好みは人それぞれのようで
シマミーズ大陸にある、多民族国家ダイオン。
かの国ではヒューマン、エルフ、ドワーフ、オーガ、ハーフリングと言った人類種が仲良く暮らしている。
と言うより、仲良くせざるを得ないと言った方が正しいか。強力な魔物や魔族が跋扈するこの大陸で、人類種同士でいがみ合う余裕はないのだ。
そんなシビアなご時世なので、強いものや優秀なものは種族を問わず尊敬される。
そしてそれとは別に、恋愛市場では、男なら筋骨隆々のオーガやダンディなドワーフが、女なら美しいエルフや可愛いハーフリングが、人気だ。ちなみにヒューマンは男女共に外見人気としては3番手。
なお、どう言うわけか異種族同士で結婚してできた子供は、完全に両親どちらかの種族として生まれる。両方の種族特徴を受け継いだ混血児は産まれない。
さて、そんな国の辺境伯爵令嬢にビジンという少女がいた。
彼女の種族はエルフだ。ヒューマンの父と、エルフの母をもつ。
本日は両親と、年の離れた姉の様に慕っているドワーフの侍女との4人で、国で数組しかいない特S級冒険者コンビと謁見していた。
冒険者コンビは、共に男爵家の子息の三男坊だが、高い才能を生かす為にあえて家を出て危険な仕事に従事しているという。
ビジンはそこで、1人の冒険者に一目惚れする。
相手の名前は、ショー・タコン・プレックス。
ハーフリングの斥候だ。
ハーフリングの男性というのは、異種族女性からの需要は少ない。
種族の特徴である、小柄で子供のような見た目が多くの女性にはマイナスポイントに映る。
しかし、ビジンは「だかそこがいい」と考える女だった。
そしてショーの「可愛い見た目だが実は手だれの斥候」という、相反する要素が彼女にはドストライクだったのだ。
冒険者という仕事も、他の貴族子息と違いワイルドで実にいい。
好みは人それぞれ
彼女は、【アウトローの変化球が好きな女】だった
現在は、そんな彼らへの依頼と、その報酬を何にするかについての話し合いの最中である。
依頼内容は、最近領地を荒らしている邪竜の討伐。高い戦闘力と機動力をもつ竜討伐はとても難しいミッションだ。
飛んで移動する竜を追跡するために少数精鋭で臨んでもらい、その報酬は特別価値のあるものを用意するのが慣例である。
その話し合いの最中ビジンは
(報酬として、「私がショータ様に嫁入りする」と言う流れに、どうにかして出来ないものかしら?)
なんて事を考えていた。
彼女は美しいエルフで、社交界でもよくモテる。
反面、ハーフリングは余り需要がない上に、冒険者コンビはまだ未婚と言う事前情報もあった。
貴族として彼らもいつかは結婚するだろうから、家格が上の伯爵家次女である自分と結婚するのは、ショータにとっても悪い取引きではないのではないかと、ビジンは思う。
加えていえば「英雄への報酬として、姫や令嬢と結婚させる」というのはこの世界ではいくつもの前例があることだった。
(うんうん、前例もありますしね。いい相手との縁談を組むのは貴族の責務でもありますからね。)
そんな建前で、自分にとって都合のよい未来を夢想するビジン。
しかし、彼女のそんな甘い考えは、もう1人の冒険者の言葉で打ち砕かれることになった。
「ワイの望む報酬は、そちらの美しいお嬢さんを、生涯の伴侶とさせて頂く事です」
(えっ、ちょ、あなたじゃないのよ?!)
言葉を発したのは筋骨隆々のオーガの戦士、ロック・オーニ・マッサミだった。
この言葉にビジンの両親はとても喜んだ。何せ相手はモテ種族かつ、勇名を轟かせる精強な戦士。そして男爵家とはいえ貴族子息でもある。「win-winになりそうだし......では、そう言う事で!」と話はトントン拍子で決まってしまった。
ちなみに、こういった縁談話がトントン拍子で進むことも、長男長女以外の貴族の結婚にはよくあることである。今回、そこにビジンの意思が介在する余地はなかった。
話し合いの最中ビジンは「ショー様も報酬として私との結婚を望んでくれれば……」と願ったが、彼が希望したのは「金貨100枚」だった。
謁見が終わった後、ビジンは泣いた。
初め、いい縁談が決まって嬉し泣きしていたと思った両親は、悲しみの涙だった事に困惑することになる。
彼女は両親に己の「癖」を伝えていなかったのだ。
唯一秘密を打ち明けていたベテラン侍女のドワーフ—―名前をスモーブという—―は、ビジンが望む方向に会話を誘導出来なかったことに終始申し訳なさそうな顔をし、「おいたわしや。婚約者の役、できる事なら交代して差し上げたいのですが……」と言ってくれた。
ビジンにはそれが本心からの言葉だと分かった。
長い付き合いでスモーブの性格の良さは分かっていたし......筋骨隆々のオーガがスモーブの好みのど真ん中だということも、行き遅れにちょっぴり焦っている事も、知っていたからである。
その日から数日間、ビジンは依頼が無事達成されるように願いつつも、「両親にも素直に好みのタイプを打ち明けておくべきだったかしら」と悔いる日々を過ごす事になった。
もっとも、邪竜討伐は緊急かつ重要な解決しないといけない課題だ。
そしてそれを解決できる相手の要求が「美しい令嬢との結婚」だった以上、結果は変わらなかった可能性の方が高いのだが。
◇
数日後、謁見の間にはロックとショータがいた。
彼らは誇らし気な顔をしている。
見事、邪竜を討伐し報酬を受け取りに来たのだ。
「お2人に心からの感謝を……それでは報酬を与えましょう。まずはロック殿から......我が娘ビジンよ、彼の下へ」
「はい、お父様」
父の言葉に、ビジンは見事なカーテンシーを披露する。葛藤はこの数日で割り切った。
マッシブな外見が好みでは無いとはいえ、相手は領地を救ってくれた英雄。
妻として生涯彼を支えていこうと覚悟して、彼女は歩み始め
「ちょっと待ってくれ伯爵殿?!」
ロックの困惑した声ですぐに立ち止まる事になる。
急ブレーキでつんのめり、ちょっと転びそうになったのはナイショだ。
ロックは「どうやら、我々の間には重大な行き違いがあるようだ」と言った。
「お待ち下さい、ロック様。私はあの時『ワイの望む報酬は、そちらの美しいお嬢さんを生涯の伴侶とさせて頂く事です。』と確かに聞きましたわ。ならば私との結婚だけで、どうぞ納得して下さいませ」
ビジンが私だって本意からの婚姻ではないのを我慢していますのに……と、少々もやっとしながら発した言葉に、ロックは苦笑して答える
「いやいや、違うのだビジン殿......」
どう言う事だろう。
まさか「散々苦労したのでやはり結婚だけでは割に合わない、追加報酬をくれ」とでも言ってくるのかしら?
「ワイが結婚したいと言った美しいお嬢さんは、こちらのドワーフさんの方だ」
全然違いましたわ。
ビジンとしてはとんだ赤っ恥である。
その後じっくり話を聞くと、どうやらロックは、謁見に参列していたベテラン侍女のスモーブを、妾の子供か何かと勘違いしていたらしい。
団子っ鼻で、安定感のある体型で、年嵩でもあるスモーブは、一般的な基準だと「美しいお嬢さん」とは言い難い。
言い難いのだが……ロックは「だかそれがいい」と考える男だった。
彼女を一目みた瞬間に「グワァラゴワガキィーン!」と恋に落ちる音がしたと言う。
「グワァラゴワガキィーンってなんだよ」とビジンの父親は思ったが、好みは人それぞれ
ロック・オー二・マッサミは、【高めのボール球が大好きな男】だった。
ビジンの父は慌てて、「彼女は貴族ではない」と説明したが、ロックは「彼女が求婚を受け入れていれてくれるなら、それでもいい」と譲らなかった。
もちろんスモーブは2つ返事でOKである。彼女にとっては、降ってわいた優良物件との婚姻話であった。
ビジンは思った。
チャンスが巡ってきたと。
「ただ、それだと、予めとりきめた報酬と価値にズレが出てきますよね。ほら......『貴族の女と結婚』という付加価値がなくなりますもの」
ここだ、ここが勝負どころだ。
「そこで、事前に決めた報酬との差分がでないように……『私はショー様に嫁入りする』と言うのは如何でしょうか?」
彼女の言葉に答えたのは
「ええ?!僕でいいんですか!」
喜びのあまり上ずったショーの声だった。
ハーフリングの斥候、ショー・タコン・プレックス
彼の好みのタイプはオーソドックスで、特に「正統派エルフ美女」がドストライク。
謁見の場でビジンを一目みて「いいな」と思っていたそうだ。
しかし、彼はとても優秀な反面、子供のような外見が災いして今まであまりモテてこなかったという。
それで「僕なんかに求婚されても嫌だろうし......」と、報酬には「ビジンとの結婚」ではなく「金貨100枚」を希望していたそうだ。
そんな中、ビジンの方から結婚話を言い出してくれたのは望外の喜びで、「後悔させないように一生大切にしたい」とは彼の談。
この結果、ビジン、ショータ、ロック、スモーブ皆が大満足の、2組の縁談が成立した。
新郎同士、新婦同士が元々深い仲だったこともあり、彼女たちの結婚式は合同で盛大に行われる事となったという。
面識の薄い参列者たちの中には、心の底から幸せそうな4人を祝福しつつも「なぜ人気種族と非モテ種族のカップルが二組も成立したんだ?」と首をかしげるものもいたが……それは大きなお世話というものである。
「好みは人それぞれ」
野球でいえば、【自分の打ちたい球がストライク】
誰に何と言われようが、迷わず打ちにいけばいい。
それでいいのだ。
こうして多民族国家ダイオンは、過酷な世界の中で今日も繁栄を続けている。
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