飛空船、発進
「二周目に、か……」
この手紙を信じていいものか、迷っている場合じゃねーよな。
この手紙以外に、頼っていいものがないんだ。
それに、俺が望んだのはヴォルクになることじゃないじゃない。
ヴォルクとなって、終盤のゲーム世界を歩むことじゃない。
俺が望んだのは、主人公リオンとして、ゲームをクリアすることだ。
ならば、手紙を信じる以外に、方法なんてわからない。
やることは決まった。
――ラスボスを倒し、俺は二周目の世界に行く。
呪術師ヴォルクとして転生したことは、不運だった。
だが、ただの村人とかでなく、曲がりなりにも呪術師ヴォルク。
主人公PTに名を連ねているのは、伊達ではない。
セレスを見ればわかるように、世界のリアリティレベルは増している。
なら、ゲーム知識がかなり活かせるはずだ。
それに、いくらでもチートレベルのスキル使用をできる見込みがある。
世界一の呪術師という設定は、本物なはずだ。
俺は、前世で味わったことのない使命感や興奮に包まれていた。
「ヴォルクさーん、ヴォルクさんってば」
セレスが肩を叩いてくる。
「何だメロン……じゃなくてセレス」
「ともかく、この部屋の汚しようは何なんですか。ウチの師匠が帰ってきたら激怒しますよ」
「師匠? ああ、オーディスか」
セレスナート・メローの師匠は、オーディスという。
飛空船の技術士であり、パイロットでもある。
彼が、今俺も乗っている飛空船<リヴァイアサン>を直し、操縦している。
戦闘能力も一線級だ。
「オーディスは、どこに?」
「グアガより倒すべき敵がいるって、<時計城>にリオンさんたちと行ってますよ。ヴォルクさんやフェミナさん含めた私たちは、リヴァイアサンを時計城に着陸させて待機です。本当に頭、大丈夫ですか?」
グアガとは、ラスボスの名前だ。
<時計城>とは、隠しダンジョンの名前になる。
そしてフェミナとは、エルフで弓使いの少女のこと。。
ヴォルクと同じく主人公PTの一人である。
「いや、<終焉の都>に行って、グアガを倒さなきゃいけないんだ。そうだろう? ヤツは、世界の敵だ」
「と言ってもですねえ。リオンさんたちはいつ帰ってくるかわかりませんよ。何しろ、<時計城>は真の諸悪の根源がいるっていうんですから。さぞかし厄介な敵に違いありません」
隠しダンジョン<時計城>。
世界地図中央の海の上に浮遊しており、世界を裏から司る調停者がいるという。
難易度は、ラストダンジョンよりも数段高い。
敵のレベルやスキル、仕掛け、広さ。
どれを取っても、ラストダンジョンを大きく上回る。
セーブデータでは、隠しダンジョンのボスの直前まで主人公PTは進んでいた。
ただし、直前、というのはプレイヤーの感覚だ。
最後のセーブポイントから、最短で一時間に渡るダンジョンが存在する。
仮にセレスのように主人公PTも動いているとする。
だが果たして、戻ってくるのはいつになるやら。
いつまで経っても戻ってこない可能性さえ、ありやがる。
プレイヤーでもワンミスで全滅しかねない敵がいるんだ。
ましてプレイヤーの手から離れたゲームキャラ。
手をこまねいていれば、主人公PTが死ぬ可能性さえある。
「今すぐ<時計城>へ――いや、ムリか」
俺は今、作中一の死にキャラ・ヴォルクなのだ。
四人パーティーでこそ攻略可能なのが、ラストダンジョンだ、
フェミナを連れて行くのにも、リオンたちの帰還を待つべきだというだろうし、フェミナとヴォルクの二人でラスボス倒すなど無茶だと判断するのが普通だ。
かといって一人で行くのも、無茶だ。
もちろん、やってやれないことはない。
ただしそれは、試行錯誤があっての話。
俺が、ゲームオーバーになってまた挑戦できる場合の話。
自分の命がかかっているかもしれない以上、危険は冒せない。
……違うな。
これはいわば、セーブ禁止の一発勝負。
縛りプレイどころじゃない。
セーブデータからコンティニューは、期待しないほうがよさそうだ。
だから、危険は冒せないんだ。
「セレス、飛空船を西へ飛ばしてくれ」
「はあ?」
セレスは口をあんぐりと開ける。
「どちらに? リオンさんたちを放って置いてですか?」
「行き先は始まりの街<トラム>。リオンたちを放って置かないために、トラムへ行くんだ」
「意味がわかりません。一体、どういう、ことですか?」
「後で説明する。ともかくやるんだ」
「そうは言っても、この飛空船<リヴァイアサン>は飛ばせませんよ。リオンさんたちを待ってなければなりません」
「リヴァイアサンを飛ばせと言ってない。お前が私的に造った小型飛空船で行く」
ゲーム内では語られなかったところまで、俺は知っている。
当然攻略本の設定は読み込んだ。
またディレクターやライター等のインタビューも、同様だ。
リヴァイアサン内の格納庫に、小型の飛空船が三隻ある。
それはゲーム内でも見ることができる。
ただし、作中で活かされることはなかった。
まして、造ったのがセレスナートだとは、言及されていない。
しかし、制作した神たちが言うのなら、それは絶対だ。
確信はあった。
そもそも、決まりきったセリフしかゲームキャラは発さない。
それなのに、こちらに合わせて、流暢にセレスは話している。
ならば、この世界にはある程度、本来のプログラム以上の論理が存在する。
死に設定だったものも、活かされていて不思議はない。
「な、なんで知ってるんですか」
「そんなことはどうでもいい。いいからついてこい」
俺は呪術師の外套を翻し、格納庫へ向かう。
居住区画から階段で下りていけば、そこが格納庫だ。
「ヴォルクさん、一体どうしちゃったんですか。ほんとに幻草でもキメてるんですか?」
「至って正気だ」
ほどなくして、格納庫にたどり着いた。
そこには三隻の小型飛空船が並んでいる。
いずれも細長い流線型だ。
翼があるものでなく、魔素の推進力によって飛べるようにしてある。
搭乗席までのハシゴがついている、青い飛空船に俺は乗り込んだ。
セレスもついてきて、搭乗席内へと身を乗り出してくる。
「ちょっと、ヴォルクさん、勘弁してくださいよ。あのですね、まだ師匠にこれ認めてもらってないんですよ。つまり未完成品なんです、危ないんですぅ」
「いいから来い、操縦まではわかんねーんだから」
「ひぇっ?」
俺はセレスを引き込んだ。
彼女は驚くほど軽く、たやすく同じシートに座らせることができた。
この小型飛空船は一人乗りだ。
シートはゆったりしていて、俺が足を広げればいい。
セレスはその足の間に座らせた。
「わわわわわっ、ヴォルクさん!」
「シートベルトは、これだな」
俺はセレスごと、シートに自分を固定する。
「ちょ、どこ触ってるんですか」
「どこも触ってねえよ。これ押せば風防が閉まるのか?」
俺は手近なスイッチを押そうとした。
「だめだめだめぇ! それ自爆用!」
こいつなんてものをつけてやがる。
「じゃあどれを押せばいい」
「どれもだめです! 未完成品ですってば」
「俺は知ってるぞ」
「何をですか」
「お前に、ちゃんと頭と才能と技術があるってことをだ」
「そんなもん、ありません。師匠にはいつも叱られてばっかで」
「お前の伸びしろに期待すればこそだ。実際、一度お前は師匠を越えたろうが」
そういうイベントが、ラストダンジョン前にあったのだ。
「あ、あれはたまたまで。あれからも、やっぱりお前はだめだって」
「こんな小型飛空船まで造っておいて何言ってるんだ。俺が保証してやる。お前は、できるやつだ。だから、これを飛ばせ」
「できません! いいから、ベルト、外してくださいよ!」
「いい加減、縮こまるのはよせ」
俺は、セレスの両肩に手を置く。
「ずっと、努力してきたんだろうが。ずっと、師匠の背中を追ってきたんだろうが。この小型飛空船は、初めてお前が、師匠を越えようとしたものだろうが。オーディスだって、お前が卵の殻を破るのを、ずっと待ってんだぞ!」
「師匠、が?」
「そうだ。そして、俺からのアドバイスはここまでだ。あとはお前が決めろ。ずっと、師匠によちよちついていくだけか? お前が空を高速で飛び回りたいなんて夢を、夢のままにしておくのか? 決めるのは、お前だ」
――説得が実らなかったらどうしよう。
あれこれ言ったが、結局設定上のことが大半だ。
それに、徒歩で移動するのだととても大変そうだってこともある。
大体<時計城>も、飛空船<リヴァイアサン>も、空に浮かんでいるのだ。
飛空船がなければどこにも行けやしない。
言葉は尽くした。
後は、セレスの判断を待つばかりだ。
セレスの肩に、力がこもる。
そして、彼女は、格納庫の整備員たちに向かって叫んだ。
「<ベヘモス3号>、発進します! ハッチ開けて、ハシゴ下げて、進路上総員退避!」
整備員たちの間でも怒鳴り声が響き、セレスの言ったとおり動く。
<ベヘモス3号>の進路先、ハッチが開く。
その先は、雲が立ち込める大空だ。
「行きますよ、ヴォルクさん。後悔しないでくださいね」
風防が、セレスによって閉まって行く。
「大丈夫だ。そんな予定はない」
成功するはずだ。たぶん。
<ベヘモス3号>は、前進を始めた。
徐々に速度を上げていき、ハッチから飛び出す。
そして、落下した。