衝撃じみた風が吹きすさび、俺の左腕をずたずたにする。


「<雷閃スピア>――」


 技を告げる声が、実際の攻撃から遅れて聞こえた。

 目でとらえきれないほど速く、グアガは突進を行ったのだ。

 それゆえの光や突風だった。。


 先ほど右に動いていなかったときどうなっていたか、考える暇はない。


 すぐ振り返り、スキルを発動しきるのだ。


「<分身デュアル>」


 俺が必死に振り返る時、グアガは別の技を使うことを優先していた。


 グアガは、四人に増える。

 実際に増えたわけでなく残像のまやかしであるが、俺を取り囲み、一様に突きの体勢を取りつつあった。


 どれかが本物。

 しかし偽物にスキルを使えば、雷閃が今度こそ直撃する。


 迷っている時間さえ惜しい。


 勘で一番右のグアガに、スキルを発動する。


「――<永遠の牢獄エンドレスナイト>」


 膨大な魔力を消費し、全身が絞り上げられる感覚に陥った。


 それだけに、強力。

 時間が停止した空間に相手を捕える呪い。



 俺は後ろに吹き飛ばされていた。

 直撃、と驚かされたがそうではなかった。

 確かに俺は4分の1の確率を当て、グアガは時間停止に追い込まれていた。が、その攻撃の余波までは止め切れなかった。余波である突風だけで、俺を吹き飛ばしたのである。


 それでも俺が慌てて立ち上がるまでもなく、グアガは突きの体勢で停止していた。


 二度目の雷閃は発動していたが、刹那、届かなかったのである。


 さすが最後の敵、といったところか。


 俺は息を整え、ゆっくりとグアガのほうに近づく。


 こうしている間にも、時間停止という埒外を実行しているがゆえに魔力を消耗していっている。

 歩くのも辛いが、早くとどめを刺す必要があった。

 俺はやっとグアガのそばまで来て、手をかざす。

 これで最後だ。

 禁忌の呪術で、神の領域へ踏み込んだグアガを終わらせる。



「<始原の混沌カタストロフィ>」



 時空の渦によってグアガの姿が歪み、捻れ、球となっていく。

 球となった後も小さくなっていき、まもなく消失した。


 これで、終わり。

 あっけないようで、魔力を消耗し尽くした手前、ひどく疲れた。


 後は仕上げに、世界の終焉を操作盤で止める。

 ただイスに座り、念じるだけでよかったはずだ。

 俺は踵を返し、イスのほうに向かって歩く。


 そして、ありえない声を聞いた。




「<神剣エクストラ>」




 俺は声を発そうとして、うまくできなかった。



 消えたはずのグアガが、次元を切り裂き、切れ目から姿を覗かせていた。

 やつとてひどく傷ついていたが、それでも、まだまだ戦うことができそうだ。それだけの力が、眼に宿っていた。

 さらに剣を振るい、虚空に切れ目を作って、この世に帰ってくる。


「呪術師風情が」


 グアガは体のあちこちから血を流している。

 あちらは満身創痍で、こちらは魔力が尽きかけていた。



「僕を、止められはしない」


 雷閃が、俺の胸を貫いた。



「ヴォルクさん!」



 悲鳴のような叫びが聞こえた。

 俺はグアガの肩越しに、そいつの姿を見る。



 何だ、お前。

 足、骨折してるのか。

 それに目、ちゃんと見えてるのか? 血だらけじゃないか。

 自分の敵を倒したら、じっとして助けを待ってればいいのに。


 どうして、ここまで来たんだ。

 なあ、セレス。


「なぜ……」


 グアガが俺から剣を引き抜き、セレスを振り返ろうとする。

 俺は剣が引き抜かれたところで、グアガの手を右手でつかみ、止めた。セレスに攻撃するのを恐れたのだ。

 だがグアガのほうこそ、震えていた。


「何にお前、びびってるんだよ……」



 この場にいる三人ともが傷ついているが、一番動けそうなのはグアガだ。


 怯えるべきは、俺やセレスのほうだというのに。



「お前は、穢れた、腐った、呪術師のはずだ」


「だか、ら?」


 びたん、と音がする。

 セレスがこけたようで、かつ、うめいていた。

 だから動かないほうがいいってのに。

 俺は、より強く、決して逃がさぬよう、グアガの手を握る。



「なぜあの娘は、ああまでする」



 セレスは這う動きで、こちらに来ようとしていた。

 目を涙で一杯にして、歯を食いしばっても、来ようとしている。



「操るにも限度がある! 強い心を操ることはできはしない! 貴様、一体どんな恐ろしい術をあの娘にかけた!」


「ふざ、けんな」


 俺はグアガの手を握りこみ、骨を軋ませてやる。

 グアガが剣を落とすのにも、うめき声を上げるのにも構わず、告げた。


「誰が好きな女に、そんな真似をする」


「くそ、離せ、離せ!」


 グアガは剣を手放し、俺の手を振り払う。

 よたよたと後退し、セレスのほうに向かっていきそうだった。


 俺はグアガに追いすがり、やつの首を引きつかむ。喉奥から血を吐きながらも、問いかける。



「ほら、どうした。何が怖い。この胸の穴が、お前には見えないのか?」


「やめろ、僕に、話しかけるな」


「俺に、セレスがいることが、恐ろしいか? それとも、お前に、リオンがいないことが、恐ろしいか?」


「呪われた言葉を吐きつけるんじゃあない!」


「てめえがてめえ自信を呪ったんだろうが!」


 グアガが、殴りかかってこようとしてきた。

 俺は殴られる前に殴る。

 拳の速度というよりい、気持ちが決まっていたかの差だったと思う。


 グアガは俺を殴れず、後ろへ吹っ飛んだ。


 そのまま、やつは床に倒れ伏せたままで、すすり泣く声が聞こえた。


「僕は、このまま、一人……終わるのか……」


「ばか、終わらせるか」


 俺は立っていられず、膝をつく。

 決着はついた。それゆえに、気が抜けたのだ。


「むしろここからが始まりだ。生きつづけてれば、自然とお前もわかる。諦めるな、手放すな、逃げるな」


 俺は風穴が開いた胸を押さえながらも、なんだか笑えてきた。


 グアガもまた、口元だけで笑っているようだった。


「そうか。きみこそが、僕の待っていた人だったんだな……」



「ほんとにわかってんだかな、お前……ともあれ、仕上げと行こうじゃあ、ないか」


 俺はがくつく足で、もう一度立ち上がる。

 玉座まで持つかどうかさえわからない。

 けれど、絶対に寄り道をしておく必要がある。

 いや、せめて、声くらいかけておきたい。


「おっと、セレス」


 俺は努めて軽い調子で、話しかけた。


「忘れて、たぞっ」


 途中、咳き込んでしまい妙な口調になってしまう。

 セレスは相変わらず這いつくばった体勢だったが、こちらをにらみつけてくるだけの気力はあるようだった。


「こんな時にまで、照れなくってもいいと、思うんですけれどね」


「まあ、そこで待ってろ。すぐ、出口まで、転送させてやるから」


 俺は、ほとんどつんのめるように歩いて、玉座までなんとかたどりつく。

 イスに座ることで、ようやく一心地ついた。

 しかし、痛みが消えて寒気のみというのは、いよいよ危うかった。


 座って間もなく、イスに張り巡らされた回路が励起する。

 古代文明の遺産のシステムは、脳内に直接話しかけてきた。


 一音一音が合成されたような女の声であり、


『遺伝子情報及ビ魂ノ情報識別中――クリア。ヨウコソ、ヴォルク。我々ハアナタヲ歓迎シマス』


「さっさと、済ませるぞ。……まずは防衛機能を、すべて停止。次にここにいるすべての人間をワープ機能で外へ」


『承知イタシマシタ。シカシ』


「何だ」


『ヴォルク、アナタヲワープサセルコトハ、不可能デス。我々ハ権能者ガイテコソ、動クコトガデキルモノデス。アナタヲ除くスベテノ人間ナラバ、可能デスガ』


「知ってる。それでいい。さっさとやれ」


 背後、セレスが話しかけてきた。


「あ、えっと、ヴォルクさん」


 俺は、振り返ることができるだけの力が残されていなかい。


「何だ」


 ただそう返事することしか、できない。



「待ってますから」


 ただ一言を残し、


『ワープ、完了シマシタ』


 セレスは安全圏へ飛んだ。


 彼女がいなくなったことで、俺はようやく愚痴をこぼせる。


「あー、死ぬ」


 俺はちゃんと座っているのも辛くなり、だらりと体を横にする。イスからずり落ち、床に寝そべることになった。


『ヴォルク』


「なんだクソAI。どうせ治療機能も持ってないくせに」


『イロイロト我々ノコトヲスデニ知ッテイルヨウデスネ。是非参考ニシタイトコロデスガ、ソノ前ニ一ツ疑問ガアリマス』


「早く言え、死ぬぞ」


『マズ、ト、次ニ、トアナタハ我々ニ命ジマシタ。デハ最後ノ命令ハ?』


「そうだな。その命令のために、ここまで来たんだ。いいか。創世実験は中止、力場を反転させて、消え去ったあらゆるものをこの世に戻せ」


『承知イタシマシタ。タダシ、警告事項ガ一ツ、ゴザイマス』



「ここが消滅するんだろう」


『ヨク、ゴ存知デ』



「大丈夫だ。さっさとやれ」


『理解ノ上トイウノナラ、我々ハ権能者ニ従ウノミ』



 警告音が、贖罪の間で鳴り響く。


『カウント、600秒……。残リ、590秒……』


「さっさとしろ」


『カウント、省略シマス』


 部屋の中心の円柱が震えはじめ、甲高い高音を発する。


 光球が膨れ上がり、世界を満たしていく――。



『地獄デ会オウゼ』



 誰がそんな言葉を入力したんだ。

 開発者のセンスが最悪というほかなかった。


 驚くことに、これが死のうって時に思い浮かべたことだった。





 * * *




「ほらほら、起きて起きて!」


 少年だか少女だかわからないガキが、俺の腹の上に乗って体を跳ねさせている。跳ねるたびにかかる圧迫感は不快だし地味に痛い。


「とっととどけ、クソガキ」


「よーやく起きた!」


 ガキは満面の笑みを浮かべる。

 そうかと思えば、親指を立てた状態で俺の眼前に持ってきて、


「ないすげーむ!」


 と言う。


「……なんだお前。いや、見覚えがある、知ってるぞ。お前は」


「どーでもいいじゃんそんなの! とにかくお祝いだよ、こんぐらっちゅれーしょん! あ、ズ、って複数形にしなきゃいけないんだっけ? まあまあ細かいこと気にしない!」


 やかましい。


「いいからどけ」


 俺は体を起こし、ガキを体の上から動かす。

 それから周囲を見回し、広い部屋であることや、石造りである一方、垂れ幕や絨毯、玉座に至るまで暗いトーンの内装となっているのを把握する。

 知識と結びつけた結果、ここは<時計城>の最奥だと気づいた。

 裏ボスにして最強最悪の敵・<調律者>が待ち構えている。


 ――はずなのだが。


 いるのは俺と、さっちゃんとか名乗るガキのみだ。


 いや待て。


 名乗ってなんかいないぞ。


「お前……何者なんだ」


 俺が問いかければ、ガキは困ったような顔をして、悩むように歩き回る。


「もう、何百回目だよ。めんどくさいなー、でも最後だし、いやでもめんどくさい」


「いいから答えろ」


「だめでーす、答えてあげませーん」


 ブチ、と俺の中で何かが切れた。俺が座った状態から立ち上がって、ガキに灸をすえてやろうとした時、ガキのほうから問いかけられる。


「答えを出すのはきみだよ。晴れて、ラスボスを倒し、選択権を得たわけだ。いやあこちらの力不足もあって申し訳なかったけど、いいゲームだったし、結果オーライ?」


「ゲームじゃ、ないだろ」


「へ?」


「痛みもあれば、自分で考えて動く人間たちがいた。あれは、あれは一つの現実だったし、虚構や遊びじゃない」


 ガキは目を丸くしてから、微笑む。


「そうだね。ボクが手を加えて構築した世界とはいえ、世界は世界だ。少し、かなり、とっても、すごく、うれしいよ。けど、ここであまり話すことは理に反する。ボクはただ選択を提示するのみの役としてここにいる」



 ガキが指揮棒のごとく指を振るう。

 すると俺の前に、青白い文字列が上下二つ、浮かび上がった。



 上が『New Game』。


 下が『Continue』だ。



「さあ、きみが望んだほうを選ぶといい。指先で触れれば、選択完了。くれぐれも、押し間違えないようにね」



 俺の心はとっくに決まっていた。


 迷いはなく、ためらいも余韻もない。



 そして俺は、二度目の選択をした。




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