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因りて異形の怪を討て  作者: 七星
龍のいる村
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龍蛇村(1)

「犬神様のご予約ですね……ええと、はい、くちなわの間をお取りしていますよ」

「やっぱり一部屋じゃねえか……」


 龍蛇村たつたむらの宿に着いて早々、浅海はがっくりと肩を落とした。民宿の入口で、受付の女性が困ったように眉を下げる。


「申し訳ありません、何か手違いが?」

「あ、いえ、そうじゃなくて……その、もう一部屋空いてたりしませんかね?」

「大変申し訳ございません。犬神様ともうお一組の予約で満室になっているんです。うちには部屋が二つしかなくて」

「えっ、そうなんですか?」


 浅海は入口から民宿の中を見渡す。まあ、確かにこじんまりとした民宿だ。民宿というか、ほぼ一般の家だった。古風な木製の日本家屋で、扉はほぼ障子か襖であり、泊まる部屋があるのだろう二階へ続く階段も、だいぶ急角度である。


 受付の女性が幸薄げに笑う。


「うちの民宿は部屋の数が少なくて……民宿というより民泊に近いんです。父と私で切り盛りしているようなものですから」

「そ、うでしたか……いえ、無理を言ってすみません」


 律儀に頭を下げる浅海の後ろで、ぴょこんと飛び出す影があった。


「無理言っちゃダメですよ、先輩」

「いや、そもそもお前が二部屋取ってたらこんな打診をしなくて済んでるんだけどな?」


 むに、と頬を摘むと「いひゃいえす」という間抜けな声が返ってきた。よく伸びる肌である。


 そのとき不意に「あの」と受付の女性が話しかけてくる。


「フィールドワークの方、ですよね? ヤオバミ様のことをお聞きしたいっていう……」

「あ、ええ……」

「はい、そうです!」


 かん、とよく響く声で犬神が叫んだ。耳元で大声が炸裂して悶絶する。


「ここの民宿のオーナーの人が村長さんだって聞いたので! ぜひお話聞きたいです!」


 ぺかっとした笑顔で言うのはいいが、音量を落とせ、と浅海は思った。

 女性は幼い子供を見かけたような顔で、微笑ましそうに笑う。


「父も喜んでいました。最近はそういう若い人、見かけないので」

「民俗学専攻なんです、私と先輩。ねっ、先輩」

「分かった、分かったから飛び跳ねるな、大声を出すな、迷惑だろうがっ」


 そのときだった。

 がらりと入口の扉が空いて、がやがやと騒がしい声が飛び込んでくる。


「つっかれたぁ〜! 何ここ、本当に山じゃん!」

「だからそう言ったろ、なんでサンダルで来たんだよお前。バカじゃん」

「本当に山奥にあるなんて思わないでしょ! 普通は電車もバスもあるもんなのに、村に来るまでに吊り橋通らないといけないとか、何!?」

「うるせえなあ、キンキン叫ぶなよ。耳いてぇだろ」


 入ってきたのは若い男女だった。年は浅海たちとそう変わらないだろう。女のほうはけばけばしいメイクをして、肩も足も丸出しにしている。靴も裸足にサンダルを履いていて、とてもじゃないが山に行くという感じではなかった。

 男のほうは色々と装備しているように見えるが、ジーパンも靴もくたびれている。こっちも割と山を舐めているように思う。


 二人とも髪の色が派手だし、女のほうに至ってはゴツいネイルまでしている。あの長さでどうやって生活するんだと浅海は思った。


 民宿に入るなり、女のほうが顔をしかめる。


「うわ、狭。なにここ。ちゃんと泊まれんの?」


 視線をすべらせ、受付とそこにいる浅海を視界に捉えた。

 浅海は咄嗟に犬神の腕を引き、自分の影に隠す。「わきゃっ」みたいな声がしたが一時的に無視した。自分だけならいいが、この世間知らずにまで目をつけられたら面倒だ。


「あ、何、あんたも泊まる人?」

「ああ、まあそうです。すみません、邪魔ですよね、すぐにどくんで」


 当たり障りない言葉を返し、受付の女性から鍵を受け取る。

 だがそのとき、女がこちらを上から下まで見て「ふうん?」と言った。


「あんたたちもヤオバミ様の加護、貰いに来たわけ?」

「は? 加護?」

「そうよ。この時期にヤオバミ様がくれるっていう加護。朝イチで……えーと、神社だっけ? 祠だっけ? どっちだったか忘れたけど、そこ行けばもらえるんでしょ? あんたたちいつまでいるか知らないけど、邪魔しないでよね」


 浅海は一瞬、呆気に取られた。何の話だ?

 そのとき、犬神がくい、と袖を引く。囁くように言った。


「ホームページに載ってましたよ。ヤオバミ様って、時期によってはお祈りした人に幸運と知恵をくれる、とか」

「はあ? 眉唾だろそんなもん……」


 こそこそと話していると、受付の女性が困ったように笑った。


「すみませんが、夜以降の神社や祠の立ち入りは禁止しています。あのあたりは森の中にあって、迷いやすいですし、最近は天候も崩れやすくて、危ないんですよ」


 まあそうだろうなと頷いた浅海と違い、女は「はあ?」と金属めいた声を上げた。


「何言ってんの、それを売りにツアーまで組んでるくせに!」

「いえ、それは昼間に神社などを巡るものですので……」

「なにそれ……ちょっと悠介、聞いてないんだけど!」


 後ろに立つ男に矛先が向いた。彼は面倒そうに顔をしかめる。


「だからさあ、それも言っただろ。お前いっつも話聞かねえよな。都合の悪いこと耳から抜いてんなよ」

「はあ!? なにそれ! あんた、自分の立場分かってんの!?」


 浅海はうんざりと顔をしかめた。おそらく恋人同士なのだろうが、二人で旅行に来るなら互いの意見をまとめてからにしてほしい。あと普通に、初対面の人間にガンをつけるな。みっともないから。

 再び、くい、と袖がひかれた。


「浅海先輩、先にお部屋行っちゃいましょう」

「ん、まあ、そうだな」


 確かに、ここで絡まれる筋合いもない。受付の女性も「すみません」と言いたげに頭を下げた。

 彼女のためにも、あまりここに居座り続けるべきじゃないだろう。自分たちが絡まれてトラブルになったら、叱られるのはおそらくこの人なのだ。


「行くぞ、犬神。部屋は上か?」

「そうですそうです、行きましょ、先輩」

「ああ」


 彼女の手を引き、階段のほうへ向かう。だがそのとき、動いたせいで浅海の影から出た犬神を、男のほうが目ざとく見つけた。


「え、何、可愛い子いるじゃん」

「は?」


 浅海は正直、馬鹿かこいつは、と思った。

 予想通り「あんたっていっつもそうだよね!」と叫ぶ女の声が後方から響く。最悪だった。


「うわ、なんかすごい言い争いしてません?」

「見るな聞くな。お前の教育に悪い」

「ええ? 先輩お父さんみたい」

「お父さんでもいいから早く上れ」


 浅海はげんなりとため息をつく。二十を超えたら成人とはよく言ったもので、二十を超えた程度で大人としての振る舞いを身につけている人間なんて、そうはいないのだ。

 だとしても、ちょっと先が思いやられる気分だった。


読んでいただきありがとうございます!楽しんでもらえていれば嬉しいです。

これから物語は動くところですが、少しでも続きが気になると思っていただけたなら、ブックマークや星などで評価いただければ嬉しいです。

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