表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

二周目に行きますか、行きませんか

 目を覚ました時、見慣れた木目の天井ではなかった。

 鉄板を並べて打ち付けた無骨なものだ。

 およそ、人生で目にした事がない天井だった。


「知らない天井だ」


 つまらないギャグをかまして、俺は体を起こす。

 周囲を見回して、自分が寝ていた場所がすぐわかった。


 飛空船の中だ。

 もちろん、現実世界に飛空船なんてものはない。

 ファイナルドラゴンテイルで、物語終盤で手に入る移動手段だ。


 その船室の一つに、俺はいる。


 しかし、画面越しなどではない。

 今、これこそが現実に、俺が体験していることだ。


 だがどうして、ここに自分がいるかはわからない。

 一番新しい直近の記憶を探る。


 目覚める前の、最も新しい記憶。

 ゲームクリアしたら死のうと思っていた。

 そこへ強盗がやってきて、俺をぶっ刺しやがった。


 それから?

 なんだか、頭が働かなくなってきた。


 思い出した。

 ガチに死ぬような苦痛を味わってたら、声がした。

 その声に従って、コントローラーに手を伸ばしたんだ。そしたら、


「いつの間にか、ファイナルドラゴンテイルの飛空船に乗っていた」


 いや、何か忘れている。まだ、思いだしきっていない。


 少年だか少女だがわからない。

 だが、ガキの声がして、




『キミの肉体は死に――』

『ボクがゲーム世界を――』

『何もかもが納得できるなんて――』

『――どちらか、選ぶといい』




「グウウウウウウッ!」


 唐突に右目の奥で激痛が走った。

 ガキが俺に向かって偉そうに喋るイメージが、流れ込んできたのだ。


 それ以上、こうなる前の記憶を思い出すことはできなかった。

 思い出しかけた記憶は、彼方へと行ってしまった。


 なんとなく、ガキと話していたことが思い出せるだけだ。


 ここは、ファイナルドラゴンテイル(FDT)の飛空船。

 それは間違いない。何百回何千回と見たことのある部屋と同じ作りだ。


 とりあえず、ガキのことは、後回しだ。

 状況を把握するために、もっと情報を集める必要がある。




 俺は自動ドアをくぐり、廊下に出た。


「きゃっ」


 するとおそろしくやわからいものとぶつかってしまう。


 それでいて、俺は横からぶつかられて転んでしまった。

 感覚からして大した衝撃でもなかったのに。

 三ヶ月の引きこもり生活はここまで足を弱くしたか。


「わっ、ごめんなさい、って」


 俺は、ぶつかってきた人物を目で確かめる。

 驚くほか、なかった。


 薄汚れた作業服に、タンクトップ。

 タンクトップの下にある主張の強い胸に、引き締まった体つき。

 ショートカットの金髪の下で、大きな眼鏡をかけている。

 好奇心の強そうな大きな丸い目。

 子どもっぽく突き出され気味の唇。


 ――ファイナルドラゴンテイルの登場キャラクタ。

 超優秀な飛空船技術士の娘。

 セレスナート・メロー。


 彼女に間違いなかった。


 しかしすると、ぶつかったときに得たあの感覚はやはり……。


「ヴォルクさん。出てくる時は気をつけてくださいよ」


 なん、だって。


 ヴォルク、とこの娘は、セレスナート・メローは言ったか。


 その名は同じく、FDT登場キャラクタの一人の名だ。

 主人公パーティーの一員、ヴォルク。


 世界一の呪術師として加入する異色の青年である。

 登場時は主人公の敵であり、呪術で人を操り暗躍していた。

 だがヴォルクもまた、姉を利用されてラスボス・グアガに操られていたのである。

 姉が死んでいるのがわかると、ヴォルクは改心し、主人公パーティーに加入した。


 と、ここまでは物語上の設定。

 ここからは、戦闘における評価となる。



 なんといっても、死にキャラとして名高い。

 操作キャラの中で、ダントツに弱いのだ。

 それには三つの理由がある。


 一つ、加入時のレベルが低いこと。

 まあ、これはレベルを上げればいい。

 レベル差がある中で死にやすいから、少し手間だけどな。


 二つ、魔法型ステータスであること。

 攻撃魔法もない中、物理力は低く魔力が高い魔法型ステータス。

 魔力が完全な無駄ステータスだ。



 三つ、スキルがデバフ系ばっか。

 とにかくこれが致命的。

 敵のステータスを下げたり、毒や呪いなどのステータス異常を起こさせたりする。

 呪術師だけあって、他にも、解呪や、即死系のスキルは持っている。一応これも状態異常の範疇らしい。

 しかし『戦闘』においては役に立たない。

 状態異常を発生させるより殴って倒したほうが早い。

 解呪が必要な状況があまり発生しない上にアイテムで代わりが利く。


 唯一ありがたいのは、一般的なRPGと比べて即死が効きやすいということ。

 ただし、不確実性が絡む。

 ボスにはまず効かないし、自分よりレベルが低いモンスター相手にのみ確実となる。

 そんな時、やはりすでに殴って倒したほうが早いのだ。

 爽快感もそっちのほうがあるし。



 このように、ヴォルクはゲームでは、完全な死にキャラだった。

 ファイナルドラゴンテイルの三大汚点の一つだ。

 リオンどころか、ゲームではろくに役に立たなかったヴォルクだと?


 ふざけんな。


「ヴォルクさん、聞いてます? ぶつかったのはこっちですけど、そちらにも非が――」


 セレスが近づいてくる。


 いや待て?

 俺は、マジにゲームキャラになったというのだろうか?


 なるほど、ゲーム世界に入れるというあのガキの声につられた。

 だが、本当に今、そうなっているのか。


 もういっそ夢であってくれ。

 ヴォルクになったとか、そんなことはないと確かめたい。


 だから俺は、目の前で強烈な存在感を放つメロンをわしづかみにした。


「ヒッ!?」


 俺が味わったことのない感覚が、掌に伝わってくる。

 これは、なんと。


「何するんですかいきなり!」


 スパナでド頭を思い切り殴られる。

 勢い、壁に叩きつけられた。


 本来であれば死ぬか、死ぬような痛みを味わうはずだ。

 けれど、軽く殴られた程度の痛みだった。

 例えるなら自動ドアが開かずに頭をぶつけてしまったくらい。


 予想外に激しく叩きつけられたのは意外だった。

 が、やはり、軽い。


 とはいえ、痛覚はある。

 夢ではない。

 ここは本当に、ゲームの中なのだ。


「――はははははははははははははは!」


「ちょ、ただでさえいかれてた頭にトドメ刺しちゃいましたか私!?」


「いや、大丈夫だ」


 もう、どうでもいい。

 ゲームでまでこんなふざけた理不尽を味わいたくない。

 飛空船から飛び降りれば、死ねるはずだ。

 あるいはモンスターに殺されるのだっていい。


 転生したといったって、しょせんゲームはゲームだ。


 俺が再び自殺を考えていると、



「っていうかもう、ヴォルクさん。部屋を汚して、叱られますよ」



 いつの間にか、セレスが、俺が寝ていた部屋のほうを見ている。


 何の話だ。

 別に、汚れてなんかいなかったはずだ。


 ところが、俺が部屋を覗き込んだ時、異変が生じていた。

 先ほどまで、あんなものはなかった。あれば気づいていた。


 赤いペンキで直径二メートルほどの円が描かれていた。

 場所は机を中心としている。

 机の上には、やはり先ほどまでなかった手紙があった。


 俺は手紙に飛びついた。


 手紙の内容は、このようなものだった。



『まずはゴメンね。

 君の期待通りにすることはできなかったよ。

 プレイしていた以上、主人公はいわば君のワケミタマだった。

 主人公はプレイヤーの分身です、というやつでね。

 お互い同じ魂で、反発しちゃうんだ。うっかり、メンゴ!

 そのヴォルクってキャラクターになら可能だったので、

 そのキャラに君の魂を移してあげたよ。

 精々それで満足して楽しんでね。

 よいプレイを!

 ――さっちゃんより』



 なんだこのふざけた手紙は。

 俺は手紙を強く握ってしまう。

 このまま握りつぶしそうになったが、手紙にはまだ続きがあった。



『P.S.もし、本当に主人公になりたいのなら』




『君は二周目の世界に行くしかない』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ