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婚約破棄されたのでカフェを開業したら秘密の常連さんに甘やかされて困ってます  作者: 白月つむぎ
第1章

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第39話 朝焼けを君と分かち合う、店主アリシアが掴んだ真実の自由

 会場を包む禍々しい熱気。

 赤髪の男――ルイ様の弟であるカインが、冷酷な笑みを浮かべて歩み寄る。


「死んだと聞かされていたよ、兄上。アストライアの聖域が火の海に沈んだあの日……貴方は自ら炎に巻かれ、跡形もなく消えたと。まさかこんな辺境の国で、公爵令嬢の『飼い犬』に成り下がっていたとはね」


 カインの言葉に、ルイ様が静かに一歩前へ出た。

 その背中は、いつになく険しい。


「……カイン。私はあの日、死ぬつもりだった。聖域の力を巡る争いに絶望し、太陽の火と共にすべてを無に帰そうとしたのは事実だ……だが、ある不作法な令嬢に、フライパンで現世へと叩き起こされてしまったんでね」


 ルイ様がチラリと私を見た。

 その瞳には、深い信頼と、少しの苦笑いが混じっている。


(そうよ! 私が全力で叩き起こしたんだから、勝手に死なれてたまるもんですか!!)


「ふん、下らぬ。長老共と手を組んだのは、兄上、貴方を引きずり出すためだ。エルデニアの馬鹿王子を唆し、ヴァレンタインの私欲を利用すれば、必ず貴方は現れると確信していたよ」


 カインが右手を掲げると、その掌から漆黒の炎が噴き出した。


「兄上が捨てたアストライアの王権、私が継承させてもらう。その隣にいる女もろとも、今度こそ灰に帰してあげるよ」


 弟カインが放つ漆黒の火炎が襲いかかる。

 ルイ様が黄金の障壁を展開しようとしたその瞬間、私たちの前に、鋼のように強靭な「壁」が割り込んだ。


「……やれやれ。カイン様、兄君あにぎみに向かってその不作法。執事として、少々お仕置きの時間が必要なようですな」


 地響きのような低音と共に現れたのは、白髪を完璧に撫で付け、非の打ち所のない燕尾服を纏った見知らぬ老紳士だった。

 彼は手に持った分厚い銀のトレイを無造作に突き出した。

 それだけで、カインの黒炎が真っ二つに割れ、火の粉となって霧散むさんする。

 呆然とする私を余所に、老紳士は眼鏡の縁を指で直し、ルイ様に向かって深々と一礼した。


「ルイ様。お久しぶりにございます。よくぞ、これほど賑やかで……素晴らしい『居場所』を見つけられましたな」


「バルト……! 生きていたのか!」


 ルイ様の驚きと安堵が混じった声を聞いて、私の脳裏にいつか彼が語った言葉が蘇った。


(――信頼できる執事と共にある計画を立てた。)


 そうか、この人が! ルイ様を死んだことにして、城の膿を出し切るために潜伏し続けていたという、あの執事さんなのね!

 ユリウスが悠々と証拠を揃えられたのも、この「協力者」が裏で完璧に動いていたからなんだわ。


「ルイ様、感動の再会は後ですわ! 今はあっちの不作法な弟君をどうにかするのが先決ですこと!」


「はは、その通りだ。バルト、紹介しよう。私の命を救ってくれたアリシアだ。彼女の前で、不様な姿は見せられないな」


「承知いたしました。アリシアお嬢様。あるじに代わり、心より感謝を。さあ、宴の邪魔をするネズミは、私めが責任を持って『お掃除』いたしましょう」


「ゾア、テリオン、イグニス! カトリーナも! バルトに続いてちょうだい! この不作法な『弟君』に、私たちが焼くパンがいかに熱くて、いかに重いか、身をもって教えて差し上げなさいな!!」


 私の号令とともに、戦場はもはや制御不能の熱狂へと包まれた。


 バルトが銀トレイでカインの魔法を物理的に殴り飛ばし、テリオンの矢がその退路を断つ。

 イグニスが影から魔力回路を切り裂き、カトリーナの炎が漆黒を黄金に塗り替えていく。


「どけ! どけと言っているだろう! 私はエルデニアの第二王子だぞ! どけ、そこには私の……あがっ!?」


 逃げようとしたライオネルの襟首を、ゾアが丸太のような腕で掴み上げた。


「ガオォ! アリシア、こいつはどうする?」


「……デザートの前に、まずは『お通し』を召し上がっていただかなくてはね」


 私は、全力で魔力を込めたフライパンを大きく振りかぶった。

 標的は、アストライアの闇を背負うカイン、そして私の自由を嘲笑ったライオネル。


「二人まとめて、教育的指導ですわ!!」


 カァァァァァァァァン!!


 会場に響き渡ったのは、もはや楽器の音色かと思うほどに澄み渡った、けれど重厚な金属音だった。


 私のフルスイングを食らったライオネルは、白目を剥いて噴水の淵へと沈み込み、カインもバルトの銀トレイによる追撃を受けて膝を突いている。


「……信じられんな。アストライアの秘術が、調理器具ごときに……」


 カインが苦しげに喘ぐ。

 その漆黒の炎は、ルイ様の黄金の魔力と私のフライパンの「物理」によって完全に鎮火されていた。


「調理器具ではありませんわ。これは私の『自由』と『誇り』の象徴です。それより、そろそろ本当の『お掃除』の時間ですわね?」


 私が合図を送るより先に、会場の正面扉がゆっくりと、重々しく開かれた。

 そこには、いつの間にかエルデニアの国王陛下と、数々の有力貴族たちを引き連れたユリウスが立っていた。


「おやおや。これは見事なまでの『地獄の宴』だ。店主殿、少しばかり片付けが派手すぎたのではありませんか?」


 ユリウスはわざとらしく肩をすくめると、手に持っていた数枚の羊皮紙を高く掲げた。


「陛下。ここに、ライオネル殿下がヴァレンタイン家の長老会、およびアストライアの反乱分子と交わした密約書がございます。内容は……ルイ・ソル・アストライア様の暗殺を条件とした、軍事支援と不当な領土拡大……紛れもない、国家反逆の証拠です」


 会場にどよめきが走る。

 先ほどまで床に這いつくばっていた長老たちは、顔色を土気色に変えて震え出した。


「な、何かの間違いだ! それは偽造だ!」


「往生際が悪いですね。この印章は、お父上の書斎から私が直接拝借してきたものですよ……お嬢様、お望み通り『完璧な夢の終わり』をご用意いたしました」


 ユリウスが眼鏡の奥でニヤリと笑う。


 国王陛下は深く溜息をつき、騎士団に命じて、気を失ったライオネルと長老たち、そしてカインを拘束させた。


「ルイ・ソル・アストライア殿。そしてアリシア嬢。すまなかった。我が息子の愚行、そして貴族たちの腐敗を許した私の責任だ」


 国王陛下が、居並ぶ貴族たちの前で深く頭を下げた。会場には静まり返るような沈黙が流れる。


 ルイ様は、かつて自分を焼き尽くそうとした「太陽」の力を穏やかに鎮めると、静かに陛下を見据えた。


「陛下、顔を上げてください。私はもう、アストライアの王座から逃げ出すつもりはありません」


 ルイ様は、私が手にしていたフライパンの縁を指先で軽く弾いた。

 キィィィン……と、先ほどまでの激戦を締めくくるような澄んだ音が、静まり返った会場に響き渡る。


「カインが犯した罪、そしてアストライアの闇を清算するのは、生き残った私の義務だ。私はアストライアの王位を継承し、この地に真の秩序を取り戻すと誓いましょう」


 会場に安堵の溜息が漏れる。

 けれど、ルイ様の瞳には、かつての絶望に沈んだ影は微塵もなかった。


「……だが、私はもう、かつてのように玉座に縛られるつもりはありません。私は、この不作法で……誰よりも誇り高い店主から教わったのだ。真に人を癒やすのは、冷徹な権威などではなく、温かい一皿の食事と、心休まる居場所なのだと」


 ルイ様が私の方を向き、優しく微笑む。


「私はアストライアを、ただの『国』ではなく、誰もが空腹を恐れず、自由を愛せる大きな『食卓』のような場所へと変えてみせる。このフライパンが叩き出した、新しい自由の形を信じてな」


 毅然と言い放ったルイ様は、まるで憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情を浮かべていた。

 一国の王として立つ決意をしながらも、その魂はかつての「死」を望んでいた時とは違い、温かな生命の熱量に満ちている。

 そんなルイ様が、ふと眼差しを和らげ、私を真っ直ぐに見つめた。


「アリシア。君はこれからも、この森で店主を続けるのだろう?」


 その問いは、単なる確認ではなかった。私が守り抜こうとしている「自由」への、深い敬意と理解が込められていた。

 私は手に馴染んだフライパンを握り直し、背筋を伸ばして、不敵にさえ見える笑みを返した。


「もちろんですわ! 私はこの『自由』を誰にも譲るつもりはありませんもの……それに、お店の掃除もまだ途中ですわ!」


「ならば、私はアストライアの王として、この森まで続く『世界で最も安全な道』を整備させよう。そして、週に一度は、私が王の公務を抜け出して、君のパンを買いに来る」


 ルイ様は、かつての「地主ルイ」であった時と同じような、茶目っ気たっぷりの微笑みを浮かべた。


「な……殿下! 王が毎週、国境を越えてパンを買いになど、前代未聞にございます!」


 慌てふためくバルトを余所に、ルイ様は私の手をとり、指先に優しく口づけをした。


「これは王命ではない……ただのパンを愛する男としての、心からの願いだ」


 ◇


 数日後。

 森のカフェには、いつもの平和な時間が流れていた。


 厨房ではクラリスが鼻歌混じりにテキパキと仕込みをし、ゾアが快音を響かせて薪を割り、テリオンが森の恵みを携えて戻ってくる。

 イグニスは影のように庭の手入れをし、カトリーナの火魔法はオーブンを完璧な温度に保っていた。


 そしてテラスの特等席。

 そこには、王冠を脱ぎ捨てて軽装になったルイ様と、完璧な手際で彼に仕える新米(?)給仕、バルトの姿があった。


「お待たせいたしました。本日の新作、『アストライアの朝焼けサンライズ仕立て・厚切り鴨肉とハニーマスタードのサンドイッチ』ですわ!」


 私が自信満々で差し出した皿を、ルイ様は最高に幸せそうに受け取る。


「ああ、これを待っていたんだ。アストライアのどんな豪華な晩餐よりも、ここでの食事が一番、私を強くしてくれる」


 森を揺らす風が、香ばしいパンの匂いを運んでいく。

 私は愛用のフライパンを片手に、天高くに輝く黄金の太陽を見上げた。

 その胸の奥にあるのは、かつての窮屈な鎖をすべて断ち切り、自らの力でこの場所に立っているという、静かで、けれど揺るぎない充足感だった。

 守りたかった居場所と、分かち合いたい仲間。そして、朝焼けのような温もりをくれる、かけがえのない隣人。

 この手で掴み取った自由こそが、何物にも代えがたい私の誇りなのだ。


 そんな凛とした充足感を、完璧に磨き上げられた淑女の佇まいの中にそっと秘めて。

 真の自由を掴み取った店主の誇らしげな横顔が、光溢れる森の奥へと、どこまでも明るく溶けていった。



 第1章 Fin

 追放令嬢アリシアが、フライパンひとつで自分の居場所と「自由」を勝ち取る物語、第1章はこれにて完結です。

 無事にライオネル殿下や長老たちへの教育的指導を終え、自由を手にしたアリシア。

 そして王座へと戻る決意をしたルイ様。ひとまずは、森のカフェに平穏な朝が戻ってきました。


 しかし、物語の中にはまだ、多くの謎が残されています。

 カインが語った「アストライアの聖域が火の海に沈んだあの日」に、一体何が起きたのか。

 ルイ様がなぜ自ら死を選ぼうとするほど絶望していたのか。

 そして、アリシアに叩き起こされた彼が、これから「王」としてどのような変革を起こしていくのか。

 それらの「語られなかった真実」については、続く第2章にて詳しく書いていく予定です!


 アリシアの二面性も、ルイ様との少し変わった通い婚(?)状態な関係も、さらにパワーアップしてお届けしたいと思っております。

 ひとまずは一区切りとなりますが、アリシアたちの歩みは止まりません。

 ぜひ、引き続きお楽しみいただければ幸いです!


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