研究員はバニーガール
陽が沈みはじめる夕刻。
ゴルドランドのカジノはその門を開く。
派手な色とりどりの明かりをつけて、大量のメダルが奏でる音を響かせ、軽快な音楽と歌を流し、楽しい遊技場を演出する。
タキシードやドレスなどで着飾った紳士淑女が、次々とカジノの中に呑まれていく。
俺は入り口の門柱のそばで、セレスやエリーが来るのを待っていた。
ここで待ち合わせしたいという彼女らの希望を了解したためだ。
カジノが開いてから、およそ数分して、彼女たちはやってきた。
遠い照明にほんのりと照らされ、彼女たちの姿が浮かび上がる。
セレスは、ホルターネックのピンクドレスを着ていた。
体の前から首の後ろで幅広の布を巻くのがホルターネックである。背中を大きく見せるスタイルであり、同時に彼女の豊かな胸をことさらに意識させる。
「……お前、なんでそれを選んだ」
いかにも危うく、彼女の性格に合っていないように思えた。
「しょうがないじゃないですか! その、サイズの合うドレスが、これしか売ってなくてですね」
その胸のメロンでは仕方ないところだろう。
「エリーは……」
一方でエリーは黒のドレス、という時点ではいつもと同じだった。
だが細い肩紐でドレスを吊るタイプで肩を広く出している点だったり、スカート部分が前に行くに従って裾が膝丈まで短くなるタイプである、という点が違う。
スリットの深い普段のドレスとはまた違った隠し方で、また露出の仕方だった。
「うん、いいな」
「あ、ありがとうございます」
エリーは恥らった様子で、顔をうつむける。
ますます、ドレスが似合っている、と思えるようになる。
セレスがつっかかってくる。
「私は! 私は!?」
「ああ、うん、似合ってる似合ってる」
「ぞ、ぞんざい! 照れなくていいんですよ、ちゃんとこっち見て、ちゃんとほめてください!」
「それで二人ともここにきた目的はわかってるな」
「はい、わかっていますわ」
「無視? 無視なんですか?」
「研究員のシノンの行方が、わからなかった。見た者もいるし、ここに来ていたのも間違いない。島を出て行った記録もなかった」
「私が、どれだけ、恥ずかしい思いして着てきたと……」
「ここにはいるはずなんだが、島中を探してもシノンは見つからない。宿泊していた部屋というのも、いつの間にか引き払われていたようだ」
「あの日いきなり揉んできたのは何だったんですか……もう飽きたってんですか……」
「いろいろ不可解な点があるが、このカジノでなら、見つかる可能性がある。島にきた人間なら誰しもがここに来るという。情報も集めやすいはずだ。よって、シノンを見つけるため、カジノに来たわけだ」
「うがーっ! ヴォルクさんのあほー!」
セレスに、拳によってぽかぽかと殴られる。俺は彼女の拳を手で適当に受け止めながら、
「セレス、うるさい」
と言えば、セレスは急に動きを止めた。
彼女は目に涙を溜めていき、俺はやりすぎたか、と思う。
「ヴォルクさんの短小ー!」
あらぬことを叫びながら、セレスはカジノに走っていった。
「テキトーなこと抜かしてんじゃねーぞ!」
俺が大声で怒鳴ったところで、セレスは訂正もせず謝りもせず、カジノの中に消えた。
「ヴォルク様、やりすぎだったんですよ」
エリーが俺の手を両手で取りながら、たしなめてきた。
俺は後ろ頭をかき、息をつく。
「いや、ん、そうだな。ついからかいすぎた」
「照れ隠しであってもあまり冷たくすると、離れていってしまうものです」
「……反省する」
「はい、じゃあまずはセレスさんを探しましょう」
エリーが俺の腕を抱きしめた上で、歩こうとする。
俺も悪い気はしないものの、指摘せずにはいられなかった。
「エリー。そんなにくっつく必要、あるのか?」
「あら。私がついてきたのは、ヴォルク様にゴルドランドの案内をするためですわ。きちんとエスコートするにあたって、こうしなければならないのです」
「逆じゃないのか」
「いいじゃありませんか」
エリーは俺の腕を指先でなぞりつつ、上目遣いに見てくる。
「それとも、お嫌、でしょうか?」
「嫌じゃない」
即答してしまう。
エリーはにこにこして、俺の腕を抱きしめながら引く。
「では、さあ、行きましょう」
門をくぐり、噴水に挟まれた通路を行き、豪華絢爛なカジノに赴く。
エリーが楽しそうだし、俺もやましい気持ちがありながらも不満はないので、彼女とともに歩く。
ボーイやバニーガールに迎えられて、カジノの中に入る。
入り口で換金を済ませて、申し訳程度のチップを持ちながら、カジノ内を巡る。
「お客様、お飲み物はいかがです?」
声をかけてきたバニーガールを手で制して、一人でいる女がいないか探す。
だが、誰も彼も、それらしい女は皆、男連れだ。
「エリー。シノンって研究員は、長い黒髪でかなりの長身の女、だったよな」
「はい。それにクールでドライな方、とうかがってます。男性にまったく興味がない研究熱心な方、とも」
「だがバカンスに来ているわけだし、誰か、この場限りの連れを見つけていてもおかしくない。そのことも念頭に置いて、もう一度探そう。ついでにセレスも」
「はい。一生懸命、探します」
ふと俺がエリーの様子をうかがえば、顔が蕩けている。
「……エリー、酒でも飲んだのか?」
「いいえ? どうして?」
「いや。まあ、いい」
エリーが当てにできないことはわかった。
なおかつ、エリーから目が、もとい手が離せないこともわかった。
さらにカジノ内を巡るが、見知ったセレスさえ、見つけることができない。
カジノは広く、人も多いし、人の移動もある。
方針を転換することにして、とにかく話しかけて、シノンについての情報を集めに行く、のだが。
「うるさい、あっち行け。今いいとこなんだ」
「あらぁ、三人でってわけ? ダメよ」
「あ、おお、お兄さん、チップ貸してくんない。百倍にして返すから。ね?」
「シノン? ああ知ってるよ。教えてやるからてめえのチップ全部寄越しな」
「おっしゃきたきたきた――あ、外れたぞ貴様らどうしてくれる!」
万事この調子である。
ろくな人間がここにはいない。
だが、カジノを巡ってしばらくして、ようやくセレスを見つけるに至る。
彼女は人気のないトランプ賭博の台に一人、座り込んでいた。
台に覆いかぶさるような体勢で、どうしたのかと思う。
近づいて確かめれば、すっかりできあがっていた。
顔が真っ赤で、呼気も非常に酒くさい。
「まったく、ふざけんなってやつなんですよぉ、お兄さん」
「お嬢さん、賭けるんですか? 賭けないんですか?」
ディーラーもすっかり困り顔だった。
「そりゃあ、多少頼れる人ですけど? むっつりな人でね? 人の胸いきなり揉んできたり、すごい女たらしだったりするんです」
「ほほう」
と俺が相槌を打てば、セレスはさらに喋る。
「いつか天罰が下ります、絶対。間違いない! というか私が下してやります! ふふ、寝ている間に、うふふふふ」
「そうかそうか」
俺はセレスの頭を掴む。自分のほうに向かせた上で、話しかけた。
「そんなこと企むやつは、お仕置きだな」
「へ? ヴォルク、さ――あだああああああああ!」
ぐり、とこめかみをえぐりこむように圧迫する。人間のツボの一つだった気がする。たぶん気のせいだが。
「うぐぅ……」
「迷惑かけたな、ディーラーさん」
俺はディーラーに謝罪すると、彼はにこりと笑いかけてきた。
「構いませんよ。それよりどうですミスター。バカラでもポーカーでも、ブラックジャックでも。やっていきませんか」
「そうだな。いや――」
「お客様、お飲み物はいかがですか」
見覚えのあるバニーが、割って入ってきた。妙に背が高かったので覚えている。そんなバニーが二人といないだろう。
「いや、いらない」
俺が断ると、バニーが迫ってきた。
「そんなことおっしゃらず」
耳元でささやかれるほどに接近され、俺はにらみつけようとした。
だが、
「きみ、この台で遊んではいけない」
と小声でささやかれれば、無碍にもできない。
初めて、このバニーのことをよくよく見つめる。
女にしてはとても高い背丈に、今はポニテにしている長い黒髪。
そして、涼しい目元にすっきりした形の唇。そうした顔つきに加え、先ほどの小さな囁き声は、直感、いや確信に近い予感を俺にもたらした。
「なあ。あんた、シノン、って女の客は知らないか」
「あいにく、シノンという客はどこにもおりません。ですが」
長身のバニーは顔を遠ざけると、元の丁寧口調に戻っていた。
「私の名前は、シノンといいます」
研究員は、バニーガールとなっていた。




