第三話 狂風乱舞
風が逆巻き、うなりをあげる。
夜気に沈み、安寧を得ようとしていた世界を裂いて。
虚空に刻まれる軌跡は無色透明。
襲い来るものは、疾風の刃だ。
色無きそれ、形無きそれは、そうであるがゆえに、ぼくの目では視認することも適わない。
「――はっ!」
しかし大気を斬り裂く瞬間には、必然、周囲の空気が割れ、動く。
その摂理には、いかに『魔王の翼』と呼ばれる魔王であろうと抗えない。
ゆえに、神経を研ぎ澄まし。
魔風の流れを感知するなら迎撃は容易。
ぼくの手にある剣は『魔殺しの神剣』、斬魔輝神剣。
であれば、瞳に映らぬ斬撃であろうとも、そこに存在する以上は――。
「――ふっ!」
ただの一振りで、霧散させることができるのだ。
むろん、放たれる刃は一度きりではない。
それでも、ありとあらゆる角度から迫り来るそれを、ぼくは次々と消滅させていった。
仮にこれが何千回、何万回と続こうとも、ぼくはそのことごとくを断ち斬り続けてみせる。
その程度のことすらできずして、なにが皇帝騎士団の一員か。なにが神剣の担い手か。
もとより自分は、『人間』ではなく『魔』を滅するためだけに、この身をきたえ続けてきたのだから――!
しかし、これで勝機は掴めない。
これでは勝利など得られない。
相手は魔風王と呼ばれる魔王なのだ。
敢えて後手に回り、反撃の機会をうかがうという選択をしたものの。
果たして、この均衡を保っていられるのはいつまでだろうかと不安がよぎる。
事実、彼女にはひとつの隙もなければ、油断もない。
否、隙が皆無なのかと問われれば、ぼくは首を横に振ろう。
然り、と肯定の言葉を口にしながら、横に振ろう。
彼女の隙は確かに存在する。
だが、魔王はそれでもなお悠然と立っているのだ。
かまえることなく、口を開くこともせず、ただ不動のまま、そこにいるのだ。
探さずとも目につくような隙を、いくつも眼前のぼくへと晒しながら。
――誘っているのだ。
隙あり、と斬りかかってくる敵を、一撃のもとに粉砕するべく。
間合いに踏み込んできた者を、刹那の間もおかず切断するべく。
看破できない。
どれが意図的に作られた隙で。
どれが彼女の犯した失策なのかが。
直感のみに頼り突撃するのは、無謀を通り越して愚行の域だ。
下手を打てば、ぼくという存在はこの世から瞬時にして消え去るだろう。
これは、それゆえに生まれている均衡。
自ら破りにいくことは不可能な膠着状態。
しかし、魔王はじきに飽くだろう。
そも、高位の魔族の恐ろしさは、不可視の攻撃にのみあるわけではない。
否、そのようなものを『恐ろしい』と形容するような者であれば、彼女の放つ圧力にとうの昔に正気を失い、勝機を模索する間もなく命を散らしていることだろう。
手にした神剣を何度振るっただろうか。
「……驚きましたわね。ここまで続けて、まだ無傷とは」
頬を撫でるそよ風を思わせるような声が、魔風王の口から初めて漏れた。
「しかし、同時に解せなくもあります。あなたは――いえ、『生命あるもの』は、なぜ大人しく滅びを受け入れようとしないのですか?」
それは、心の底から疑問に感じているような声音。
ぼくは剣をかまえた警戒の姿勢をそのままに、彼女に返す。
「逆に問いたい。なぜ貴女は人を滅ぼす? ぼくは知っている。下級や中級のものに比べ、高位の魔族は遥かに理知的な存在であると。しかし、その行動の動機がわからない。『人間は魔族にとって滅ぼす対象だから』のみでは、そこまでの執着は生まれないはず。
そも、魔族の目的は『生命あるもの』の駆逐ではなく、世界を『無』に帰すことであったはずだ。その行為は、世界と心中するということに他ならない。貴女はなぜ、自らの滅びをも望む?」
「滅びこそが、『無』こそが、魂の永遠の安息に繋がるからですわ。『なにもない』こと、それが私たちの望み」
「だが、『無』から幸福は生まれない! 可能性は生まれない! なにひとつ、手に入らない!!」
「けれど、不幸もまた生まれない。『なにもない』世界には、争いも起こらない。『存在すること』によって否応なしに与えられてしまう苦痛から逃れるための、唯一の手段。それが、すべてを『無』にすること」
「狂っている……! 不幸ではないことと幸福であることは同義ではない! それがわからないわけではないだろう!」
「ええ、私は狂っている。堕ちている。残ったのは『本質』のみ。魔王さまを……漆黒の王さまを、限りない絶望と苦痛から解放して差し上げたいと願う、この心のみ」
吐息を漏らし、彼女は自身の胸に手を当てる。
そこに、なにか慈しむものがあるかのように。
ぼくは首を横に振る。
それは、魔風王の意思を否定するという意思表示。
人間――『生命あるもの』であるぼくと貴女は、決してわかりあえないのだ、と。
口にできる言葉はない。
彼女を説得することなど、ぼくにはできない。
できることがあるとすれば、それは、堕ちた彼女に『滅び』という名の安息を与えてやることのみ。
そう、他ならぬ彼女が望んでいる、永遠の安息を――。
「――さて、この遊戯にもそろそろ飽きがきましたわね。もう遊びは終わりにするといたしましょうか」
魔風王の瞳が細められ。
そよと流れていた風が突風に変わる。
否、そのような生やさしいものではない。
この風の強さは、もはや暴風。
鋭利な刃というわかりやすい凶器ではなく。
その中心に身を置いただけで命を飛ばされかねない、荒れ狂う狂風だ。
駆ける。
巻き込まれないよう、ただ駆ける。
イリスたちの戦場とは、真逆の方向に。
目の端には、常に魔王の姿を捉えたままで。
彼女の身体は宙に浮いていた。
自らの起こした狂風など、意にも介さず。
そのローブの裾はわずかたりとも揺れておらず、その事実が、彼女は人間ならざる存在なのだとぼくに改めて認識させた。
殺った、とばかりに襲いくるは一筋の烈風。
その勢いは疾く鋭く。
死神の鎌もかくやという正確さで、ぼくの首筋へと迫ってくる。
しかしその精度の高さが、この命を辛うじて繋ぎとめた。
食らいつかせてなるものかと大きく身をのけぞらせ、手にした剣を一閃。
闇に刻まれた銀光に阻まれ、斬撃は届くことなく消失する。
だが、これはまだ『遊び』の域を出ていないはずだ。
高位の魔族は、人間の身では容易に防げない類の攻撃をくりだしてくる。
それは、ぼくがデュークと対峙したときに浴びせた非難の言葉。
すなわち――
――すぐ、隣の空間。
そこが確かに捻れ、歪んだ。
あまりにも一瞬のうちに起こった変化。
常人の目には、おそらく『ブレた』としか映らなかったであろう、その異変。
しかし、ぼくの目は確かに捉えていた。
なんの音も立てずに空間が割れ、そこから鋭利な風の刃が飛び出してくる瞬間を。
「――くっ!?」
思考するよりも早く身体は地面に倒れ込み、転がりながらその場を離脱する。
いまのが高位の魔族の用いる業。
ぼくが――否、ぼくたちが魔族を脅威と認識している、その理由。
『空間を超えて放たれる攻撃』だ。
左腕に走る鋭い痛み。
だが、その程度で済んだのは幸いといえた。
もし、回避がわずかばかりにでも遅れていたら、あの刃は間違いなくぼくの心臓を貫いていただろうから。
均衡は破れた。
膠着状態は解けてしまった。
魔風王はこの戦いを終わらせようとしている。
ぼくという遊び相手を、全力で殺しにかかってきている。
こちらはまだ、なにひとつとして勝機を見出せていないというのに……!
空間を超越した攻撃が、続けざまに放たれる。
立ち上がる、という動作をとる間も惜しく、ぼくは無様に転がりながら風の刃を避けていく。
しかし、そこに――
「――がっ!?」
斬撃ではなく、衝撃が。
この『物質界』側から放たれた風の塊が、ぼくの身体を吹っ飛ばす。
走るのは鈍痛。
さっさと意識を手放してしまえ、と。
――そんなことはできない。
こんなところで終わるわけにはいかない。
無様でもいい。
泥臭くてかまわない。
地べたを這いずり回りながら、ぼくは一筋の勝機を探す。
たとえ存在しなくとも、その意志を手放すことだけはしてはならないのだ――!
――気づけば、暴風はやんでいた。
代わりに、身体のあちこちに傷。
虚空から現れ、戻るように消えていく無数の風の刃。
致命傷だけは食らうまいと両腕で急所をかばうたびに、その両腕はズタズタに裂かれていった。
脚のほうも酷いものだ。
立ち上がるくらいなら可能だろうが、走ることはできそうもない。
そして一番厄介なのが、痛みを感じるというその事実。
魔術の才があまりないとはいえ、簡単な回復の術くらいはぼくにだって使える。
だから、精神集中と呪文の詠唱を行う時間さえあれば、傷を塞ぐことはできるのだ。
しかし魔風王は、時間はもちろんのこと、精神を集中させる間すら与えてはくれなかった。
否、この『激痛』そのものが、精神集中を妨げるのだ。
これでは、仮に彼女の目が届かないところに離脱できたとしても、回復などできそうもない。
魔風王は高みの見物を決め込んでいる。
油断してくれているのはありがたいが、しかし、ぼくにはその慢心につけ込む手段がない。
『気』の放出、あるいは魔術の発動。
それができれば、彼女に致命傷を与えることも可能だろう。
しかし、いまのぼくではそれを現実に成すことなどできない。
悲観しているわけではない。
直面している現実を直視すれば、不可能と断じるしかなくなるのだ。
絶望的なまでに、ぼくの体力は尽きかけていた。
人間には『肉体』という器がある。
それは『物質界』で生きていくために必要な『鎧』であると同時に、損壊すれば行動を大幅に阻害されてしまう厄介な『縛り』でもある。
対する魔族は精神生命体。
その身体は己の魔力で作った仮初めのものに過ぎず、ゆえに魔力と精神力――戦おうという意志がある限り、肉体を失っても戦い続けることができる。
『空間を渡っての攻撃』などという芸当ができるのも、すべてはそれゆえだ。
人間には決して真似できない、精神生命体にのみ許された戦法。
ぼくが卑怯と謗りを浴びせた、『神族』と『魔族』にのみ可能な戦い方。
――そも、汝の持つ剣とて、私たちと同じく、空間を超えて斬りつける能力を持つものだろう?
なぜ唐突に、デュークの言葉が脳内で再生されたのだろうか。
だが、もし彼の言葉が真実であるのなら……。
そうだ、イリスはなんと言っていた?
――一言で言うなら、階層世界への干渉能力。別の階層に刀身を移動させ、瞬時にこちらへと戻す能力ね。
別の階層とやらに干渉し、刀身を移動させることは、空間を超えて斬りつけるということと同義なのだろうか?
神族や魔族といった精神生命体が用いる戦術――『空間を渡っての攻撃』を、人間の身でありながら行えるということなのだろうか?
「――ぁっ……!」
避け損ねた風の刃――否、魔風王の腕と思われるモノが鎧ごと背中を裂く。
その激痛に思考は途切れ――代わりとばかり、脳を刺すように直感が告げてきた。
可能だ、と。
この剣にはその能力が備わっている、と。
いまの魔王の一撃は、別の階層とやらに干渉し、空間を超えて腕を伸ばしてきたものなのだ、と――。
気力を振り絞り、立ち上がる。
痛みに全身が悲鳴をあげた。
しかし、そんな情報はいらない。
直感が外れていたときの備えも不要だ。
休みなく、この身体を刻み続けている烈風の存在とて瑣末。
すべての恐れを不要と追い出し。
あらゆる脅威を些細と切り捨て。
ただ一度、この手に握った剣を振るうことだけに全神経を集中させる。
――できないということはない。
不可能などと口にすることは許されない。
いま、このときをもって。
自分は魔王を討つためだけの剣となり。
この身体からは、それ以外の存在理由すべてが剥奪されたのだから――!
敵を討てぬ剣に意義はなく。
階層を超越できぬ刀身に価値はない。
ゆえに、ここに在る己を確かなものと証明したければ。
天に留まる彼の魔王を、この一振りのみで撃破する他にない――!
剣をかまえ、精神を集中。
痛覚はない。そのようなもの、物質である剣には存在しえない。
ゆえに、意識は異常なほど鮮明。
この担い手にもっとも適した動作で、虚空へ向けて一閃する。
描く軌跡は横一文字。
銀色に輝くそれは、夜の闇へと呑まれるように溶け消えて――
刹那の間もおかず、その刀身を魔王の脇腹へと届かせた――!
その狙い、寸分たりとも狂いはない。
『ここではない世界』を介しての剣閃であろうとも。
捉えられぬのでは、などという不安は皆無だった。
なぜなら、空間を渡ったのは魔風王を斬るための剣のみであり。
彼女を捕捉するための肉体は『物質界』に残してあったのだから。
魔王の美貌が苦痛に歪む。
まだ、攻撃と呼べるようなものは食らってないにも関わらず。
彼女はただ、神剣の刀身に腹を撫でられただけ。
それでも、苦痛を覚えてしまうのが魔族という存在なのだろうか。
しかし、情けをかけるようなことはしない。
魔風王を滅するための剣は、いまもなお彼女の脇腹にあり。
それに命を下すための柄は、この両の手の中に握られている。
全身全霊、込められる限りの『気』を柄を通して刀身へと流し。
それを受けとり、眼前の魔王を滅ぼさんと刀身はまばゆい光を放つ。
あとは、もう一度。
止められてしまった斬撃をもう一度くり出せば、すべては終わる。
――一閃。
空間を超えて繋がっている担い手が、死力を尽くし刃を振るった。
応じなければ名折れとなろう。
相手は『魔王の翼』と呼ばれる魔王の一翼。
されど、ぼくに冠された銘は『魔殺しの神剣』。
敵が『魔』であるのなら、それを滅ぼせずしてなにが『魔殺し』か。
魔風王の姿が掻き消える。
空間を転移し、そのまま離脱する心積もりか。
だが、そのようなこと。
ぼくの担い手が……否、剣自身が許しはしない――!
振るわれた勢いをそのままに、別の階層へと移動する。
もはや、『物質界』に魔王の姿はない。
神剣の刀身も、むろんない。
第四階層世界、次元の狭間。
そう呼ばれているらしい次元を駆け、刀身は彼女の身体を真横に両断する――!
魔風王の口から漏れる苦悶の叫び。
その耳障りな最期の声を聞きながら。
刀身は担い手の待つ第三階層世界――『物質界』へと帰還した。
◆ ◆ ◆
一度は完全に別の場所へと移動した魔風王。
その彼女がこの世から完全に消滅したと確信できたのは、ぼくが地に膝をついてしばらく経ってからのことだった。
それにしても、いまのはなんだったのだろう……。
この剣と、ぼくという存在。
その二つが溶け合い、混ざり合い、同一のものとなっていたかのような感覚。
この世界に在るべきではないとされる武器ともなると、もはや物質であっても『意思』を備えるようになるのだろうか。
そうであるならば、この剣に『ぼく』という意識を呑み込もうとする意思がなかったことは幸いだった。
斬魔輝神剣は『神剣』の銘に背くことなく、ぼくのためだけの剣となり、『魔』を討つことのみを思ってくれたらしい。
あるいは、あのときに限り。
『ぼく』の意識が、この剣の意思を侵蝕していただけに過ぎないのかもしれないけれど。
しかし、さすがは『魔殺しの神剣』。
仮にも魔王と称される存在を、まさか、ただの一撃で屠ってしまうとは。
軽く畏怖の感情すら覚えながら、ぼくはなんとか立ちあがる。
しかも、恐ろしいのはその威力のみに限ったことではない。
この剣が秘めていたものは、『空間を超越して』攻撃を仕掛ける力。
それはつまり、ただの人間ふぜいに神族や魔族の真似事を可能とさせてしまう、ということだ。
それも、わずかな鍛錬すら必要とせずに。
間合いというものを、完全に無視して相手に斬りつけてしまえる剣。
視界にさえ収めれば、懐に飛び込む必要なく敵を斬り殺せてしまう剣。
そんなものが、もし人間同士の戦闘に用いられようものなら……。
なるほど。確かにこれは、この世界に在ってはいけないものだ。
誰にも悪用されることのないよう、イリスに『回収』してもらうべきだ。
『エリュシオン』にあるという『保管庫』に、『保管』という名目で『封印』しておいてもらうべきだ。
この剣に秘められていた真の『力』を使ってみて、初めて。
そう、ぼくは強く実感していた。
実感せずには、いられなかった。
あるいはそれは、痛感と言い表したほうが正しいのかもしれない。
それほどまでの、痛みを伴った『実感』だったのだから。
さて、そうと納得できれば、あとはイリスだ。
デューク・ストライドと戦い、おそらくはすでに勝利を収めているであろう彼女に、この剣を返却しなければ。
あの金髪の少女が敗けるなどということは、まずありえないだろう。
ぼくと違って、彼女はあの黒の戦士に怯えていなかった。
震えてもいなかったし、怯んでもいなかった。
それどころか、余裕の態度をみせてすらいたのだ。
あれらが虚勢だったとは、ぼくにはとても思えない。
だから彼女の『格』は、どれだけ低く見積もってもデュークと同等。
間違っても、彼より格下だということだけはありえない。
そう、ありえない……のに。
なぜ、なのだろう。
遠く彼女の姿を捜す視線の先。
なぜそこに、首から上を失ったイリスの姿があるのだろう。
どうして、宙には少女の首が舞っているのだろう。
彼女が敗北する姿など、ぼくには想像することすら適わなかったというのに。
なぜそれが、現実に起こってしまっているのだろう――。
金のポニーテールが、夜に流れる。
闇を裂くようにして落ちるそれは、まるで流れ星のようだった。
そんな間抜けなことを、ぼんやりとした頭で思って。
けれど、どこか醒めた部分は、冷静に現実を認識していて。
――否、醒めてなどいない。
ちっとも、冷静なんかじゃない。
だって、もし現実を正しく認識できているというのなら。
「――うおおおおおおおおあああああああああっ!!」
そんな、獣のように吼えたりなど、しなかっただろうから。
漆黒の戦士を相手に敵意を剥きだしにするなど、できなかっただろうから。
魔風王と戦う前には、恐れから後退すらさせられた。
だが、そのときと現在とは別。
恐れなどという感情、いまの光景のせいで頭の中から吹き飛んでしまった。
ゆえに、脚は後退という選択肢を選ばない。
声は枯れよと、意味のない叫びを撒き散らし。
命は尽きよと、赤く血走っているであろう目を向けて。
魔は滅べと、神剣を強く握りなおすという愚を冒す。
だって、仕方がないではないか。
視界はすでに真っ赤に染まり。
立つことすら困難だったはずの脚には、負の活力がみなぎっており。
なにより、イリスが死亡したというその事実が、かつてないほど鋭く胸を衝くのだから……!
もはや、勝敗になど意味はない。
自分の命を欲するというのなら、くれてやろう。
いま、ぼくに価値を認められるものがあるとすれば、それは。
レオンハルトが果敢にもデューク・ストライドに挑んだという、その事実のみ――!
脚を動かす必要はない。
ただ不動となり、重心を支えてくれてさえいればいい。
剣を振るうのは、両の腕が成すべきこと。
頭も不要。
生命活動を妨げないよう、ただそこに在ればいい。
一撃を放つための予備動作は、胴体があれば事足りる。
思考はとうに焼き切れた。
本能が鳴らす警鐘も聴こえない。
だが、それでいい。思考などせずとも身体は勝手に動くよう、ぼくは鍛錬を重ねてきたのだから。
そうして。
赤く染まった視界の中。
いま一度、渾身の斬撃を放つべく。
ぼくは手にした神剣をかまえ、その両腕に力を込めた――。
ようやくバトルスタートです!
厨二病全開の戦闘描写でしたが、いかがでしたでしょうか?
続く第四話は、正直言って全然書けていませんが(書いてないのではなく、文章が上手く書けないのです)、なんとか近いうちにお届けできれば、と思っています。




