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鉄板



「続く第三試合、プラチナスライム! 攻撃する度無限増殖する様をご照覧あれ! 賭けはお済になれましたか? では開始だぁ!」



 鉄格子が開き、白金色のスライムが、登場口から狭そうに闘技場に出てくる。




「<死神の一振り(ソウルリーパー)>」



 死神に魂を奪われると、プラチナスライムは張力を失ったように土の上に広がった。ただの粘性のある液体のごとくなってから、塵となる。




「っお客様はお前の死と血と悲鳴をお望みだ! せいぜい応えてみせろ! 一つの街を壊滅寸前にまで脅かした怪物の改良種! その炎とタフネスは挑戦者を寄せ付けない! タラスク!」


 前口上が終わり、賭けの手続が行われていく。

 手続が終われば、これまでにないほど強くドラが鳴らされた。


 鉄格子が開き、モンスターがゆっくりとやってくる。


 現れたのは、六本足のトカゲが亀の甲羅を背負ったモンスター。

 炎を各所にまとわせ、口からも炎がもれ出ている。

 タラスクは中盤でのボスだったろうか。

 だが、その時に間違いなくリオンたちが倒している。




「<死神の一振り(ソウルリーパー)>」



 タラスクはあっさり倒れ、塵と消えた。


 怒号が、闘技場全体を支配した。

 大方、賭けでスった連中の罵声だろう。



 興味がない。耳をほじりながら、片手を掲げる。


 さっさと次を寄越して、終わらせよう。



「やるな。認めよう。だが次は、とっておきだ」



 司会の男が、声のトーンを下げている。

 これまでずっとハイテンションだった落差に、おや、と俺は思う。



「ダニーも苦戦した十二体目。ティムルから仕入れた至高にして究極の怪物。不死と謳われるもの。……テュポーン」



 怒号が薄れていき、ざわつきに変質した。

 今の王者が苦戦した怪物となれば、それもそうか。

 しかし5試合目で、王者の苦戦した怪物を出してくる。それ以上の怪物が用意できているとは思えない。

 ここが正念場、ということなのだろう。



「さあ、鉄板中の鉄板。儲かることの確定した賭けを、今。お客様には出血サービス。俺ならテュポーンに全額賭けるね。増えることがわかりきってるんだから」



 閉まっていた鉄格子が上がる。


 むっと、生臭い空気が風となって漂ってきた。

 それから重い足音が、近づいてくる。

 そいつは、まず頭部を闘技場内に覗かせた。そうしなければ、入ってこられないのだ。

 頭そのものは癖毛の人間のもの、ただし、巨大だ。男三人でようやく運べるくらいではないか。さらにその目は、青い光を放っている。

 頭がそれだけの大きさなのだから、体もそれに見合った大きさだ。

 やっと登場口から抜けて真っ直ぐ立ったとき、テュポーンはコロシアムの観客席を遥か眼下に置く。

 体は人間のものをベースにしながら、手足が何百匹という大蛇でできている。

 それらの大蛇は、今も蠢き、生臭い呼気を発している。


 よくもまあ、こんなものを飼えていたものだ。



「さあテュポーン! その人間を噛み、絞め、潰して殺せ!」



 司会の男の命令に従うのかともかく、テュポーンは大蛇でできた手を俺に向かって鋭く伸ばしてくる。


 圧倒的物量を感じさせると同時に、大蛇の群れが迫ってくる。


 なるほど一撃もらえばさすがにひとたまりもないかもしれない。

 だがこいつの弱点はすでに知っている。



「<蛇髪の眼光ゴルゴーン・アイ>」



 テュポーンは右手を伸ばしかけた体勢で石化し、ただの石像となる。


 俺は石像に近づき、軽く殴った。


 石像はヒビが入ってそれが広がり、そして砂煙となる。


 砂煙は晴れていき、闘技場に残るのは俺だけだ。


 俺は司会の男に向かって言う。



「さあ6体目を、さっさと出せ」


「んな……んなバカな……もうない、テュポーンを超える怪物なんてもう……そうか夢だ夢なんだこれは――うぷっ」



 マイク越しに激しい物音が聞こえた。

 ブースのほうに、司会の男の姿は見えない。

 先ほどの声と物音の感じからして、倒れたらしい。


 代わりに、かの筋肉の化物がマイクを取ったようだった。



「確かに、テュポーン以上のモンスターはいない。しかしまだ、きみが倒すべき相手は、いる」



 突然、ダニーが、観客席のブースから天高く跳躍した。

 彼は空中で回転すると、闘技場にすとん、と着地する。

 位置としては、俺の背後、挑戦者の登場口側に近い場所だ。


 彼の名は確か、ダニー・ツェネゲド。

 コロシアムの十二のモンスターを屠り、今の座についた男だという。

 その鍛え抜かれた筋肉からして、物理で戦う人間だ。


 彼は筋肉と白い歯を輝かせ、卍のようなポージングで己の体を誇る。



「さあ、この私が相手だ。呪術師ヴォルクよ」



 オッズは表示されず、ドラも鳴っていない。

 だからダニーのほうに仕掛ける気配もない。

 一方で俺が仕掛けないのにも、理由がある。

 ダニーが理性的な人間だと、そう判断したからだ。


 話し合いでどうにかなるかもしれない、と。



「ダニー、さん」


「ダニーでいいぞ、ヴォルク君。私もヴォルクと呼ぼう」


「じゃあダニー。一つ提案がある」



 ダニーは上腕の筋肉を誇るポージングに移行しながら、



「ほう、聞こう」



「あんたもかつて、女のために裏コロシアムに出たというじゃないか。俺も、同じ立場にいる」


「だから?」


「見逃してくれ。大体あんた、モンスターじゃないだろ。ここは、人間と、モンスターが戦う場所だ」



「ふぅううううううううぬっ!」


 ダニーは右肩を見せ付けるかのようなポーズを取る。

 ポージングしないと話せないのかこいつ。


「悪いが、それはできない」


「八百長でもいい。頼む」


「見逃してやりたいのは山々だが、ヴォルク。私とて、守るものがある」


 ダニーはポージングを崩さぬまま、悲しそうな目になった。


「さあご来場の紳士淑女の皆さまがた! これよりは私ダニー・ツェネゲドと呪術師ヴォルクの第6試合! 奮ってお賭けください! オッズは2対2! 五分にございます!」



 ダニーの宣言から数十秒で、電球が点灯し、その通りのオッズとなる。



「守る? 神聖なコロシアムって幻想をか?」


「……いや」



 ダニーは拳と拳を打ち合わせるポーズを取る。



「それもあるが、妻をだ。裏コロシアムが興行として、今夜大きな失敗を犯したのは明白。オーナー・ベインからの叱責は、免れまい。ましてきみが勝ちぬく事態は、絶対に回避しなければならない」



「あんた、好きな女を、コロシアムで勝ち抜いて救ったんじゃなかったのか?」



「ここで王者などと縛り付けられているのを見ればわかるだろう。怪物には勝てても、とりあえずは救えても、オーナーの搦め手には勝てなかった。きみも、勝てはしない」



 怪物には勝てる人間が、同じ人間には勝てない。

 単なる相性の問題だったり、戦い方の差だったりする。

 しょせん王者というのも、幻想。神と呼ぶべき支配者が上にはいた。


「……賭けも、そろそろ出揃った頃合か」


「話し合いの余地はまだありそうだが。俺の降参を、認めてもらえないか。そうすれば、避けられる」



「すまない。本当に、すまない。すでにきみは、勝ちすぎた(・・・・・)。それに、嫌いというわけじゃないんだ。死力を尽くす戦いも。さらにいえば、見るのもいいが、やるのがもっといい」



 ダニーはマイクを振りかぶったかと思えば、観客席のほうに投げた。


 過たず正確にマイクはドラに直撃した。


 ドラが鳴る。


 ゆっくり、筋肉の怪物がこちらを振り向きつつあった。



「さあ、先手は譲ろう――来たまえ」




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