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店主アリシアは美味しく未来を調理する 〜婚約破棄されたのでカフェを開業したら秘密の上客に甘やかされて困ってます〜  作者: 白月つむぎ
第4章

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第9話 略奪者の誇り、黄金の恩寵

 エレナが命がけで運んできた王都の白き光――最高級の小麦粉とバター。

 それが、ジョエルが仕掛けた「孤立」という盤面に、決定的な亀裂を入れた。


 カフェ・ヴァレンタインのテラスには、かつての活気が、より強固な絆を伴って戻りつつある。

 しかし、森を覆う不気味な魔力の糸が消えたわけではない。

 むしろ、私たちの「抵抗」に呼応するように、森の奥に潜む悪意はより深く、より粘り強く沈殿していた。


「お嬢様……来ますわね。不作法な地響きです」


 カウンターを拭いていたクラリスが、ピクリと耳を動かした。

 かつての冬の終わりのように、地面の底から突き上げてくるような、重く規則的な振動。

 それは魔獣の殺意ではなく、圧倒的な「個」の質量が雪崩のごとく押し寄せてくる音だ。

 ゾアがエプロンの上からでも分かるほど背筋を伸ばし、金色の瞳を鋭く輝かせる。


「……レゴに、ギラか」


 ド、ド、ドンッ!


 案の定、入り口の扉が蝶番の悲鳴を上げながら叩き開かれた。

 そこには、全身を鈍色の硬質な鱗で覆ったリザードマンのレゴと、巨大な戦斧を担いだ隻眼の戦士、ギラの姿があった。

 二人の背後には、仕留めたばかりの巨大な猪のような魔獣が、無造作に引きずられている。


「おう、ゾア! 随分と不作法な結界に閉じ込められてるって聞いたぜ!」


 レゴが龍のような顔を歪めて笑い、担いでいた巨大な袋をカウンターへドサリと置いた。

 

「森の入り口で、気取った魔獣共が『通さない』なんて顔してやがったから、少しばかり掃除してきてやった……それと、これは土産だ。森の外縁を荒らし回っていた大角鹿メガロケロスの肉と、古い大樹のうろから奪ってきた『星霜の蜜』だぜ」


 カウンターに置かれた袋から、琥珀色の輝きを放つ巣蜜の塊が姿を現した。

 それは、ジョエルが狂わせようとしているこの森の中で、奇跡的に「正気」を保ち続けてきた大樹が育んだ、純粋な命の結晶だ。

 騎士団が道を守り、エレナが王都の光を運び、そしてこの不作法な略奪者たちが、外側から供給の壁を食い破ってきた。

 

「……森が狂っている、なんてセレスティアは言っていたけれど」


 私は、溢れ出した蜜の芳醇な香りに目を細め、静かに、けれど確かな勝利を確信した。


「狂わせようとしている不作法な指先があるだけで、森そのものは、まだ戦う牙を失ってはいませんのね」


「ハハハ! その通りだ、お嬢さん!」


 ギラが隻眼を光らせ、豪快に笑う。


「俺たちの前で道を塞ぐのは、死ぬより不作法なことだって、魔獣共の骨に刻んでおいてやったよ……さあ、ゾア! 戦士の胃袋を黙らせる、最高の一皿を用意しな!」


 ◇


 私は、レゴたちが届けてくれた「力」の象徴――新鮮な赤身肉と、黄金の蜜を抱えて厨房へ走った。

 

「カトリーナ! これで最後のおもてなしですわ! 戦場の匂いを知る方々へ、私たちの『お返し』を叩きつけて差し上げますわよ!」


「おーっほっほっほ! 良いでしょう、戦士の舌を焼き切らんばかりの、最高の火力を提供して差し上げますわ!」


 カトリーナが華奢な手をかざすと、コンロの上に、これまで以上に激しく、青白い魔導の炎が渦を巻いた。

 私は、大角鹿の肉を厚く切り分け、塩と僅かなハーブだけで揉み込む。

 熱々に熱した鉄板に肉を置けば、ジューッ、という激しい音と共に、野性味溢れる香りが店内に弾けた。

 仕上げに、レゴが持ってきた「星霜の蜜」を、カトリーナの火の上で一気に煮詰めてソースにする。

 甘さは主役ではない。

 肉の力強い旨みを締め上げ、命の輝きを増幅させるための「光」。


 名付けて――『恐怖を越えた先、略奪者の薪火ローストと黄金の恩寵』!!


 テラスへと運ばれた大皿には、黄金色の照りを纏った肉厚のローストが並んでいた。

 

「……これだ……俺たちは、これを食うために、不作法な結界を突き破ってきたんだ!」


 レゴが巨大なフォークで肉を口に運ぶ。

 ガリッ、と蜜の膜が砕け、その直後に溢れ出す肉汁とバジルの香り。

 

「――っ!! たまらねえ! ゾア、貴様、こんな美味いもんを毎日食ってやがったのか!」


「我の主の料理は、戦場の勝利よりも甘美だ」

 

 ゾアが誇らしげに答え、自身も仲間に負けじと肉を咀嚼する。


 その喧騒の中、ルイ様は黙って、差し出された一皿を口に運んでいた。

 肉を一口食べるごとに、ルイ様の右手の紋章が、眩いほどの黄金の輝きを取り戻していく。

 そして、ジョエルの「兵糧攻め」が、今――完全に瓦解したのだ。

 胃袋が満たされ、心が温まり、絆が可視化されたこのカフェに、もはや「孤立」という闇は存在し得ない。


「……太陽というのは、腹を満たすもんだな……そうだろ、ルイ」


 レゴがふと手を止め、ルイ様を真っ直ぐに見据えて言った。

 ルイ様は静かに微笑み、手にしていたナイフを置いた。

 その瞳には、もはや迷いも、自身の存在を呪う陰りもない。


「ああ……満たされたよ。不作法な友人たちに、礼を言う。アリシア、これでもう十分だ」


 ルイ様が立ち上がると、カフェ全体を包んでいた重苦しい圧迫感が一瞬で霧散した。

 彼の意志が、ジョエルの呪縛を内側から弾き飛ばしたのだ。

 

「ジョエル叔父上……貴方は恐怖で壁を作った。だが、その壁を越えて、これほど多くの『真心』がここに集まった。貴方の負けだ」


 その宣言に合わせるかのように、森の奥から、冷え切った、不気味な笛の音が響いてきた。

 

 ジョエルからの、直接の返答。

 

「……お嬢様。入り口に、不作法な伝令が到着いたしましたわ」


 クラリスが、いつになく冷徹な声を響かせる。

 私はエプロンの汚れを払い、最高の、そして最も「不敵」な淑女の微笑みを浮かべた。


「お待たせいたしましたわ……冷え切った招待状など、私のメニューにはございませんの。さあ、最後のおもてなしへ、向かいましょうか!」

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