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運の悪い男



 俺は試合の休憩後、オーナーの部屋に通された。

 とかく趣味の悪い部屋で、ピンクを基調としながら、装飾品には妙に野性味がある。クマの毛皮の敷物や、マッチョの彫像、虎柄のカーテンと、随所に表れている。


 ゆったりしたソファに座って、対面のソファに座るオーナーを見つめる。

 俺の後ろにはセレスとシノンがいる。

 それに対し、オーナー・ベインはそのでっぷりした体の太ももに、二人のバニーガールを乗せてはべらせていた。彼の服装もパンツに、ファーのジャケット一枚と趣味が悪い。

 ベインは葉巻をくゆらせて、言った。



「まずはおめでとう。まさか裏社会で有名なチミが、裏コロシアムに出てくるとは驚きだったわ」



「口上はどうでもいい。さっさと、手続を済ませよう」



「おう、せっかちなのだわ。望みは聞いてる。そこのお嬢ちゃん二人の負け分を、チミが支払って助けたいということだわ?」



「ああ。セレスはこのまま無事に帰してくれるだけでいい。ただ、シノンに関しては、契約を解除した上で、帰してもらいたい」



「んー……」


 ベインは葉巻を吸っては吐き、はっきり答を寄越さない。


「お断り、なんだわ」


「何ら、問題ないはずだが?」


「問題大有りなんだわ。裏コロシアムの興行をぶち壊してもらった上に、150万枚の支払いなんかできないんだわ」


「知るか。そっちの理屈で、俺たちに関係がない」


「なら、こうするんだわ。他人間でのメダル譲渡は禁止。これで、いいんだわ」



 さすがですベイン様、と膝の上のバニーが応じる。

 ベインは特徴的な笑い声を上げて、満足そうだ。


「……つまらん冗談を聞いてるほど暇じゃないんだが」


「冗談は嫌いなんだわ。あとチミは、きっといかさまをしたんだわ。うん、そうに違いないんだわ。ということで、そこのバニー二人もボクのものなんだわ!」



 血管が切れそうだ。


「あらら、怒ってる?」


「呪い殺してやろうか貴様」


「いかさまをしておいて今度は脅迫なんだわ? ならチミもそこのバニー二人も、無事でいられなくなるんだわ。ボクの私兵が、部屋のすぐそばで控えてるんだわ?」


「本気で死にたいのか?」


「乱戦になって危険になるのはどっちなんだわ? いっておくけど、ボクにこの指輪がある限り、他人がボクを傷つけることはできないんだわ。それに、ボクが死んだとき、地獄の契約がどうなるか、チミにわかるんだわ?」



 本当なのかは、判断がつきかねる。

 ベインがはめている指輪が、俺の呪術も無効化するのか。

 ベインが死んだとき、地獄の契約がシノンに何らかの良くない作用をするのか。

 どちらも、まるでわからない。

 迷わされるところで、ベインのほうから申し出があった。



「まあ、いかさまとはいえ勝ったこと、チミが暴れたときの被害と併せて考えて、チャンスを上げないでもないんだわ。――クラウゼン」



「呼びましたか、オーナー」


 部屋に、一人の男が入ってくる。

 幸運の女神に愛された男。

 ディーラー、クラウゼン。

 相変わらず微笑を浮かべて、泰然としていた。


「クラウゼン。この男と、勝負してあげるんだわ。勝てば解放、負ければ一人で帰ってもらうんだわ」


「承知しました」


 クラウゼンは俺に向き直る。


「運がないですね、お客様」


「お前こそ。――で、結局勝手な理屈に変わりないわけだが、ベイン」


「力にものをいわせて、負けを踏み倒そうとするバカも時折いるんだわ。それに加えてコロシアムの興行に腕っ節は必要。つまり、ボクに道理を引っ込める力がある、という理屈があるんだわ。理解できたかな、ヴォルク」



 屁理屈は屁理屈のままだが、力を持つものが状況を支配するのもまた理屈だ。


 これは茶番で、余興だ。

 それがわかりながら、クラウゼンに、痛い目を見せたいと思っていた。

 だからこの茶番を、俺は受ける。


「……いいだろう」



「だめですヴォルクさん、この人と勝負しても勝てません、別の方法を――」


 セレスが止めにくるが、


「大丈夫だ」


 と俺は応じる。それでも言い募ろうとするところを、俺は「<沈黙サイレント>」で黙らせた。



 クラウゼンがポケットから、何かを取り出してみせた。



「ここに、サイコロが3つあります。これでさっさと済ませましょう。サイコロが3つとも1が出れば私の勝ち。それ以外はお客様の勝ち。いかがです?」


 216分の1対、216分の215。

 普通ならまず間違いなく、俺が勝つ。


「いいだろう。だがその前にサイコロを、試しに振らせてもらうぞ」


「ええ。構いませんよ」


 俺はサイコロを受け取り、振ろうとした。

 すると横から、クラウゼンがぽつりと呟く。


「1、3、5」


 俺がそのままサイコロを振れば、クラウゼンの言う通りに目が出た。


「別に、135しか出ないわけではありませんよ。さあ、二度目を。ちなみに次は、4、5、6、ですね」


 俺が再びサイコロを振る。

 4、5、6、だ。


「その次は、1、2、6かな? そのまた次は、2、2、4、だ」


 俺が三度、四度とサイコロを振る。


 三度目は確かにクラウゼンの言う通りだった。

 しかし、四度目は、出目が一つ外れて、1、2、2だった。


「おや、外れてしまいましたか。どうやら私は運が悪いらしい」


「ああ。本当に、な。じゃあ次が本番だ。このまま、俺が振らせてもらう」


「お好きに」


 俺はクラウゼンをじっとにらみつける。

 クラウゼンは、口角を上げて、参ったとでもいうように両手を軽く振る。


「私はいかさまなんてしませんよ。したこともありません。なぜか、そうするまでもなく、私には運が向いている」


「だとすれば、お前は本当に運がない」


「はは、何をおっしゃるのか。聞き間違いですか?」


 俺はクラウゼンをにらみつけたまま、サイコロを振った。

 クラウゼンの微笑が途切れ、驚愕に変わる。


「そん、なバカな」


 サイコロを確認すれば、2、4、5。

 完全にクラウゼンの勝ちからは外れていた。


「<天の恵み(ギフテッド>、というのかね。俺には魔眼が、ある。俺に睨まれた者は、運の値をゼロにする。そこからは完全に確率の世界。いや、俺には幸運の兎がいる分、本当に、お前は運が悪い」


「は、はは、はははははは」


 クラウゼンは額を押さえて、力なく笑う。


「お客様は本当に、運がない」


「まったくなんだわ」


 ベインが指を鳴らせば、扉から、天井から、壁の隠し扉から、武装した男たちが入ってきた。

 全身甲冑もいれば、ローブを着た魔法使いらしいのもいるし、ただシンプルに剣を持っただけの男もいる。

 数は十四、といったところか。


「……何のつもりだ」


「まーた、いかさまをしたんだわ! でなければクラウゼンが負けるはずないんだわ」


 まあ、わかっていた。

 ベインに負けるつもりがないことはわかりきっていて、力のものをいわせようとすることも、わかりきっていた。

 それでも、腹が立つことには変わりない。


「ボクがせっかく温情を上げたのに、まったく、つくづく小汚いやつなんだわ」



 お、ま、え、が、な。

 喜劇でも演じている気分になってくる。



「娘ふたりをかばいながら、チミが勝てるはずないんだわ。大人しく降参すれば、痛い目に合わせず今日の船で帰してやるんだわ」



 ベインは高笑いし、勝ち誇っている。


 下らない。



「<愚鈍な秒針ディレイセコンド>」



 幸いというべきか、この場に耐性を持っている者はいなかった。

 いたところで、別の状態異常耐性まで持っているとは思えないが。


 ベインや男たちの顔が驚愕に染まっていく様子さえ、スローだ。

 俺は適当に彼の膝の上のバニーをどかすと、彼の腹を蹴り上げる。


 腹が衝撃で波打つ様子さえ、スローとなっている。


 解呪をするまでもなく、時間経過でこの呪術は解ける。

 時を待っていれば、ベインは悲鳴を上げて後ろの飾り棚の上の物をなぎ倒しながら壁に叩きつけられた。


「さて。まともに見えていたか知らないが。お前らが指を一本動かす間に、俺のほうが早く動ける。大人しく降参して、さっさとシノンの契約を破棄しろ」


「降参するのは、お前のほうなんだわ!」


 ベインは、いつの間にか銃を手にしていた。すでにこちらに銃口を向けられており、俺はそちらをにらみつけた。


「呪術を使う前に、死ぬんだわ!」


 銃声と同時に、銃は爆発した。

 暴発し、ベインは顔を真っ黒に焦げ付かせて、事切れたようだった。

 棚の上に、醜い死体が並べられることとなる。



「本当に、運が悪い」



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