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浪漫譚Ⅱ

 口の悪い復讐に燃える少女を預かってから2週間が経った。

 キプチャク・ハンを倒すべく本国に援軍を要請すると、返信は3日後に届いて『即刻援軍を送ろう』と書かれていた。なので、そろそろ援軍がやってくる頃合いだろう。

 俺たちが居るルブリンでは3日に1回くらいの頻度で雪が降っていたので庭は真っ白に染まっていた。本格的な冬はもう近い。俺は部屋で愛剣を研いでいると、クソ寒いのに大きなタオルを胴体に巻いたマリーが飛び出して来た。


「ちょっとコルト、私のシュミーズ知らない?」

「いや知らないな。その辺にあるんじゃないのか」


 暖炉があるとはいえ離れの中は寒い。雪のように白い肌を曝すマリーを見るとこっちまで寒くなってきた。

 俺は即座に否定するが、マリーは冷たい目でこちらを見つめている。


「いや、ほんとに知らないって。なんで俺がお前の肌着なんか取らなきゃいけないんだよ」

「だって私ってかわいいじゃない? 15歳の乙女なんだから、着てた服を誰かに取られたっておかしくないでしょ」

「乙女は開口一番に『モンゴルの連中をぶっ殺しましょう』なんて言わねえよ。俺は本当に知らないぞ。疑うなら屋敷の使用人を疑うんだな」

「この部屋にはコルトしかいないはずでしょ。鍵だってきちんと閉めといたはずだし……」


 そう言いながらマリーは廊下を進んで扉を確認した。


「鍵はちゃんとかかってるわね。それじゃどこから……」

「ああ。おかしいな。誰がこの薄桃色のシュミーズを盗んだんだ……」

「なんでコルトが色を知ってるのよ。やっぱりアンタが犯人なんじゃないの?」


 おかしいぞ。俺とマリーは顔を見合わせた。


「待ってくれ。俺は何にも喋って無いぞ。マリーの着ている肌着の色を知っているはず無いだろ」

「そりゃもったいない話だ。目の前にこんなに可憐な少女がいるというのに、興味を持たないなんて男では無いぞ。恥を知れ!」


 部屋の中に知らない男がいる。


「……コルト、今何か言った?」


 黙って首を振った。物音を立てずに慎重にリビングに足を進めると、何者かが居た。


「何を言う。肌着についてもっと知った方がいいぞ。これはシルク地にサンシスミレの花弁が刺繍されている。いい趣味をしているな。特にサンシスミレというのがいい。これは薬草にもなるからゲン担ぎにもってこいの……」


 聞き慣れない主はブツブツと独り言を呟きながら体を震わせている。犯人はこいつだった。


「誰だお前はっ!」


 暖炉の側で温まりながら肌着を頭から被る無精髭を、背後から二人で思い切りぶん殴ってやった。





「いや違うって。何が悪いってコルトって奴が悪ぃんだよ。ラトヴィアからわざわざこんなところまで呼び寄せておいてロクな応対もしねえし、地元の領主でさえ挨拶に来ねえんだからな。外は大雪で寒いし、仕方ねえから暖を取ろうと屋敷に潜り込んだらこの部屋に辿りついたんだよ。そしたらたまたま目の前にこんな綺麗な下着があるもんだからな。俺だって男だ。拾うしかねえだろ」


 二人で何者かと問い詰めると、肌着を被りながら赤い無精髭をカールさせた男は力説しだした。言いたいことはなんとなく分かるが、そんな間抜け姿で喋っても何一つ説得力は無いぞ。


「どうでもいいけどこの変態、さっさと返しなさいよ!」


 顔を赤くしながら頭に掛けられたシュミーズを奪い取ると風呂場に急いで戻っていった。


「いてててて。あんな可愛い子に殴られるんだ。悪く無いかも知れないね」


 マリーにビンタを食らって、男はしょぼくれるどころかどこか元気になっていた。

 そんな頭のおかしい男なのだが、赤いチュニックに白地の外套を羽織っていて身なりはしっかりとしている。それに、下着を被りながら話していたことから何物かはなんとなく察しがついた。

 このまま黙り合っててもどうしようもない。とりあえず自己紹介をする。


「……俺はゲオルギー・フォン・コルトだ。チュートン騎士団の修道騎士でポーランドに派遣されてきた」

「なるほどね。俺はフランク・ゴルクシュス。リヴォニア騎士団の修道騎士さ」

「……お前が話に聞いた援軍か。こんな男を送ってくるとは、騎士団の見識を疑ってしまうよ」

「何よ。そこの変態下着男はコルトの知り合いだったの?」


 薄茶色のチュニックに着替えたマリーが戻って来た。亜麻色の髪の毛からはほのかに石鹸の匂いを漂わせる。


「俺が説明しようお嬢ちゃん。俺たちリヴォニア騎士団はマルボルクの遥か北方を封地にしている歴史ある騎士団だ。よき同胞に仇なす異民族を倒すべく、絶えず北方十字軍を敢行してきたのさ。キリストのより良き家臣とでも言っておこうか」


 髭のようにくるくると巻いている赤毛を靡かせてフランクは誇らしげに語った。


「その、北方十字軍ってのはなんなの?」

「ルーシやバルトに跋扈していたキリスト教に仇なす異民族をいくつも滅ぼして教化したってことさ。俺たち帯剣騎士団の栄光の日々って訳だな」


 キリスト教は面白いようにヨーロッパ中に伝播していった。

 それから、南ヨーロッパは開拓し尽くされ、東には強敵のイスラム教の連中がいる。そうなると進路は北へ向けられた。フロンティアスピリットを発揮してキリスト教信者たちは北方、つまりはバルト海沿岸の地域を開拓しに行ったのだ。

 その辺りには先住民族が住んでいた。元より言語も宗教も違うのだから入植者と先住民は当然のように争った。そこで活躍したのが教皇庁から派遣されたリヴォニア帯剣騎士団だった。


「だが、リヴォニアの連中は戦線を広げ過ぎたんだ。同じキリスト教国のノヴゴロドやエストニアにも喧嘩を吹っ掛けてしっぺ返しを食らった。それで俺達の配下になったんだ」

「ふーん。よく分からないけど色々と歴史があるのね。それでアンタは強いの? モンゴルの連中を倒せるの?」

「は、はっ! そんなの余裕さ。俺達がひれ伏すのはジーザスクライストととびきりの美女だけさ。特にお嬢ちゃんみたいな美女にね」


 調子よく言うフランクは語るとマリーの肩に手を回そうとするが、簡単に跳ねのけられた。


「気安く触らないでよ。ついさっきまで人のシュミーズを盗んでたくせに偉そうなこと言わないで」


 ぐうの音も出ないくらいの正論だった。2mはあるんじゃないかと思わせるぐらいの大男の背中がかなり小さくなる。


「それで、何人ぐらい連れて来たんだ。手紙では200ほど用立ててくれと言ったはずだが」

「200だ? 馬鹿言ってんじゃねえよ。連れてきたのはリヴォニア騎士団50人だ」


 偉そうに言うフランクに、俺は頭が痛くなった。


「……50人ってガキの使いじゃねえんだぞ! そんなんで勝てるはず無いじゃないか!」


 あの村の惨状を見れば誰だってモンゴルの連中が本気でポーランドを滅ぼしにかかっているのが分かるはずだ。俺の手紙のかき方が悪かったのか分からないが、実際にやってきた騎士の人数を聞くと勝算など無い。

 そんなような意味合いで言ったのだが、フランクは違った風に受け取ってしまったらしい。微妙にかみ合わない言い争いはヒートアップしていく。


「ああ? 俺達リヴォニア騎士団の力量を疑ってるのか?」

「リヴォニアの力量とかそう言う訳じゃない。モンゴルは強いぞ。50やそこらで何が出来るって言うんだ」

「結局は疑ってるんじゃねえか。俺たちは死に物狂いで戦ってきたんだ。親父も爺さんもその爺さんもそうだった。お前さんが言っている事は、そうやって誇りと栄誉を得て来た俺たちに対する侮辱だな」

「モンゴルを北方の蛮族と一緒にするんじゃない。っていうか、そもそもお前たちは北方の蛮族にやられてたから俺たちの傘下にいるんじゃないか。それに、モンゴルには俺たちの親父の代から何度も煮え湯を飲ませられてんだ。こっちだって早々負けられない。そうなると50じゃどうしようもねえんだよ」


 キリストに忠実すぎたリヴォニア帯剣騎士団は、戦線を広げ過ぎて窮地に立たたされた。そのため、名前をリヴォニア騎士団に改名して数十年くらい前に俺たちチュートン騎士団の傘下に入っていた。


「てめえはそう言ってるじゃねえか! 六芒星と大地に突き刺さる帯剣の看板を背負ってるから帰るなんてことはしねえ。だがな、お前と一つ決闘をしなきゃいけねえみてえだな」

「……決闘だと?」


 俺が返事をするとフランクは大きくうなずいた。


「そうだ。決闘だ。この決闘でどっちが上に立つか決めようじゃねえか。それともなんだ、お前の手にした剣はお飾りなのか?」


 ここまで言われて黙っていられるほど行儀はよく無かった。返事は一つしかない。


「……上等だ。やってやろうじゃねえか」

「ああ。それじゃ、また明日、屋敷の庭を使おうじゃねえか」


 フランクはニヤリと口角をあげると、マントを翻して部屋から出て行った。


「ちょっと、こんな所で争わなくたっていいじゃないの」

「変なしこりを残したまま戦いに臨んでも勝てるはずは無い。ここで決着を付けた方がいいんだ」


 ここまで来たらどうしよもない。俺がそう言うとマリーは肩をすくめて呆れたように俺を見つめた。





 翌朝。ルブリンに雪が降った。

 はらはらと粉雪が舞い落ちる昼間、俺とフランクは大量の騎士たちに囲まれながら甲冑を着て対峙していた。


「さすがは騎士団の若者だな。血気盛んと言うか、向こう見ずというか、単純というか」

「ほんとバカみたい。どうせモンゴルの連中をぶっ殺すために組むんだから、手と手を取り合って仲良くすればいいのに」


 決闘を横で見ていたマリーがひと言吐き捨てるように言うと、ポドルスキは顔を白くさせた。


「さてコルト。準備は出来てるんだよな?」

「当たり前だ。お前に言われるまでも無いさ」


 チェインメイルを着込み、騎士団の紋章入りのサーコートを羽織っている。左手には鉄と皮の合板盾を構えて、右手にはショートソードを携えた。


「……えっ、なによ、二人とも本気でやり合うの? 変態髭なんて棘のついた鉄球を持ってるし」


 フランクの手にしている武器はモーニングスター。70cmほどある鉄の棒の先端に球体が取り付けられている。

 鉄製の分厚い板金鎧をぶち抜いて相手を傷つける荒々しい武器だ。仮に相手の甲冑をぶち抜けなくてもその衝撃で人体を傷つけるのは容易だ。つまりは当たった瞬間にその部分はお終いということだ。

 運のいいことに俺は全身を包むチェインメイルに白と黒のサーコートを付けていた。板金鎧に比べれば動きやすいが、一撃でも食らえば終わる。


「いやぁ、さすがはマリー様だ。その手厳しいひと言も可愛らしい」

「アンタは黙ってて。ねえコルト、本当にやり合うの?」


 側に駆け寄ってきたマリーの目はどこか不安げだった。ちょっとは可愛い所があるんじゃないか。


「仕方無いだろ。こうなってしまった以上やるしかない」

「……さすがに死なないよね?」


 俺は黙って脇に抱えていたグレートヘルムを被った。

 視界は一気に狭まり足元は頭を下げないと見えなくなる。正面の幾分かしか視野は無いがどうせ相手は目の前にいるアイツだけ。その分、そこに全神経を集中させられる。


「これは騎士同士の決闘だ。どうせなら何かを賭けようじゃないか」

「部隊の指揮権をだろ? それで十分だろ」


 言い返すがフランクは頷かない。


「なるたけ華のあるものがいい。そうだ。そこにいるマリー嬢。可憐なる彼女でどうだ?」

「は、はああああ?」


 マリーは目を丸くして大声で叫んだ。フランクの背後にいる騎士たちから大きなどよめきが沸く。


「いいじゃないか。美少女を賭けて男同士が戦う。悪く無い。非常にロマンに満ち満ちた美しい決闘だな」

「気づいているか分からないが、あの時シュミーズを取ったのは俺なりの愛情表現なんだ。嫌いな女の下着を盗む男なんて居ないからな」

「言ってる意味分からないし。それに私が嫌なんですけど。ほら、コルトも何か言ってよ」


 ポドルスキが何か言っているがどうでもよかった。とにかく、どうやって目の前にいる大男を倒すか必死になって考えていた。

 そのために剣を構えて黙ったまま動かなかったのだが、フランクはその無言を「わかりました。賭けましょう」と取ったらしい。


「よっしゃぁ、気合が入ったぜ! おらぁ! さっさと来いや! 腑抜けたチュートンの男にリヴォニアの誇りを見せつけてやる!」


 対面にいるフランクが大声で叫ぶと背後に控えていた男たちが大声で叫んだ。


「俺たちはリヴォニア帯剣騎士団。信じるのは手にした帯剣とジーザスクライスト、ひれ伏すのは俺たちじゃねえ、目の前にいる異教徒だけだ!」


 肩を組んで大声で叫ぶのだ。迫力は満点で、俺も少々肝を冷やした。

 フランクの装備はモーニングスターに装飾を凝らなさい無骨な板金鎧。頭は椎実型の兜に牛の角をくくりつけていた。そのいで立ちは騎士というよりもヴァイキングだ。


「おらおらぁ! 突っ立ってるとすぐに死んじまうぜ!」


 どうやっていなそうか考えていたが、フランクは猪突猛進だった。大声を上げながらモーニングスターを高く振り上げてこっちに襲いかかって来る。


「くそっ、危ない」


 振り下ろされたモーニングスターは、間一髪で俺の耳元を掠めて地面へと重い音を立てて振り下ろされた。ぐしゃりと音を立てて庭の土を雪ごとひっくり返す。

 すぐ隣で空を切っただけなのにグレートヘルムに一筋の傷がついた。こんなのが当たればひとたまりもない。


「身のこなしは軽いようだな。だが、避けてりゃいいってもんじゃねえぞ!」


 それからフランクの猛攻は続いた。

 馬鹿力を発揮して何度も何度もモーニングスターを俺に向かって振り下ろし、俺はギリギリのタイミングでそれを避ける。

 腰に差した剣で一撃を繰り出そうにも、動作を取るその一瞬すらが惜しかった。そもそも剣ごときじゃ板金鎧にダメージを与えられないし、カウンターでモーニングスターを食らう可能性がある。


「……コルト、やばいんじゃないの?」

「……そうだな。マルボルクに新たな騎士を送ってもらわなければいけないかもしれない。書記官、筆と羊皮紙をここに」


 振り下ろされる鉄球の嵐の中、観戦するマリーとポドルスキのそんな声がうっすらと聞こえた。


「ふ、ふざけるな! 俺はこいつに負けるなんて……」


 余計なことを考えていたのが仇となった。

 俺の動きが鈍くなった所を、ここぞとばかりに薄笑いを浮かべたフランクの鉄球が振り下ろされる。


「余計な口を聞いている余裕なんてお前に無いはずだ!」


 間一髪のところでなんとか盾で防いだ。だが、モーニングスターの威力をそのまま受けた盾は大きな音を立てて見事に裂けた。

 受け止めた衝撃は半端では無く、俺はそのまま後方へと吹き飛ばされた。


「っはぁ、はぁ、はぁ……」


 倒れ込んだと同時に背中に強烈な痛みが走る。だが、意識はあった。

 戦おうとうつ伏せになって立ち上がろうとするのだが、腕に力が入らない。左腕を確認すると、鉄球は盾を貫通していたらしく、ガントレットはペシャンコに潰れていた。指を曲げようとしても言うことを聞かない。

 多分折れているのだろう。しかし、左腕が無かろうが右腕があるし、両足はピンピンとしているし頭は働く。


「……まだだ。これで終わりじゃない」

「まだ立ち上がるか。悪く無い。悪く無いな。だが、次はそうはいかないぞ」


 肩で息をしながら立ち上がるが、フランクは意気上がり片手一本でモーニングスターをぐるぐると振り回した。

 さっきまで面白いようにブンブンと振り回しているのだが、どこか動きがおかしい。


「はっ、はああああああ!」


 繰り出したモーニングスターを半身になって避けると、顔中を汗に濡らしたフランクの表情が見えた。それで疑問は確証に変わった。


「ほら、さっさと来いよ赤毛のクソ野郎。こっちは片手一本の優男だ。頭は無いが、両手両足があるお前なら余裕だろ?」

「……上等じゃねえか。今すぐにでもぶっ殺してやるよ!」


 こちらに近づくための一歩一歩は遅かった。モーニングスターは激しい動きを見せるが、避けるだけに特化していたので容易い。

 自由に動き回る鉄球も、決闘の最初の頃の方が動きにはキレがあったので、この一撃は簡単に避けられた。


「お、おい、嘘だろ」

「残念だが俺の勝ちだ。それ以上動くと本当に死ぬぞ」


 モーニングスターを大きく振り下ろした後のフランクはガラ空きだった。鉄球を避けつつヤツの背後に回るのもなんてことの無い作業だ。

 いくら力があっても体力には限界がある。

 だからといって腰に差した剣を振り下ろしても鎧を貫くことなどできない。そうなると戦法は一つだけだった。


「俺の鎧を貫いたのはスティレットか。どうりで腰に差した剣を一度も使わねえ訳だ」

「ああ。これなら隙さえあれば簡単に板金鎧を貫ける。だが、こんなことは一対一のトーナメントでしか役に立たないけどな」


 集団戦になると身軽に相手の一撃をかわそうが、別の誰かにやられればお終いだ。

 だが、一対一であれば攻撃を避けてから誰かに殴られたり差されたりするようなことはあり得ない。

 スティレットは板金鎧を貫く鋭い釘のようなものだ。本来は倒れた敵に止めを刺すためのものだが、背後に回り込んで一瞬で命を奪うような使い方もあった。


「力と力の勝負のはずだったのにいつの間にか知恵比べか。いやぁ、恐れ入った。俺の負けだ」


 手にしていたモーニングスターを地面に落として決闘は終わった。

 場が沸き、マリーは俺に飛びついて来た。


「べ、別に心配なんかしてないわよ。村を襲った連中を倒すんだから当然の話だからね」

「……何とでも言えばいい。それよりも医者を呼んでくれ。左腕が死ぬほど痛い」


 俺はその場にへたり込むと兜を脱いだ。

 肌を貫くような寒気だが心地よい。何もかもが終わって、俺は生きているんだと分かるこの瞬間が最高に気分が良い。


「二人とも見事だ。それだけの勇猛さがあればモンゴル軍など容易いだろう。それを見込んで仕事を与える」


 両陣営ともに歓喜に包まれていた庭だったが、ポドルスキが手を叩いて喋り出すと一斉に静まり返った。


「来週、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国に隊商を送ることになった。しかし、件の通り街道沿いではモンゴル軍が幅を利かしていて自由に身動きが取れない」

「……俺たち騎士団に隊商の護衛を頼もうって算段だな?」

「ゴルクシュス君。戦い方は荒々しいが頭の方は問題なさそうだな。そういうことだ。君たちに頼みたい」


 ポドルスキは言う。俺たちに断る理由など無かった。


「そのためにここに来たんだ。だが、他に兵は出ないのか」

「射手を20ほど送ろう。異論は無いか?」


 手持ちの兵に射手はいなかったはずだ。この援軍は悪く無い。


「指揮権は全てコルト君に一任しよう。良い結果を待っている」

「……ああ。分かった。フランク、作戦を考えるぞ」


 痛む腕を押さえながら離れに戻った。

 100名に満たない兵で、数百人規模でやってくる勇猛果敢なモンゴルの騎馬隊をどうやって叩きのめすか必死になって考える。ここからが本当の戦いになるだろう。

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