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一話完結短編集  作者: 賀茂橋長晟
14/19

ラララ・ラブストーリー

「頼む陣内、元山!! 金を貸してくれ!!」

「嫌だ。この前の競輪のヤツ返してから言えよ」

「僕も、この前喫茶店行った時の返してから言ってよ」

 この春、佐川は金に困っていた。いつものことだが。

 春と言ってもまだ晩冬と変わりなく肌寒い風が吹き、またそれは佐川の財布の中も駆けて行く。

 いつもの紅灯篭での飲み会で頭を下げたが、二人は一向に首を縦には振らなかった。

「大体、佐川はお金云々にだらしなさ過ぎるんだよ。それだけなら陣内の方がまだしっかりしてるよ」

「その言い方は気になるが、まあ元山の言うとおりだな。今日だって俺らが奢ってやるんだろ」

 佐川は上から目線で日本酒を飲む陣内を睨み付ける。金がないから帰ろうとしたのに「奢ってやるから」と引っ張り出したのは誰だったのか。

 しかし、今の佐川に反論できる権利など無かった。

 陣内は佐川の視線に気づくことなく、隣の元山の手元に視線を落とした。

「あれ、お前今日ウーロン茶なの?」

「うん、車で来てるから」

「車買ったのかよお前、いいなー……俺なんて毎日電車通勤だからさぁ、毎朝会社の前に疲れちまうよ」

 そんな話、金の都合で毎朝自転車通勤の佐川には縁の無い話である。

「俺も金さえあればなぁ……」

 そうぼやくと、陣内は「それは無理だ」と言わんばかりに手を振った。

「金払って彼女作ろうとしてるお前が、その願いは矛盾してるだろ。どっちか諦めろよ」

「そうだよ。生活のこと考えたら、彼女なんていつでも作れるからお金のほうが大事だよ?」

 佐川はバツが悪そうにビールを飲む。

 喉越しは、最悪だ。


 ラブストーリー。突然のこの文字に、皆はどんなシチュエーションを想像するだろうか。

 例えば、学生同士の恋愛。社会人同士の恋愛。年の差恋愛、その他云々も含め、恋愛以外を想像する人間は少ないことだろう。無論、直訳が恋の物語なので想像するのはごく自然である。

 そんな恋物語は、物語の中でも王道中の王道。トップクラスに人気のあるジャンルだ。

 だが人は何故、ラブストーリーに惹かれるのか。

「っだぁ……!! ったくよぉ……俺ぁなあんにも上手くいかねえんだよぉ……ちっくしょぉ……!!」

「飲みすぎだよ。陣内、僕は佐川送って帰るけど、良かったら乗ってく?」

「助かるわ。……おい佐川、しっかりしろって。そんなに色々上手くいくわけねえだろ? 現実見ろよ」

 人がラブストーリーに惹かれる理由。ひいては、人が物語に惹かれる理由。それは、陣内が言ったように、現実が色々上手くいかないからである。

 それ故、自分の姿を物語の主人公に投影し、ときめくのだ。

「でもこいつ、金さえあればモテそうなもんだけどなぁ」

「そりゃ陣内から見れば誰でもイケメンだよ」

「るっせ、彼女いるやつに俺の魅力を理解されてたまるか」

 いるやつにも理解されなくてどうする。というツッコミはさておき、このように恋愛云々が上手くいっていない人間は少なからず存在する。

「あ、でも元山。俺もそろそろ、お前側に行く日も遠くないかもしれないぞ……?」

「え、彼女できたの?」

「この前そこそこ仲良くなった娘がいてなぁ!! ついついレイン交換しちゃったんだ!!」

 しかしこのように、そういう物語とは唐突に始まる。

 そして。

「あ、今携帯鳴ったけど、その娘からじゃない?」

「お、本当だ!!」

『別れましょう』

 唐突に終わる。

「……泣かないでよ」

「泣いてねえよ」

「車のシーツ濡れるじゃん」

「そっちかよ!!」

 時刻は深夜を回る、十三日の金曜日。

「……迷信って本当だったのかよ」

「あ、待ってレイン来た。たぶん彼女」

『さようなら』

 また、このように突然終わったように見える物語でも。

「はっはああ!!! お前もこっち側だな元山!!!」

「ああ、違う違う。彼女まだ日本語覚えてないから、僕らの間で「おやすみ」って意味だよ」

「くっそおおおお!!!」

 まだ終わってなかったりする。

 元山は二人より家が遠いので、二人の家近くのコンビニに止めて去っていった。佐川はまだ顔を真っ赤にしてゆでダコのようにぐったりと陣内の肩にぶら下がっている。

 はて、ラブストーリーとはこんなみじめなものだったか。いや、みじめに見えるが、それが一変する場合もある。まるで先ほどまで気持ちよく寝ていた佐川の様子が一変したように。

「……うぷっ」

「待て、おい、嘘だろ!!?」

 本当だった。しかし間一髪、お互いの服を汚すのは阻止した様子。陣内は慣れた手つきで佐川の背中をさする。

「うぇ……悪い陣内……」

 しかし、ありがた迷惑とはどの物語にも存在する。友人が主人公の恋を応援してやろうと何かをすると、それが裏目に出ていったん喧嘩別れになってしまう、というのもよくある展開だ。

 今もまた然り。

「ちょ、陣内止めろ……自分のペースで吐きたい……」

 とりあえずその場でぶちまけたいだけぶちまけさせ、二人はコンビニ横の公園に入り、ベンチに腰を下ろした。

 晩冬の寒さからか酔いも冷め、二人は一息ついて公園の向こうにそびえるビル郡を、ただ意味もなく眺めるのだ。

「……俺たちにラブストーリーは無理、か」

「俺は金がないからだけど、お前は性格悪いじゃん」

「ここまでつれてきてやったのはどこの誰だ」

 と、近くの自販機で適当にコーヒーを買う陣内。その隣で佐川の押した飲み物を見て、陣内は眉をひそめる。

「うえっ……お前それまだ飲んでるのかよ……」

「美味いじゃん、タマネギサイダー」

 ラブストーリーでは、何故その人物が好きなのか、周りは全く理解できないことも多い。

 佐川はタマネギサイダーを勢いよく飲むと、これまた勢い良く息を吐いた。

「やめろ、タマネギ臭い……」

「ジンジャーエールみたいなもんだって、飲んでみ」

「いらねえよ。……俺には理解できねえな」

 公園のベンチでの、しばしの空白。

 ただ、色々自分の恋愛事情をぶちまけたので、すぐに家に帰って現実を見たくは無い。

「……なあ、二人で飲みなおそうぜ」

「だから金ないんだって。それにもう俺これ以上飲んだらヤバい」

 お互い、このベンチに座っているしか特に思いつかなかった。

「……元山は何であんなにモテるんだろうな」

「別にあいつモテてるわけじゃねえよ。俺と違って金の管理いいし、お前と違って性格いいし、上手に彼女さんと付き合ってるだけじゃん?」

「じゃあ彼女ができさえすれば、俺らもまあマシになるんじゃね!? 俺一応お前より金の管理いいし、お前は俺よりは性格いいし」

 そのラブストーリーが始まらないからお互い苦労しているのである。

 どこからか神出鬼没に現れ、そこで自分がどうにか上手に振舞わなければ、すぐさま去っていくラブストーリー。それを掴むのは至難の業である。

 お互いにその場で別れ、夜は何事もなく朝を迎えた。


 はて、そもそも元山はなぜイタリア人の彼女と付き合えたのか。不思議に思った佐川は、翌朝の土曜、元山を呼び出した。

 喫茶店で待ち合わせていると、なぜか邪魔なものもくっついている。

「おいおい、二人で待ち合わせしてんじゃねえよ!! 俺も呼べよ!!」

「別にお前はいらねえんだよ、今日は」

「映画行こうぜ!!」

「いかねえよ!!」

 入り口から入ってすぐ左の席に揃った三人。佐川が唐突に話を切り出す。

「なあ、お前どうやってイタリア人と付き合えたの? それ気になる」

「ああ、分かる。その辺聞いてないもんな」

 何か、ヒントにでもなるんじゃないかと期待した二人。

 しかし、期待通りにならないこともまた、ラブストーリーのパターンである。

「いや、別に辺助先輩とその娘が買い物してるところにばったり会って、意気投合してお互い一目ぼれしただけだけど」

「出会いがねえと駄目ってことじゃねえか!!!」

「なんかお前からアプローチとかしなかったのかよ。あ、金かからないやつね」

 首をひねる元山。しかしすぐに手をポンと叩いて佐川に言った。

「この前指輪買ったげたよ」

「だいぶ終盤じゃねえか!!!」

「でもさぁ、本当に特に無いんだもん。……で、今日の用事それだけ? わざわざ呼び出すこと無いじゃない」

「あ、じゃあついでに三人で映画行こうぜ!! 面白いのやってるからよ!!」

 今日の予定も特になく、佐川も元山も了承した。

 陣内は最初から映画に行くつもりでぶらついていたらしく、偶然二人を見つけたらしい。よって、すでに最近上映されている映画のパンフレットをそろえていた。

「これ良くないか? 性格悪い男と性格良すぎる女とのラブストーリー」

「同じラブストーリーなら、この金無い男を彼女が養うコメディのがいいと思うな」

「僕このスパイ映画がいい」

 一名を除き、やはりラブストーリーとは自己の投影により惹かれるところが多い模様。

 結局、間を取って侍映画を見た三人。あの三択のどの間をとれば時代劇になるのかはいまいちわからないが、内容としては良かったらしい。

 陣内にいたっては涙を流して映画館の自動ドアをくぐった。

「やっべえ……八左衛門かっけえ……!!」

「俺アイツがかっこよかったな、茂吉」

「ああ、あの大砲の弾を跳ね返すところでしょ?」

「違う違う、英語教室に通うとこ」

 東京の表参道を思わせる広い道を三人は歩く。時刻は昼の十二時。

 今日は心なしか暖かく、昨日の寒さが嘘のようである。おそらく、親友二人のおかげだと佐川は微笑み、二人の肩をバンと叩いた。

「やっぱ俺、お前らといると楽しいわ!」

「え、彼女の代わりに友達とか寂しすぎない?」

「おいおい佐川、悟るのが遅いぜ。俺は大学の頃からそれ、悟ってたからな」

 このように、恋を諦めて別の楽しいことを見つけるのもまた、物語ではよくあること。

 要するに大切なのは本人の心の持ちようである。恋愛があろうと、なかろうと、楽しければそれでいいと考える人間も稀にいるのだ。まあ、陣内と佐川の場合は単なる諦めだが。

 よくある友情エンドである。

「しっかしまあ、お前は顔はいいんだけど、金とセンスが無いからな」

「いいんだって、そのうち青い鳥見つけて、幸せになるから。お前より先に」

「最後のは余計だろ」

 昼飯でも食べるか、と陣内が切り出し、二人もうなずく。

 青空に微妙に散らばる雲の隙間から日が照り、春の訪れを知らせていた。

 しかし、いかんせん喉が渇いた三人は、偶然昨日、陣内と佐川が寄った公園に立ち寄り、自販機の前にやってきた。

「ご飯食べる前にジュース飲むのやめなよ二人とも……」

「しかたねえだろ。今喉が渇いてんだから。な、陣内」

「おう、ってお前またそれかよ……」

 と、次の瞬間。突然三人は、背後から話しかけられた。

「あの、あなたもそれ、お好きなんですか?」


 ラブストーリーは突然に、とはよく言ったもので、本当に背後から突然やってくる。

 春一番が例のサイダーのよさを語り合う二人の間を通り過ぎた。

 春風がどこから吹き、どこを通り過ぎるかなど、誰にも分からない。

 したがって、この二人が今後どうなるかも、今は誰にも分からないが、少なくとも佐川の金使いは、以前よりマシになることだろう。

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