1話 プロローグ
プロローグ
ウィザード。
それは最速最強を目指す者を指す名前。
その日、世界最速最強のウィザードを決めるレースが行なわれる。
「わあああああああああ!!!」
周囲は大きな歓声に包まれていて、右を見ても左を見ても人々は立ち上がっている。
僕は人の壁で何が起きているか全く分からない。
『さぁ始まりましたワールドウィザーズレース決勝戦です!』
会場の中では魔道具で大きくされた声が響く。その声に人々は更に歓声を強める。
「わあああああああああああああああああああ!!!!!」
『会場も盛り上がっていますね! 素晴らしい! ここで実況である私、マトリクス・ジャンのお話を……と行きたい所ですが、待たせ過ぎるのも良くありません! 早速選手に入場して頂きましょう!』
「わああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
思わず耳を塞ぐ、両隣だけではない。
前や後ろ、果ては上からも声が圧し潰そうとしているみたいに押し寄せてくる。
「大丈夫か?」
「うん……」
隣にいる父さんが心配して声をかけてくれる。
これだけの歓声の中なのに、不思議と父さんの声は聞こえた。
「なら良かった。よっと」
「わっ!」
父さんは僕を持ち上げて肩車してくれる。
すると、今まで多くの人で見えなかった周囲が見えるようになった。
父は確かこの会場に50万人は入るとか言っていた気がする。
「わぁ……」
言葉がなくなる。
そこは大きな大きなとっても大きな建物の中だった。
ドームと言えばいいのだろうか。
上から見ると楕円形で、先っぽの細い方は両サイド共にかなり大きな穴が開いている。
その両サイドから、米粒みたいな何かが空を飛んで入ってくるのだ。
『それでは選手紹介です! まずはこちら! チームフェニックス!』
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
実況の人がそう言うと、僕の正面にある大きな魔道具のモニターに真っ赤な色のローブを着た3人の人が映し出される。
彼らは手にはそれぞれ形の違った杖を持って手を振っていた。
彼らの服装は真っ赤なローブに金色の刺繍が入っていて、空を飛んでいるからかローブがはためいてかっこいい。
ローブの下は真っ黒な上下の服を着ているので、モニター越しでは詳しい事は分からなかった。
『さて今回の再注目選手! チームの名前の由来にもなっている彼! 不死鳥のニクス!』
「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
僕はさっき以上の歓声に驚くけれど、顔には出さなかった。
いや、出なかった。
選手紹介で観客に手を振っていた選手の人達、その中でもニクスと呼ばれていた人が僕を見ていたからだ。
気のせいかもしれない。
これだけ多くの人がいる中で、僕を見てくれている可能性はほとんどない。
でも、この時の僕は彼にひかれていた。
それまであまり興味はなかったウィザーズレース。
世界最強を決める戦いの舞台。
僕は試合が始まってすぐにニクスを応援した。
僕はニクスが映るモニターを一生懸命に見続ける。
ニクスはすごい。
強力な攻撃魔法を受けながらも、笑って飛ぶのだ。
レースは後半、彼の仲間は既に2人とも脱落していて、相手チームは2人残っている。
絶望的な状況だろうに、ニクスは笑っているのだ。
実況が突如悲鳴をあげる。
『あーっと! あの魔法は!』
実況が言葉を失うほどに強力な魔法を相手チームの2人がニクスに向けて放つ。
しかし、
『効かん! 効かんなぁ! このニクスはその程度では落ちない!』
ニクスはその攻撃を受けても笑っていた。
彼のユニフォームはボロボロで左腕もぷらぷらとしていて自由は聞いていないようだ。
でも、彼は笑っていたのだ。
それからも相手の攻撃を受け、かわし続ける。
相手は2人であるはずなのに、圧倒的に不利な状況であるはずなのに、ニクスはそれを笑って飛び続けた。
かっこいい。
どれだけの攻撃を受けても、どんなことを相手が仕掛けてきても、決して、決して先頭は譲らない。
ずっと笑顔で、彼は……レースを飛び続けていた。
僕も……あんな風に……。
そして、
『ゴーーーーーーール!!!!!!』
『ゴール! 長い長い戦いを制したのはチームフェニックスのニクス選手! 流石最速最強の名前をほしいままにする男だ!』
モニターに映し出されるローブがボロボロになった彼の姿は心配になるけれど、その顔はとても晴れやかだった。
「すごい……」
「ん?」
「すごいね……」
「ああ、なんせ最速最強の男だからな」
「最速最強の男……。僕もニクスみたいになる! ウィザーズレースに出て、優勝する!」
僕は心の中で決めていた。
あんな姿になりたい。
かっこいい最強最速の男になると。
「ははは。そうかそうか。なら魔法の勉強をしっかりと頑張らないとな!」
「うん! 頑張る!」
僕は父に返事をして、ニクス選手のことを目に焼き付ける。
最高潮を迎えたまま、ウィザーズレースは幕を閉じた。