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<クラーケン>

これまでのあらすじ:ラスボスを倒すには、仲間たちの力が必要だ。けれど仲間たちは原因不明の病気にかかっており、その治療法を見つけなければならない。研究員シノンに協力を仰ぐべく、ヴォルクたちは彼女が滞在しているというゴルドランド行きの定期船に乗る。


「おぼえええええええええええええ」



「大丈夫ですかヴォルクさん」



「俺史上最大の困難どぅぼっ」



「だめそうですね」



 俺は、絶賛船酔い中だった。


 場所は、ゴルドランド行きの船の上である。

 黄金島と名高きその島は、大陸の東端からさらに東へ船を乗ったところにある。


 飛空船もなく、普通の船も持たない。

 だが港町からの定期船が出ており、その便で、ゴルドランドに行くことにした。


 目的は、シノンなる研究員に協力を求めに行くためだ。

 この研究員なら、リオンたちの身に起きた病気あるいは呪いについて、解き明かせる。

 その可能性が十分にあり、ラスボスを倒す道に近づきつつあるはずだった。



 だが、思わぬ試練が俺を待ち構えていた。


「気持ち悪ぃ……」


 それは、船酔いだった。

 甲板に出て、船の縁に立ち、海に向かって昼飯を吐き出していく。



「情けないですねえ」


「あの、ヴォルク様、船酔いに効く薬を作ってまいりましたわ」


 とたとたと、エリーがやってくる。

 手には粉薬を載せた紙と、水の入ったコップを持っていた。


 だが、俺はまだ、吐き出し足りなかった。


「おえっ」


 とても薬を飲んでいられる状態ではない。


「ああ、ヴォルク様」


 エリーに背中をさすられ、少し落ち着く。


「ありがとう。大丈夫だ。そこに薬を置いて、船旅を楽しんでてくれ」


 また吐きそうになるところを、俺はこらえた。


 ゴルドランドまでは、船で三日かかるという。

 まだ一日目でこの有様は、先が思いやられた。



「――情けないやつだな」


 船の後ろのほうから声がして、そちらを見る。


 マストの帆を引っ張る、よく鍛えられた体の男がいた。

 横縞のシャツに日に焼けた肌からも、彼が船乗りだとわかる。


「それで女二人をはべらせてる、と。どこの金持ちの坊ちゃんなんだ?」


「なんですかあなた」


「そうですわ。いきなり無礼でしょう」


 セレス、似たようなことをお前もつい先ほど言ってた気がするぞ。


「私はいいんです」


 何様だよお前は。



「船酔いなんかになってるところだけじゃない。いかにもひ弱で、根性がなさそうだ。それでも男なのかお前は? 向かってくるか、せめて言い返すくらいはしないのか?」


 船乗りの男が、ロープを結びながら言ってきた。

 セレスが彼のほうへ詰め寄っていく。


「さっきからぐちぐちぐちぐちと。確かにヴォルクさんはひ弱で貧弱で陰気で粘着質でむっつりですけれど」


 何度も言われたことがある気がするが、傷つかないってわけじゃないんだぞ。


「それでも、あなたなんかよりよっぽど魅力的な人です」


 最後に真っ向から褒められ、なんだ。照れる。


 ともあれ、それで船酔いがよくなるわけでもない。

 口から昼飯がどんどん出てくる。


「ああっ、ヴォルク様!」


 エリーに背中をさすられっぱなしになっていた。


「ふん、お嬢ちゃん。金に目が眩んだかしらねーが、俺がもっといい目を見せてやるぜ」


 俺は横目で、船乗りがセレスの手首を掴み上げるのを見た。


「セレスさん!」


 エリーがそちらに駆け寄ろうとしたところ、別の船乗りたちが集まってきていて、その内の一人が立ちはだかった。

 数は五人。

 とてもエリーが突破できるものではない。


「へへっ、俺はこっちの嬢ちゃんのエスコートをしようかね」


「そこをどきなさい!」


「『どきなさーい』」


 エリーの口調を、船乗りが真似る。


「だめだよー、嬢ちゃん。こっちは危ないから、お兄さんたちと遊ぼうか」


 周囲の船乗りたちが笑い出す。

 ひどく趣味の悪いふざけ方だった。


 俺はようやく昼飯を口から出す作業に目処がついた。

 というより、そんな作業をしている場合ではない。


 俺は歩いて彼らに近づきながら、言う。


「お前ら」


「あ~?」


「今すぐ彼女たちを離して謝るなら、ただの悪ふざけだったと見逃してやる。だがそうしないなら、ひどい目に遭うぞ」


 彼らは笑うのをやめたかと思えば、次の瞬間には大笑いしだした。


 一人の船乗りがこちらの歩みを妨げるように歩いてきた。

 俺はその男と顔を突き合わせる距離で、立ち止まる。身長差は頭一つ分あった。こちらが見上げ、あちらが見下げる。


「聞こえなかったなぁ? もう一度言ってくれるか? どんな目に遭わせてくれるって?」


「ストレスを溜めているのは理解する。相手を選ぶ半端な賢さもな。他の客たちでは、雇い主からにらまれると考えたが、俺みたいなやつなら大丈夫だと判断したんだな」


「だからどんな目に遭わせられんだよって訊いてんだよ!」


「それでも、彼女らに手を出したのは、最悪に愚かしい」


 俺はスキルを発動するべく、頭に思い浮かべる。

 トリガーとなる呪文を口にしかけた時、船尾のほうで大きな水音とともに水柱が上がった。

 俺以外の、その場にいた誰もが、振り返る。

 一目、イカの触手と同じだった。

 ただし、抱えられるほど太く、マストほどにも長い。

 その触手は船の縁に取り付き、船を傾がせる。


 たくさんの悲鳴が上がり、なおかつ、傾いたことによって船の後方へと滑らされる者が続出する。

 セレスやエリーも、その中に含まれていた。


「くそっ」


 さらに悪いことに、触手は一つではなかった。

 二本、三本、四本と船に取り付きだす。

 前方、右方、左方とそれぞれの方向から取り付き、その度そちらへ船は傾ぐ。



「<クラーケン>だ!」


 数多の船を沈めてきたという巨大なイカのモンスターだ。

 よりにもよって、ゴルドランド行きの船を襲ってきた。

 触手は船板を割りながらも、船を海に引っ張りこもうとしている。


「斧と銛だ、かかれ!」


 海でのモンスター遭遇なら、よくあることだ。

 クラーケンとの遭遇回数がどれほどか知らないが、対処もあるようだった。


 船の中から飛び出してきた男たちの手には、その通り、斧や銛があった。


 甲板に散っていき、船にからみつく触手にそれぞれの武器で攻撃しはじめた。


 俺は傾ぐ船の上で、船の手すりに掴まるセレスとエリーのところまで行く。


「大丈夫か」


「はい、ヴォルクさん」

「問題ありませんわ」


 彼女らに絡んでいた船乗りたちも、手すりに掴まっていたり、甲板に転がっていたりした。


 今、他の船乗りたちが触手に対処している。

 彼らに任せておけば安心か、と思った直後だった。


 船の右手から、男の悲鳴が上がる。

 船に取り付いたのとは別の触手が、彼を掴み上げ、海に放り出したのだ。船を沈めようとする四本よりはずっと細いが、手でようやく握れるほどに太く、そして人を投げ飛ばせるほど強靭なようだ。


 さらに、その数は多い。右方に見えているだけで十以上ある。

 触手は十本程度と考えていたが、この分では何本あるかわからない。


「くっそ殺せえええええええええええ」

「ざけんなぼけがあああああああああ」

「逃げてんじゃねえ俺が殺すぞ!」


 甲板は混沌となりつつあった。

 船の中に逃げ込もうとする者には、先ほど絡んできた船乗りたちもいた。


「おい、逃げるのか?」


 俺が訊くと、


「あほかてめえ状況を見ろ!」

「死ね、死んで怪物の腹の足しになりやがれ!」

「嬢ちゃんたちはいただいてやるから安心しな!」


 今まさに彼らの仲間が触手によって海に投げ飛ばされている。

 その中で、あろうことか、俺たちに彼らは襲い掛かってきた。

 混沌もここに極まれり、だ。


「<青い鳥篭(ザインボルガ>」


 鳥篭は彼らを閉じ込め、移動不能にする。

 もちろん、こちらに襲い掛かってくることはできない。


「出せやゴラァ!」

「殺す気か死ね!」

「嬢ちゃん、助けてくれ!」


 ひどいなこいつら。

 同じ人間に襲われる心配はなくなったところで、クラーケンの対処を考える。

 幸い、攻撃的な者から順に投げ飛ばされようとしている。

 だから何もしていない俺たちを、触手は無視しているようだった。

 だがそれも、攻撃の担い手がいての話。

 船乗りたちの多くが、海に投げ飛ばされていっていた。

 細いほうの触手が、俺に向かって伸びてくる。



「<雷の落胤エレキッド>」



 発した電気によって敵を麻痺にさせるスキルだ。

 だが対象の巨大さゆえか、青白い光で一瞬何も見えなくなるほど大量の電気が発せられる。

 バチバチと激しい音の余韻を響かせ、電気は収束していく。

 海に麻痺した生き物が浮かんでいく。

 今乗っている帆船よりも巨大な<クラーケン>が船の後方の海に浮かび上がった。

 さらに海に投げ飛ばされた船乗りたちも、ぷかぷかと海に浮かんでいた。



「……何者だ、あんた」



 鳥篭の中の一人に、問いかけられる。

 俺はそいつを振り返り、


「俺か? 俺は――」


「この方はですね、世界を救う救世主たちの一人、ヴォルクさんなんですよ! 恐れ戦きなさい、ひれ伏しなさい! 下手な口利くと呪われますよ!」


「……セレス」


「はい?」


 俺はセレスの口を引っ張り、仕置きをする。


「いひゃいいひゃい!」


「格の下がるような紹介をするんじゃない。あとあんなのに向かっていくような危ない真似はするな」


 あんなの、と俺は鳥篭にいる連中を指差す。


「……ひゃい。でもですね」


「俺への侮辱とか、お前に比べればどうでもいい。いいな?」


「……はい」


 セレスは頬を押さえながら、不満げであれ、うなずいてくれた。


 それから、船乗りたちによる後始末が始まった。

 海に投げ飛ばされた船乗りたちの回収作業と、クラーケンに壊された船の応急修理が主だっていた。



 ちなみに、セレスやエリーに余計なちょっかいを出した船乗りらは、船倉に叩き込まれた。クラーケン襲撃時の対応も含めて制裁を受けるらしく、彼らとは決して、二度と会うことはないらしい。

 深くは、聞かないでおくことにした。



 数人を欠きながら船乗りたちが忙しくする中、俺たちは船室で大人しくしていることになった。

 その間、俺は船酔いを心配したが、エリーの薬によってまったくの杞憂に終わった。

 エリーが妙ににこにこしているのは気になったが、薬で人を助けられるのが大変にうれしいのだという。人を助けられる喜びというのは、わからないでもない。

 ただ体にいいからと食事に薬を混ぜたがるのは勘弁願いたかった。

 彼女に妙な悪癖でもついていないといいが。



 そして船に乗ってから四日目の朝。

 トラブルによる遅延もあったが、ゴルドランドに到着する。


「兄貴、船旅お疲れ様でした!」

「っしたぁ!」


 船乗りたちのむさくるしい見送りを体験して、俺は船を下りる。

 クラーケンの撃退が俺のおかげとわかると、掌を返され、船旅の途中も大変にむさくるしかった。




「兄貴、どうかお気をつけて。ゴルドランドは、人間を呑みます・・・・



 港に立って下船と乗船のサポートをしていた船乗りの男が、不意に告げてきた。



「いつだって、ここを出て行ける人間は、ここに来れる人間よりも少ないんですから」



 彼からそれ以上の説明はなく、定期船は出発していった。


 ゴルドランドは、世界一のリゾート島である。

 同時に、世界一のカジノを擁する場所でもあった。




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