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一話完結短編集  作者: 賀茂橋長晟
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時空機

 はじめまして。明治維新のこの時代、科学はめまぐるしく発展いたしました。それと同時に、政治もめまぐるしく変化いたしまして、私の曽祖父の時代には、一般市民でも名字を付けることが許されたのでございます。

 申し遅れました。私の名前は政司、科学者です。

 私はこのたび、とんでもない大発明を成し遂げました。それがこの、時空機であります。

 この時空機は、邪馬台国だろうと、はるか未来の我が国だろうと、雷鳴のような轟音とともに、またたくまに連れて行ってくれるという代物でございます。

 ですが、私がこれを作ったのは、過去の真実を知るためでも、未来への期待と希望でもありません。

 私の人生において最上位を争う忌まわしき過去を、訂正するのです。

 私はそのことが昔から自分でも嫌でした。両親に相談しても、学校の先生へ相談しても、お医者様に相談しても、皆「それは、どうにもならないよ」と笑うばかりです。私は昔から、それによって世界が馬鹿に窮屈だったのです。

 その過去とは、私の苗字です。

 毒虫。これが私の苗字なのです。

 この苗字のおかげで、子供のころは散々いじめられました。それもこれも、すべて僕の曽祖父、毒虫周吉がこんな苗字にしたからでございます。

 なので私は、この時空機を使って過去へ行くのです。そして、なんとか私の曽祖父に、私の苗字をもっとマシなものにしてもらうよう、頼みに行くのです。

 しかし、過去へ行くにも未来へ行くにも、早く現代へ戻らなければ帰れなくなってしまいます。おそらく、2、3時間といったところでしょうか。

 もしも向こうの世界で何かあったときでも大丈夫なように、医学の知識とその道具をそろえ、さて準備は万端。

 というわけで、行ってまいります。


 よう。文明開化のこの時代、世の中すっかり変っちまった。それと同時に、まつりごともすっかりさっぱり変わっちまうらしい。なんでも来月から、わしらのような下級の者でも苗字を付けることが許されたそうじゃないか。

 申し遅れたね、わしの名前は周吉。団子屋をやっている。

 わしはこのたび、とんでもない変人に出会っちまったんだい。それがこいつ、政司ってやつだ。この男は、まるで雷様みてえなでかい音と一緒に、あっという間にわしの前に現れたっつう怪しい奴だ。

 だがわしにこうして会いに来たのは、役場の行き方を知るためでも、うちへの来店と注文でもねえらしい。

 なんでもこいつの人生において、てっぺんを競うような失敗を訂正したいんだとよ。

 それがなんでも、来月に控えた苗字の件だっていうんだ。

 全く、先のことを考えても仕方ねえだろうに。つーわけで、ちょいとわしが悩みをきいてやってくる。


「なあ政司とやら、てめえは何をうじうじ悩んでんだって?」

「苗字ですよ、私の苗字。あなたのせいで、大変な苗字になってるんです」

 周吉は「わしのせいだって」と首をかしげる。

「左様です。あなたは何を思ったか来月、自分の苗字を「毒虫」なんていう酔狂なものにしてしまったんですよ。苗字はほいほい変更できるものではありません。だから私は困っているんです」

「毒虫ぃ? そんなけったいな苗字にするもんかい、もっとかっこうがいいものにすらぁ。第一、来月のことをなんでお前さんが知ってるんだい」

 政司は「説明すると後々面倒なのです」と、かたくなにそのことを話そうとはしなかった。

 しかし、周吉とて何の説明もなしにこの状況を鵜飲みするのことはできない。消化不良である。

「だがなぁ、毒虫なんてけったいな苗字にするつもりもねえが、どうしてお前さんがそれで困るんだ」

「それも説明すると後々面倒なのです……。ざっくり説明いたしますと、私があなたの子孫で、あなたが苗字を変にしたから間接的に私も……いえ、もう結構です。さっぱりという顔をしておられる」

「ああ、さっぱりだ。からかってんなら帰ってくれ、悩んでいるのはお前さんだけじゃあないんだよ」

 そういうと周吉は、客のいない店の中にひどく疲れたように座り込んだ。

「お前だけじゃないということは……ご先祖様も、何か悩んでおられるのですか?」

「ああ。こう見えて、うちの店は借金が多くてねぇ」

 こう見えて、というかあばら屋である。すでに看板はすすまみれで黒ずみ、壁もボロボロ。おまけに屋根のかわらまで禿げている。

「で、今日もこれから借金とりが来るんだが……これがまたおっかねえのなんのって。今日までに額がそろわなきゃ、わしの首と胴は別々の墓に入れられるんだとよ」

「た、大変な時期に来てしまったようですね、私。早くお逃げになったほうがよろしいのでは?」

 政司がそういうと、周吉は困ったように首を横に振る。

「それがそうもいかねえ。うちの店はこんなボロ屋だが、愛着の一つくらいはある。だからこの店を置いて出て行くのは気が引けるってもんだ。ほれ、うちの団子を食ってみろ」

 政司は苦笑いをして遠慮した。団子屋の話は、この先周吉が結婚して授かった一人息子、五郎から聞かされている。「親父の団子は、冗談でも美味いなんて言えたもんじゃなかった」と。おかげで、今こうして二人が話している小さな団子屋は、あと数十年もすれば呉服店に早変わりする。

「まあ、そんなもんでここで腹をくくるしかなくってねぇ。政司、お前さんもわしと同じぐらいの年だが、金には困ってなさそうだな」

 そういって政司のスーツをじろじろと見つめる周吉だが、政司の時代ではこの姿が当たり前である。

 しかし、よくよく考えると政司は、あるまずいことに気付いた。

 自分が過去に来たのは自分の未来にいい影響をもたらすためだが、逆もまたしかり。自分がこうして過去へ来たことによるさらなる過ちの創造の可能性が脳裏をよぎったのだ。

 仮に、今からやってくる借金取りに周吉が殺されればどうする。

 いいや、だが周吉は後の世も生きているから、それはないだろうか。

 いいや、いいや、自分がこちらの世界に来たことで歴史が変わるのではないか。たとえば、時空機に乗って過去へ来た衝撃と轟音に驚いて野次馬が集まり、その中に借金取りも含まれていて、本来ならば温厚にすんだ話し合いも、お互いに非日常的な事が起こったことによる動揺でまともな話し合いができず、やけになった借金取りが周吉を腰に据えた刀でバッサリ……。

 考えれば考えるほど、政司の顔は青ざめていく。

「た、たた、大変ですよご先祖様ッ 早く逃げましょう、ここであなたが殺されると私の努力は水の泡! 努力どころか私の存在までもが水の泡です!」

「な、なな、なんでい、そんなに慌ててよう。日本男児なら、切腹の一つでもやり遂げる覚悟で自分の城から動かねえのが筋ってもんだぜ!!」

「そういいながら、お顔は真っ青ですよご先祖様! 逃げるは恥とはいえ、逃げるが勝ちともいいますよ!」

「騒ぐんじゃねえよ馬鹿野郎ッ 余計怖くなっちまうじゃねえかッ」

 その時、団子屋へばたばたと一人の男が走ってきた。

「てえへんだよ、周吉の旦那ッ あんたの知り合いの男がぶっ倒れちまった!!」

「知り合いィ? 知り合いって、誰だい」

 そう言って男がぐったりとした男を連れてきた。その男こそ、周吉の借金取りである。

 ぐったりした男以上に周吉は顔を青くして、店の中へ逃げてしまった。

「ちょっと、ご先祖様。何してるんです、何か声でもかけておやりなさい」

「やなこったい。たのむ政司、お前がなんとかしてみてくれい!!」

 すると男は、スーツ姿の政司を見て「舶来のお医者様ですか」と目を光らせた。

「お願いします、この人をどうか診てやってくだせえ」

「一応見てはみますけど、医学はあまり……。この人はどうしてまた、こんなことに?」

「ええ、なんでも蜂に刺されちまったみてえで、その毒でやられたそうです」

「ああ、それでしたら、おそらく症状的にもまだ助かります。幸い、自分で使うために医療器具は持ってきております!」

 そう言って、政司が注射を打って数十分。借金取りは起き上った。

「先生……このたびは本当に、助かりました」

「いいえいいえ、お礼を言われるほどのことではありませんよ」

「いや、先生に救われたこの命、何かで償わせてはくれないでしょうか」

 しばらく考えたのち、政司はパッと笑顔になる。

「あッ それでしたら!」


 と、言うわけで戻ってまいりました。

 いやぁ、なにはともあれ一件落着。ですが、私の苗字は「毒虫」のまま。

 私は彼に、御先祖様への借金をチャラにしてやるように言ってやりました。まあ、未来の薬を使って、本来は死んでいたかもしれない人間を助けたのです。チャラにするくらいの医療費は当然ではないでしょうか。

 御先祖様は私と、ことの発端である蜂に感謝して、苗字を「毒虫」にすると決めたそうです。

 まあ、何も解決してはおりませんが、以前よりかは、この苗字が憎らしくなくなって見えそうです。

 それでは、おあとがよろしいようで。

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