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貢の雪

作者: 久慈 秋箭

貢の間には何が生きているのだろうか。

物語だろうか。感情だろうか。今までにその貢を開いた者達の苦しみや、悩みだろうか。それとも、全く別の世界から来た迷いビト達だろうか。

彼らは、決まったカタチをしている訳ではない。

時にそれは、美しく咲く花で。時にそれは、虚しい羽虫で。

時にそれは、何時か融けてなくなってしまう儚い雪で。

このまだ書き途中の真白な本に挟まったこの迷いビトは何なのだろう。

それが、僕と君との最後の想い出だったらいいな、と願うのは自分だけれど、その貢に挟まっているものは誰にも、神様にも決められるものではないから。その願いが永遠に叶うことはない。

ただつらつらと思いを書くことならば、僕にだって……。

そう思い、かき始め……ようとしたこの本は、いつか完成するのだろうか。

この本が、彼の目に入ることはあるのだろうか。

貢に挟まるものを決めることは容易くはないけれど、この貢を僕が書くことなら、出来る。

儚い雪のような、儚い夢。雪のように、真白で穢れない貢。


『ぼくときみがであったのは、ぼくがてんにゅうした、しょうがっこうでのことでした』


本を閉じて鞄へ仕舞った。重たい扉を開いた。

気晴らしに、歩き始めた。最近は、こうして外へ出る気分にならなかったものだから。

雪が融けた跡、水溜りが、そこかしこに残っている。日の光を反射して、きらきらと輝いている。僕は、その光に敗れて、一歩踏み出すのを躊躇した。

しかし、水溜りをふんずけて、また歩き出した。そこには波紋が広がり、履き古したスニーカーには凍るように冷たい水が染み込んだ。


『きみはぼくとなかよくしてくれました。きらわれていたぼくと』


隣を小学生位の子達がはしゃぎながら通り過ぎて行った。

ランドセルに付いた、ポーチが揺れる。がちゃがちゃと大きな音を立てて。

とても中の良さそうな、三人組。男の子二人と、女の子一人。

名も知らないあの子達が、いつまでも仲良しでいられることを願います。

僕には、果たせなかった、大事な約束。消えてしまいそうな、空ろな夢。

あの子達は、叶えられることを願います。神様。

永遠で、なくともいい。一生、幸せで居させてあげてください。

僕は、気付いたら笑みを零していた。


『なんでかしらないけど、きみはだんだんぼくからはなれていきました。ぼくといっしょにあそんでくれなくなりました。ぼくは、またひとりになりました』


僕が、どれだけ愚かだったのか、ようやく思い出した。

君が、どれだけ優しい人だったのか、ようやく思い出した。

「ああ――何で、僕はこんなに冴えないのかな。何で、君は隣にいないのかな」

「いるよ」

隣にいたのは、君だった。懐かしかった。涙を、止めようとしても、止めようとしても、止まらなかった。

「そうだったんだね。ようやく解ったよ」

「なら良かった。本が完成するまで、僕の所に来ちゃダメだかんな」

「もちろんだよ。まだ一行も書いてないけど。一行目が今、思いついた」


『きみは、ひとりでたたかっていました。きみは、ゆうしゃのうまれかわりなんだって、じぶんでいっていました』



「『僕の友達は、勇者でした』」


貢に現れたのは、クレヨンで描かれた、小さな勇者だった。

君は喜んでくれるだろうか。

雪が、君の姿を見えなくした。


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