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歴史的な天才脳科学者に天才になるための習慣を聞く話。

作者: 珠野 海月

「今日は私のために時間を設けていただき有難うございます」

「あぁ、こういった場はあまり取らないから、有意義な質問をしてくれることを願うよ」

「ははは、善処させていただきます」


 そこで記者の男は緊張した面持ちで一度姿勢を正すと、持ってきた手帳を開いて質疑応答の準備をする。


「では僭越ながら質問させていただきます。まず、我々人間社会は民主主義を掲げており、平均的な人間が代表者を決定し、社会の意思決定を行っています。これは平均的な人間に好かれる主張をしている人間が選ばれる無難な人間を選出するだけに留まり、本当に優秀な人間を選出するという役割は担えていないと私は考えています。これを前提に、平均的な人の脳の知的レベルをあげるために効果的な趣味又は習慣を教えていただきたいのですが、どうでしょうか」

「……ふむ、なかなか面白い前置きだ。確かに民主主義の問題点として、良くも悪くも人気さえあれば優秀でなくても代表者になれるというのはよく挙げられている話だな。補足をするなら、選挙の仕組み自体を変えるのは損をする人間が居るために不可能という前提があって、投票者側を変えるのはどうだろうかというアプローチに至ったということだな」

「仰るとおりです」

「まず、様々な感情を排除して、国に最もいい選択を指示している人を選挙で選ぶという性質上、感情を脇において冷静に考えられる能力が必要だ。これを得るために一番いい方法は、マインドフルネス瞑想だろう。自身の感情を一度冷静に観察することで、直情的で非論理的な思考を排除することができる」

「これはよくいわれていることですね。他には無いのですか?」

「まあ落ち着きなさい。君はマインドフルネス瞑想をしていないだろう」

「はぁ。まあそうですが」

「私があれこれ言った所で、それを本当に長期的に実践できる人間は100人に2,3人居るかどうかだ。君はその平均的な人間の一人として、マインドフルネス瞑想を今日から続けていけるか?」

「それは……、ええ。私は習慣化するのが得意なので、それほど難しくはないでしょう。ですが、それは多くの人間にとって難しいことであるというのは理解しています」

「そうだ。だからこの情報の大量消費社会に置いて、次から次へと情報を求めて知的好奇心を鎮めるのではなく、一度それをじっくり吟味する必要がある。君は今それを放棄しているのでは無いか?」

「確かにそうでした。……では、マインドフルネス瞑想を継続する為に、どのような行動を取るのが最も効果的でしょうか」

「スモールステップと呼ばれる手法が最も効果的だ。これはマインドフルネス瞑想に限らず全ての習慣を継続する上で最も効果的だと私は考えている」

「それは私も実践しています。名前の通り限りなく低い目標設定を行うことで継続の難易度を減らし、精神的なハードルも下げることで確実に目標へ近づいていく手法ですよね」

「ああ、君はそれなりに勤勉な人間なようだ。人が羨む大抵の技術や知識は一朝一夕では身につかない。これは習慣という人間の行動ルーティンに組み込むことで、確実にその階段を登らせる手法といえる」

「なるほど、……では巷であまり知られていないものというのは何かありますか?」

「巷で言われていないものか。今はネットを見れば専門的な知識も手に入らない情報はほぼ無いといえる。私が言えることは皆知っているにも関わらず、行動に移していないことだけだな」

「それでも良いのでお願いします」

「……アクティブリコールという言葉は知っているか?」

「えっと――、すみません。聞いたことはあるのですが」

「物事を習熟する上で最も重要な考え方だ。よく覚えておきなさい。アクティブリコールとは思い出すという過程で記憶を定着させる方法のことだ。具体的に言えば、今回の会談を記憶したいと思ったなら、冒頭から何を話していたのか思い出す過程で記憶が定着するということだ」

「ああ、そういえばそうでした。しかしこれは中々実践するのは難しいのではないでしょうか? 何せ10分もすれば大抵の記憶は忘れてしまいます。思い出そうとしても既に忘れていれば不可能になってしまいます」

「忘れたのなら、もう一度そのカメラで忘れていた部分を記憶し直せ。その後にもう一度思い出すんだ」

「……私事ながら、結構めんどくさい方法ですね」

「そうだな、私もそう思う。それならスモールステップで難易度を下げてその記憶方法を面倒くさくないレベルで習慣にしてしまえばいい。習慣にしてしまえば脳にかかる負荷コストも下がって、それほど苦もなくできるようになる。こういうことの積み重ねで天才になれる。知っていても使わなければ意味がないというのはサルにでも分かることではないか?」

「確かにその通りです。何故か私はそこでスモールステップを使うというのは頭に一ミリも浮かんできませんでした」

「ふん、ではもういいかね? 私から話せることはもう十分話した。スモールステップとアクティブリコール。この二つをマスターするだけでどんな物事も習熟でき、天才にもなれる。――習慣にできればな」

「有難うございました。これを機に多くの人が意識を改めたと思います、私も含めて」

「……」


 記者の男は背を向けて仕事を始めた科学者の男に一礼すると、部屋を後にした。


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