地獄の契約
カジノ場の片隅のバーに、俺とセレス、エリー、そしてシノンは移動した。
ボックス席に俺たち三人の客が座り、シノンは客の相手をしている。
そういう体裁を整えて話をするためだった。
「で、客だったはずのあんたがどうしてバニーガールなんかやってんだ?」
俺が問えば、バニーに扮するシノンは酒を注ぎながら答える。
「早い話が、賭けに大負けしたのさ。負け分を支払えず、ここで働くことになったというわけだ」
「らしくない話だな。あんたの評判を聞く限り、そんな無茶をしそうにないもんだが」
「その指摘には、三つ誤りがある」
シノンが説明してくれようという時に、
「ふふ、ヴォルク様ぁ」
エリーが異様にひっついてくる。
下手に扱えず、基本的にさせるがままにしていた。
だが、やはり奇妙だ。
「エリー。ほんとに酒を飲んでいないんだろうな」
「まず一つ目の誤りだがね。そこの娘を見ればわかるように、少々開放的になる薬が撒布されている。微量だし大した効果もないにせよ、冷静さを失わせる」
「俺もあんたも、なんともないのは個人差か?」
「効果には個人差はある。ただ、私がなんともないのは耐性に過ぎない。きみが普段と変わらないのは、思い込みか本当かは私にもわかりかねるね。また次会った時にでも確かめてみたいものだ」
「残り二つの誤りってのは、何だ」
「二つ目は、私が無茶をしそうにない、という点だ。私は探求者を自負している。そのために無茶といわれることも、やってきたつもりだよ」
「……なるほど、あの研究所の所員らしい話だ」
ゲームの時は、セリフがいちいちマッドサイエンティストっぽかったものだ。
「で、三つ目だが。無茶ではないはずだった。結果的には無茶だったのだろう。<天の恵み>持ちに、賭けを挑んでいたのだから」
聞き覚えのある単語だ。確か、ジャン・ジェフォーダンから逃げている最中、セレスが口走っていた単語のはず。
意味を知らない単語であり、俺はシノンに訊ねる。
「<天の恵み>って、何だ?」
「その前に酒を飲んで――いや、私の手を握ってくれないか」
「別にいいが、何だ?」
俺はシノンの手を握りにいった。握った途端、彼女は短い悲鳴を上げて、ボックス席に飛び込んできた。
これはもしかして、傍から見れば、俺がシノンを引き込んだことになるのでは。
「これでいい。これで、酔った客に捕まってしまったバニーの一丁上がりだ。腰に手を回してもらえれば上出来だな」
シノンによって、俺は彼女の腰に手を回すことになる。
右隣にはエリー、左隣にはシノン、という按配だ。
最低の男になっていっていやしないか。
いや、なっていっているに違いない。
「さて話の続きだがね」
「すまん、すでに結構いっぱいいっぱいだ」
両隣に美女と密着して座る。
そんなシチュエーション、処理限界を超えている。
体に熱がこもったようだ。
「頭を動かせないものから早死にするぞ。<天の恵み>とは何かについてだが、それこそ神からの贈り物を差す。常人には及びもつかない才能や加護を、持っている人間がいる」
半分も頭に入ってきているか怪しい。
「そういう人間は、どこかオーラのようなものがあったり、独特の雰囲気があったりする。きみもどこか、そういうものを感じさせるな」
「……ああそう」
「それで、私から訊きたいことがある。私を探しに来たようだが、何の用だ?」
「ええと、何といったらいいか」
頭がうまく回っていない。
感触と温もりにリソースが大幅に割かれていた。
「俺の仲間が、原因不明の病か、呪いにかかっている。その原因と治療法を教えてもらえればと考えて、あんたを探しにきた。ちなみに所長の協力は取り付けてある」」
「残念だが、きみの頼みごとに応えられそうもないな」
「理由を訊いても?」
「最大の理由は、これだ」
シノンが、首元を指す。蝶ネクタイと襟からなる飾りがあり、バニー衣装の一部だ。
だが本当に示したかったのはそこではなかったらしい。
飾りをずらし、飾りで隠れていた首の一部が露になる。
そこは、鎖の模様の刺青が入っていた。
「地獄の契約を交わした。負け分の支払いのため、三年ここで働くことを誓ったんだよ」
シノンは飾りを元に戻し、刺青を隠す。
「所長を信じるなら、なるほど私にはきみの仲間たちの病気だか呪いだかに関して力が貸せるんだろう。だがそれには私が自由であることが必要だ」
ゆえに、シノンは俺の頼みごとを断った。
三年。
あまりに長い時間だ。とても待ってはいられない。
だが、待たずとも、方法はあるはずだ。
「俺は<解呪>が使える。その首のものも、俺が解けるかもしれない」
俺がシノンの首に触れ、スキルを発動しようとしたところ、
「やめてくれないか。これには私の命がかかっている。契約違反は死に繋がるんだ」
シノンに手で押し返されてしまった。
「かもしれない、で命を左右されてはたまらない」
「……すまん。だが、三年も待てない。確実な方法を、あんたは思いつかないか?」
「他に確実な方法はない」
なんてことだ。
俺は歯噛みする。
三年がとても待てないのは自明のことだ。
何か方法がないかと頭を巡らせてみて、一つ気づく。
契約というのなら交わした相手がいるはずだ。そいつを脅してでも契約を破棄させれば、いいのではないか。
俺の発想の妥当性を確かめる前に。
だが、とシノンが言葉を継ぐ。
「だが、確実でない方法なら、ないでもない」
「それは契約相手に破棄させること、か?」
「それよりかは確実さ。オーナーは相当の強欲だし、ここの武力を、甘く見ないほうがいい。契約が果たされる条件には、実は二つあるんだ。一つ目はさっき言った通り、ここで三年働くこと」
三年を待てないのはさっきから告げている。
だから、二つ目の方法を採らざるを得ない。
「二つ目は、10万メダルを支払うこと、さ」
「――無茶だ」
「オーナーをどうにかしようとするよりは、確実だよ」
「メダル1枚につき、1000ゴールドが必要なんだぞ」
「わかっている。賭けなしに得ようとすれば、1億ゴールド必要だ」
支払えないのは明白。
「できるだけ多くの資金で、賭けをし、稼ぐしかないね。私もチップとして稼いできたが、とてもとても」
俺の所持金は、300万ゴールド。
およそ30倍の資金が必要となる。あるいは、30倍の賭けに勝つ必要がある。
だが、運に任せるとかいうのは、俺は大嫌いだった。
300万ゴールドを一気に突っ込むのも、小額で賭けて稼いでいくのも、バカげている。
確率から言って、稼げる可能性は乏しい。
試す価値はあれど、勝算はほとんどない。
「……グアガを倒すためには、リオンたちの力が必要なんだ」
「所長から聞いてるよ。グアガは、世界を終わらせようって輩らしいね。なるほど協力したいが、ここのオーナー、というか人間の己を重んじる感情は、どうかな。そんな言葉に、はいそうですかとうなずくものか」
とてもうなずくまい。
どこか遠い話であり、もしかすると神話に語られるいつか世界が滅ぶという予言と同じ扱いかもしれない。
「私としても、ここから自由になりたいのは山々だけれどね。何か別の方法も考えたいが、あいにくと思いつかない。私が必要というなら、10万メダルによってどうか自由にしてくれたまえ」
シノンはシートから立ち上がり、俺に向かって一礼する。
「それではお客様。当カジノをごゆるりと、お楽しみください」
立ち去るシノンの首には、鎖が巻かれている。
それを取り去らねば、俺の未来はないだろう。
やるしかないのだ。
「ヴォルク様、難しいお話は終わりまして?」
俺の首に頬ずりしてくるエリーの体温はますます上がっている。
今日のところは、ホテルのほうに戻ったほうがよさそうだ。平時の判断力がないエリーに、酔い潰れたセレスを連れまわして賭けなどしていられない。
明日、挑むとしよう。
ギャンブルに未来を託すなど、腹が立って仕方ないが。