墓前にて
俺はシノンに手を引かれて歩く形で、浜辺を歩いた。
絶対逆なはずなのに、どうしてこうなった。
別に積極的なほうでなく、俺は消極的な人間だ。
それでも、これは違うだろう、と思わざるを得ない。
「おい、シノン」
「なんだい?」
「逆だと思うんだが。俺が手を引いているのが正しいはずだ」
「何をおかしなことを言ってるんだきみは。ここの地理に明るいのか? 行く先を言ってきみにわかるまい」
それはそうなのに、感情が邪魔をしている。
あとやっぱりよくよく考えていると、どうも話がずれている気もした。
砂浜が途切れ、岩礁地帯となり、そこを抜ければ、小さな山を、海岸線伝いに登っていくことになった。
だんだんと立つ場所と、飛沫立つ海面との差が開いていく。
それにシノンが案内する道は、崖に接している。
自然と、鼓動は早まるわけだが。
吊橋効果を思い、しかしやはり逆だという思いが頭を離れない。
一体どうなってやがる。
かつてない危機感が、俺を襲っていた。
「……それはそうとして、どこに? それに、どういうつもりだ?」
「きみに私という人間を知ってほしくてね。あとは、私が自分という人間を再確認するため、かな」
シノンのかっこよさに、俺は胸が震えそうになった。
……だから逆だろうが。
「お前、女だよな?」
「体的には間違いなくね。確かめたいのかい?」
「そんなことはいってねーよ」
まずい、顔が熱くなっている。
だから逆、逆!
「ついたよ」
そうシノンが言った時、俺たちが到着したのは、周囲から張り出した崖だった。
二時間の最終盤にたどりつくべき場所だろうか。
その張り出した崖の先には、丸太が十字に組まれた墓標があった。
シノンは、その墓標の前に立つと、自然と手を離してくれた。
「ここは? 誰の墓なんだ」
「さあ。誰かな。知らない」
「知らないやつの墓参りか。魂とか死者の世界とかの研究者ってんなら、まあ関係あるだろうと思わなくもないが」
「ここはね。ゴルドランドで死んでいった者たちの墓なんだ」
「共同墓地か」
「全員まとめての、ね。もっとも、ここに亡骸は埋まっていない。みんな、海に流されるんだ」
「なるほどな。まあ、あのベインなら、埋めるなんてこともしないか」
「別段思いいれがあるわけでもないけれど、ここに来ると、頭がはっきりしそうな気がしたんだ。その時でしか話せないこと、説明できないことがあると思ったから、きみに来てもらった」
それにしても、共同の墓の前でする話、か。
楽しい話では、ないだろう。
「なあヴォルク。魂とは、何だと考えている? 死後の世界は、地獄と思うか?」
ゲームでは、さてどうだっただろう。
魂はあったし、死後魂が行く場所もあった。
魂は流転し、死後の世界から再び巡り巡って地上にやってくる。
そのサイクルとラスボス・グアガが関係もしていたが、ゲーム上説明が込み入っていて、プレイヤーの理解を拒んだものだ。
「魂とは、そのまま人間の根幹をなすもの。その人間の在り方や考えの核を決定づけるもので、流転するもの。死後の世界は、さてな。その記憶を持つ人間はかつて地上にいないんだろ?」
大まかに、俺はこの理解で正しいと思っていた。
さらに詳しい説明もできるが、主旨はない気がした。
「そうだな。いろいろ言いたいことはあるが、正しい。正しいが、私の疑問に答えてくれない」
「お前の疑問ってのは、何だ」
「わからない」
「はあ?」
「わからない。ただずっと、育ての親だった祖父が死んでから、私の興味は、ある疑問に向いていた。魂に、死後の世界。流転のサイクル。これらに関係するにせよ、うまく、ずっと言い表せない」
疑問がわかれば、問題の大半はすでに解けている。そう主張したのは誰だったのか。
ならばシノンは、答を出す道のりで、本当に半ばにいるのだろう。
「じいさんが死んで辛いのか?」
「あいにく、悲しいという感情をそのとき持ち合わせなかった」
「人はなぜ死ぬのか、とかか?」
「人は死ぬのはそういうものだからだ。不滅なものがこの世にないように」
「世界の真理を知りたいとでも?」
「近いが、それは魂や死後の世界以外にも向けられていて然るべきだ」
俺の出す答えも、適当なものだ。
シノンはそんな俺の答えを、次々綺麗に切り捨てていく。
別段がっかりもしなければ、躍起にもならない。俺が答えを出せるなどとは、思っていなかった。
「じゃあ、じいさんを蘇らせたい、とか」
シノンが、初めて言葉に詰まった。
「……興味深いね」
「マジか」
「いや、それが答えではない。私の追い求めた疑問ではない。ただ、なんというか、そうできたらいいと思う。ただ、すでに祖父の魂は流転してしまっているだろうから、絶対に無理だろうけどね」
「ふうん」
ともかくそれはシノンの疑問で、俺の疑問ではない。
それに俺が頼まれたのは、ここまで一緒に来ることだ。シノンが話したかったことについて俺が理解できたかはともかく、これでシノンの協力を取り付けられる。
「それじゃそろそろ、戻ろうぜ。冷えてきたし、話は終わったろ?」
俺が何の気なしにシノンを見た時、彼女は涙を流し、指先に乗せて空中に散らしたところだった。
言葉を、失う。
「ん? ああ、すまない」
シノンが泣いていた痕跡は、もはやどこにもない。彼女の表情は平静の無表情そのもだったことに代わりないし、流した涙もわずかだ。
わずか、数秒の出来事。
だが、とても大切なこととは思う。
「よし。お前には、病気の解明に当たってもらうからな」
「うん、了解した。所長の推薦というなら、謹んで受けるつもりだったしね」
俺は、シノンをじっと見つめる。批難をこめて。
「お前、協力には、頼みごとを聞けといったろ」
「あんなものは方便だよ。かわいい女の嘘というやつさ」
「かわいいって柄か、お前」
俺は歩き出し、崖から移動し、海岸線沿いの道を先に歩いた。
今度は、俺が前だ。これで逆でなくなったか、とちらりと思う。
「ひどいな。仮にも私は女だし、かわいいといわれるのもやぶさかじゃないんだ」
「いや、お前は、かわいいってより、キレイ、だろうよ」
俺は、言ってから数歩歩いて、シノンがついてきていないのでは、と気づいた。
案の定シノンは立ち止まっていて、意外なことに驚いた顔をしていた。
「……どうした?」
彼女は一見、無表情に戻ったようだった。
ただ、かすかに、本当にかすかに、笑ったようでもあった。
「いや。ますます、きみが興味深いと思ってね」
「俺はモルモットじゃないぞ」
俺は、シノンが大丈夫そうだと思い、再び先を歩き始めた。
「祖父に似ているからかな?」
「どこらへんがだ?」
「特に死に際の祖父に」
「ケンカ売ってるなら買うぞ」
「いやいや。私はずっと、何といったらいいか、そう、きみにときめいているんだから。そんなつもりは一切ない」
「そうかい」
特に、俺は本気にしなかった。
本気にしてからかわれていると気づいた時、それこそケンカになる。
「そうだ、今度きみを調べさせてほしい。きみの呪術はもちろんのことながら、きみの魔眼とやらも興味深い。それに呪術を使うきみの体そのものにも興味があるね」
「モルモットじゃねえっつってるだろ」
「もちろん。きみは対等な人間だとも。いや、助けてもらった手前、尊敬すべき人間、かな。だから、見返りに私の体を好きにしてもらっても構わないよ?」
「っぐ、いや、乗らないぞ。俺は乗らないぞ……」
見返り、ということは、シノンを調べるのに応じて、俺も調べられるということだ。
下手に手が出せるはずもない。
「それにしてはずいぶん心が揺れているみたいだけれど? きみはキレイと認めてくれたことだし、興味、あるんだろう?」
「ある! ――いやあるが、別に」
「まったく、どっちなんだい?」
「うるさい。もう話しかけるな」
俺は速足になり、さっさと会話を終わらせにかかった。
それでも、コテージに戻るまでシノンの軽口は続き、俺はすっかり精神的に消耗することとなる。