正義と悪、正論と反論
町で暴れる怪人たち。それを統率するのは、黒いマントを翻した眼帯男、デストロイ将軍。
そこに響くアスファルトを蹴る音。風になびく赤いマフラー。そこにその男は現れた。
「そこまでだッ デストロイ将軍!!」
「ん? 貴様は……」
男は曇った空の月をバックにポーズを決める。
「私の名はカラフルレンジャー、ここで年貢の納め時だッ!!」
デストロイ将軍はその姿を見ると、ため息をついて部下に言う。
「撤収だ。帰れお前たち」
「え、ちょ、ちょっと待てッ 逃げる気かッ」
「いやそうではない。……あのなァ、こっちだって毎回毎回部下殺されてな、そんなやつに顔合わせたくないに決まっておるだろ」
「そ、そんな言い方すんなよ、こっちは正義の味方なんだから……」
デストロイ将軍はさらにため息をつくと、部下たちを全員帰らせた上でカラフルレンジャーに近づいてきた。
身構えるカラフルレンジャーだが、デストロイ将軍は「いや、やめろ」とその手を払いのける。
「あのさ、わしがこうやって世界征服のために活動して、そんでお前が出てきたけどさ、もうこれ以上邪魔しないでくんねーかな」
「な、何をバカなことをッ 私がそんなばかげたことに耳を傾けると……」
「あーいい、いい、そういうの。わしずっと思っておったんだけど、お前って本当に中途半端なのだよ。だからもう正直戦いたくないのだ、疲れる」
「ちゅ、中途半端だと!? 私のどこが中途半端だというのだ!!」
二人はその場の流れで、がれきの上にあぐらをかいて向かい合った。
「だってお前一人ではないか。それなのに何が「レンジャー」だ」
たしかに。カラフルレンジャーは今まで一人でやってきた。
一度でもレッドとかブルーとか、メンバーがいたことはなかったのだ。
「だ、だってかっこいいだろう」
デストロイ将軍はマントの裏側からペットボトルの水を飲みだし、少し飲んだ。
「第一「正義の味方だ」なんていっておるが、「正義の味方」ってなんだ」
「それは、お前らみたいな悪を倒すことだ」
「つまりあれか「国に歯向かう集団を倒す」ってことか? 警察かお前は」
「やめろッ そういう言い方されるとなんか違うッ」
カラフルレンジャーはポケットの中からガムを取り出して口に放り込んだ。デストロイ将軍はそれを見て「あ、わしにも一個」と手を伸ばしたので、カラフルレンジャーはそれを一粒デストロイ将軍の黒い手袋の上に落とす。
「つまりお前は、特に何の目的もなく、わしらをただ「悪」と決め付けてわしらを攻撃し、戦闘員や幹部含めて五十六人を殺したわけだな。お前のほうがよっぽど恐ろしいわ」
「そ、それは……」
「まあ、それで収入を得ていたり、皆がお前に感謝するならそれでよかろう。……だがお前、そういうのないだろう」
完全なるボランティアである。
それによく考えたら、怪人たちが暴れているときに一度でも警察を見たことがあっただろうか。自分に花を持たせてくれようとしているのかもしれないが、それにしてもまったく来ないというのはどうだ。
しかもカラフルレンジャーは素性をあらわにしていない。そのため、誰もカラフルレンジャーというキャラクターには感謝していても、その中身である杉浦晃一は誰にも感謝されていないのだ。
黙りこくるカラフルレンジャーに、デストロイ将軍は再び息をついた。
「目的もなければ、がんばる理由もない。つくづく間抜けたヒーローがいたものだ」
「……そ、そんなこと言ったらなァ! お前らだってそうだろうが!! ええ!?
やれ「闇の世界を創造する」だの「宇宙を征服する」だの、お前だって目的は「世界征服」だろうが!!
どうすんだよ、世界を征服して、それで誰かがお前に感謝するのかよ!!
しないだろ!?
お前らだって、俺と同じなんだよ!!」
「…………いいや、違うな」
デストロイ将軍の答えに、カラフルレンジャーはムッとして睨み返す。
「お前とわしらを一緒にするな。わしらには明確な目的も、がんばる理由もあるのだ」
「……言ってみろよ」
「夢だ」
カラフルレンジャーの口から、思わず「は」と声が漏れる。
「な、何だよ夢って……その程度じゃねえかよ」
「フン、まあ「その程度」と言われてしまえばそれきりだがな。だがわしの夢だ。
世界征服をして、この世から武器をなくし、戦争をなくし、国境をなくし、差別をなくす。そんな世界征服が、わしらモノワール団の悲願なのだ」
意外と真っ当なことを自分の父親くらいの年齢の、しかも悪者に言われ、カラフルレンジャーは言葉を失った。
「まあ、だからと言ってこのように基地や武器庫のみを攻撃するのは、ただのテロ組織だ。しかし、それは人数が極力少ない夜に、避難経路をわざと確保した上で、武器のみを狙って破壊しておる。この町だって、国のやつらが兵器を作るための工場の寄せ集めじゃ。
わしらのこの行為が正しいこととは言わぬ。じゃが、いつかわかってもらえる日が来る。そう信じておるのだ」
「……デストロイ将軍」
「のお、カラフルレンジャーよ。もしもお前が、このままの自分から変わろうとするのであれば……わしらと共に働かぬか。当然、下っ端からにはなるであろうが、貴様の実力は皆が知っておる。出世も夢ではないぞ」
「だ、だが……正義の味方が悪に加担するなど……」
「まだわからんのか。何が正義で、何が悪なのか、もう一度考えるのだ。お主が戦争を続けるこの国を正義とみなし、それをとめようとするわしらを悪とみなすのなら、わしはもう止めはせん。さあ、考えるのだ」
カラフルレンジャーはふと、自分が小学生のころを思い出した。
自分が小学生のとき、夏休みの宿題で作文を書いた。自分には未来があり、いくらでも成長できると思っていた彼は「世界を平和にしたい」と堂々と宣言した。
「僕は将来、世界を平和にしたいです」
当然、笑われた。しかし、いつか見返してやると逆に笑い返し、涙ひとつこぼさず作文を読みきった。
そしてカラフルレンジャーとなり、悪党を倒していくうちに、いつしか「世界を平和にする」という目的よりも「悪を倒す」という目的にとらわれてしまっていたようだ。
「……いや、デストロイ将軍、お前はさ、どうすんだよ」
「ん? 何がだ」
「世界征服が終わってさ……そしたらお前、何やってんだよ」
カラフルレンジャーは瓦礫の上に横たわる。なんだか自分の親と話しているような気分であった。
「……そうだなぁ、わしが世界を征服したら」
デストロイ将軍は少し笑みを浮かべ、月を見上げていった。
「わしが国王となった国で働く奴隷のような下々の者共をいじめてすごしたいものだな」
カラフルレンジャーは「そっか」と笑うと、同じく月を見上げて立ち上がる。
そしてお決まりのポーズを決めると、デストロイ将軍に向けてカラフルレーザーを見舞った。
熱風があたりを渦巻き、デストロイ将軍のマントの破片がひらひらと舞い落ちる。
「よし、悪は滅びた」
彼の名は、カラフルレンジャー・杉浦晃一。
彼がいずれ、強大な力と周囲との信頼を持って世界から戦争を終わらせるのは、まだ先の話である。
また、この日から名前が「カラフルレンジャー」から「カラフルライダー」に変更されたのだが、理由は定かではない。