引きこもってたら強盗に殺された
俺の命はあと一日しかない。
しかし、何も悲しい運命にあるわけではないのだ。
あと一日の命と、自分がそうと決めたからだ。
俺に未来はない。
定職なし、貯金なし、金持ちの親もなし。
彼女もいないし、友人はネット上だけ。
この世界で容姿に優れてたわけでも、特別な才能があったわけでもない。
若さも、もう失ってしまった。
唯一他にないものがあるとすれば、あるゲームにかける情熱くらいのもんだ。
家庭用ゲーム「ファイナルドラゴンテイル」。
有名ゲームのオマージュのオンパレードが、このゲームだ。
世間ではパクリと騒ぎ立てられ叩かれまくった。
密林では低評価の嵐。
ゲーマーの99%はクソゲー認定。
さもあらん。そいつらはすでにオマージュ元のゲームをプレイ済。
原点にして頂点であり、そっちのほうが神ゲーなのだ。
けれど俺は違った。
これが俺にとっての初めてのゲーム。
これが俺にとっての原点にして頂点。
これが俺にとっての神ゲー。
大体、ありとあらゆるものは何かの模倣だって誰かが言ってたぞ。
いや、話がそれている。
つまり、俺が、ファイナルドラゴンテイルを大好きだってこと。
誰かが某有名ゲームを愛するように、俺もこいつを愛している。
本題に戻ろう。
『あと一日の命と俺が決めている』、だったな。
俺が希望を失った話はしたはずだ。
希望がないなら、生きていても仕方ない。そうだな。
そうだと言えよ。
お前が生きたかった今日は誰かが生きたかった明日だって?
そんな工場で大量生産されてるような理屈を誰が聞きたいと言った。
ともかく、生きていても仕方ない。そうだな。
だから俺は死ぬことにした。
もっとも、ただじゃあ死なない。
大好きなファイナルドラゴンテイルをプレイして、クリアする。
それができるくらい生活を続けるための貯金はしてあった。
クリアして、その余韻に浸りながら、俺は死ぬ。
なんて幸せな最後だ。
しかしここで、運命のドアが開く音がした。
くそったれな運命のドアだった。凹みだらけの安っぽいドアだ。
「おいごらあ! おとなしくしろぉ!」
そいつは、どすどすと足音を鳴らして、畳のすえた臭いのする六畳間までやってきた。
小太りの男で、ぴっちりしたTシャツにジーンズという服装だ。
ただしは顔はわからない。古臭いことに、目出し帽を被っていた。
極めつけに、小太りの男の手には包丁が握られている。
一方俺は、裏ボスを倒す直前のセーブをしたところだった。
もう少しだったんだ。もう少しで、満足な死を迎えていたんだ。
「か、金はどこだ」
俺は笑ってしまう。
金なんてないから、これから死のうとしているんだ。
「わ、笑ったな。笑ったなああああああ!?」
瞬間、小太りの男がこちらに突進してきた。
俺はその時あぐらをかいたまま、半端に振り向いていた状態だった。慌てて立ち上がり、避けようとする。
だが、包丁は脇腹に深々と刺さった。
激痛と、寒気に襲われる。
包丁が抜かれ、ホースで水を撒くみたいに出血した。
「ふざっけんなよこの……」
腹に力を入れると、吐き気と激痛が畳み掛けてきた。
小太りの男は、むかつく笑みを浮かべている。
お前みたいなやつまでもが、俺を見下すのか。
つくづく、ふざけた世の中だ。もう、どうでもいい。俺は諦め、畳に倒れ伏した。
耳障りな笑い声が聞こえている。
俺は、ゲームをクリアできさえすればいいんだ。
けれど、もう、とてもプレイできない。
痛すぎる。苦しすぎる。寒すぎる。
もうだめだ。
――手を伸ばせ。
俺が諦めた矢先、少年とも少女ともつかぬ声がした。
頭の中に直接、響いてくる。
――コントローラーに、手を伸ばせ。
――そうすれば、きみは主人公になれる。
それはいい。世界の混沌もここに極まれり、だ。死ぬ前の夢だろうが何だろうが、構わなかった。
最期の望みを叶えられる道が示されたんだ。
挑戦しない手はない。
俺は、再び体を起こす。
男の笑い声がやんだ。
笑いやんだところ悪いが、俺はお前に興味はない。ゲーム途中のテレビ画面を目でとらえる。
そして、コントローラーを握った。
――ようこそ、ボクの世界へ。
瞬間、世界は圧倒的な白に襲われた。