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浪漫譚Ⅷ



「左右の兵はとにかくバリケードに身を隠せ! アーヴァレスト隊は二つに分かれて左右のバリケードに付いて敵騎兵を撃ち果たせ!」


 俺たちの戦況とは関係なく、朗らかな陽気が燦々と輝く12時半。

 きっとこれが最善だろう。敵はほぼ確実にバリケードを突破してこようとはしない。それに、アーヴァレスト隊のボルトは豊富に残っているから無理はしないだろう。というよりもそう願いたい。


「さて、どれだけ持つかな」

「んなこと知るか。長く持つと信じるしかないだろ。それよりフランク、お前も敵陣に突撃する準備をしておけ。そろそろ敵の第3陣がやってきそうだ」


 中央の前線で地獄の底にある重騎兵を眺めつつ優雅に騎行を続けていた弓騎兵は、左右のバリケードに反応が無いと見るや中央戦線に殺到して弓を射続けた。

 バリケードを守る長槍兵も、一段落ついたと思っていた矢先の弓騎兵の登場である。兵たちの疲労はピークに達し、元あったカラ元気は目に見えて殺がれていった。

 逆に意気上がるのはキプチャクハンの重騎兵だ。

 背後からやって来た弓騎兵をみるや、泥まみれの体から力を振り絞り大声で雄叫び回る。それを聞いた味方の兵の士気はよりいっそう下がっていく。


「敵兵です! 敵の第3陣が突撃してきました!」


 そんな中の出来ごとだ。とうとう本命の部隊がやって来た。

 日差しに照らされて光が乱反射する煙幕の壁に黒い影がうっすらと浮かび上がる。その色はどんどん濃くなり、赤い鎧の男が先頭を切って突撃を敢行してきた。


「左右のアーヴァレストは中央の援護だ! ボルトを絶え間なく射れ!」


 何をやっても後手後手に回る。「なぜこんなに不利なのだろう」と、さっきまではあれほど悩み抜いていたが、あの男の姿を見た瞬間に不思議とスッキリした。

 遠くから見ても分かるほどの威厳を持った老練な司令官。対するは大した実績もない若い騎士。二つを比べるのは無意味だと分かった。こうなってしまったものは仕方が無い。今狙うべきはあの赤い鎧の首一つだ。


「フランク! 俺たちも行くぞ! 中央のバリケードを死守するんだ!」

「おおう! 今度は引けとか言うんじゃねえぞ」

「冗談はやめてくれ。いくぞ! 騎士の誇りをアイツらに見せつけてやれ!」


 黄色地の盾の中には翼を広げた黒い鷲と白地に黒い十字、赤い盾の中にはジーザスへの絶対的な忠誠を示す赤十字。騎士団のシンボルが戦場に翻るとボルテージは最高潮に上がる。

 俺たちの信条。神への奉仕・主君への忠誠・確実なる勝利。これらは寄り合い所帯のモンゴル人には分からない価値観だろう。


「バリケードが破られました! 敵、侵入してきます」


 敵第3陣の突撃もあって耐えたバリケードは音を立てて軋む。壊れるのは時間の問題だろう。

 だが何一つ終わっていない。紆余曲折は数え上げればキリが無いが、ここに来て敵軍団の大半が正面バリケードに殺到してきた。

 全ては作戦通りである。


「敵が密集している! 何の問題も無い! 全ては作戦通りだ! 各自、手榴弾投げつけろ! 一兵たりとも逃すんじゃぁない!」


 切り出した木材や廃材から成るバリケードが音を建てて破られた直後。俺たちは一斉に投げつけた。

 球体に取り付けられた油と火薬を染み込ませた縄に火を着けると、雲一つなく晴れ渡った空に黒い粒が弧を描いて煙を上げながら敵集団の中に降り注いだ。


「全軍盾用意! 飛んでくる破片に注意しろ!」


 兵士たちはしゃがみ込むと、背中にしょっていたヒーターシールドを腕に括りつけて地面に突き立てる。

 不可思議な光景に、キプチャクハンの兵は細い目を丸くさせてこちらを見つめている。


「こいつらは何をしているんだ?」

「いきなり盾を突き立てたぞ」

「お、おい、震天雷だ! 逃げろ! 今すぐ後ろに引け!」


 敵先鋒がざわつき始める。その中の何人かは投げつけてきた者に気が付いたようで、慌ててその場から逃げだそうとしていた。だが、この密集の中で流れに逆らおうなど無意味である。

 そして、雷鳴にも似たいつぞやの大爆音が一帯を包み込んだ。


「……どれだけやったか」


 肉の燃える匂い、皮の燃える匂い、革の燃える匂い、布の焼ける匂い。目の前に広がったのはこの世の終わりだ。

 残兵は300ほどで、第2陣・第3陣のうち500ほどがバリケードに張り付いていた。百発の大半は投げ込んだはずだから、半数はいかないしても三分の一は消え去っただろう。

 それだけの数が死んだことにより敵の勢いは見事に失われた。だが、それはほんの十秒も経たないほどの、刹那の出来事でしかない。


「敵騎兵、来ます!」


 一面を包んでいた硝煙を、最高速を維持する馬が伴った疾風が晴らすと辺りの状況が分かった。足元には八つ裂きになった死体、鉄釘や鉄片で傷を受けてのたうちまわる兵、あの大音量で失神する兵などさまざまである。

 聖書が示す終末の絵面の中を、キプチャクハンの騎兵は乗り越えて来た。味方の屍を踏み越えて尚も進軍する。

 あのモンゴル人の斥候が言ったことは正しかった。連中の馬はこの異様な匂いも音も衝撃も、全て訓練されているらしい。こいつらは悪魔の使いか。


「……連中、大したタマだな。恐れ入った」

「そんなこと分かり切ったことだろ。槍を携えろ! 馬を殺して敵の機動力を削げ!」


 とにかく進撃を止めるしかない。ヒーターシールドを長槍に持ち替えて密集陣形を形成しようとする。


「だだっだ、だめです! 防ぎきれま、うわぁぁっ!」


 敵騎兵数十名は簡単に吹き飛ばされるのだが、槍の壁の薄い所から徐々に突撃を集中的に受けて陣形が崩壊しつつある。

 だが、幸いなことにバリケード内部にだだっ広い平原は無い。廃屋に兵士の遺体、バリケードを築くために使った台車・壊れた馬車といった廃材が邪魔になって敵騎兵は集団を組めない。モンゴル人に対するルベルスキ村の最後の意地なのだろうか。


「突撃終了! 各自戦端を開き、数的優位を保て!」


 そんな状況を鑑みてか、赤い鎧の将軍は再度突撃はしないらしい。そのまま抜刀して乱戦。赤い鎧の男もワラワラと集まって来た歩兵と交戦中である。


「フランク、どうだ! 待ちに待ったモンゴル兵だぞ、楽しいか?」

「ああ、最高の心地だ! この血の海に溺れたいぜ!」


 愛器のモーニングスターを振り回しつつ敵を血祭りに上げて雄叫びを上げる。その姿は騎士というよりも北欧神話に出て来るベルセルクだろう。

 俺も負けてはいない。苗刀を振り回して襲いかかる敵騎兵が何人も襲いかかってくるも、直刀で攻撃を受け流しつつ脇腹を裂く。敵兵が面白いように死んでゆく。

 それに体が軽い。そういえば異端の科学者が言っていたっけ。「人は死の間際に本来の力を発揮する」と。


「敵の総大将は目の前だ! フランク行くぞ! 差し違えてでもあの世に送ってやろう!」

「ああ! ちょうど馬が落ちている! かっぱらって叩き潰してやろうぜ!」


 その場にいた誰もがあの男を馬鹿にし、命を賭して力説した聞く耳を持たなかった。そのまま再教育がなされたのだが、今になって分かる。あの男のいい分も一理あるかもしれない。

 死をこれほどまで身近に感じたことは無い。戦いらしい戦いは何度か経験したが、ほとんどが戦いを優勢に進めていたし、剣を交えることなんてほとんど無かった。

 だからなんだというのだと言われればその通りなのだが、とにかく動けるし、相手の剣先の動きも簡単に読み取れる。


「敵の大将! 覚悟しやがれ!」


 混戦とはいえ、敵大将の周りは当たり前だが敵重騎兵でひしめいている。

 味方戦線から突出気味の俺とフランク。それに敵の方が圧倒的に数が多い。普通であれば押し潰そうと囲んで来るだろう。だが、赤い鎧の男の対応は違った。


「面白い。受けて立とう!」


 赤い鎧の男は武技にも自信があるらしい。

 斬りかかる俺たちを見ると、細い目を更に細くする。横にいる側近らしき男が赤い鎧をなだめているがそんなことは関係ない。

 口角を上げた赤い鎧の男が長刀を振り上げると、周りにいた重騎兵たちは左右へ引いて行き、一筋の道が出来た。


「うおらあああああああ!」


 最初にフランクが殴りかかる。周りの重騎兵は傍観するのみ。4秒も経たないうちにフランクは赤い鎧の男の目の前まで到達した。

 赤い鎧の男は左手で手綱を大きく引いて馬首を左に返すとモーニングスターの一撃を真正面に受けた。


「や、やったか!」


 実際に喰らった俺が一番分かる。フランクの力は半端じゃないくらい強い。長刀なんぞ簡単にへし折ってそのまま思い切り殴りつけられるだろう。

 だが、現実は違った。


「……悪く無い。ただそれだけだ」


 赤い男は兜の隙間から浅黒い頬を小さく引きつらせて微笑んだ。

 上から叩きつけるように振り下ろされたモーニングスターを横から思い切り叩く。力の向きを自分の体から無理やり反らして見せたのだ。


「うっ、うおぉっ!」


 横にそれたモーニングスターは空を切って地面めがけて突き進んでいく。

 激しい金属音と火花を散らせた後、赤い鎧の男は体を持っていかれたフランク目がけて即座にカウンターを見舞った。


「うぐぁっ……」


 フランクが長年リトアニアに住む蛮族と戦っていたというのは嘘じゃなかったようだ。前につんのめった不安定な態勢から、馬から飛び降りて寸での所で交わしたらしい。

 ただ、まっすぐに振り下ろされた長刀の一撃は馬を直撃。馬体は真っ二つに裂けてぬかるんだ地面に赤いまだら模様が描かれる。


「危ねえ、死ぬ所だったぜ」

「フランク! くそ、次は俺が相手だ!」


 向こうが手練なのはよく分かった。だからといって退くことなんてありえない。

 俺は剣を振り上げて赤い鎧の男に向かって一直線に進むと、一人の若い男がいきなり飛び出して来た。


「ボルドゥ様、遊びが過ぎますよ!」


 出て来たのは常に横に付き従っていた副官らしき男だった。

 その表情は怒気に満ちている。その矛先は赤い鎧の男なのだろうか。だが、そんなことは関係ない。目の前にいる敵に剣を突き立てて赤い鎧を目指すだけだ。


「喰らえ!」


 副官の男は一撃を受ける。衝撃は吸収されて拮抗状態になった。とはいえ実際に剣を突き合わせて分かることがあった。ヤツは剣を受け切っただけだと。

 明らかに抵抗力が無い。俺がそのまま力で押し切ろうとすると副官の男は徐々に体勢を崩してゆく。


「行けコルト! そのまま押しつぶせ!」


 横でフランクが叫ぶ。言われるまでもなくそうしようとしているだろ。

 とにかくこいつに構っている暇は無い。相手めがけて馬をぶつけ、敵を振り落とそうとした時だった。

 副官らしき男は両手で防いでいた長刀を右腕一本に持ち替えると、着込んでいた羽織の裏側から大きな鉄釘を取りだして思い切り投げつけて来た。


「くそっ! 危ねえっ!」


 鋭く尖った鉄釘は顔面へ一直線だったが、間一髪のところでガントレットでそれを防いだ。ただ、投げつけられた鉄釘はガントレットをしっかり貫き、その先端部分が手の甲に突き刺さっている。

 大将同士の一騎打ちを見て味方は勇気づけられたのだろう。突出部分を補うように味方の騎士たちが前へ前へと進撃を始めている。

 それを急いでひっこ抜くと、剣を持ち直して再度斬りかかろうとしたが、副官らしき男はすぐさま馬首を引いて赤い鎧の男の元へと走り去っていた。


「ボルドゥ様! 一旦引きましょう! そろそろ本隊がやって来る頃合いです!」

「……ナチン、兵をまとめろ! 味方本隊と合流し次第、再度突撃を敢行する!」


 敵大将と副官は話し合う。何を言っているのか理解できないが、ヤツの名前は何と無く分かった。敵大将がボルドゥ、副官はナチンか。


「待てボルドゥ! 逃げてないで掛かって来い!」


 馬を手綱を引いて再度前進しようとする。


「覚悟しろ! このやろ……」


 馬にも気持ちが伝わったらしい。落馬して動けないフランクを横目に赤い鎧の男へと直行する。


「全軍、退却! 煙幕の向こうに戻れ!」


 だが、再度進路を阻んできたナチンは再び懐に忍ばせていた暗器をこちらに投げつけて来た。

 鎧に投げつけて来た先ほどとは違い、今度は無防備な馬に投げつける。傷を受けたのは首筋。見る見るうちに馬から正気が失われてゆく。


「ああ? 待ちやがれ! ボルドゥぅ? 待てボルドゥ!」


 フランクは立ち上がるとモーニングスターを拾い上げて数歩踏み出した。俺はそれを止める。


「……無駄だ。俺たちは馬を失ったんだ。どう足掻いても追い付けやしない」


 敵の騎兵たちはつい先ほどまで戦っていたというのに、今まで何も無かったかかのように隊列を整えて引きあげてゆく。


「だったらこれからどうするんだ」

「まずは敵が引いたこの間に生き残っている兵を集めるんだ。それからでも遅くは無いさ」


 周りを見ても、真っ当に立ち上がっている兵士の方が少ない。自慢の鎧は泥と血に塗れ、サーコートは敵の傷を受けて解れている。誰もかれもが満身創痍だ。

 それと、ボルドゥらの背中を目で追っていて気が付いたが、いつの間にか煙幕も晴れていた。久方ぶりに見た鬱蒼と茂る緑の森が目に心地いい。

 ただ、前と違った風景が広がっていた。


「あ、新手です! 煙幕の向こうに敵の援軍がおりますっ!」


 煙幕の向こうには敵の増援が。整然と並ぶ敵兵達はこちらを見下すようにただただ見つめている。


「なるほど。今まで戦ってたのはこっちに派遣してきた半分の数だったのか」


 あれほどまでに軽かった体だが、今はこれほどないぐらいに重たく感じる。手にした剣も地面に落としてしまった。

 体は限界だけど頭だけは異様に働いた。そういえば町からの逃走兵が言っていたっけ。「サンドエミシュの村が落とされた」と。

 疲れ切った俺の顔には自然と笑みが浮かぶ。色々なものを引き攣らせた、これ以上ないぐらいに不細工な笑みだったが。





 敵兵は赤い鎧を着た総大将ボルドゥにまとめ上げられてやって来た敵部隊と合流した。

 やってきたのはおよそ3000ほどで、突撃を終えて生き残っているのが700に満たないくらい。さっきからの戦いで目が慣れたのですぐに分かる。今となってはもう遅いが。

 相手の装備はそれほどきれいでは無い。軽騎兵のコートは破れて下に着込んでいる鎖帷子が丸見え、ステップの鎧は煤け、鱗が剥がれてまだらに色づいている。敵兵は戦いに戦いを重ねて来た熟練の部隊なのだろう。


「……フランク、俺たちの残存兵は?」

「騎士が100と従士達が300。アーヴァレスト兵は100くらいだ。ちなみに馬は全頭無事だ。それに加えてそこらで鹵獲したのが100くらいだな」


 騎兵300に歩兵が100。弩兵が100。なかなかの軍団じゃないか。


「あいつらは冷静だな。あれほど激しく戦った後だというのに、陣形を整えて再度突撃をかまそうとしてやがる」


 モンゴル軍は煙幕を焚こうともしない。これ以上の揺さぶりは無用と考えたのだろうか。


「どうするフランク。これ以上戦うか? あいつら従う者には寛容だって聞いたぞ。これだけ戦ったんだから相手だって俺たちを殺すのは惜しいと考えるかもしれない」


 寝物語では「残酷だ残酷だ」と聞かされていたモンゴルだが、色々な話を聞いていると「従順な者には寛容」らしい。

 とはいえ、こればかりは降伏してみないと分からない。吉と出るか凶と出るか。全てはハーンの思し召しのまま。


「……あんな連中の顔を伺って生きるんだったら、死ぬまで異教と戦い続けた方が遥かにマシだ。冗談がきついぞ」


 返り血に染まって真っ赤な顔をくしゃくしゃにして笑って見せる。

 辺りを見回しても同様の表情ばかりだった。死んでも降らない。そんな意志がひしひしと伝わって来た。

 言うだけ言ってみたが、俺自身元よりそんなつもりは無い。華々しく最期を決めようじゃないか。


「騎兵! 前に出ろ。突撃だ。騎士の、いや、この地に住まう男の意地ってものを見せつけれやれ」


 アーヴァレストが一斉射撃を何度も繰り返し、その間に陣形を整える。馬が前列に並び、歩兵は後列。騎兵が敵前線を崩壊させて敵陣に乱入。後からやって来た歩兵部隊がそれを殲滅するという寸法。これ以上なくシンプルで分かりやすい作戦だろう。

 これ以上ないぐらいに滾るのかと思いきや、自然と落ち着いた気分だ。


「全兵士メットを着用! 得物構え!」


 一気に視界が狭まる。今必要なのは目の前の敵を倒せる分の視界だけ。それ以外は必要ない。


「フランク、行くぞ」

「ああ。鬨の声を上げろ」

「全軍! 進め! あいつ等を生きて返すな!」


 割れんばかりの声量を背に、手にした剣を相手に向けて大きく叫んだ。

 すぐさま227の馬が躍動。板金鎧の擦れる音。最後の戦いが幕を開ける。


「とにかく進め! 敵の騎射を恐れるな!」


 100フィート前へと進むたびにモンゴルの矢が両脇を貫く。さっきまで両脇に居た男の姿は無い。でも大丈夫。俺には当たっちゃいない。前へと進むのみ。

 やはり、敵陣に向かっての騎馬突撃は戦いの華だと実感する。この何も考えられないほどの高揚感と、心臓が潰れそうになる緊迫感がたまらない。そんな中でなぜ騎馬突撃が美しく華やかであるのかなんとなく分かった。

 散りゆくモノへの憐れみと哀悼だろう。


「うおあああああああああああああっ!」


 気が付いた所でもう遅い。前に行くしかないし、退路なんてものは無い。全てをかなぐり捨てて突き進む。

 そんな折の出来ごとだった。


「な、なんだ!」

「敵の新兵器か?」


 村の遥か後方から聞こえた震天雷のような音が数発聞こえた。フランクは「前だ! 前に進めい!」と立ち止まる味方を捲し立てているが、この轟音はおかしい。明らかにおかしい。

 そして、目の前100フィートほどで突撃をかまそうとしていた敵騎兵が、四肢をバラバラにされながら馬ごと上空へと巻き上げられる。


「な、何が起こった! 全軍いったん止まれ!」


 あれだけカッコのいいことを言って突撃をしたというのにそれを止めるというのも忍びない。

 だが、今はこれ以上ないぐらいの異常事態である。後続の騎兵たちは速度を緩めてその場に停止した。


「ああ? 水を差すんじゃねえコルト! これで何度目だってんだ!」

「……落ち着けフランク。今の音を聞いただろ。ただごとじゃない」

「敵も震天雷を持っているらしいじゃないか。それが暴発でもしたんだろ? 再度突撃を……」

「だから落ち着けって言っているんだ。音は背後から聞こえたし、目の前から敵陣中央にかけて5発ほど土煙が上がったぞ。それに見てみろ。連中もかなり動揺しているぞ」


 すぐさまフランクがこっちに詰め寄ってくるが、俺にそんなことが分かるはず無いじゃないか。首を横に振るすしかない。

 敵騎兵は進撃を止めて元居た場所に引きあげて行くし、弓兵の斉射も止んでいる。戸惑っているのは連中も同じであった。

 それから20秒ほど経つと再び轟音が鳴りだした。逃げてゆく敵騎兵が面白いように空へと舞い上がる。

 それが何か解ったのは何気なしにフランクが背後を振り返った時だ。


「おい、おいおいおい、あの旗はアレだろ……」


 赤と緑の旗。ルブリンに居るはずのポドルスキの軍だった。


「ルブリンからの増援か! あれだけ消極的だったのに」


 俺らが何故かと考えている間も謎の攻撃が続いた。ポドルスキの軍から硝煙が上がり、黒い塊が俺たちの頭越しに敵軍団の中にドスンと落ちてゆく。

 敵軍団の中に空中から飛んでくる『何か』が降り注ぎ、辺り一帯を血の海にする。馬・人問わずに血みどろの欠片へと変わり果てた。


「再び陣形を取れ! 敵は憔悴しきっている。一列横隊で敵軍団に突撃せよ!」


 号令すると後方から鬨の声が上がって騎兵が駆けだした。一秒一秒で敵方に近づいて行く。


「これ以上の被害は無用だ。敵から距離を取れ! 動ける者から順に撤退せよ!」


 敵の将帥の判断は冷静だった。

 ボルドゥが手を振り上げると、これ以上の被害を出すまいと隊列を整えて森の中へ引いていく。当のボルドゥは混乱する兵を宥めようと隊列の最後尾に控えて兵たちの尻を叩いている。

 それが仇になったらしい。


「あ、あいつが……」

「……弾に当たっちまった」


 俺たちにとっては運のいいことだが、ヤツにとっては運が悪かったのだろう。あまりにも大きすぎる流れ弾はボルドゥに当たってしまった。

 あれほどまでに躍動していた体は、木端微塵となって一瞬にしてただの肉片へと変化する。


「あれだけの男が、こんな簡単に死ぬのか」

「憐れむのは後にしろ! 突撃だ! 今こそ男を見せつけろ!」


 ボルドゥを失った敵軍はあまりに脆かった。

 数に優る敵軍団だったが、こちらの突撃を受けると簡単に壊滅。森の中へ散り散りに退却して行く。

 そんな中、先に退却していた敵の精鋭部隊が平原に向かって反攻しようとするも、人の流れは圧倒的に森の中に引きさがる兵士が多く思う様に突撃出来ない。

 不可思議な形で突撃は成功。士気の高い騎士たちが森の中で敵騎兵達を殲滅した。


「なんとか勝ったな」

「ああ。こんな風に終わるなんてな」


 戦いが終わったのは午後4時ごろ。日は傾いて夕陽が暖かかった。

 敵将帥の鎧は胴体ごと砕かれたのでどれがどれだか分からない。遠くから見ても分かるぐらい特徴的だった赤い鎧なのに、周りに落ちている一般兵の血に塗れた鎧と見分けがつかない。

 俺たちの周りを戦いの始まりと共に去っていった鳥たちが帰って来て、辺りに転がる遺体を啄んでいる。その中にボルドゥの物があるのだろうか。

 しかし、見れば見るほど気分が悪い。あの天佑とも言える空からの恵みが無ければ、俺たちも黙ったまま横たわっていたんだから。

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