魔王が妻ですが何か?
魔王…それは忌み嫌われる者
マ王…全てに厄災をもたらす者
マオウ…それはもちろんやられキャラな訳で…
*
「うわぁ〜〜〜〜ん!!!私悪い事してないもんっ!!」
今日もいつものように城に響き渡る声。聞き慣れたその声に紫苑は手元の書類から顔を上げて声がした部屋の方へ視線を向けた。慣れた事とは言え、やはり思い人の悲壮な声は聞きたくはないもので、紫苑は立ち上がると自分の執務室を出て声の部屋へと足を向けた
「また…」
たくさんの絵本やら児童書やらライトコミックやら…中途半端に開かれた本に囲まれている一人の娘は、その真ん中で突っ伏して泣いていた。
「魔王どうしました?」
「うぅ…じ、じお”ん”んん〜〜〜〜」
顔面が鼻水やら涙やらで酷い有様だ…というのが紫苑の一番の感想だったが、それを微塵も出さずに微笑むと両手を広げて彼女を呼び寄せる。
彼女はこの魔国の王であり…つまり『魔王』だったりする
ただ無数に存在するおとぎ話と違い、彼女は力はあっても中身は普通のそこら辺にいる傷つきやすい乙女と変わりなく…今はその無数に存在する『魔王』の存在に心を傷つけているのだ。紫苑はその無数の存在の中では強いて言うなら準ボスキャラで、魔王を守る参謀の様な立場だった。
腕の中で泣きじゃくる魔王を背中を優しく叩いてなだめた後、落ち着いた所で何があったのか問いただしてみる。
「今日の魔王は最悪だった…村人全員焼き殺……うぅ〜〜〜」
「それは全ておとぎの中のお話ですから、リアルじゃありませんから…」
「でも…世間一般様は…みんなこんな風にあたしを見てるって事でしょ…」
そう言うとまた魔王の大きな瞳がみるみるうちに潤みだし流れ落ちた。確かに世間一般の常識で言えば魔王は『悪』の代表であり、討たれる存在。何を勘違いしてるのか『勇者一行』等と名乗るバカ共が半月に一度ぐらい討伐という名目で城に現れたりするが、もちろん丁寧にもてなして穏便に手土産まで付けて皆帰って貰っている。
「魔王…誰が何と言おうと私は貴方の側におりますから…」
「うぅぅぅ〜じ、じお”ん”〜〜〜」
可愛いなぁ…と紫苑がぎゅっと魔王を抱きしめていると、城の結界が揺れ、遠くの方から「頼もぉぉぉ」という男の声が聞こえてきた。「ちっ!」と魔王に聞こえない程度に舌打ちをすると紫苑は魔王をもう一度ぎゅっと抱きしめ離した
「またお客様がいらっしゃったようですので、もてなしの準備をしてまいりますね」
「最近よく飛び入りのお客様がいらっしゃるわね」
…そう。何を隠そう…っていうか紫苑が必死に隠しているのだけれど、実は魔王はいつも紫苑が穏便に事を済ませた後、勇者一行からお客様と化した者達に対面するだけだから今の声が自分を討伐に来た勇者一行だなんて事は全く知らない。
「…私も出迎えた方がいいかしら?」
「そうですね。お客様ですし、きちんと身なりを整えて謁見の玉座にてお待ち下さい。旅の疲れを取って頂いた後に御案内いたしますから」
「わかった!ありがとう紫苑。貴方がいてくれてほんとに助かってるの。大好きよ!」
魔王は満面の笑みを浮かべて紫苑に抱きついた後、隣室に消えた。
全く…こんなにも可愛い魔王に向かって剣だの魔法だのを繰り広げようとする輩には制裁を与えても罰は当らないのに、おとぎ話にかけて勇者一行を成敗したいと言ったら、優しい魔王は「駄目だよ!力は力で抑えても憎しみを生むだけだもん」と至極真っ当な返事を返されてしまうのだから、紫苑ははぁ…と溜息が出てしまう
「さて…今日の勇者一行は私の執務室まで辿り着くかな?」
もちろん城には死なない程度のトラップがいっぱい仕掛けてある。魔物が襲いかかる?そんな事をして魔物が死んでしまったら、魔王が泣いてしまう危険性がある。魔物だってほんとは襲われるから襲うのであって、大人しい者が多いのだ。しかも『レベル上げ』などという魔物虐待によってスライムなど魔国では絶滅危惧種に指定までされている。なのでトラップは落とし穴など人工的な物のみ!途中でトラップに引っかかって気絶でもしてくれたら全身拘束して二度と魔王討伐など考えない様にお願いして、納得して頂けたら謁見の間へ連れて行く。
大抵その謁見の間で魔王と対面して、ある意味度肝を抜かれて放心状態で帰って頂くというのがセオリーになりつつある。
「いつになったら魔王は人畜無害だとわかっていただけるんでしょうかねぇ…」
それは魔王が無数のおとぎ話の中から魔王が『善』である物を探すのが難しいのと同様に難しい事はわかってはいるが…
「…先は長いな」
とぼやきが出てしまうのも止められない。だが今の所は魔王が笑顔でいてくれるのでそれでよしっ!と紫苑は気持ちを切り替えるのだった
「紫苑〜〜〜!見てみて!これでどう?」
隣の部屋から出てきた魔王は綺麗にドレスアップし、可愛さの中に色香もある娘になっていた。
「…む。それを他の男に見せるのですか?」
「え?え?駄目?」
紫苑は手で魔王の大きく開いた背中のV字ラインをそっとなぞり、そこに軽くキスを落とす。そして心の中で今日の勇者一行には魔王に会わずに退散頂こう。と心に決めたのだった
『魔王』は僕の可愛い嫁。
今日も紫苑は妻の為、外交話術を駆使して勇者一行を説得して帰すのだった
何となくな短編です。ちょっと連載が在庫が無いので…在庫にあった物を投下しました。