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婚約破棄されたのでカフェを開業したら秘密の常連さんに甘やかされて困ってます  作者: 白月つむぎ
第1章

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第5話 馬鹿王子の親征と、エメラルドの牙

 数日後。

 森の静寂を切り裂くように、けたたましい馬蹄の音と鎧の擦れる音が響き渡った。

 店の窓から外を覗けば、そこには豪華な装飾が施された白馬に跨り、数十人の精鋭騎士を率いた男の姿があった。


「アリシア! どこにいる、出てこい! この私、ライオネル・エルデニアが直々に迎えに来てやったのだぞ!」


 金髪を振り乱し、傲慢な声を張り上げるのは、かつて私に婚約破棄を突きつけた元婚約者、ライオネル殿下だった。

 私はゆっくりとエプロンを整え、完璧な絶望に打ちひしがれたような「悲劇のヒロイン」の顔で店の外へと出た。


「……ライオネル殿下。なぜ、このような場所まで……」


「決まっているだろう! 貴様が戻らぬせいで、王宮の茶会は台無しだ。代わりの女は気が利かぬし、お前の『完璧な管理』がなければ私の生活が回らんのだ。光栄に思え、特別に許してやる!」


(……はああああああ!? どの口が、どの面下げてそれを言うのよこの無能羽虫があああ!!)


 内心では、近くにある岩を拾ってその金ピカの兜ごと叩き割ってやりたい衝動に駆られていた。

 だが、私が一歩踏み出すより早く、店の入り口に立つ「門番」たちが静かに剣を抜いた。ルイ様が配置した、あの礼儀正しくも恐ろしい守護者たちだ。


「……何だお前たちは! この私を誰だと思っている、道を開けろ!」


「ライオネル殿下。あいにく、この森において貴方の権威は何の効力も持ちません」


 低く、冷徹な声。

 店の中からゆっくりと現れたのは、ルイ様だった。今日のエメラルドの瞳は、まるで獲物を仕留める直前の猛獣のような、凍てつく輝きを放っている。


「な……貴様、何者だ! 一介の旅人が、王族であるこの私に不敬な口を!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るライオネル。けれど、ルイ様は眉一つ動かさず、ただ氷のような冷徹な視線で彼を見下ろしている。

 その圧倒的な覇気に、ライオネルの膝が小刻みに震え始めた。


「ルイ様……もうお止めください。王子がお怪我でもされたら、私が……っ」


 私は震える声を絞り出し、ルイ様の服の袖をぎゅっと掴んで彼を制するふりをした。

 ライオネルの目には、身分違いの男に怯え、震えながら助けを求める哀れな元婚約者の姿に映っているはずだ。


 だが。

 ルイ様の大きな体の陰に隠れ、ライオネルにしか見えない角度になった瞬間。

 私は、さっと「怯え」の表情を消し去った。

 そして、獲物を追い詰めた猛獣のような、この上なく冷ややかで不敵な笑みをライオネルにだけ向けてみせたのだ。


(……自業自得よ、この馬鹿王子。自分の立場もわきまえずに、誰に喧嘩を売っているのかしら?)


 その豹変ぶりに、ライオネルは目を剥いた。


「ひっ……!? き、貴様、今、何を……っ!!」


 ライオネルが驚愕に声を震わせ、私を指差す。

 その瞬間、私は瞬時に「悲劇の令嬢」の顔に戻り、ルイ様の背後に深く顔を埋めて、いっそう肩を震わせてみせた。


「……何をしたというのだ? 彼女はただ、怯えているだけだが」


 ルイ様の冷徹な声が追い打ちをかける。

 周囲の騎士たちにも、ライオネルが勝手に怯えて錯乱しているようにしか見えない。


「そ、そんなはずはない! 今、こいつは確かに笑って……!」


 錯乱したように叫び、私を指差すライオネル。

 対して、ルイ様は森の木々をも震わせるような重圧をまとい、一歩前へ踏み出した。


「……身勝手な理由で彼女を追放し、今度は自分の体面のために連れ戻そうとする。その浅ましさを指摘され、あまつさえ怯える女性を『笑った』と罵倒するとは。王族の矜持はどこへ捨てたのだ?」


 ルイ様の低く、威厳に満ちた声。

 その言葉一つひとつが、鋭い刃のようにライオネルの自尊心を削り取っていく。


「ひ、ひっ……うわあああ!」


 もはや言葉にならない悲鳴を上げ、ライオネルは逃げるように店を飛び出していった。

 従騎士たちも、主人のあまりの醜態に顔を伏せながら、這々の体で後に続く。

 静寂が戻った店内で、私はルイ様の袖をそっと離した。


「……ありがとうございます、ルイ様。おかげで助かりましたわ」


 私は完璧な淑女の所作で深く一礼し、顔を上げた。

 だが、彼が安堵したように目元を和らげ、お茶の準備を頼むために背を向けた、その瞬間――。

 私はガバッ! とキッチンのカーテンの裏へ隠れ、音を立てずに全力で拳を振り上げた。


(……見た!? あの馬鹿王子のあんな情けない顔!! 最高だわ、今日という日は一生忘れない!!)


 声には出さない。けれど、全身から溢れ出る喜びを抑えきれず、無言でキレッキレのステップを刻む。


(ルイ様、本当に最高! 森ごと買うなんて変な人だけど、あの王子を黙らせるなんて、もう神様にしか見えないわ!)


 ひとしきり「心の中でのガッツポーズ」をし終えると、私はスッと呼吸を整え、何事もなかったかのようにカーテンの陰から姿を現した。

 そこには、再び清楚で美しい「店主のアリシア」がいた。


 もしお父様やお母様が、私がこれほどまでに鮮やかな「ざまあ」を完遂し、裏で狂喜乱舞していると知ったなら、ヴァレンタイン家の教育指針を最初から見直すべく、揃って修道院へ駆け込むに違いない。

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