いざバカンス
「だめだだめだ。お前たちのような怪しいやつを、研究所に入れられるもんか」
何回目だろうこの感じ。
「だからー、リオンさんの仲間だって言ってるじゃないですか」
「そんなこと言ってもだめなものはだめだ。ここはな、世界の最先端の研究を行っている、いわば世界の防衛線なんだぞ。入れられるわけがないだろう」
砦を研究所として利用している、王立科学研究所。
その門前で、俺とセレスは足止めを食らっていた。
「ヴォルクさん、ここは一つ<魅了>なんかで」
「何を言い出すんだお前は」
「だって他に方法が……どうしたら入れてくれるんです?」
門番は槍で肩を叩きながら、
「王家の紹介か、それこそリオンさんでも連れてくるんだな」
「王家って、今彼らがどうなってるか知ってるくせに」
「じゃあリオンさんと一緒に来ればいい。仲間、なんだろ?」
門番は手で俺たちを追い払う真似をする。
その時、砦のほうで爆発が生じた。
何事かと思えば、砦が崩れる音とともに、噴煙が立ち上っている。
「うっわ何ですか?」
「くっそまたかよ勘弁しろよぉ!」
セレスと門番の反応を聞きながら、俺は煙の中から飛び出すものを見た。
細身の竜、<エメラルドワイバーン>である。
中終盤に出てくるレベル70相当のモンスターだ。
複数の状態異常を発生させるブレスと、石の弾丸が特徴となる。
エメラルドワイバーンは空に向かって飛び出そうとする。
だが、できない。見えない壁に阻まれている。
「結界ですか。さすが最先端」
「あーもう。あんたら、とりあえず下がってろ。砦からは出てこれないはずだから」
門番は砦の敷地内へ入っていく。
ワイバーンには火炎や雷撃や氷の魔法が、砦のあちこちから浴びせかけられていた。
やがてこの翼竜は空から飛び出ることを諦め、砦内の敵を仕留めることを優先したようだ。
砦のほうに降下した後、野太い悲鳴がいくつも聞こえてきた。
「っていうか、なんで砦の中にモンスターなんか」
「いろいろ危ない研究もしているらしいからな。モンスターの研究もやってたようだし」
「で、飼ってたモンスターを事故で逃がしちゃってる、と」
「ああ。だが、手に余るものを抱えてたみたいだな」
砦に詰めていただろう兵士たちの悲鳴を聞いていればわかる。
やがて門番が、体のあちこちに傷を作って戻ってきた。
逃げることに気合一杯の声を上げながら、砦の外まで飛び出してきた。
砦の外に出ると彼は急に止まり、ぜいぜいと息を荒げていた。
「どうしましたー、門番さん」
「いや、あのド変態、エメラルド、ワイバーン、をっ、改造強化でも、してたみたい、で」
つまりはモンスターを研究していた所員が、やらかしてくれた、と。
ワイバーンは、地上すれすれを滑空しながら、砦の門に飛んできた。
なるほど、通常であれば体のあちこちに緑の石を埋め込んでいるだけなのが、鋭い石となっている。さらに、魔法の痕跡があるものの、いずれも大したダメージを負わせている様子がない。
「こっちに来るが」
「いや大丈夫でしょ、結界張ってあるんでしょ」
「いや」
と、門番が早口で否定する。
「門の結界は一番弱いんだ!」
彼は一目散に逃げ出した。
「よし私たちも逃げましょう」
と逃げようとするセレスのタンクトップを、俺は掴んで止めた。
「何するんですかぁ!」
「逃げたのを探すのが手間だろ」
なるほどエメラルドワイバーンは、少し勢いを減じさせこそすれ、結界をものともせず、砦の門を通り抜けた。
結界は破られ、ワイバーンがこちらに向かって口を開く。
その瞬間に、俺はスキルを発動。
「<死神の一振り>」
死神が鎌を振るえば、ワイバーンはぐらりと傾がせて落下、その体を激しく地面にこすらせた。
俺のそばをワイバーンの体が抜けていき、そして止まる。
すぐに体は、塵となっていく。
「……信じてました」
「もうお前のその言葉は信じねえぞ」
「おおご苦労さん。リオンさんの仲間というだけはあるな!」
民家の陰から、先ほどの門番が戻ってきた。
砦で詰めていた兵士たちもばらばらとやってきて、モンスターの痕跡の検分に来る。
「リオンさんの仲間? やるなあ」
「ははは、やるじゃないか」
「だけどこんなのいたっけ」
「いやいなかった」
いたし、リオンと一緒にここを訪れたこともあるぞ。
ともかく、だ。
「これの代わりといっては何だが、砦に入れてもらえないか。所員と話したいことがある」
「……決まりでなあ。俺たちに決定権はないし」
「リオンたちが、苦境に陥っている。そのために必要なことだ」
「何とかしてやりたいよ? けどねえ」
「強いからこそ、下手に砦の中に入れづらいっていうか」
「口惜しいことに、権限がない。ああ口惜しい!」
「あと責任を取りたくない」
最後のが本音だろお前ら。
「なら、ジェフォーダンの令嬢の紹介があれば、どうだ?」
「ジェフォーダンの?」
門番の目の色が変わる。
途端に、嬉々としたはじめた。
「エリス・ジェフォーダン様かい? それならば構わないとも」
「なら簡単だ。今ここに――」
俺が振り返ると、そばにエリーがいなかった。
そういえば、かなり前から、いなかった気がする。
ただ、研究所のそばまでは、確かにいたはずなのだ。
「エリー?」
辺りを探すと、街の花壇のそばにしゃがみこんでいた。
街の景観をよくするための花壇だが、エリーの隣に、白髪の老人が同じようにしゃがみこんでいた。
どうも二人とも、花壇のほうを見つめている。
「エリー、そこで何をしているんだ。そのじいさんは誰だ?」
「ヴォルク様。この方は――」
「ちょっと所長!」
門番が叫んで、老人のほうに駆け寄った。
老人はぴくりとも反応せず、花壇の花を見つめている。
「また抜け出したんですか。勘弁してくださいよ。ほら、所内に戻りましょう?」
所長であるという老人は、まったく動く気配がない。
王立科学研究所所長、オジロ・コプリカント。
天才だと呼ばれ、魔法科学研究の第一人者である。
天才の典型例に漏れず、彼は変人で名が通り、神出鬼没であり、気づけばどこかでぼーっと物思いにふけっている姿が見られる。
老人特有の症状が出ているのかとも思われるが、突然新たな発見をすることもしばしばある。
「あの、所長さん」
と話しかけたのは、セレスである。
「リオンさんたちが、どうも奇病か、呪いにかかったようなんです。死んだように眠ったまま、動かなくって。その原因究明のために、誰か研究員の方に協力してもらいたいんですよ。あとこれは関係ないんですが、おたくの所員が逃がしたワイバーンによる被害を食い止めたのは私たちなんですよ。全然関係ないんですけど」
黒いぞセレス。
だがまあ、このくらいは当然の交渉カードだ。
「んー、そうだねー」
オジロの受け答えは完全に上の空だ。
「お嬢さん無駄ですよ人の話聞かないんだからこの人――ってエリス様!」
門番はオジロに気を取られていて、エリーのほうに気づかなかったらしい。
「どうもお久しぶりです。僕のことを覚えてらっしゃいますか!」
「ええ。覚えていますわ。死ぬまで門番をやるといううだつの上がらない方よね?」
「はい! 覚えていただいてありがとうございます!」
マゾかこの門番。
まあ、気持ちはわからないでもない。
エリーが外向きの性格で門番に毒舌で話しかけ、門番が喜ぶという構造が続いていた。
なんだこれ。
俺は息をつき、オジロのほうに注意を向ける。
するとふと、彼が呟いた。
「エリー君の頼みだし、いいかあ。シノン君が、いいよ」
「シノン?」
「きっと、役立つよ」
「それは、所長として、所員を貸し出してくれるということでいいんだな?」
「うーん」
いいのか悪いのかどっちだ。
「シノン君、自由だからねえ」
あんたもかなり自由にやってる感じだが。
「シノンさん? それはダメだよヴォルクさんとやら」
門番が不意に話しかけてきて、俺は眉をひそめる。
「なんでだ。オジロ所長から許可は取ったぞ。一応」
「そういう意味じゃなくてさあ。本人に問題があるんだ」
「私、シノンさんと面識はありませんけど、その、かなり自由な方と聞いていますわ」
エリーが補足しにきた。
オジロにもエリーにも、自由、と言わしめるほどの人物か。
「いやそれもあるけどさあ」
門番が、やれやれといったふうに首を振る。
「いま、バカンスに行ってんだ、あの人」