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血塗られたドライブ

 牛のような歩みで、<フェンリル1号>は街を出た。

 街の外は荒野が広がり、遠くに同じ道、同じ方向に向かう馬車が見えていた。

 馬車は、だんだんと遠ざかっているようだった。


 街で聞こえてきていた笑い声が、今も俺の精神にダメージを残している。思い出して、さらに気分が沈んだ。


「ヴォルクさん、そんな顔しないでください。えっと、ほら、歩くより楽、みたいな?」


「馬車でももうちょっと早いんじゃないか。値段に本当に見合ってるのか?」


「それよりもですね、これから王立科学研究所に行くわけですが」


「試運転とかしなかったのか」


 話をそらそうとするセレスの言葉を無視し、話を続けた。

 それでもセレスはあくまで、別の話をしたいようだった。


「ほら、トラムみたいに門前払いされたりすると思うんですよね。仮にも国の最重要機関のひとつなわけで」


「そういえば飛空船のときも、トラブルが起きたよな」


「怪しい呪術師と、若くて綺麗な技術士がいきなり行ったところで、ですね、絶対無駄、なわけで」


 セレスが、喋るほどに、だんだんと顔をうつむけていく。


「つまりテンションだけで突っ走って、いろんなことが抜けてるわけだ」


「貴族とかの紹介でもない限り、研究員を連れていくことなんて……」


 沈黙したようなので、俺は横目でセレスのほうを見た。

 セレスの首が折れそうなほど曲げられていた。

 追い討ちをかけに行くことにする。


「大体――」


「もー!」


 セレスがばんばんとハンドルを叩く。


「うちのお母さんみたいなこと言う! すみませんでした、私が悪かったですぅ! 煮るなり焼くなり好きにしたらいいじゃないですか! ほーら貴重な材料を無駄にした間抜けですよぉ!」


 開き直った上に、逆ギレしてきた。

 実際、彼女の母親であるかのような小言だったかもしれない。

 彼女がもう、すでに心底、わかりきっていたのだ。そこを殊更に刺激し、怒らせてしまった。

 開き直りの逆ギレには違いないが。


「わかった、俺が言いすぎたよ。お詫びといっちゃ何だが、運転代わってやるよ。ほらそこどけ」


 俺はセレスと座席を入れ替わるべく、立ち上がる。

 セレスは依然として不服そうだったが、俺の言う通りにしてくれた。

 運転を代わるとき、車は妙に減速した気がした。

 慣性というものを、あまり感じられなかったのである。


「セレス、これはガソ……じゃなく魔素で動いてるんだよな」


 疑問して、さらに妙なところを見つける。ペダルが、一つしかないのだ。


「ペダルも一つだし、どうなってる。このペダルは何だ」


「それはブレーキですよ」


「うん? アクセルは」


「ハンドルは魔素を吸収する石でできています。これを握れば、自然と握った人間から魔素を吸収するわけです。その放出量に応じて、速度が出せるようになってるんですよ」


「それはつまり」


 俺はセレスのほうを見ながら、ハンドルに片手を置いた。

 すると<フェンリル1号>が急発進し、一気にスピードに乗った。


「うおおっ!」

「きゃぁっ!」


 俺もセレスも驚く。セレスは車のドア部分にしがみつく。俺は、ハンドルをさらに両手で握りこみ、


「う、くっ!」

「いやああああああああ!」


 スピードを猛加速させてしまう。車体が荒野上でがたがたと暴れ回る。

 <フェンリル1号>はあっという間に遠くに見えていた馬車を抜き、荒野を駆けていく。

 俺はブレーキを踏みしめて、車を止めようとする。甲高いブレーキ音や砂煙とともに、車はスピンがちになりながらも、止まる。


 止まりきった後も、嫌な動悸がしていた。アクセルが軽すぎるというか、急加速しすぎだ。


「つまり、俺が運転すれば、スピードも、出る、と」


「はい、そう、みたいです……」


 セレスは脱力感からか、肩を上下させながら、ドアのほうにしなだれかかっていた。


「たぶん、慣れるまでは、指先で触れるくらいがいいんじゃないでしょうか。はじめ、指一本だけで、触れてみる、とか」


「そうだな。驚いたが、それなら、この車も、十分な足になるわけだ。なあ、セレス」


「何です? 今、ちょっと、落ち着きたくて、ですね」


「結局、お前はすごい技術士だった、ってわけだな」


 セレスはこちらに思い切り後ろ頭を見せていたが、


「……当然です」


 その表情は想像がつくようだった。

 冗談や意地が交じった返答だったにせよ、自信をつけはじめていることだろう。これよりももっとすごいものを作り出せるようになっていくかもしれない。

 きっとそれは、空に焦がれて夢を果たした先に、まだ楽しいことが彼女を待っているということだ。

 夢が遠い身としては、うらやましい限りだ。


「何してるんですか。さっさと車出してください」


 セレスは相変わらず、横を向いて顔を見せない。

 俺は息をつきこしたものの、笑えてきた。


「了解」


 はじめは指先から触れる。歩くような速度まで加速し、落ち着いた。

 慎重に、ハンドルに触れさせていく面積を増やしていく。指三本でハンドルに触れるくらいだと、馬が平時駆けるくらいの速度だろうか。


「いい感じじゃないですか?」


 上から目線の、素っ気ないセレスの感想が投げかけられる。

 むかつきはせず、楽しくなってくる。


「スピード、上げていくぞ」


「ご自由に」


 俺は少し、イタズラ心がわいた。これまでの慎重な加速でなく、一気に掌を握りこんでみる。

 セレスが悲鳴を上げて、こちらをにらんでくるのがわかった。


「ヴォルクさん!」


「それより周囲の景色見てみろ」


 俺がうながすと、まもなくセレスの感嘆の声が聞こえてきた。


「わあ。地面を走ってるのに、山が、雲が、あっという間! あ今、翼竜を追い越しましたよ!」


 乗り心地は悪いが、景色は悪くない。

 雪を被る山脈を横目に、まばらなうろこ雲がある青空の下、荒野をひた走る。

 こんな世界が、あるのだ。


「空を飛ばなくても、こんなに自由に!」


 俺は、ふとセレスを見る。ちらりとだけ見るつもりだった。だが、目を奪われてしまった。

 光を散らす金髪を、向かい風になびかせながら、微笑む彼女の横顔に。

 目だけでなく、心までも奪われそうになって――、


「――あ」


「ん?」


 セレスの目が真ん丸になるのを、俺はいぶかった。

 直後、卵が弾けるような音がした。

 俺がすぐさま正面に目を戻す。

 車はまともに走り続けている。

 ただ、ボンネットには青い血が、水溜りの泥をはねたようにこびりついていた。


「今、前のほうで、<ゾンビ>っぽいのが地面から出てきてて、その」


 思い切りひき殺したようだ。

 ゾンビだから、特に衝撃もなく、弾け飛んだのだろう。


 一気に気分が落ち込んだ。相手はモンスターなのだから、構わない。構わないのだが、後味がいいものでもない。


 青い血は塵となって消えるが、俺の心にこびりついた嫌悪感は消えない。


 セレスが後ろを振り返りながら、うわー、とか、すごー、とか呟いている。使える、という呟きをしているのは引っかかっる。

 何がどう使えるというのか。


「……と、さらによくないお知らせです」


「何だ?」


「旅のために積み込んでおいた荷物が、無茶な走り方したもんで、大半を落としてきちゃってます」


「……大半?」


「いえ、全部といっていいくらいに」


 もっとしっかり縛っておけと、セレスを責められるものでもない。

 俺も、調子に乗って走らせてしまったのだ。ロープによる荷物の固定が、激しい振動で緩んでしまった結果だろう。


「仕方ない。どこかの街に寄る必要がありそうだな。今から向かうのにちょうどいい村や街は――」


 あまり、地図をよく覚えていないので、答えが出てこない。


「<ジェフォーダン>、ですね。領主のジェフォーダンの屋敷がある街。村でもないのに、城壁がない珍しい街で、赤レンガと赤い屋根の家が立ち並ぶ、綺麗なとこですよ」


 俺は、その名を聞き、苦い気持ちになった。それが表情に出ていたのだろう。


「ヴォルクさん、どうしました」


「……そうだな。罪人になった令嬢が、ジェフォーダン家にはいるんだよ」


「ジェフォーダン家といえば、公明正大で勇猛な上に、慈悲深い当主がいらっしゃいますよね。だから、ですか? そんな当主の娘が、罪人になったから?」


 少し違う。

 いや、大いに違う。善良な貴族の当主に対し、罪を犯してしまった娘。皮肉で悲しい構図だが、真実でなく、間違っているのだ。

 ただ、そのことを直接指摘するには、状況が込み入っている。

 俺が黙っていると、セレスがさらに言い募った。


「それは少し複雑な気持ちになられるでしょうけど。罰は、受けているはずですよ? 何しろあのジェフォーダン様です」


「だから、問題なんだ」


「はい?」


 自分が感情のままに喋っているのが、わかった。きっと、はたから聞けばわけのわからないことを口走っている。

 だが、これが、真実なのだ。

 俺は歯を噛み締める。


「ヴォルクさん。どうしたんです? 一体、どうしたいんですか?」


 セレスが、心配そうな顔で、こちらを見てきていた。


「令嬢の名前はエリス・ジェフォーダン。


 ――俺は彼女を、助けたい」






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