怪談 ー電話・Ⅱー
電話 Ⅱ
公衆電話がありました。ボックス型の、どこにでもある公衆電話です。峠道の緩いカーブの途中にあるその公衆電話は、使用する人もめったにいない様です。それでも携帯電話が圏外であるため、その男にとっては有難い存在でした。
夜中、バイクを押しながらその男はその電話ボックスの前に差し掛かりました。峠道に差し掛かって間もなく、エンジン不調により押す羽目になり、携帯も通じず電話に巡り合うまでにこの時間になってしまったのでした。
男は小銭を探し、ボックスに入りました。峠道の向こうの町に住む友人に迎えに来て貰う為です。受話器を取り電話に小銭を投入すると、馴染みのある番号を入力してゆきます。呼び出し音が切れ、男が一声発した時でした。
男の友人が電話に出たとたん、聞きなれた声が聞こえてきました。それに被さる様に、何かの衝突音が聞こえてきました。金属同士の甲高い音ではありません。サンドバッグでも叩くかの様な、低く篭る様な音です。友人は一瞬、男が車に轢かれたか、と思い驚きました。それに続く、男のあえぐような声も、それを裏付けているようでした。友人が大丈夫か、どんな状態か、と尋ねても、意味不明な呻き声が聞こえてくるだけです。受話器を離している様です。返答も出来ない程の重傷なのかと、とるものもとりあえず友人は家を飛び出しました。男がどこから電話を掛けてきたか、友人には心当たりがありました。着信履歴の電話番号はいつもの携帯のものではありません。男が何度か携帯電話を掛けてきた事で、家に忘れてきたというのもありえません。予想される男の道中で、携帯電話が繋がらない場所にある電話、といえば、彼にとって候補はさほど多くありませんでした。
友人のワンボックスが、峠道の電話ボックスに辿り着きました。ヘッドライトに照らし出されたボックス内では、男がへたり込んだまま放心した様に扉の外を見詰めていました。受話器は外れたままです。友人が扉を開けても、男は無反応です。受話器を掛け直し、友人が男の体を改めます。特に外傷は無い様です。ボックスにも、特に破損や血痕等はありません。何があったのか、男に尋ねてみますが、一向男はただ瞠目したまま無反応です。ボックスの横に、見慣れたバイクが停めてあったので、友人はひとまずバイクと男を車に乗せ、救急病院に連れて行きました。男はそのまま入院しました。
後日、男はポツリポツリと、自分の見たものを語りだしました。電話が繋がったので、話し始めたとたん、すぐ外で衝突音がしました。結構柔らかく、重い物が跳ね飛ばされる様な、そんな音でした。慌てて男は外を見ましたが、暗くてよく判りません。後から考えてみれば、そもそも音の発生源が判りません。車も通っていませんし、周辺に人家はありません。あの様な音がする理由が判らないのです。が、そんな彼の視界に、突然誰かの顔らしきものが飛び込んできました。扉を挟んですぐそこです。顔らしき、というのは、酷く破損して半ばただの肉塊と化していたからでした。腰を抜かし、男は狭いボックス内にへたり込んでしまいました。全体が見渡せる様になります。体型からして、覗き込んでいるのは男性の様です。しかし人のそれとは少々異なります。ライダースーツに包まれた足や腕は、あり得ない箇所で折れたり、あり得ない方向へ曲がっていたりします。手は肉がこそげ、骨が見えていたりします。明らかに生者ではありません。その状態で、平然と立っていられる筈が無いのですから。覗き込む男は、やがてやってきた友人のワンボックスのヘッドライトに掻き消えたのでした。
昔、まだ携帯電話が普及する前、一人の男が週末になると恋人の住む町にバイクで通っていたそうです。男は、峠道の電話ボックスでもうすぐ着くからと、恋人に電話するのが常でした。それが、ある日たまたま遅くに峠道に差し掛かり、いつも通り電話を掛けようとしたところ、通りかかったトラックに轢かれたそうです。即死だったといいます。脇見運転が原因だったそうで、カーブに差し掛かっていたのに気付き、慌ててハンドルを切ったものの、扉の前の男を引っ掛け乗り上げてしまったそうです。そのとき電話ボックスもサイドミラーなどが接触して壊れ、修理されたそうです。
退院した男は、以降電話ボックスに入れなくなったそうです。