贈り物
「こんにちは、誰かいませんか?」
アパートの戸を叩く男は、誰もいないとわかっていながらも、その部屋の戸を叩いていた。それも、彼が宅急便で働いているから仕方ない。荷物を届けるのが、男の仕事だ。
「……留守、だよなぁ。そりゃあそうだろう。」
男の口からそんな言葉が漏れるのも無理はない。この部屋には、誰も住んでいない。いや、住まない。
数ヶ月前、この部屋で女子大生が自殺をしてから、誰ひとりとして近づこうとはしていなかった。
アパートの大家が男を見つけ、曲がった腰をトントンと叩きながら歩いてくる。
「まぁったく、困るんだよなぁ。こう、何度も何度も、誰もいない部屋に荷物を送られると。あんたもそうだろう」
「ええ、まあ。ですが、これが僕の仕事です」
「熱心なことだな」
大家はボソリと呟くと、その荷物を受け取った。
「全く、こういうのは全部、私があずかることになっているから困るんだ」
「ははは……それじゃ、僕はこれで」
男が去り、大家はため息交じりにその荷物を自分の部屋に置いた。
「……やはり今日も、住所は書いていないな」
荷物の差出人は不明。だが、二週に一度はこの小包が届く。そしてそのまま、大家の部屋に溜まっていく。
「処分してもいいが、中は食べ物ではないようだし、一応、もうしばらく預かっておこう」
大家は、少し積み上げられた荷のピラミッドの上に、今日届いたものをゴトリと置く。そして、ため息をつきながら、あらためてその山を見つめた。大小様々な荷物が送られており、重い物、軽い物、様々だ。
「……誰がこんなものを、誰に送っているんだ。住所を間違えるにしても、多すぎやしないか」
いや、そもそも住所を間違えたとして、それが何度も続くだろうか。受取人から何の連絡も来ないことを、不自然に思わないのだろうか。
「……彼女に……あの部屋の持ち主に送っているのか?」
しかし、彼女は知っての通り、数ヶ月前に自殺しているのを発見された。時間が立っていたのか廊下にはウジが湧き、あの時の妙な臭いは今でも鼻先にこびりついている。
大家はその荷に、手を伸ばしてみた。死んだ人へ贈り物など、聞いたことがない。そして、中に少し興味がわいた。
少しのぞいた後に、また元通りにすればいいだろう。
そう思い、一番最初に届いた箱に手を伸ばす。ガムテープを、後が残らないように静かに、丁寧に開け、そして、ゆっくりとその段ボールを開けた。
すると、まず目に入ったのが、一枚の小さな手紙だ。かわいらしい赤いその手紙は、「唐梨香様へ」と、手書きの文字が入っていた。
『香様。貴女の話をニュースでお伺いし、まこと残念に思います。』
「彼女が死んだことを知ったうえで送っているのか……?」
『しかし、貴女は「再生保険」に入っておりましたので、部品をお届けします。ただ、貴女は一人暮らしとお伺いしておりますので、代わりにわが社の者を向かわせます』
「再生保険……? 聞いたことがない、死んだあとに有効な保険なんて……」
大家がそういった途端、突如背中をど突かれるような衝撃が走った。そして、その衝撃でむせかえった後背後を向こうとしたが、みるみる力が抜けて行き、ゴロリと床に転がった。
「……ようやく全部届いたのに、コイツが持ってやがったのか」
死体に突き刺さったナイフをひっこ抜き、それを丁寧に拭いて懐にしまうと、黒いコートを着た男は、ニヤリと笑って一番目に送られた箱を手に取った。
「それじゃ、お作り致しますよ。唐梨香さま……」
開かれた箱には、女の生首が入っていた。