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一話完結短編集  作者: 賀茂橋長晟
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オトウトはエイリアン

「兄ちゃん、兄ちゃんってば」

 日曜の朝、俺は突然弟に体をゆすられ、重いまぶたをあけて重い体を持ち上げた。

「……なんだよォ、日曜なんだから寝させてくれよ」

「そろそろ兄ちゃんには話しておこうと思ってさ」

 弟はそう言うと、ウィンクをして右手のグッドサインを俺の目に突き出した。

「僕、実は宇宙人なんだよね」

 俺は驚いて、いや、呆れてポカンと口を開け、ギャグが滑ったような沈黙で気まずそうに苦笑する弟を睨んだ。

 せっかくの日曜なのに、コイツのせいで目覚めは最悪だ。ここはひとつ、兄として弟より強いと証明するためにも、完膚なきまでに論破してやる、宇宙人なんていないってことをな。

「へえ、宇宙人なんだ、お前」

「そうだよ。宇宙人」

「じゃあ、なんで俺の弟なんだよ。お前が俺の弟ってことは、お前は地球人だろ」

 すると弟は「分かってないなぁ」とでも言いたげに眉間にしわを作り、芸を覚えない犬でも見るような眼で俺を見た。

「周りの情報を操作してるにきまってるじゃん、そうでもしないと僕、ホームレスなんだよ? 調査なんてできないよ」

 いつの間にか口が立つようになっている弟に対し、俺はムッとして「じゃあ、何の調査をしてるって言うんだ」と、少し力んで言った。

「地球人の生活とかを調べて、僕らがそのうち交渉に行っても敵意を表すかどうか、また表したとして僕ら以上の科学力があるかの調査だよ。まあ、結論でいえば、まだ全然たいした発展してないから、おそらく交渉が成立しても決裂しても、僕らが勝つね」

 弟は俺のベッドの少し向こうにある俺の勉強机の椅子に腰かけ、ぐるぐると回りながら俺にそう言った。その後、気持ち悪くなったのか、少し青くなって回転は止まった。

「お前、病院にでも行くか? それともふざけてんのか?」

「まだ信じてくれないの!? どんな親友より、兄ちゃんのこと信頼してるからこう言ってるんだよ!?」

「遊びなら、近所の野原さんのところ行ってきな」

 俺は少し遅めの朝飯を腹に入れようと、のっそりと立ち上がった。朝から弟の電波な話をされて、若干の胃痛がする。弟は後ろから「待ってよ兄ちゃん」と追いかけてきた。

「本当だよ、本当に僕宇宙人だもん」

「じゃあなんでまだいるんだよ、さっさと調査終わったんなら星に帰るのが普通だろ」

「だーって、この地が気に入ったんだもん。日本の文化って美しいね」

 俺は、弟の部屋に飾られたモダンなオブジェ達を思い出す。そう言えば、こいつが天狗の面やダルマを集め出したのは何時だったか。いつも旅行に行けばそう言ったものが目に留まるもんだから忘れていたが、一体いつからコイツはそんなものが好きなんだ。

 だが、まだ俺はコイツを宇宙人だなんて認めていない。

「それなら、なんでそのことを俺に話した。これで論破だろ」

「論破されないよ、だって僕そろそろ帰るし」

 何を言っているんだこいつは。

「帰るって、ここは自宅だぜ?」

「馬鹿な兄ちゃんだな、僕の星に帰るって意味だよ。調査が終わったし、僕はそろそろ帰るよ」

「いつまでもバカなこと言うなって、ほら、飯食うぞ。どうせ何も食べてないんだろ」

 弟は「信じてないなぁ」と不満げな顔を向ける。弟は俺を追いかけてリビングへ入ると、ソファに飛び乗ってテレビをつけた。

「おい、飯はテーブル(こっち)で食えよ」

「まーって、今仲間と更新してんだ」

 そう言う弟の眼前のテレビには、ニュースも、バラエティも、アニメも映っていない。ただ、砂嵐が映っていた。喧しい雑音にイラついた俺は、弟に「そんなもん、さっさと切れ」と、母さんが作り置きしていた味噌汁を温めなおした。

「……え、本当に? ……うっわ、嘘でしょ。……あ、ソレありなんだ」

 ぶつぶつと独り言を言う弟の頬をつねり、弟の席に味噌汁と卵焼きを置いた。

「ほら、さっさと食え」

「……なんかね、僕帰れなくなっちゃったんだよ」

 まだそんなことを言ってるのか、ここまでくると俺でも「え」と思う。

 だが、俺は知っている。コイツが演劇部と言うことを。というより次の演劇の名前が「エイリアン襲来!」だった。

「へいへい、部活熱心なのはいいことだよ。ほら、飯食え」

「あー……バレたか。えへへ」

「当たり前だろ、宇宙人なんていないんだからな」

 弟は「それは分からないよ?」と、味噌汁の中の豆腐だけをパクパクと食べる。やはり、今日も嫌いなワカメには手をつけない。

 簡素な朝飯を食べ終わり、一息ついた俺は「そうだ」と身支度に取り掛かった。今日は文具屋へ行く予定だ。

「あ、文具屋だよね。僕も行く」

 適当な返事をし、さっさと着替えを済ませて家を出る。弟もいっぽ遅れて家を出たが、見る限り鍵を持ってないのでため息をついて俺が閉めた。

 弟はそのまま何もなく歩いていても「あのさー、さっきの通信、何があったと思う?」とごっこを続けていた。

「通信って……テレビの砂嵐だろ」

「砂嵐のときじゃないと電波受信されないもん。でさでさ、何て連絡が来たと思う?」

 なぞなぞを話す子供のように弟はそう言って俺の目を見る。

「さあな、その星が爆発したから帰れないとか?」

 俺がそう言うと、弟は大きな目をさらに大きくして、あんぐりと口をあけて俺を見た。

「……なんで兄ちゃんがピッピロン星のこと知ってるの!?」

「ピロロン星人か、また面白そうな名前だな」

「ピッピロン星人だよッ!」

 妙に本気な弟を相手に空気もしらけているのか、春風にしては冷たい流れが、路上で向かい合う奇妙な俺達の髪を乱した。

 弟はまだサイズが大きすぎるダボダボの緑のパーカーのポケットから、いまどき子供にしては珍しいガラケーを取り出し、カチャカチャと何かを入力し始めた。

「ほら見てよ、これがピッピロン星」

 そう言って突きだされた画面には、なんとまあカラフルな球体の写真があった。虹色が縞模様を作っているなんて、幻想的な物だ。

 もう面倒になってきた。弟に付き合ってやるのもこんなもんで良いだろう。そう思った俺は、携帯を弟に投げ渡し、さっさと文具屋へ向かうことにした。

 文具屋の前の公園を横切っていると、突如めまいに襲われた。そして気付くと、目の前には一人の少年が立っている。そしてその少年は、俺に向かって思いっきりサッカーボールを蹴った。

 ボールはまっすぐ俺の方に進み、俺の下腹部にめり込む。俺は、その場に倒れた。

 少年は驚いたように眼を丸くして、口をあんぐりと開け、駆けよってきた。

「だ、だだ、大丈夫ですか!? なんで突然、ゴールネットの前に人が……」

「馬鹿なことを言うな……悪戯だろ……」

 そうは言ったが、少年の反応からするに、ただのいたずらではないらしい。

 すると、向こうの方から弟が、パーカーのポケットに手を入れて歩いて来た。

「ほらぁ、兄ちゃん何やってんだよ。早く文具屋さん行こうよ」

「……す、すまん」

 俺は立ち上がり、少年を睨みつけると、弟と一緒に公園を出た。そして、気づいた。

 俺は、一瞬のうちに、公園の入り口からゴールネットの前まで移動していたのだ。

 後ろを振り返ると、満足げに笑う弟の姿がある。

「……お前、もしかして……!」

 それから家につくまでの間、俺が何を問いかけても、弟は二へ二へと笑うだけだった。

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