裏コロシアム入場
「裏コロシアムとは、ここで表向きには行われていない非公式の賭博だ。表のモンスターコロシアムはモンスター対モンスターを戦わせてその勝敗で賭けるが、裏コロシアムは違う」
俺は、シノンから受けた説明を思い出していた。
「人間対モンスターを戦わせ、その勝敗で賭ける。金持ちが金で雇った人間や、カジノ側が用意した人間が普段は戦う。つまり、きみがその裏コロシアムに出場するんだ」
もちろん、見返りはある。
「出場した本人が、ある程度まで自分に賭けることができ、これはカジノ側の用意したオッズでなく固定となる。もちろんモンスターと戦うリスクはあるが、腕っ節に自信はある。そうだろう?」
そこらのモンスターに負けない自信は、もちろんあった。
「ただし、なんというか、筋肉至上主義とでもいうのかね。魔法の類で戦う人間は、ひどいハンデを背負うことになる。コロシアムの周囲は、魔素を吸収する石でできているんだ。普段の十分の一、魔法が使えるかどうか、と思っておいてほしい」
それで構わなかった。
俺は、シノンの提案を受け入れた。
それからシノンに手伝ってもらい、出場手続を済ませた。俺の見た目で、カジノ側が懸念を示したが、前座扱いにするということで受理された。
俺は今、裏コロシアム出場者の控え室にいる。
ソファに座り、呼び出されるのを待った。
そうしているとノックが聞こえて、迎えが来たのかと思えば、
「失礼しまーす」
セレスが、バニーガール姿で入ってきた。
「なんでお前はバニーの格好になってんだ」
「ドレスや鞄を売り払って、少しでも足しになるように、と思いまして。この服はシノンさんが貸してくれました!」
セレスの手には、数枚のメダルがあった。
服を売った金を、そっくりメダルを買うのに当てたのだろう。
「……いっそここで働くかお前」
「ひ、ひどくないですか扱いが! 泣くところですよー、私のけなげさに涙するところですよー」
「やかましい。あほは助けたくなくなる」
「み、見捨てないでくださいね!」
「誰が見捨てるか。あほでも、お前は必要だ」
セレスは硬直したかと思えば、顔をうつむける。
「もう一回」
「ああ?」
「わんもあ。もう一回、必要だと言ってください」
なんなんだ、とセレスの様子をよくよく観察してみる。
どうも表情がよく見えないが、俺はまったく別のことに気づいた。
バニー服のサイズが小さく、体に合っていない。特に胸が。
やはり彼女のメロンを収める服はないらしい。普段の作業服にタンクトップという出で立ちも、合理的だったのかもしれない。
それにしてもやわらかそうで、同時にこぼれそうだった。
視線が圧倒的引力で吸い込まれる。
しかし、見てはいけないとも思う。
「ヴォルクさん、また、どこを見てるんですか!」
顔を上げたセレスは、酒を飲んだわけでもないのに真っ赤だった。
いろいろ皮肉や嫌味で返そうとしたものの、言葉が出てこなかった。
やっと出てきた言葉は、
「……悪い」
だった。
セレスはいじけたような口調で、
「……なんなんですか、もぅ」
と言う。
それから、気まずい時間が流れた。
断ち切るようにノックがしたかと思えば、派手な格好の男が入ってきた。虹色の縞模様のシルクハットを被り、スパンコールでも散りばめたような趣味の悪いジャケットを着ている。
彼は鋭い三角形のサングラスを持ち上げながら、訊いてきた。
「よう。おじけづいてねーかボーイ――ってテメー、バニーを連れ込んで何やってやがんだ。なめたことしてるとぶっ殺すぞ」
カジノのバニーを連れ込んだと思われたらしい。
なるほどそれは怒りを買って当然だが、
「別に、こいつは店のバニーじゃない。俺の連れだ」
「はあ? じゃあなんでそんな格好してんだよ」
説明が面倒だった。
「こいつの趣味だ」
「違いますよ!」
「説明がめんどくさくいだろ」
「少しの手間を省くのと私の尊厳を守るのと、どっちを優先するんですか」
「省くほうだ」
「ほんと軽いですね私の尊厳!」
「はいはい、そこまでだお二人さん」
俺とセレスが言い合いをしていれば、派手な服の男は手を打ち鳴らして止めてきた。
「趣味だろうが何だろうがどーでもいい。俺はルールの説明にきただけだからな」
俺もセレスも沈黙していれば、男は説明を始める。
「ルールはシンプル。こちらの用意するモンスターと戦って勝てばいい。
1試合勝つごとに、テメー自身が賭けたメダルの5倍を受け取ることができる。1試合勝てば5倍、2試合勝てば25倍だ」
目標ラインは、2試合勝利となる。
とりあえずそこまで勝てば、セレスの負け分を取り戻して余りあった。
「試合は最大で6試合あるが、途中、こう、両手を開いた上で掲げれば、降参として扱われるから、命は助かるかもな。繰り返すが、てめーの命は保証しない。いいな?」
「ああ、構わない」
リスクはあるが、コロシアムの人間が扱える程度のモンスターだ。
降参できるというのであれば、死のリスクもないはず。
「それじゃ賭けるメダルを受け取ろう。上限は100だ」
「え」
「上限一杯、だ」
俺は立ち上がり、男に所持メダルを渡す。男はざっと数えて、うなずいた。
「確かに受け取った。まあせいぜい、前座としてがんばれや。そろそろ入り口でスタンバっとけ」
男は立ち去り、ドアが閉まる。
「……私がドレスを売った意味、は?」
「特に無いな」
「うううううううっ!」
セレスが膝から崩れ落ちる。
「……涙が出るな」
「このタイミングで言うのは、違います!」
セレスが立ち上がって迫ってくる。つっこむだけの元気は十分あるらしい。
彼女は目尻に浮かんだ涙を自分で拭うと、怒ったような顔になった。
「それじゃ! 私、観客席でエリーさんと応援してますから! がんばってきてくださいね! けなげな私のために!」
「ああ。行ってくる」
俺は控え室を出ようとして、ドアに手をかける。
その瞬間、後ろから抱きつかれた。
やわらかいものが押し付けられるが、セレスの行動の意図を計りかねた。
黙っていると、セレスのほうから説明がなされる。
「兎は、幸運の象徴、らしいですので」
「……なるほどね」
実際は意味がわからないが、これでいいんだろう。
方便で、雰囲気だ。
何も言わなくても、セレスのほうから離れてくれた。
さて、今度こそ、行くとしよう。
幸運も、受け取ったらしいしな。
俺は控え室から、壁の矢印マークで示された順路に従って、闘技場に向かう。
通路は薄暗く、行く先は真っ暗だった。
肝心の闘技場に行くには、まだ鉄格子が上がっていない。
「紳士淑女の皆さま! 刺激を欲してやまない愛すべきお客様がた! 今、本日一人目の挑戦者が参ります。さあ、とっとと入場しやがれ命しらずのバカ野郎!」
目の前の鉄格子が、勢いよく上がる。
相変わらず、闘技場のほうは真っ暗だ。
俺は歩いて、十数歩、というところで立ち止まる。
すると、四方八方からライトが点灯し、闘技場の全容がここから把握できた。
円形の闘技場部分と、上から眺めるための周囲の観客席。
典型的なコロシアムで、俺から見て正面の観客席の上のほうには、周囲と仕切られた特別なブースがあった。
そこに、マイクを持った例の派手な服の男がいた。
「ようこそ、裏コロシアムへ! せいぜい盛り上げてくれよヴォルク!」
期待されていないのは明らか。
それもそのはずだが、上等だ。
やってやるとも。




