完全にスった
宿泊するホテルは、ビルタイプでなく、浜辺に建てられコテージだ。
コテージから出れば白い砂浜と青い海が広がっている。
ゴルドランドにはビーチがいくつかあり、一般に開放されているものと、特定の宿泊者向けに開放されているものの二種類がある。
こちらは、特定の客向けのものだ。
俺は精神的な疲労感を残しながら、テラスに出て朝日を浴びる。
寄せては返す美しい海を見て心が洗われるかといえば、否だった。
今晩で、決着がつくだろう。
よくないほうの決着がつく公算が高いのが、気分を沈ませる。
「んー!」
同じコテージから、セレスが出てくる。シャツにハーフパンツというラフな格好だった。彼女は伸びをしてから、テラスの手すりに寄りかかりながら、景色に感嘆する。
「やっぱいいですねぇ。いろんなところを巡って、いろんなものを見てきたものですけれど、こういうところはリフレッシュするっていうか」
「そうか」
「ですよ。ヴォルクさん、また海で遊びましょうよ。きっと気分も晴れますよ。あ、それと昨日エリーさんが言ってたレストランでおいしいもの食べたり、サーカスショー見たり、観劇もいいですね。王道の『きみの王子になりたい』があるらしくってですね」
「セレス」
「はい? あ、ヴォルクさんは何か希望ありますか? ありますよね? やっぱコロシアムとかでしょうか。私が付き合ってあげてもいいですよ」
俺は彼女の頭に手を置き、絞めた。
恒例になりつつある気がする。
「いたい、地味に痛いっ!」
「本来の目的忘れてバカンス決め込もうとすんな。あとお前が酔い潰れてめんどくさかったんだからな」
「すいませんごめんなさい許してください!」
セレスが謝ったところで、俺も手を離す。
「ったく。一応説明するとだな。研究員のシノンはカジノに縛られてて、自由にするには大量のメダル必要なんだ。わかったか」
「だとしても、なんでヴォルクさんが沈んでいるんです? ぱぱっとモンスター倒しまくって稼げばいいじゃないですか」
「10万メダル、1億ゴールド、といえばわかりやすいか」
「すいませんムリですね」
「わかってくれてうれしいよ」
ザコモンスターを倒しまくって稼ぐことは、難しくない。
ただ、モンスターとて無限にいるわけでもない。
稼げる上限というものが存在する。
さらにこのゴルドランド周辺では、モンスターも発生しない。資金の追加は見込めず、300万ゴールドでやっていくしかない。
「それでヴォルクさん、どうなさるおつもりで?」
「今のところ、資金を元手に賭けて稼ぐ方法しかない」
「ウチの師匠はいつだって100倍にしてくるわ、といって酒場で全部スってきたもんでした」
「わかってるよ。稼げないだろうってことはな。だが、他に方法もないんだ」
「そうですか。――そうですね。当たって砕けろ、ですよ」
「砕けたら困るが、まあ、そうだな」
「そうと決まれば英気を養いましょう。ご飯食べて、一杯遊びましょう」
「気楽だな」
「待つしかなくて、休むしかない時ってありますからね。それは、一刻も早くリオンさんたちの病気を治して、グアガを倒さなきゃなりません。いつ、世界の終わりがくるともしれないのですから」
そんな話も、あったか。
俺の目的は別にあり、たまたま世界を救うことと一致する。それだけの話ではあるのだけれど。
セレスの笑顔をあえて曇らせようとは思わない。
「けど、それでも、今は待つときなんでしょう? だったら今は、精一杯羽を伸ばしましょう」
「……そう、かもな」
「そうですよ」
セレスがコテージのほうに歩いていく。テラスの半ばほどで、くるりとこちらを振り返ってきた。
陽光よりも眩しい笑顔を浮かべながら。
「気分が落ち込んでちゃ頭も働きませんからね!」
* * *
――完全にスった。
ゴルドランドでセレスの言う通り目一杯楽しんだ後、意気揚々とカジノに乗り込んだわけだところ、だ。
3000枚購入したメダルは、30倍にするどころか30分の1まで減った。
残りは、たった100枚。ここから1000倍にしないと、10万枚になど届かない。
「ヴォルク様、気を落とさず。ここから逆転すればいいんですわ」
「ありがとうエリー。けどムリだ」
そういえばヴォルクの運の値って低かった気がするし、そもそもカジノで稼ごうという根性から間違っている。たとえ確率や場の状況を読もうと、胴元が勝つようにできているのだから。
間違っていたのだが、他に方法も思いつけず、これにすがった。
ルーレットは赤黒でなく緑に入る。
モンスターコロシアムでは大穴で外れる。
スロットは7があともう一つ揃わなかった。
やることなすこと裏目に出ている気さえしてくる。
俺はスロットに頭を預け、これからどうしたものか苦慮した。
そういえば、そばにエリーしかいない。
セレスの姿が見当たらなかった。
「……セレスはどうした」
「――すまない」
不意に、相変わらずバニー姿のシノンが話しかけてきた。
銀盆を持っていて、飲み物を配る仕事中のようだったが、
「きみの連れを一応止めたんだが、聞かなくてね。例の台にいる。せめて、そばにいてあげるといい」
シノンは小首を傾げ、
「しかし、ひどい顔だ。彼女が頑なに賭けに走ったのもわかるね」
「なんだと」
「だってそうだろう?世界の命運を持つ男がこうも憔悴しているのでは、彼女の無茶も納得できるというものだ」
自分がどれだけひどい顔をしているのか。
少なくとも自分の精神状態を省みれば、そうなっていてもおかしくない。
いや、それよりも懸念は、セレスの置かれた状況だ。
「例の台、っていったな?」
「<天の恵み>持ち、幸運の女神に愛された男がディーラーを務める台。彼女が昨晩酔い潰れていた台だ」
シノンが、やめておけと禁じていた台。
「まさか」
「私の、二の舞だろうね」
俺はイスを蹴って、トランプカジノの台が集まるコーナーに走った。
もう遅い。
わかっていても、少しでも早く駆けつけたかった。
あのバカは、向こう見ずなところがある。
自信があるんだかないのだかわからないところがある。
だから、自分ならやれると信じて、突っ走ってもおかしくない。
「――セレス!」
セレスは、例の人気のないディーラーの台に座って、トランプを握りしめていた。
「ぁ、ヴォルク、さん」
セレスは、すっかり顔の色を失っていた。生気というものが失せ、そのくせじっとりとした汗が肌に張り付いている。
賭けの結果は、見ずともわかる。
「すみません、私、助けになれればって。なのに、だけど、ごめんなさい。私は、ここまでです」
「このバカが!」
「こちらのお嬢様のお連れ様ですね?」
ディーラーは、あくまでにこやかだ。
「お嬢様は、所持メダル以上の支払いを負い、マイナスとなってしまいました。さらに借りて賭けを続けることはできますが、いかがなさいますか?」
「マイナスのままだと、どうなる」
「お客様で、なくなります」
わかりきっていても、確認せずにはいられない。
「ここで働かされる。そういうわけだな」
「債務は、きちんと支払われなければなりません。債務に応じて、代償を払うことになるでしょう」
「どれだけ負けたんだ」
「982枚、足りません」
「どうしてそんなになるってんだ」
「特殊ルールをご提案させていただきまして。ある特定の役になると、子が賭けたメダルの数倍から数十倍を支払うのですよ。もっとも、普通、そうそう出ることはありませんけれどね」
「幸運の女神に愛された男、というわけか」
「そう、呼ばれております。ああ、名乗るのが遅れましたね。私、クラウゼンと申します」
ディーラー、クラウゼンはトランプを飛ばし、シャッフルする。
「以後、お見知りおきを。旦那様、よろしければ私と勝負していかれますか? お嬢様がこのままここの客でなくなるのは、心苦しいでしょう」
「ぜひそうしたいがな。負けるとわかっている勝負をする気はない」
イカサマか、本当の幸運か。
どちらにせよ、俺がこいつに勝てるとはとても思えない。
「おや残念です。ではしばらく、お嬢さんとはお別れですね。何、一年後には、自由になれるはずですよ」
「黙れ」
「もっとも、どうでしょうねえ。見ての通りの器量よしだ。そのうちオーナーが見初めないとも、限らない」
「黙れ」
「どうです、もう一人のお連れの方とあなた自身も賭けて、一勝負」
「黙れといっている!」
ようやく、クラウゼンは口を閉ざした。
「ヴォルクさん、私なら、大丈夫ですよ」
見れば、セレスは目の焦点が合っておらず、唇を震わせていた。
「私が、変に調子に乗って、突っ走ったのが悪いんです。すみませんけど、これから、私抜きでがんばって――」
「お前も、黙ってろ」
「だって!」
「いいから。悪かった。俺こそ、失敗した。賭けに負け、あからさまに焦って、俺のことを心配してくれる人間のことを忘れるなんてな」
セレスが頭を振る。
「ヴォルクさんは、悪くないです」
「いや。シノンが身を落とした経緯についても、ちゃんと詳しく話しておくべきだった。本当に、失敗の連続だ」
セレスに、突飛な行動に走らせる下地を作っていたのだ。3000メダルの元手を持ちながら、目標値にまったく近づけず、いらつくばかりだった。
彼女が、そんな俺を見かねて、手助けしようとした結果でもある。
どうしたらいいか。
いや、どうでも、よくなってきた。
何を、まっとうな手段にこだわってきていたのか。
もっと簡単な手段がずっと転がっていたはずなのだ。
だから、その手段を、選べばいい。
「――危険な目をしているね。だが、やめておくといい」
クラウゼンが再び、喋りだす。
「きみが、ましてお嬢さん方二人を連れて、無茶はしないほうがきみのためだ。さらにいえば、島から出る定期船は、明日の夕刻だよ」
「黙れ。お前は、しょうもない罠にハメた。それだけだろう?」
「誰も、大人が転ぶのを注意はしてくれない。きちんと気をつけて然るべきだからだ」
「騙そうとした自覚はないというなら、とんだ間抜けだな」
「少し観察力があれば気づけたのでは?」
「カジノ内に撒いている薬について知らないとでも?」
クラウゼンは、口元で、ふっ、と笑う。
ひどく、心がざわついた。
大丈夫だ、俺にならできる。
セレスを、助けられる。エリーを守りながら、できる。
俺はスキルを発動するべく口を開いた。
その時、俺の肩に手を置いて止めてくるやつがいた。
――シノンだ。
彼女は真剣な表情と、淡々とした口調で話しかけてきた。
「待て。まだ、メダルが少しは残っているか?」
「突然何だ」
「いいから。何枚残ってる」
「100枚程度、だが。一体何なんだ」
「なら、ぎりぎり、首の皮一枚、繋がっているぞ。ひどく危険だが、そこの娘が助かる方法は一つだけある。しかも、ここで暴れるよりはずっとましな方法だ」
「おいおい。まさかこの手持ちでギャンブルに希望を託せというんじゃないだろうな」
「もちろん違う。『彼』の仲間なら、戦えるんだろう? ここで暴れられるくらいの強さはあるんだろう? なら、まだ分のいい賭けがある」
シノンが、手を差し出してきた。
「その娘を助けたいなら、裏コロシアムに、出るんだ」
「……なんで、このタイミングなんだ」
「一つ、裏コロシアム出場はリスクが高い。メダル損失のリスクでなく、命のリスクだ。二つ、それでも、きみが必死そうだったから。可能性だけは、示しておこうと思ってね。三つ目は……まあいいか。理解、できたかい?」
「……ああ」
「で、やるのかい? やらないのかい?」
俺は、シノンの手を取った。