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ゴルドランドの夕暮れ


 ゴルドランドの支配者、ベインが死亡してからのことを、ここに整理する。


 まず俺にとって大事なことだが、セレス、シノン両名の負債は解消された。ベインの死亡は地獄の契約に何ら作用することはなかったが、それにしたところで俺が手を命を奪っていたときどうなっていたかは、定かではない。


 次に、以後、ゴルドランドが俺たちにどういう態度を取ったか、だ。ベインという頭を失い、ゴルドランド、そしてカジノ側が俺たちに見せた態度は、一言で表すなら謝罪、だった。命令する者を突然失い、かといって後任がすぐ決まるものではない。副支配人だという男とダニーの協議の結果、俺に詫びを入れてくれた上で、迷惑料とコロシアムの勝ち分だけ、望みを叶えてくれるという。ついては俺は、とりあえずこれまでのような不誠実な運営をしないことや、客が負債を抱えるような事態の防止、負債によってカジノに縛られた者の解放を望んだ。軽く脅しもかけておいたし、名実ともに健全なリゾート島になるはずだ。


 最後に、定期船の出航が遅れることになった。定期船は時間通りに到着したものの、この混乱によって定期船の再出発が滞ることになったのである。定期船は7日以内に出してくれるとのことだが、何分混乱が長引きそうだ。


 よって、数日、ゴルドランドに足止めを食らうことになる。



 俺はコテージのテラスで、デッキチェアに横になる。

 裏コロシアムの夜が明けて、ゴルドランド運営との話し合いを経、そして一眠りした今、すっかり夕方となっていた。

 波音を聞きながら、俺は体にまだ妙な疲労感がある。落ち着かない気持ちで、寝返りを打つ。


 その時、夕陽の赤い光に包まれながら、テラスに上がってくる女がいた。

 白のブラウスに、紺のタイトスカートという出で立ちだ。バニーガール姿が強烈だっただけに、新鮮な感覚を覚える。ポニーテイルは相変わらずで、彼女自身のまとう雰囲気も変わっていないが、服が違えば大分変わるものだ。


「やあ。起きたのかね?」


「ああ。おはよう……と言っていいかわからないな。この時間じゃ」


「そうだね。隣、いいかな?」



 シノンが、俺の隣に並んでいるデッキチェアを指差す。

 俺が何も言わないでいると、彼女はそこに横向きに腰かけた。眼差しは、海辺のほうに向けられている。


「言い忘れてたが、無事で何よりだ、ヴォルク」


「そっちこそ。まあ、ゴルドランドの連中が、頭が死んで大人しくなったのが大きいな。さすがに数を相手にするのは骨だ」


「それは嘘じゃないか? そこらの人間が束でかかっても、きみに敵うまい」


「人の知恵とか欲望とかいうものが厄介なことには変わりないだろ。今も、もしかすると何か企まれてるんじゃないかと思わなくもない」


「ふふ、小心者だな」


「やかましい」


「そっちに行っても?」


 俺が返事をする前に、シノンは俺の寝そべるデッキチェアに腰かけてきた。

 俺の体が占領していない、端のスペースに腰かけたわけだが、俺の太ももあたりに、彼女の腰が接触している。

 つい、どぎまぎしてしまう。

 それこそ、小心者だ。

 攻めるときなら覚悟もあるが、攻められるときは突然なもので、慣れない。


「せっかく落ち着いている獣を刺激する真似はしないだろうさ。ベインが慕われていたわけでもなし、むしろ感謝している者が大勢じゃないか?」


「だといいが」


「コロシアムで見せたきみの勇猛さは何だったんだ? あの時のきみは輝いていたぞ」


「あの時はあの時だ。それに、むしろこっちのが素だな」


「そうか。ますます興味深いな」


 シノンが腰をひねって、俺の顔を覗きこんでくる。さらには頬に触れてきた。



「私の今の気持ちを、何というんだろうね。初めて会った時から、きみにはどきどきしていたんだ」


「……嘘つけ」



 否定しつつ、俺はシノンのほうを見られない。

 なんだこれ。逆じゃないか、あるべき立場が。


「いかにも死にそうで、危うくて」



「そこは嘘だと言ってくれ」



 つまり俺が見た目にいかにも軟弱だっただけだ。



「私は、魂や死後の世界についての研究がメインでね。いやライフワークであり、ここにきたのも、そのライフワークの一環を担っていた」


「物好きだな。あと、ここにくるのがどう関係してくるんだ」


「前半に関してまれに言われる。後半に関しては、だ。ここというより、カジノか。カジノに熱中する人々を見たかった。知りたかった。分析したかった」


「さしずめ客たちはモルモットか何かか」


「いや。対等な人間たちだとも。ただ、人の魂を削るような瞬間とでもいうのかな。そういうのが、命の危険なく見られるのが、ここだと思った」



「それが身包みはがされてバニーになってりゃ世話ないな」


「まったくだ」


「まあ、何にせよ、バカンスは終わってもらう。お前を助けた見返りに、仲間の病気について解き明かしてくれ」



 シノンから返事がなかった。

 俺が彼女に目を戻せば、俺の顔を覗きこむのはやめて、上を見上げて唇に人差し指を当てて、考える素振りを見せている。


「……おい。約束したろう」


「それについてだが、特に約束していないのでは?」


「いやした……ろ? してないのか?」



 そういえば、はっきり約束した覚えはない。

 覚えはないが、流れとして、当然そうなるべきで、そうなるはずだろうに。



「してない。私を解放するのは、私に頼みごとをする上での最低条件で、私がきみに頼んだわけでもない。だから私が断っても、問題はないはずだ」


 俺は勢い、体を起こす。


「いやあるだろ人として!? そういう流れだろ! 空気読めよ! 察しろって!」

「あいにく、これまであまりそういうことができなくてね」


「……なんとなくわかるが」



 クールでドライで、合理的なのだろう。いかにも研究者らしくはあるが、その前に最低限の社交性は持っていてほしかった。



「だからここで改めて。私の頼みごとを聞いてくれれば、きみ協力しよう。まずは、私についてきてくれ。きみと行きたい場所がある」


「どこか遠くか?」


「普通に歩いて行ける場所だ。さあ、来たまえ」



 シノンが先に立ち上がり、俺が手を引かれる。

 別に断る理屈はないが、断りたい感情はあった。



 絶対、俺とシノンの立ち位置は、逆であるべきだよなあ。




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