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因りて異形の怪を討て  作者: 七星
犬神家の一族
23/39

懇談会(4)


 またぞろ知らない単語が出てきて、蒼輔そうすけは眉を寄せた。


「……依代よりしろの君?」


 弁護士だという男が綺麗に礼をして去っていくのを見つめて呟く。ふと、真偽まきが蒼輔の袖を引いた。


「犬神様の代わり……というか、化身? みたいなものというか……本物の犬を使って、次代の当主の証明をするんですよ。当主候補の人の前でその犬がこうべを垂れたら、無事に当主として認められたってことになるんです」

「犬……を、使うのか?」

「そうですよ?」


 なんだそれは?

 いまいち想像がつかない蒼輔の前で、弁護士が一匹の犬を連れてきた。首にリードもつけていないのに、すたすたと歩いて、弁護士と梓の前でぴたりと止まる。周りから歓声が上がり、すぐに波のごとき拍手が会場を埋めつくしていく。

 だが、その姿に蒼輔はぎょっとした。


 犬には、足が「六本」あったのだ。

 

 隣で修司が「うわっ」という声を出す。限りなくひそめられてはいたが、逆に本気で引いている雰囲気が伝わってきた。


「ちょ、真事さん、なんすかあれ」

「真偽が言っただろ、『依代の君』だよ」


 真事が不機嫌そうに鼻を鳴らした。見れば、盛大に顔をしかめて、六本足の犬を見つめている。


「うちの本家は根っから腐ってるからね。罪もない犬たちを近親相姦させて、血と血を掛け合わせて、異形の犬たちを産ませているんだ。屋敷の入口にあった趣味の悪い剥製、見ただろう? あれは歴代の『依代の君』だよ。犬神の代わりにされてきた子たちだ。初代の当主もそうやって犬神を作ったらしい」

「え、でも、それって、犬神の作り方とは……」


 思わず口を挟んだ蒼輔に、真事は頷く。


「ちょっと違うね。でも、血をかけあわせてかけあわせて、呪いの血をどんどん濃くしていって……その先で生まれた犬たちを育てて、死ぬ子は見捨てていく。最終的に残るのは、突然変異として生まれた、生命力が強いばかりの異形の犬たちだ。混じり気のない、濃い血を持つ犬たち。壺に入れた毒虫の中の頂点と同じだよ」

「そんな作り方、ありなんすか」

「さあね……まあ、反吐が出るような方法だけど、理論だけを見れば悪い考え方じゃない。犬神だって蠱毒だ。濃い血と、濃い毒は似ている。怨嗟がない犬だって、血を濃くすれば毒になれるって、初代当主は考えたんだろうね」


 何を言っているのかよく分からないが、おぞましい作り方なのだということは分かった。つまりは、近親相姦を無理やり繰り返した上で、生まれた犬たちの大半を見捨てながら、犬神を作ったということだろう。


「気色が悪いのは、その方法が現代まで続いてることだよ。あの子たちはみんな短命だ。長年続けた近親相姦なんてろくなものじゃない。あの子もきっと、来年には死んでる」


 真偽も痛ましい顔で頷く。


「それに、あの子たちはみんなただでさえ弱いのに、鞭とかを使って厳しくしつけられているんです。今日のために」

「そうだね。次期当主の任命は、前当主の遺言だけで決まるわけじゃない。最終的には依代の君が選ぶんだ」

「犬神様がお選びになった、という形を取りたいんだと思います。犬神様の姿が見えるのは当主だけだと言われているので……依代の君がひざまずいた相手が、当主として認められたことになるんですよ」

「まあ、基本的に遺言の内容と同じだけどね。事前に犬を躾けて、特定の人間の前でこうべを垂れるようにするんだ。ただの八百長だよ」


 代わる代わる、姉妹のように息を合わせて彼女たちが言う。二人とも雰囲気は違えど、この制度に不満を抱いているようだった。

 まあ、男二人も静かにドン引いているので、気持ちは分かるが。


「誰も彼も、犬神様の化身だなんだとはやし立てて……あれは普通の犬なんだから、犬神の家がやっていることはただの虐待だ。馬鹿馬鹿しいね」


 吐き捨てる彼女の声は、拍手の声にまぎれて、誰かに聞かれることはなかった。だが蒼輔はひやひやしていたし、修司も顔を青ざめさせている。


「ちょっと真事さん、時と場所選んでくださいよ。誰かに聞かれたらどうするんですか」

「誰も聞いちゃいないよ。ほら見な。どうせ今回も、遺言書の通りにあの女が選ばれるに決まって――」


 だが、彼女の声はぴたりと止まり、その目がはっきりと見開かれた。同時に、周囲から一斉に困惑の声と息を呑む音が聞こえる。

 どうしたのかと壇上を見た瞬間だった。


 ばうっ! と大きな鳴き声がした。次期当主候補でもある、犬神梓の手に、六本足の犬が噛み付いたのだ。


 女性はぎゃっ! と悲鳴を上げて手を引く。犬はすぐに口を離したものの、相当強く噛んだのか、彼女の手からはだらだらと血が流れていた。

 梓は呆然と「依代の君」を見つめる。何が起こったのか分からず、呆気に取られたまま動けない。


 会場がしんと静まり返った。蒼輔も思わず何度か瞬き、咄嗟に真偽を見る。彼女も蒼輔を見上げて、必死に首を横に振った。どうやら彼女にとっても予想外の事態らしい。


「おいおい、あいつ、こっち来るぞ……」


 畏怖の混じった修司の声に反応し、蒼輔は顔を上げた。六本足の犬が壇上から軽やかに降り、動けない人間たちの間を縫ってちゃかちゃかと歩いてくる。

 何のつもりか分からずに硬直する蒼輔の前で、犬はぴたりと止まった。


「は……?」


 そして、浅海蒼輔――ではなく、犬神真偽の前でちょこんと座りこんだ。その場に這いつくばるかのごとく、こうべを垂れる。

 それが、意味するところは。


「わ、たし……?」


 依代の君は輝くまなこで真偽を見つめている。褒美をねだる下僕のように。


『あーあ、だから言っただろう。ここで飼われているものは、人の手には余るとね』


 不意に、蒼輔の背後から異質な声がした。うなじから背筋にかけて、ぞわりと悪寒が走る。

 だが、咄嗟に振り向いた蒼輔の目には何も映らなかった。誰もいない。確かに、ここから声がしたはずなのに。


「せ……先輩」


 ぐ、と腕を強く掴まれてハッとする。視線を前に向ければ、雪のように顔を白くした真偽と目が合った。


「どうしよう……先輩……!」

「っ……」


 縋るような視線に息を呑む。思わずその手を強く掴んだ。彼女を引き寄せて、犬から少しでも離そうとする。

 だが、六本足の犬は途端に立ち上がり、蒼輔に向かってばう! と吠えた。威嚇の声を上げて、不満そうに唸り声を上げる。

 その瞳には明らかな敵意があった。少し身を引いて、後ろ足に力を入れ始める。飛びかかる気だ、と一瞬で悟り、蒼輔は咄嗟に真偽を自分の後ろに押しやった。


「蒼輔さん!」

「前に出るな、後ろにいろ!」


 いくら相手が犬一匹だとしても、噛まれればひとたまりもないだろう。犬の顎は強い。人間の手首くらいなら、骨まで砕いたっておかしくない。


 なんだってこんなことに……と頭を抱えたときだった。

 後ろで、ぱん! と乾いた音が鳴る。


「はははは! これはこれは、冗談がキツい」


 声だけで笑いながら、家鳴真事が拍手をしていた。唖然とする蒼輔をよそに、嘲笑めいた笑みを浮かべて、壇上を見上げる。


「どうする、梓のおばさん。どうやら依代の君はこの子を選んだらしいよ。何かの間違いかな? しつけ、きちんとしていなかった?」

「そ、そんなはずが……!」


 梓は噛まれた腕をタオルで押さえ、ぎりっと真偽を睨みつけた。怯える彼女を庇う蒼輔の横で、真事がぱんっと柏手を打つ。


「勘違いしちゃいけない。真偽を恨むということは、犬神様のご意志に逆らうということだよ。次期当主候補様なら分かっているだろうけどね」


 朗々と言い募る真事の言葉に、反論できる者はいなかった。今や、彼女はスポットライトを浴びた女優のように、優雅で鮮やかな姿を見せつけていた。

 天井から糸で吊られているような姿勢。青く輝く彗星の瞳。軌跡を描くしなやかな手足。

 この場の主は梓ではなく、唸り続ける依代の君でもなく、家鳴真事その人だった。


「けれど、こんなことは前代未聞だ、そうだろう? 今まで依代の君が、婚約者のいる女を選んだことはなかった。選ぶのはいつも、結婚はしたものの夫を失った女か、未婚の女ばかり。もちろん、遺言書の内容を無視することもなかった」


 まあそもそも八百長だけど、と付け足された言葉はあまりに小さくて、蒼輔たち三人以外には聞こえていなかっただろう。

 彼女は笑う。悪魔のように唇の端をつりあげて。


「ならもしかして、犬神様が混乱なさっているのかもしれないね? お祖母様は歴代の当主の中でも犬神様の気に入りだった。いきなり後継者を選べと言われたって、犬神様も、悲しみのふちからすぐには戻れないんじゃないのかな」

「そ……そうよ、そうに決まっていますわ! これは、これは何かの……」

「間違い! そうだね、私もそう思う」


 うんうんと頷いて、梓に主導権を握らせることなく真事は言う。


「なら、再度、問いかけてみればいい」

「……え?」

「犬神様は『戻る』ことを嫌う。犬神の家に関わる者なら誰だって知っているよね? 戻ること、振り返ること、引き返すこと……それが、犬神様が唯一私たちに課した『禁忌』だ」


 蒼輔は声を上げそうになった。

 それは真偽に言われてから、彼がずっと気になっていたことだった。


 戻らないこと。振り返らないこと。引き返さないこと。

 決して、破ってはいけない禁忌の約束。


 行きはよいよい。ならば、帰りは。


「その意味を私たちはよく知らない。禁忌を破った人間がどうなるか、禁忌の破り方すらよく知らない有様だ。でも、これで私たちが勝手に『間違いだった』と断じて、犬神様の世話係を、当初の予定――犬神梓に『戻した』としたら? それは禁忌に触れることじゃないのかな」


 小首を傾げた拍子に、彼女の長い黒髪がさらりと揺れた。猫の子のように細められた瞳孔が、はっきりと壇上に向けられる。


「なら、もう一度聞いてみたほうがずっといいんじゃないかと、私は思うけどね。幸い、代替わりは先代当主が死んでから一週間までに行うという決まりだ。お祖母様が亡くなってからまだ四日。なら明日、葬式の前にでもまた聞けばいい。簡単では?」

「そ……そう、そうですわ。まだ分かりませんもの。これは何かの間違いに決まってますわ。そうですわよね、かずら


 呼ばれた弁護士の男は重々しく頷く。


「明日、もう一度依代の君にお聞きいたしましょう。それまで、当主の座は空白ということで」


 男の言葉に、梓は苦い顔で頷く。

 満足そうに、真事がぱんと手を打った。


「じゃあ今日はここで解散だね。真偽たちも早く部屋に戻っ……真偽?」


 真事が目を見張る。蒼輔も後ろに顔を向けると、真偽は蒼白のままかたかたと震えていた。蒼輔の背中側の布地をぎゅっと握る。


「どうしよう……私、違うのに……」

「真偽? おい、どうした」


 肩を揺すってみても、なんの反応もない。俯いたまま、愕然とした顔で彼女はぽつんと呟く。


「……なんで……? 今回は、祈ってない、のに……」

「真偽、おい、真偽!」


 大きく声を張った瞬間、弾かれたように顔を上げる。


「せん、ぱ……」


 だがその瞬間、ふっ、と、糸が切れるように意識を失った。

 咄嗟に体が動いた。彼女の肩を無理やり引き寄せ、倒れるのを防ぐ。


「真偽、おい! どうした……!」

「浅海くん」


 硬い声で真事が言う。その顔にはもう、笑みは欠片も浮かんでいない。


「急いで真偽を部屋に。ここの人たちは、一の事実に十の尾ひれをつけるのが得意なんだ。これ以上ここにいたらまずい。犬神様に選ばれたのに、覚悟がなくてショックで倒れた……とか言われかねない」


 周りを見渡すと、確かに好奇の視線が一斉に真偽へと向いていた。その中には、先ほど真事にこてんぱんにやられた涼の姿もある。

 蒼輔は頷いた。


「ここはお願いします」

「任せて」


 短く言葉を交わす。蒼輔は何度か真偽を揺すったが、やはり目を覚ます様子はなかった。

 仕方がない。


「後で文句言うなよ……!」


 彼女の背中にぐるりと腕を回し、膝裏にもう片方の腕を差し込む。そのままぐんと横抱きに持ち上げれば、細い体はいとも簡単に持ち上がった。

 ぎょっとするような軽さだった。きちんと食べているのか? と思わず疑う。


「部屋、二階すか? それなら西側の扉から出たほうが近いですよ」


 修司が呟くように教えてくれる。蒼輔は無言で顎をひき、脇目もふらずに歩き出した。背後でわぅん! と犬が鳴く声がする。


「あなたはこちらだよ、依代の君」


 真事が呟き、犬の首根っこを押さえたのを見届けながら、蒼輔は会場を後にした。


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