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何なりと、私にお命じ下さい

 兵士たちに追い詰められる中、俺がスキルを発動しかけた時、



「――下がりなさい!」



 エリスが兵士たちを一喝した。



「体ばかりを鍛えてろくに考えもしない愚昧な兵士たちが、何を思い私の行く手を阻むのか! 私は操られてもいなければ狂ってもいませんわ! 私は、自らの意思でメルカトールに行くと決めたのです!」



「見ろ!」


 ジャンが震える指先で、エリスを指差す。

 その目尻が下がった表情は、いかにも助けを欲する老人のものだった。


「私の娘が、あんなことを言うものか。あの呪術師の呪いにかかっておるのだ。惑わされるな。すべて、あやつに言わされていること!」



 兵士たちに、迷いが生じたようで、その中の誰かが叫んだ。



「命を賭して、お嬢様をお救いしろ!」



 当然の判断、なのだろう。

 騎士団が信じるべきはジャンであるし、娘のほうは名を落としている。


「くっ……、ヴォルク様、すみません。せめてお一人でお逃げに」


 エリスが、俺の手に自らの手を重ねて、うながしてくる。


「ようやく、手を取ってくれたな」


「は?」


 バルコニーは、完全に包囲されている。

 屋上も、右も、部屋のほうも、兵士が待ち構えている。

 さらに、今か今かと、飛びかかろうとしている気配だった。


 エリスの意志は、完全に確認できた。

 ならばもう、やることは決まっている。


 俺は、夜空に向けて放つように、笑う。


「ふはははははは!」


「おのれ何がおかしい呪術師風情が!」


「バレてしまっては仕方ない!」



「何ぃ!?」


 ジャンが目をむき、驚いたようだった。


 実際、彼が誰より、茶番であることを知っている。

 俺が茶番劇を壊すのでなく積極的に参加することに驚いたのだろう。


 その茶番、利用させてもらう。



「ヴォルク様、一体何を……!」


 俺はエリスを無視し、彼女以外の全員に向かって叫んだ。


「できるだけ穏便にこの娘をいただきたかったが、もはやこれまで! 毒をせいぜい吸い込まぬよう気をつけろ!」


「くそ、かかれ!」


 兵士の中の一人が声を上げたことで、三方向から兵士たちが一斉に飛びかかってくる。


「――<闇より深き霧ダーカースモッグ>」


 床や壁が割れ、そこから黒い霧が噴出する。


 俺はその中でエリスを屈ませながら、自らも身を屈める。


 兵士たちも見えていなければ、捕まえることなどできはしない。


 バルコニーだけでなく、エリスの部屋の中もまた、霧で充満する。


 混乱が、部屋に満ちていく。


「誰か! 法術が使える者は!」


「待てまずは逃げるのだ、毒に侵されるぞ!」


「闇雲に動くな! 毒煙が晴れるのを待て!」


「……エリス、行くぞ」


 俺は背中を屈め、バルコニーから部屋の中を突っ切りに行く。

 こっちだ、とエリスの手を引き、走り出した。エリスも応じてくれるが、



「ヴォルク様、けれど、毒だなんて!」


「心配ない、ただ一時的に視界を奪うだけの霧だ。毒でも何でもない」


「え――?」


 闇の霧の中を移動する際、一部霧が晴れている場所があった。

 ジャンの周囲だ。彼を、透明の膜が覆っている。


 走り抜ける瞬間、彼と目が合った。

 ジャンはまず驚き、それから怒りに顔を歪ませようとしていた。


 俺はすぐ彼から目を切り、部屋の出口を目指す。


「エリス! 私を置いていかないでくれ!」


 後ろから追いすがってくるジャンの声に、エリスを引く手が重くなった。


 エリスの足取りが、父親の言葉で鈍ったのだろう。


「あの男らしいタダの方便だ、気にしなくていい」


 俺はエリスを連れて部屋を出て、霧の範囲外に出た。


 すると先に出ていた者や、もともといた者たちが、廊下で待ち構えていた。


「お嬢様をさらわせはせんぞ!」


 一人の掛け声に、大勢の兵士たちが気迫のこもった返事で応える。


 一瞬、俺は動きを止めそうになるも、彼らを突破するべくスキルを発動。

 いま見えている兵士の数は、十に満たない。ならば、これが有効だ。


「<十三の睡魔(サンドメン>


 再び現れた十三の悪魔たちが、兵士たちに砂を振りかける。


 ほとんどが眠りに落ちていく。


 だが兵士の中で一人だけ、全身甲冑の男が、倒れかけたものの、踏みとどまっていた。


 霧が晴れるまで、部屋の中にいた兵士たちが再び追ってくるまで、猶予はない。

 睡魔に耐えた男は、剣で睡魔たちを切り捨てる。

 それからその剣を、俺のほうに向け、


「貴様のような者に、お嬢様を傷つけさせは……」


 言い終わる前に、前へと倒れこんだ。


 間違いなく、スキルは効いていた。

 けれどこの男は、一時であれ、耐えていた。


 俺はそのことを心に留めながら、彼の体のそばを走り抜けて、屋敷の外へとエリスを連れ出す。


 エリスの部屋に兵士たちが集中していたようで、それ以降兵士と遭遇することはなかった。



「ヴォルク様、なぜあのようなことを……?」


「あのようなことと言われてもわからん」



 俺は屋敷の門を開き、街に出た。

 いつ、追いかけてこられて捕まるかもわからない。

 走るぞ、とエリスに告げて、彼女の手を引いて走る。


「ヴォルク様は、なぜ父の詭弁に同調したのです? なぜ自分から悪者となるような真似をなさったのです」


「自分の胸に聞いてみろ」


 俺は走りながら、道を思い出していた。

 こうなった以上、宿屋に戻り、<フェンリル1号>で街から逃げるのが最善だ。

 けれど、道は薄暗いし、そもそも道順をうろ覚えだった。

 とにかく今は、屋敷から離れようとしている状況だ。


「私の胸に、ですか?」


 短い言葉だけではわからぬようなので、俺は補足する。


「お前も、自分から悪者になりにいっただろう」



――すべて、私がやったことですの。私が自分勝手な欲望で、リオン様たちを罠にはめたのですわ。

――高貴なる者の手にこそ高貴な宝飾品があるべきなのですわ。

――そういうことに、してくださいませんこと?



 こうやって彼女は悪役となり、後味の悪いまま、ジェフォーダンの事件は幕を閉じた。


「それと、同じことだ」


「だとすれば、毒など使われるはずもないのに。無礼を働いた上に、こうして助けていただいている恩義。もはや何なりと、私にお命じ下さい。必ず、お応え、いたし、ます――」


 ぐい、とエリスを引く手が、引っ張られた。

 今度は、立ち止まってしまう。


 見れば、エリスが太ももに手をつき、肩を上下させている。

 ここまで、とっくに走らせすぎていたのだ。

 仮にも、短い期間だったにせよ、幽閉されていた娘なのだから。


「――いたか!」

「いない、住民も起こして探させろ!」


 遠く、兵士たちの声が聞こえてきた。

 すでに街に散っているはずで、彼らの言葉が真実ならば猶予はない。

 ただし、エリスを走らせることはできない。


「申し訳、ありません。ありがとうございます。もはや、今度こそ、これまで」


「何なりと命じろ、と言ったな」


 俺が確認すれば、エリスは力強くうなずいてくれた。


「なら命じるぞ、諦めるな」


 エリスは、頬に一筋の涙を流した。

 その姿を綺麗と思う俺は、畜生だろうか。


 ともかく、時間はない。

 俺はエリスを姫抱きにする。


「ヴォ、ヴォルク様っ?」


 思った以上に軽い。ステータスのなせる業か、エリスが軽いのか。

 両方だろう。


「悪いが、掴まっててくれ。安定しているほうが走りやすくて速い」


「……はいっ」


 エリスが、俺の首に抱きついてくる。

 その際、彼女の胸が押し付けられ、俺は接触部分に集中力をフル稼働させた。


「……ヴォルク様? もしかして、私、重いですか?」


 走り出さない俺を、いぶかったのだろう。

 俺は頭を振り、エリスの疑問と、自分の煩悩を否定する。



「いいや。何でもない、行くぞ」


 俺が走り出せば、再びエリスが首に掴まってきた。

 先ほどの繰り返しにならぬよう、気を強く持つ。


 兵士たちが俺たちを探そうとする大声は聞こえつづけている。

 住民の声も交じり始めたようで、いよいよ、発見しやすくなっているはずだ。


 だというのに、俺は、宿屋の正確な位置がわかっていなかった。


「エリス、すまない。宿屋がどこにあるかわかるか」


「え、はい。それならば、ここを戻ったところを左に曲がれば……」


 さっさと訊いておくべきだった。

 エリスの道案内に従って、宿屋に向かう。


 その通り、宿屋を見つけた瞬間、


「いたぞ! 怪しい黒い外套の男と、エリスお嬢様だ!」


 一人の住民の男に、見つかった。


「早く来てくれ、頼む! 宿屋の前だぁ!」


 兵士たちの叫び声が街中で繰り返され、位置情報が広がっていくのがわかる。


 宿屋で待っているだろうセレスを、呼びに行っている間があるかどうか。


「セレス! そこにいるな!」


 俺が二階の部屋のほうに呼びかけると、予想外の方向から返事があった。

 馬小屋のほうから聞こえたのだ。


「はいはい、準備はできてますよ!」


 俺が馬小屋のほうに駆け込めば、すでに<フェンリル1号>に乗り込んだセレスがいた。


「セレス、よく備えててくれた」


「こうなるんじゃないかと思ってたら、街で騒ぎが起きてるんですもん」


 セレスが苦笑するのに、俺もまた同じように苦笑するしかなかった。


「すまん。とにかく、出るぞ」


 <フェンリル1号>は、二人乗りだ。

 それでも狭いだけで、三人詰めれば、乗り込むことができる。

 俺は運転席側からエリスを乗せ、自分が運転席に乗る。


「エリス様ですね。私、セレスと言います。よろしくお願いします」

「は、はい。わ、私はエリス・ジェフォーダン。私の名を刻み、私があなたの名を覚えるという栄誉に打ち震えなさい!」

「……ヴォルクさん、これどうしたらいいんですかね」


「エリスはこちらこそよろしくと言ってる。家庭環境が複雑でな」


「ははあ」


「それより出るぞ、はじめから速度を出す。暴れ馬に乗るつもりで、何かに掴まってろ」


 俺がそう言えば、エリスは俺の体に掴まってきた。


 ……それは予想してなかったなあ。


「ここは包囲された、大人しくしろ!」


 馬小屋の前に兵士が立ち、出口を塞いでくる。

 果敢に剣を構えているが、初めて見る<フェンリル1号>に対し、眉間にしわを作った。


「何だ、その乗り物は」


「そこをどくことを勧める」


 俺はハンドルに片手を置き、急発進させた。

 兵士と、エリスの悲鳴を聞きながら、馬小屋から通りに出た。

 幸い兵士は反射神経がよく、いつぞやのゾンビのような事態にはならなかった。


 ハンドルを必死に回し、正面の家にぶつからぬよう方向転換。

 軽くぶつかってしまったし、車体をかなりこすってしまう。

 だが、ケガなく無事に、街の通りに出ることができた。


 ジェフォーダンという街は、道がきちんと整備されしている。

 ゆえに、車での走行も、街中であろうと馬よりずっと速度を出せる。


「何だあれは!?」

「追いつけない、馬持って来い馬!」

「全門に知らせろ! 化物みたいなのが行くぞ!」


「はいはいどかないとひどいですよー! なんていうかひき肉ですよー!」


 通りで散らばっていた兵士たちに、セレスが注意を叫ぶ。



 兵士たちを蹴散らしながら、<フェンリル1号>は猛然とした速度で行く。


 東の門まで、もう間もない。








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