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夜の逢瀬と邪魔者

 赤レンガに白枠の窓が立ち並ぶ通りを、俺は歩く。

 どの家も三階以上で、一軒一軒の面積は、縦横それぞれ五メートルから十メートルほどのようだった。

 通りも整然とした格子状で、計画的に、人口が密集した街並なのだとわかる。


 けれど人があまり夜出歩かないのは、


「こら、遅くまで遊んでると<獣>に食われちまうよ!」


 という、脅し文句に尽きる。

 家から飛び出そうとした幼い少女を、母親が腕を掴んで、家に引き戻していた。


 俺はそんなやり取りを横目に、街の中央部を目指した。

 街の中央に行くほど、一軒一軒の面積は狭く、階数が多くなっていく。


 中央にあるほど、人口密度が高いのだ。


 しかしその最も中央に位置する家は、そうした法則を無視していた。

 何十と部屋がありそうな屋敷で、白い壁に青い屋根という造りだ。横に広がった立派な構えをしており、それに似つかわしいだけの庭に加え、屋敷を囲む高い鉄柵もあった。


 そして、屋敷の周囲で見張りの兵士たちがいた。

 門の前についていたり、屋敷の周囲を巡回している。


 彼らが守るのは、ジェフォーダンの住む屋敷だ。


 俺が屋敷に近づいていくと、巡回の兵士が見咎めてきた。


「おい。貴様、一体何をしている」


 俺は無視し、鉄柵のそばまで寄ってその高さを見上げる。

 三メートルくらいある。取っ掛かりもなく、上るのは難しそうだ。


「一体、何の用だ。お嬢様を狙ってきたのではあるまいな。いかにも怪しいぞ」


 巡回の若い兵士が、俺に槍を向けてくる。


 俺は正面の門から入るのがよさそうだと思い、そちらへ行く。


「お、おい、待て!」


 俺が正門に行くと、そこには見張りらしい二人の兵士がいた。

 甲冑を着込み、真っ直ぐ立っていたが、顔だけはこちらに向いていた。


 構わず、進み、正門の正面に立った。

 そこで、目の前で二本の槍が交差する。

 見張りの兵士二人が、俺の進むのを槍で止めてきたのだ。


「何者だ」

「我らジェフォーダンの番人。貴様のような怪しい輩、決して通さぬぞ」


「夜間の見張り、ご苦労様だな」


「何ぃ」


 兵士が、兜の下で顔を歪めるのが、見なくてもわかる。

 さらに背後から、巡回していた兵士の槍が、俺の顔の横に突き出された。


「とりあえず、詰所まで来てもらおう。話はそれからだ」


「今日は、エリス・ジェフォーダンの守りはいらないぞ」


「は?」


「<十三の睡魔サンドメン>」


 石畳を割って、ぼこぼこと小さな悪魔たちが地中から現れる。

 いずれも毛がなく尖った耳をして、醜く笑っていた。

 手に持つのは、小さな壺だ。


「何だこいつ――ら?」


 睡魔たちは壺の中の砂を兵士たちに振りまいた。

 その一瞬後には、彼らはすっかり脱力したようになり、石畳の上に寝転がってしまった。


 睡魔たちはけたけたと笑って、倒れた兵士たちの上で跳ねたり、体を突いたりしていた。


 死神のように、消えるわけではないのか。

 少なくとも俺に害するわけではなさそうだが。


「おいお前ら」


 甲高い鳴き声を上げて、睡魔たちは動きを止めて俺を振り返った。

 背筋を正す睡魔もいて、言うことを聞くのではないか、と思った。


「屋敷の中の人間をすべて眠らせてこい」


 睡魔たちは一際甲高い鳴き声を上げたかと思えば、走り出した。

 門の柵の間をすり抜けて、屋敷の中へ散らばっていった。


 屋敷のほうでは短い悲鳴が聞こえることがあるものの、大きな騒ぎになった様子はない。

 順調に眠らせていけているらしかった。

 俺は門を両手で開け放ち、正面から屋敷に侵入する。


 人目をはばかることなく、堂々と、玄関までの道を歩いた。

 エリスの部屋の場所は、覚えている。幽閉後も、変わらず私室にいるはずだ。


 建物内に入れば、そこかしこで、執事やメイドが眠っていた。

 兵士たちも交じっており、起きて動く者はひとりとしていない。


 俺は玄関ホールから階段を上って二階に行き、西奥の部屋を訪れた。


 部屋は、赤絨毯が敷かれ、天井には天国の絵が描かれていた。

 中央には天蓋付の十人眠れそうな大きなベッド。

 その他、本棚、机、化粧台、衣装ダンスと様々あった。

 その中に三人掛けのソファがあった。


 そこに、二十半ばと思しき娘が横たわっていた。


 長い緑髪で、黒のドレスを着ている。


 エリス・ジェフォーダンだ。


 睡魔が彼女を眠らせたとき、すでにソファに横になっていたのだろう。

 彼女は手もたれに覆いかぶさるような体勢だった。

 左足は折り曲げて体に引きつけ、右足は投げ出している。

 ドレスには深いスリットが入っていて、投げ出した右足は深いところまで、露になっていた。

 彼女が寝相で足を動かすのに、俺は視線が釘付けになる。

 無防備な寝姿だ。

 少しの間見ていたものの、当初の目的を思い出す。


 俺は彼女のそばまで行き、「<解呪ディスペル>」と睡眠状態を解除。


 するとエリスはゆっくりと目を開け、俺のことを横になったまま見る。

 それから数秒して、悲鳴を上げて、逃げ出した。

 ドアに向かうには俺が邪魔で、窓のほうに彼女は走った。


 まずい。

 逃げられては、話もできない。

 スキルを発動しようとして、とっさにはできなかった。

 動きを止めるスキルはあれど、彼女が怯えて逃げ出したのは明白だ。

 その彼女に、追い討ちをかけるマネをするのか。


 エリスは窓の鍵を開けようとしてはいたが、うまく開けられないようだった。


 俺は距離を取ったまま、話しかけた。


「待て。落ち着いてくれ。俺だ。ヴォルクだ」


 エリスは俺のことを一度振り返ったが、応えてはくれなかった。

 窓を開け、バルコニーに出る。


 けれど、その先はない。

 これだけでかい屋敷だ。

 飛び降りるのにも、隣の部屋に跳び移るのにも、お嬢様の足ではできまい。


 エリスの表情には、ありありと怯えの色が浮かんでいた。


 俺はあくまで近づかず、距離を保ったまま、話しかける。

 これ以上、怯えてほしくなどない。


「リオンの仲間だ。いただろう。ヴォルクという男も。危害を加えるつもりはない」


 エリスはバルコニーの手すりに掴まったまま、俺を振り返った。

 それから、だんだんと、体の緊張も消えていったようだった。


「リオン様の。そういえば、見たことがあるような」


「そうだろうとも。俺は、あんたを、助けに来た」


「……なぜ?」


「ここにずっと幽閉されているんだろう。出て、やりたいことはないか。俺がきっと、叶えてみせる」


 エリスは、怪訝そうな表情をした後、力なくふっと笑った。


 その表情の変化は、どういうことだ?

 疑問してくるのは、わかる。

 だが、仕方ないと諦めたようなのは、何だ。


「ほ――」


「ほ?」


「ホホホホホホ!」


 エリスは体をのけぞらせて高笑いをする。

 肩にかかった髪を払いのけながら、言った。


「あなたごとき卑しい者に、してもらうことなどありませんわ!」


 俺は呆気に取られた。


「さっさと鼠のごとくここから逃げ出しなさい! そうすればせめて地べたを這って生きていくことはできるでしょう! まったく、何を勘違いしたのだか。私に、助けてもらういわれなどありません」


 俺は固く目を閉じ、心を落ち着かせてから、溜息をついた。


「いや、そういうのはいらんから」


「え」


「さっさと言ってくれ。いつまでも話してるわけにいかないしな。ああそれともまず、ここから連れ出したほうがいいか」


「あの、ヴォルク、さん? 怒らないというの?」


 エリスがきょとん、となる。


「お前、素が出てるぞ」



 エリスは唇を真一文字に結び、情けない顔になる。

 それから頭を振って、こちらに再び顔を向けた時、先ほどまでの蔑みの笑みを浮かべていた。


「何を訳のわからぬことを! これが、本当の、私だというのに。これだから無教養な庶民は。まるで見当違いなことを言うものですわ」


 エリスは、口元に手をやって、ほほほと笑う。


「めんどくさいからそういうのやめて、すっぱり話そう。な? 時間がそれほど許されてるわけじゃないんだ」


「ななななな何を! おっしゃっているのですわこのヴォルクが!」


「キャラが混ざってる混ざってる」


 あとヴォルクを罵倒みたいに使うのやめてくれ、一応。


 母を小さい頃に亡くした、ジェフォーダン家の令嬢・エリス。

 彼女は温厚で優しい素の性格と、高慢な貴族という外向きの性格を併せ持つ。

こうなるに至った過程は、いろいろだが、大きくは母が高慢な貴族だったことに由来する。



 つまるところ、エリス・ジェフォーダンという娘は、だ。

 普段は外向きの、高慢な性格で話す。

 けれど実際は素の優しい性格で動いているのだ。



 だが、この時ばかりは、そういう彼女のかわいらしさも、めんどくさいだけだ。


「じゃあ、例えば提案するが、これから東の、科学の街<メルカトール>に行くのはどうだ。そこでなら、好きな薬草の研究もやりやすいはずだ」


「うっ」


 俺が近づいていっても、エリスが怯える様子はない。

 喋りながら、ゆっくりと距離を詰めていく。


「大体、どれくらい森に行くことができてない? 庭には生やせない類の薬草もあるだろう。あと、東に行けば、こことはまた違った植生もあるはずだ。そうだな」


「うううっ」


「ずっと、ここで暮らすのは辛いだろう。愛した人々からは疎まれ、ここにいたところでお前にできることはそうない。むしろいないほうが、皆のためになるくらいだ」


「う、くっ……」


 見る間に、エリスの目に涙が溜まる。

 月光に照らされ、はっきりと見ることができた。


 俺はもう、窓のすぐそばまで来ている。

 同じバルコニーに立つまで、あと一歩だ。


「ひどいことを、言っているのは、わかる。だが、どうだ。俺なら、確実にお前を送り届けられる」


 俺は、さらに一歩を踏み出し、彼女と同じ場所に立つ。


「頼む。俺は、あの決断をしたお前に、このまま終わってほしくないんだ」


 俺はさらに歩み寄って、握手を交わせる距離まで近づいた。

 あとは、手を差し出すだけだ。

 彼女の選択を待つ。


 エリスはためらいながらも、俺の手を伸ばそうとし――、


「――そこまでだ!」



 俺は、背中に鈍い痛みを感じた。一歩、その場でたたらを踏んだ。


 バルコニーに、ナイフが落ちる。


 振り返ると、銀色の鎧を着込んだ初老の男が、部屋の中に立っていた。

 彼がそこから、俺に向かってナイフを投げたのだろう。


「――お父様、何をなさるの!?」


 俺は背中側に立つエリスを意識しながら、ナイフを投げてきた男の名を口にする。


「……ジャン・ジェフォーダン」



 彼は、虫を捕まえたときの少年のような笑顔を浮かべていた。


 まったく。

 人にナイフを投げ当てておいて、その顔はないだろう。



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