本当の願い?
「終わったぞ。入ってきたまえ」
俺はまだ吹っ飛ばされた衝撃を体に残しながら、フェミナの私室に入る。
セレスの造った空中エレベータでもって飛空船に戻ってきた俺たち。
ミュウからは行方が転々とした俺たちに対し文句があったが、それはともかく。
さっそくシノンにフェミナの状態の確認を頼んだまではよかった。だがフェミナの服がむかれていく場面に同席したのがまずかった。セレスに吹っ飛ばされ、俺は通路でシノンの診断が終わるまで待っていた、というわけである。
俺が部屋に入ると、シノンは白衣のポケットに両手を突っ込んで、ベッドのフェミナを見下ろしていた。
彼女のほか、セレス、ミュウ、シノンも同席しており、シノンの後ろに控えるかっこうだ。
フェミナは、リオンPTの一人で、ハーフエルフの弓使いである。
補欠メンバーではあったが、俺よりも基本的な戦闘能力は高いはずだ。
彼女が復活すれば、終焉の都攻略に向けて大きく前進する。
俺は期待を持って、シノンの判断を待った。
「ヴォルク。結論からいえば、だ」
「おう」
「彼女は治療できない」
「……冗談だろ?」
「きみは病気や呪いの類と表現したが、そんなものではない」
ミュウが、シノンの言葉を継ぐ。
「ミュウが、半分死んでいる、と表現したのを、覚えているかにゃあ?」
「それが正解だ」
シノンは俺のほうに向き直り、言う。
「このハーフエルフの娘は、半分死んでいるのだ。魂が、欠損している」
「なんだそれ」
「どうもそのようです」
シノンの向こうに控えていたセレスがおずおずと発言する。
「シノンさんに頼まれて、魂を見れるというモノクルを試作しましたが、人間の魂と呼ぶには、あまりに炎が小さかったのです」
セレスの手には、それらしいモノクルが載せられていた。
俺はそれをもぎとるように奪い、モノクル越しにシノン、セレス、そしてフェミナを見た。
シノンやセレスが拳台の青い炎が心臓部分に透かし見えるのに対し、フェミナはロウソクの火ほどの大きさだった。
さらにシノンが、付け加えにくる。
「モノクルが完璧でない可能性もある。が」
今度はエリーが、絶望の情報を提供してくれる。
「医学的観点からも、フェミナさんが半分、いやほぼ死んでいる、と、いわざるを得ません」
俺はモノクルを外し、彼女たちの顔をよくよく見つめた。
俺をみんなでからかっている様子はなく、あくまで真剣だろう。
「俺は、リオンたちを、治せるというから、ここまで……」
「その可能性に過ぎないと、きみもわかっていただろう」
「けど――そしたら俺は」
どうやってグアガを倒せばいいんだ。
道が、閉ざされている。
「ヴォルクさん、何か、方法がありますよ。ね? 大丈夫です。私たちも手伝います。だからそんな顔せず――」
「うるさい」
俺はセレスのはげましを、拒絶する。
終焉の都ではレベルが99のモンスターとの遭遇も珍しくない。
そもそもリオンたちがいたところで全滅のリスクがある場所だ。
一体、あの手紙の主は何を思ってエサをぶらつかせたのか。
グアガは、倒せない。二周目に行けず、ラスボスも倒せない。
俺はこれから、どうすればいい。
足は自然と、フェミナの私室を飛び出し、デッキに向かっていた。
「ヴォルクさん!」
セレスの声が追ってくるが、無視した。
飛空船の甲板に出て、舳先に向かった。
先端には女神像があり、それに登る。
すぐ足元には雲海があり、同時に風が吹きすさんでいた。
ここから落ちれば、死はまぬがれない。
「ヴォルクさん! 危険です、下りてきてください!」
振り返れば、甲板にセレスが追ってきていた。
さらにシノンもやってきていて、エリーも心配そうな顔つきで立っていた。
「どうせ、意味がないんだ」
俺は言う。
「すべてはゲームで、どうせ元が死んだ身なんだ。だから」
意味がなくて、どうしようと同じ結果が導かれる。
俺はリオンとなれることはなく、徒労に終わる。
ならばここで死んでも、徒労の果てに死んでも、同じことじゃないか。
ヴォルクとしてこの世界を生きていて、何の意味があるのか。ヴォルクとして生きているのは、リオンとなるためでしかない。
その目的が達せられなかったとき、意味は喪失する。
俺が、死への旅立ちの一歩を踏み出そうとした時、
「バカ! 人は、空を飛べないんですよ!」
セレスの叫びに、俺は目を丸くする。
彼女が当然のことを言うのは奇妙で、しかし彼女は泣きそうな顔だ。
ふざけているわけではない。
「とち狂いましたか! あの日、私を空に連れ出してくれた日! 人は空は飛べないかもしれませんけれど! 飛べなくても、歩み、工夫してきたことで結果を出せるのだと教えてくれた人が、どこへ飛ぼうというんです!」
別に、そんなことを教えてやったつもりはさらさらない。
ただ、当たり前だ。人は空を飛べず、技術と年月を積み重ねてきた飛空船によって初めて空を飛ぶことができた。
「ヴォルクは、一人じゃないにゃあ?」
ミュウが慈母のような笑みで、俺を諭しにくる。
「ミュウにはヴォルクがいて、ヴォルクにはミュウがいるにゃあ。全部一人で抱え込む強さもあれば、誰かと一緒に抱え込む強さもあるんだにゃ。そんなこと、ヴォルクにはわかってるはずにゃ?」
一人じゃないだって。
そんなことは、知っている。
知っているはずだったんだ。
「ヴォルク様のやってきたことに、意味がないということは決してありません。私は、あの暗く湿った場所から助けだしてもらいました」
エリーが甲板の激しい風を受けながら、真っ直ぐ立とうと努めて、言う。
「諦めるなと、強くおっしゃっていただきました。ですから、私からも言わせていただきます。諦めないでください。あなたの目指す道に、たゆまぬ歩みを。あなたの望みには意義があり、きっと叶えられるものですわ」
信じられなかった。
ずっとそうだったんだ。自分で自分を信じられなかった。
呪術という力を得たにも関わらず、実際のところわかりやすいリオンたちの力をあてにしていた。そのあてが外れてしまい、そのショックで、つい暴走してしまったんだ。
俺には、ちゃんと力があるはずなのに。
「きみの真の望みを、見失うな」
シノンが、相変わらずの無表情と淡々とした口調で、言う。
「リオンたちを治すことか? 違うだろう。グアガを倒すことであり、おそらく、もっと先に真の望みがあるはずだ。自棄になるのもわかるが、きみの叶えたい望みというのは、この程度で揺らがぬはずだ。ゴルドランドで見せたきみの姿は、そうではなかった」
俺の本当の望みは、リオンとして生き、満足することなはずだ。
けれど、これが本当の望みだったのか?
それに、ゴルドランドで、いやこれまでがんばってこれたのはなぜだ。
どこかでリオンたちが復活できないと考えていたのではないか。
それでもここまでやってきた。
わからない。
俺の目的がグアガを倒しリオンとなることは間違いない。
だが、もっとこの望みには本質的なものが隠されているのではないか。
そういえば、なぜ俺はこのゲームが好きで、リオンが大好きだったんだっけ。
思い出せないというか、もともとはっきりした答えがなかった。
ただ、そのはっきりしない答えの中に、俺の本当の望みがある気がした。
真の望みはまだわからない。
しかしもう、破滅的な気持ちは、すっかり消えてしまっていた。
「シノン。エリー。ミュウ。そしてセレス」
俺は女神の背中から、甲板に向かって歩く。
「……すまん。迷惑かけた」
「どうせ飛び降りなかったろう、きみは。ただまあ、自棄になるのであれ、もっと違う形で取って欲しいものだね。何なら私が自棄を向ける相手になろう」
「本当に、心配しましたわ。薬師としても、きっとあなたの助けになりますので、どうかもう二度とこのようなことをなさらないでください」
「ふふん、貸しだにゃあ。ヴォルクには借りがあったけれど、これで完全に逆転にゃ。簡単に返せるかは、ヴォルク次第だにゃあ?」
「まったく。ヴォルクさんはネガティヴで困ります。私がきちんとそばにいなくてはいけませんね。大丈夫、軟弱なヴォルクさんでも扱える武器を今に開発しますので」
俺は甲板に降り立って、気恥ずかしさから後ろ頭をかく。
彼女らと関わったのは、俺の勝手な都合によるものでしかない。
ただこうして、言葉をもらい、助けてもらえるのは、
「ありがとう」
と、思う。
彼女らが笑うのは、見なくてもわかった。
さて。
俺は、もっと強くならなくちゃな。
そして、グアガを倒すとしよう。