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因りて異形の怪を討て  作者: 七星
然らば異邦の神を討て
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自白


「で、どういうことだい、真偽まき?」


 全員で真偽まき蒼輔そうすけの部屋に集合したあと、真事まことが開口一番に告げる。


「とりあえず、禁を破った……ってことでいいんだよね? だから犬神様の怒りを買って、依代の君にも襲いかかられた。これは合ってる?」

「た、たぶん……」


 ぜいぜいと息を整えながら真偽が答える。男二人は意味がわからないという顔で顔を見合わせていた。

 彼らの反応は正しい。真事の理解が早すぎるだけなのだ。


「けど、どうやって破ったんだい? そもそもあの『禁』は意味が分からない。何をしたら『戻った』ことになるのか、誰も知らないのに」

「え……真事姉さん、分かってないの?」


 真偽はきょとんとした。てっきり、何か見当がついているのかと思ったのだ。


「いいや全く。ただの勘だよ。私の見立てでは、真偽――あんたが一番、この家の中で犬神様に好かれる可能性が高いんだ。なのに、依代の君はあんたを襲った。おかしいだろ。何かあったと見るべきだ」

「誰かが、真偽を傷つけたくて、なにか仕込んでたってことは……」

「だったら毒だのナイフだの、もっといい方法があるだろう。依代の君は犬だよ。凶器にするには不確定要素が多すぎる」


 蒼輔の言葉をきっぱりと否定して、彼女は再び真偽に向き直った。


「真偽、あんたは自覚がないかもしれないけど……自分が、神に愛されやすい存在だということを知っている?」


 真偽は答えられなかった。昔は無自覚だったが、今はもう、無知ではいられない。自分の愛されやすさを利用して、無名と契約したのだから。


「神に愛されやすいということは、恨まれやすいということでもある。可愛さ余って……とかって言うだろう? 神は身勝手な生き物だからね。自分が気に入った人間が禁を破ったとき、怒りが瞬時に爆発する」


 それが今だろう、と彼女は言った。


「だから一応、聞いておきたい。一体何をして、禁を破ることになったのか」


 真偽はぐっと唇を噛んだ。言えることと、言えないことがぐるぐると頭の中を巡る。

 それでも、浅海蒼輔を助けるには、ここで言わないという選択肢はなかった。彼を助けるためならなんだってしたい。どこまでだって賭けたい。


 すう、と息を吸って、吐いた。


「……ナナシさん、いる?」


 唐突に虚空へ話しかけた真偽に、三人が訝しげな顔をしたときだった。


『いるよ、ここに』


 死角から声がして、全員がぱっと振り向く。部屋の中に、褐色のかみさまが立っていた。


「は……? だ、誰だ、お前」

「かみさまです。私が契約してる、かみさま」

「は、あ?」


 困惑しきりの彼らを横目に、彼女は無名の傍らに立った。蒼輔が呆然とこちらを見ている。だが、おそらく記憶は戻っていないだろう。

 手の中の汗を握りこんだ。どこまで話したら、記憶が戻ってしまうのだろうか? 分からない。分からないなりに足掻くしかない。


「えっと、まず、禁を破ることだけど……真事姉さん」

「うん?」

「時間を巻き戻した、って言ったら、信じてくれる?」


 びたっと彼女の動きが止まった。瞳孔がカッと開いて、彼女の頭の中で複数の思考が駆け巡っているのがわかる。

 きっかり五秒経って、彼女は「なるほど」と呟いた。


「戻ってはいけないっていうのは、そういうことか……その神に祈ったんだね、真偽」

「そうだよ。ナナシさんにお願いして、時間を巻き戻してもらったの」

「待ってください真事さん。俺たち全然飲み込めてないすよ」


 真事は真剣な顔で蒼輔と修司のほうに振り向いた。


「つまりこうだ。犬神様の言う『戻ってはいけない』という禁は、時間遡行じかんそこうのことを意味しているんだ。つまり、タイムスリップだね」

「は……?」

「訳が分からなくても一旦飲み込むんだよ、修司。多分時間がないからね。いいか、真偽の横に立っているのは神だ。私は神みたいなものに会ったことがあるから何となくわかる。そいつはもう、匂いが人間じゃない。ここまではいい? いいね? よし。それで、真偽はその神に祈って、願って、時間を巻き戻した。そのせいで、犬神様が激怒してるわけ」

「いや、全然分かんないんですけど」

「……それが、本当だとして」


 蒼輔が、真偽を見て呟いた。


「なんで、時間を巻き戻すなんてことをした、真偽?」

「……蒼輔さんが、死んじゃったんです。犬神様に襲われて」

『は?』


 素っ頓狂な声を上げる三人に、真偽はこれまでにあったことをかいつまんで話した。自分が犬神様に次期当主として選ばれたことから、蒼輔が死んだときのことまで、全てを。


「つまり、なんだ、犬神様とやらは、本物の化け物で……俺は、そいつに食い殺されたのか?」

「そうです」

「それで、真偽は時を戻して浅海くんを助けた。なるほどね」


 呆然とする男二人とは裏腹に、真事はさくさくと話を進めていく。彼女はその切れ長の目でぎろりと無名を睨んだ。


「悪趣味だね。あんた、時間を巻き戻したら真偽が狙われることを、知っていたんだろう?」

『神に願うには対価が必要だ。愛し子と言えど変わらない。命を救う願いなら、命を懸けてもらわなくちゃね』


 真偽はぴくりと肩を震わせる。そうだ、一度目の契約からずっと、彼は等価交換を真偽に強いている。

 首を振って、真偽は話題を戻した。


「でも、なんで蒼輔さんが狙われたのか分からないから……また、襲われるかもしれなくて」

「ああ、それはもう大丈夫じゃないかな、多分」

「え?」


 真事の言葉に顔を上げる。彼女は顎に手を当て、思案するように虚空に視線を向けていた。


「そもそも、浅海くんが狙われた理由だけど……ものすごくくだらないことだと私は思っている。神ってのは、力があるだけの子供みたいなものだからね」

「え、どういう……」

「真偽が最初に次期当主に選ばれたのは、ひとえにその体質ゆえだ。神すら惹き付ける寵愛ちょうあい体質……でも、神は基本的に嫉妬深い。犬神様も、婚約者がいる女は次期当主に選ばない。人のものに興味がないからだ。いつも、選ばれるのは未婚の女か、夫を亡くした既婚の女ばかり……でも、その前提を覆すほどに真偽のことが欲しかったとしたら、さて、神たる化け物はどうすると思う?」


 全員の瞳が自然と無名むめいのほうを向いた。彼は鼻を鳴らす。


『あんな犬畜生と同じにしてもらっては困るけどね。だけどそうだな……まあ、仕方がないと思ったんじゃないかな?』

「というと?」

『所詮、婚約者だって人の子だろう? 気に入った者の隣に邪魔な男がいるなら……消してしまえばそれで終わりだ』


 ぱっと無邪気な顔で笑う男に、真偽が愕然と目を見開いた。全員が言葉を失う。


『ああ、愛し子。僕はそんな野蛮なことはしないよ。まあ、横取りされるのは我慢ならないときもあるけれどね』


 頬を撫ぜる無名に、蒼輔が顔をしかめて立ち上がった。そのままずんずんと歩いてくると、真偽の腕を引いて無名を引き剥がす。


『おや、何かな』

「いや、なんか不快で」


 無名はきょとんとして、アハハ! と笑う。真偽は冷や汗をびっしょりとかいていた。おろおろと二人を交互に見つめる。頼むから、ここで喧嘩はやめてほしい。

 真事が咳払いをした。


「いいかな? 話をまとめるよ。犬神様は真偽を気に入った。でも、その横には浅海くんがいた。それが嫌で、犬神様は浅海くんを襲って、殺した。真偽を本来の意味で手に入れるために。でもそうしたら、真偽は禁を破ってまで浅海くんを助けてしまった。そりゃまあ、怒り狂うだろうね。この家の神様とやらは、犬神姓の娘は全員、自分のものだと思ってるんだろう」


 真事は吐き捨てるように言った。


「まるで子供の駄々だ。付き合ってないのに不貞を責められているようなものだよ。反吐が出るね。私は異形もあやかしも好きだけれど、神だけは本当に……今すぐ滅んだ方がいい存在が、どれだけ多いことか」

『おや、ふふ、面白いことを言う。さすが、真偽と血が繋がっている娘だ』

「今そういう話はしてないよ」


 神の甘言すらばっさり切り捨て、真事はさてと呟いた。


「犬神様の標的は今や、自分を裏切った真偽に向いているだろう。浅海くんが狙われることはないんじゃないかな。依代の君も、浅海くんじゃなくて真偽を狙っただろう?」


 真偽はほっと安堵して、良かった、と呟く。


「いや、何も良くないだろ」


 硬い声で反論したのは蒼輔だった。


「俺よりお前が狙われる方がまずいだろうが」


 まなじりを吊り上げて、蒼輔は痛いくらいに真偽の腕を掴んだ。痛みよりも驚きを感じて、呆然と彼を見上げる。


「先輩?」

「何が犬神様だ……ていうか、タイムスリップ? 意味が分からない。俺の代わりにお前が狙われることの、どこが良いんだ、言ってみろよ」

「先輩……怒ってますか?」

「怒ってないわけあるか! 何を勝手なことしてるんだよ!」


 滅多に見ることのない、蒼輔の本気の怒りに首をすくめる。


「でも、だって、あのときはああするしか」

「お前が代わりに命狙われて、俺が喜ぶとでも思ってんのか!」

「……じゃあ、どうして死んじゃったんですか、先輩」


 反射的に呟いた言葉に、真偽はハッと口を押さえた。違う、今のは。


「そ、れは……」


 蒼輔が息を呑んで、掠れた声を出す。真偽は必死に首を振った。


「ご、ごめんなさい、違う! 違います! 先輩の、せいじゃなくて……」


 心臓の音だけが異様に早く、なのに指先は痺れるように冷たくなっていく。今、自分は何を言った?

 責めたのか? 浅海蒼輔を?

 自分にだけは、そんな資格はないというのに?


「ごめんなさい、違うんです、わた、私……先輩に、死んでほしくなくて……」


 蒼輔の腕にすがりついて、どうにか言葉を絞り出した。嘘じゃない、死んでほしくない。

 もう二度と、死んでほしくないだけなのに。


『感動のシーンのところ悪いけど、一つ忠告させてもらおうかな』


 不意に、無名が朗らかな声を上げた。


『僕の結界も、多分そろそろ限界だと思うよ。そもそもそんなに強度あるやつ張ってないし。あの犬畜生、侵入だけは得意なんだよね』

「は?」

『ああほら、来た』


 瞬間、ずるり、と音がした。


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