表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

異・世界革命Ⅱ 空港反対闘争で死んだ過激派は異世界で革命戦争を始める 01

『異・世界革命Ⅰ 空港反対闘争で死んだ過激派が女神と聖女になって』( https://ncode.syosetu.com/n9923hi/1/ )の続きです。


挿絵(By みてみん)


 まさか、あのジュスティーヌ第三王女殿下が、旅行先で父王陛下に無断で結婚し帰国されるとは!

 しーかーも~、新郎のレオン・ド・マルクスは、田舎男爵家の出身で無職の文無しなのだ。まったく贅沢はしないが、カネはあればあるだけ遣ってしまう男である。

 王女の無断婚姻などという父王と母王妃以外は、だれも想像しなかった事態に、フランセワ王国の貴族界は騒然となった。とはいえ、バロバ大神殿長を筆頭に聖都ルーマ大神殿の高位神官の名がずらりと並んだ結婚証明書を見せられると、だれもなにも言えない。最初はあきれていても、結婚証明書の内容を知ると、全ての者は驚嘆して口を閉じた。


──────────────────


 ~ 四年後 ~

 フランセワ王国で内戦が始まった。

 払暁の西方領主領地域に、フランセワ王国正規軍と民衆軍が一斉に侵攻を開始した。後方で攪乱戦術をとる領主軍騎兵部隊に一切顧慮することなく、各部隊は点在する領主領を粉砕しつつ進撃する。この戦争の目的は、領主貴族の絶滅と奴隷制の廃絶である。

 その指揮を執っているのが、公爵レオン・ド・マルクス王国軍総司令官だ。この戦争は、レオンが周到に準備し始めた『レオンの戦争』といっても過言ではない戦いだった。奴隷解放戦争を開始するためにレオンは、謀殺や破壊工作にまで手を染めた。

 開戦から数日後、三千名からなる民衆軍の部隊がハント侯爵領に侵攻した。そこに前線視察と称してレオン・ド・マルクス総司令官と幕僚たちが同行した。何度も命を狙われテロ襲撃されているレオンは、暗殺を恐れるような男ではない。

 迎え撃つ敵部隊は存在せず、民衆軍は無抵抗のまま綿花畑を前進する。やがて領主城を中心とした人口数千程度の田舎街に突入した。

 フランセワ王国の法には、もう奴隷など存在しない。フランセワ王国民を不法に監禁することは許されない。民衆兵が気合い一閃、巨大ハンマーを振るって奴隷小屋の扉をぶち破り、監禁されていた国民たちを解放する。しかし、解放された奴隷たちに喜色は無い。恐怖に青ざめている。

 田舎街で徹底した家捜しが始められた。平民といえども奴隷禁止令発布以降に奴隷制によって利益を得た者は、厳罰に処せられる。抵抗すれば、死だ。

「全員外へ出ろ! 隠れている者は敵性分子とみなし攻撃するっ!」

 この捜索とは別に千人ほどの民衆兵が、こんな田舎街には似つかわしくない四階建ての立派な領主城を取り囲んだ。城を守る騎士は十数人といったところだろうか。

 民衆軍の指揮官に、レオンが問うた。

「降伏勧告は出したな?」

 この民衆軍指揮官は、レオンが王宮親衛隊中隊長だった時に部下だった男だ。

「二回出しましたが⋯。返事はありませんね」

 レオンが鼻で笑う。

「ふん。こんな城を枕に討ち死にするつもりなんだろ」

「部隊を突入させますか?」

「バカ。損害がでる。火矢を射掛けろ。城ごと焼き払う。戦闘開始後に逃げてくる者は、非戦闘員でも攻撃対象とする」

 もう夕方だ。いつの間にかレオンが指揮を執り始めた。元部下は、貴族的なものにまるで敬意を示さないレオンを変わっていないと感じた。

「おっ、お待ち下さい!」

 眼鏡をかけたインテリ風の士官がレオンの前に飛び出し、跪いた。戦争前にレオンは、フランセワ王国唯一の大学である王国大学で、哲学の講座を持っていた。超満員の講堂で見た覚えがある顔だ。

「跪く必要はないぞ。おっ、大学にいたな。どうした? 学生なのに志願して出征したのか? 立派なものだな」

 敵に対しては殺人鬼であっても、レオンは部下には厳しくも優しい。

「はい。お聞き下さい。城主のハント侯爵は、美術品や宝石の収集で有名でした。あそこには世界に二つとない貴重な芸術品が⋯」

 レオンにとって、女の裸絵や色のついた石なんかより兵の命の方がよほど大切だ。奴隷を酷使し鞭打って集めた絵画やら彫刻やらのために、民衆兵の命を危険にさらすつもりはさらさらない。レオンは、最後まで聞かず黙って剣を抜いた。切っ先で夕闇に黒々とした城を指す。

「革命に芸術は不要だっ。火を放てっ!」

 数十の火矢が五百年の歴史を持つ領主城に打ち込まれてゆく。城は下層からどす黒い煙を吐き、やがて火に包まれた。奴隷小屋から解放された新しい国民たちと街から集まってきた平民たちが、五百年もの長きにわたり権力と権威の象徴であった『お城』がなすすべもなく燃え上がるさまを呆然と眺めている。

 降伏を拒否した『奥様』や『お子様』、そして最後まで残った『忠僕』たちが炎に追いつめられ、最上階から身を投げる様子がはっきり見える。

 抜き身の剣を掲げ炎に照らされたレオンの姿は、まるで悪鬼だ。

「ハハハハハハハ! これだっ! この景色が見たかったんだ! 人の肉と生き血で築いた奴隷使いどもの巣を、ケシ炭に変えてやる! 奪われ続けた奴隷の苦悶の呻きを隠蔽する虚飾の仮面を剥ぎ取り、五百年に及ぶ暗黒の歴史もろとも踏み潰し墓場にしてやるっ!」

 指揮官は、クーデター事件の際に国王を救出すべくレオン隊長の指揮の下、王宮に突入した親衛隊騎士だった。だが、あの時のレオンは、今よりはるかに冷たい目で醒めていた⋯。

 国王の首をすげ替えるだけの宮廷クーデターなど愚にもつかない。国家内国家である領主領を領主貴族もろとも滅ぼし、その経済の基盤である奴隷制を廃絶し、二度と立ち上がれないように破壊する。フランセワ王国の社会構造を覆し、根底からつくり変える。これこそ革命だ!

 熱と炎に追い立てられ悲鳴をあげ抱き合って領主城から身投げして死んでゆく領主一族が、まだくっきりと見えた。貴人と称する者どもの死を見せつけられて、兵や指揮官すらも呆然と立ち尽くしている。レオンは、その焦熱地獄に剣先を向けて言い放った。

「人民の敵を処刑せよっ! 奴らは、寄生虫と伝染病の忌まわしい混血なのだ! この墓場には、すぐに蔓草や雑草がはびこり生い茂り、永遠に人民に軽蔑されるであろう。奴隷使いとその追随者どもよ。搾取者よ。民衆の敵どもよ。おまえらは、滅びる。ひとり残らず死ぬのだっ!」

 レオンは、燃え上がる城を背景に民衆兵と平民、そしてたった今解放されたばかりの奴隷たちに向き合った。

「これは破壊ではない。創造であるっ! 奴隷使いどもを、我々は絶滅する。たった今、その第一歩が始まったのだ! この時、この場所から、歴史の新しい時代が始まった! 全軍に命じる。奴隷制に繋がるものを、徹底的に破壊せよっ! 幾世代にも渡って奴隷とされてきた人民の闇を、絶望を、恨みを、血債を、今こそ奴隷使いどもに突き返すのだ。虐げられし者の憎しみを爆発させよ! 悪の化身を地獄の底の底まで叩き落とせ! フランセワ王国軍司令官は、全ての奴隷使いに、死刑を宣告するっ! どこに逃げても隠れても無駄だっ! 命令する! 全軍は、刑を執行せよ!」


 王家よりも古い歴史を誇ったハント侯爵家は、焼け落ちる古城とともに滅亡した。

 レオンは、フランセワ王国どころかセレンティア世界にその手本を示した。「奴隷使いは、容赦なく殺す」と。レオンの情け容赦のない戦争に、世界が震撼した。

 翌日、それまで帰順しなかった領主城の門が十以上も開かれ、数百人の領主貴族らが降伏した。それでも降伏を拒否した領主城には、次々と火が放たれ、立てこもっていた領主一族は生きながら焼かれた。降伏した領主貴族らが貴族扱いされることは、二度となかった。彼らは捕縛され、軍事裁判に出廷させるため数珠繋ぎにされ、徒歩で連行されていった。


 公爵レオン・ド・マルクス。フランセワ王国軍総司令官 兼 領主領及び奴隷問題担当大臣は、最初から百二十家・約三千人もの領主貴族を階級として根絶することを決意していた。逃げようが降伏しようが、文字通り皆殺しにするつもりなのだ。

 最後の敵を完全打倒する時がくるまで、レオンは、暴力と恐怖による仮借ない闘争を貫徹するだろう。


挿絵(By みてみん)

──────────────────

 新婚のレオンとジュスティーヌを乗せた馬車が、イタロ王国の聖都ルーマから八日かかって夕方近い王都パシテ王宮に到着した。国王に謁見を申し込むまでもなく、二人は連行されるように父王アンリ二世の私室へと引っ張られていった。

 アンリ二世は、最深度調査を命じ、数日後に届いた『レオン・アルフォンス・ランソワ・ド・マルクス』なる人物の身上調書を再度ながめた。田舎領主ランゲル侯爵家の分家のマルクス男爵家三男。子供時代はガキ大将で、領民の子供たちを引き連れて農村で喧嘩遊びに明け暮れていた。みんなで村長にカエルを投げつけるといった類の悪ふざけで、犯罪というほどのことはしていない。成人してからは、主家筋のランゲル侯爵家の騎士団で働いていた。何回か喧嘩騒ぎを起こした程度で、勤務態度に特筆するようなことはない。しかし、熱病で死んで三日後に生き返ってから、人が変わったようになった⋯。

 字が読めるかどうかも怪しかった男が、フランセワ王国王女として最高の教育を受けてきたジュスティーヌ王女になにやら講義をして心服させている。剣の腕も立つ。野盗を十三人も斬ったのに続いて、今度は巡礼旅行で暗殺団の刺客をまとめて五人も斬った。

 アンリ二世の私室へ連行される途中でレオンは、帯剣を取り上げられた。国王陛下に斬りかからないかと警備責任者が危惧したのだ。ほとんど半狂人あつかいである。

 娘である王女が男と旅行に出かけ、旅行先で無断で結婚して帰ってきた。当然父王の内心は穏やかではない。とはいえ娘王女のジュスティーヌがレオンについて行くことを承諾したのだから、結婚を認めたのも同然だ。あまり強く叱ることもできない。とはいえ目の前で親衛隊騎士に取り囲まれている二人に、少々皮肉を言いたくなった。

「君たちは結婚したと聞いたが、それは本当かね?」

 全く皮肉が通じていない。レオンがフトコロから巻紙を出して差し出した。

「ありがとうございます。結婚証明書です。既に写しをご覧になったかとは思いますが」

 婿殿は、無邪気にニコニコしている。娘は恥じらって赤くなりモジモジしている。再び皮肉を言ってみた。

「ずいぶんと遠いところで結婚したのだな?」

 レオンに皮肉は通じない。

「すいません。王都パシテでなければいけないのでしたら、一度離婚して改めて王都で結婚証明書を⋯⋯」

 ジュスティーヌが飛び上がってレオンの腕にしがみつき、血相を変えた。

「ぜったいに、なりませんっ! 離婚など! お父さまっ!」

 娘王女に叱りつけられた父王は、ガックリきてしまった。

「あー、よいよい。だが王族の義務として、披露宴は開いてもらうぞ。いつごろを希望する?」

 レオンは、ポカンとしている。こういう貴族の行事関係はさっぱり分からない。ジュスティーヌ王女に丸投げだ。馬車旅の間中、レオンに『剰余価値』だとか『貧困の再生産』だとかを吹き込まれてきたジュスティーヌは、もともと好きでもなかった贅沢や行事がますます嫌いになっていた。

「一週間後に、一日だけ行いたく存じます」

 披露宴があまりにみすぼらしいと王家の沽券にかかわる。まあ、第三王女と新興伯爵の披露宴なら一日でもギリギリ許容範囲だろう。その分、潤沢に予算を使わせてやろうと温厚で寛容な父王は考えた。

「王室予算より十億ニーゼつける。自由に使うがよい」


 退出したレオンは、儀典関係に詳しい伯爵令嬢・アリーヌ王宮王家担当一級侍女に訊ねた。六歳の時からジュスティーヌ第三王女付きの侍女であり、幼なじみの親友でもある。

「よう、アリーヌ。十億だってよ。王様、ずいぶん気前が良かったな。どういうことだ?」

 アリーヌは考え込んでいたが、自分なりの解釈を加えて解説した。

「王族の結婚披露宴が一日などとは、前例がありません。最低でも三日です。準備期間も一カ月はかけるものなのですが⋯。でも、姫様が『一週間後に一日だけ』と希望されたのですから⋯。普通でしたら予算は、一日五億ニーゼくらいが平均ですわね。十億ニーゼも予算をいただいたのは、一日でも良いから王家の名に恥じぬよう豪勢にということなのでしょう」

 レオンは目を輝かせた。

「よーし。じゃあオレは、平民を集めて宴会をひらくぜ! 七億ニーゼもらう。貴族のほうは三億ニーゼでやりくりしろ」

 アリーヌ侍女が飛び上がった。

「ぜったいに、いけませんっ! 陛下に恥をかかせるつもりですかっ! 披露宴は、たった一日なのですから、集まった貴族が驚くほど立派なものにしなければなりませんっっ!」

 レオンは、友人のジルベール君や人格者のラヴィラント親衛隊騎馬隊長ら少数の知人以外の貴族に関心はない。いずれ滅亡し、歴史のクズカゴに放り込まれる階級くらいの認識だ。

「オレは、平民を足場にするんだよ。だから、顔見世にカネが必要なのっ。披露宴はデビューにおあつらえ向けの舞台だぜ!」

 王位継承順位八位の第三王女の夫という最末席とはいえ王族となったレオンが、平民ごときを足場にする? 顔見世? デビューの舞台? 王宮侍女であり伯爵令嬢でもある生粋の貴族派のアリーヌには、レオンの言葉は狂っているとしか思えず理解不能だ。だが、妻となり、レオンの英才教育を受けてしまったジュスティーヌには、なんとなく理解できた。

「あなたのおっしゃることは、その通りですわ。でも、お父様を怒らせてしまったら大変です。ねえ、アリーヌ。お任せするから、五億ニーゼで立派な披露宴をひらいて下さいな。おカネは、半分に分けましょう」

 アリーヌは、雷に打たれたようになった。王家の披露宴を、姫様に任せられたっ!姫様のお役に立つ時がきた!姫様のために!姫様が!姫様の!姫様に!姫様に!姫様!姫様!あああぁぁあああ姫様!姫様!一生お仕え致しますっ!! ⋯⋯もう有頂天だ。


 うまいことジュスティーヌが、アリーヌを丸め込んでくれた。おかげで、レオンは十五億ニーゼを手に入れた。現代日本の価値で、五億円くらいだ。

 レオンとしては、王宮前広場に五万人くらいの民衆を集めて飲んだり食ったりでパーッとやりたい。とりあえず肉は、豚汁と焼き肉でいいかな。酒は樽を並べて自由に酌んでもらう。安物のコップと皿を用意しないとな。⋯だったらいっそ土産物にするか。全員に、王家の紋章とオレとジュスティーヌの肖像が入ったコップと皿を配る。

 それに、なんといっても見世物だ! パンとサーカスと酒は、人心掌握のための重要アイテム!! さっそくレオンは、王宮メイドの仕事場に降りていった。折りよくメイドのリーリア・スレットと鉢合わせた。スレット建設の社長の娘さんだ。

 ブルジョワの娘が多い王宮メイドを手蔓にして、レオンは勃興しつつあるブルジョワジーと繋ぎをつけていた。ブルジョワも、いずれ滅ぼすべき敵階級なのだが⋯。封建制を打倒するまでの束の間の同盟軍だ。そんなことはおくびにも出さず、にこやかに話しかける。

「やあ、リーリアちゃん。親父さんに仕事を頼みたいんだけどさ。悪いけど、スレット建設までつき合ってくれよ」

「はっはい。伯爵様。はい、伯爵様。えっと、あの、お供しますっ」

 かわいいなぁ! そのうえ性格が良くて働き者だ。人形のようなつまんねー貴族令嬢とブルジョワのお嬢は、こんなにも異なる。

 メイド長にひと声かけて、リーリアを連れ出した。リーリアは、王宮メイド試験に合格したばかりか王女殿下の聖都ルーマ巡礼にまで同行し、畏れ多くもバロバ大神殿長にお会いした。実家のスレット建設では、もう天使あつかいされている。

 イタロ王国からの帰国後に一級侍女に昇格したキャトウも連れて行く。ジュスティーヌ王女付きの三人侍女の一人だ。第一侍女のアリーヌがキツネ、第二侍女のマリアンヌがタヌキなら、こやつは好奇心の強いシャム猫に似ている。実際には侍女とは仮の姿で、護衛保安要員として特殊訓練を受けており、肩関節を自由に外すことができたりする。

 王宮をぐるりと巻いている幅十メートルばかりの堀に架かっている跳ね橋を渡ると、騎馬隊の詰め所がある。

「おう、ジルベール」

 暗殺団と斬り合ってできた顔面のでっかい傷を自慢そうに見せびらかして、フォングラ侯爵家の嫡子・ジルベールが立派な馬に乗って辺りを睥睨している。容姿は、金髪碧眼で長身の美形貴族だが、妾腹だとかで十代中頃まで下町で悪ガキを統率して好き放題に遊び回っていた。正室の子が死んだためにフォングラ侯爵家に連れ戻された。かなりグレていたからか、レオンとはやけにウマが合う。

「やっ、ヘヘッ。とうとう披露宴ですってね。招待して下さいよっ」

 並んで歩いていたリーリアが、ジルベールを見てモジモジしはじめた。中身はガキ大将なのだが、見かけは典型的な美形青年貴族だから無理もない。

「ああ、来てくれよ。それで悪いけど、この手紙をスレット建設に届けてくれないか? 急に訪ねたら失礼だからなぁ」

 馬上で手紙を受け取り、ジルベールはリーリアの方を向いた。

「スレット建設って、リーリアの実家かい?」

 ルーマ巡礼旅行中に顔見知りになったようだ。

「は、はい。そうなんです。お父さんの会社です」

 モジモジモジモジモジモジモジモジ⋯⋯。

「そか。じゃ、ひとっ走り行ってきますよ」

 颯爽と馬を走らせるジルベールの後ろ姿を頬を赤く染めて見送るリーリアちゃん。急にこっちを向くと決意した表情で見つめてきた。

「あ、あの。ジルベール様の顔のお傷は、女神様のお力で消せないでしょうか?」

 本当にかわいいなぁ。ジルベールのやつ、モテやがって!

「ジルベールは、格好いい傷ができたって大得意だったよ。消したくないんじゃないかなぁ」

「そうですかぁ⋯⋯」

 少しションボリしてしまったリーリアと話しているうちに、スレット建設が見えてきた。どうやら取り込み中のようだ。


 十五分ほど前、スレット建設本社入口に、現代日本で例えればスーパーカーのような名馬に乗った親衛隊騎士がきた。馬に負けないほどに美形で長身な王宮騎馬隊の貴族が、下馬して入ってくる。女性社員たちは棒立ちだ。頬に大きな刀傷があるが、少しも美形を損ねていない。しかし、貴族らしくないほど愛想がよかった。

「やあ、王宮から手紙を預かってきたよ。はい」

 顔を赤くした女性社員が受け取った。

「あり、ありがとうございます。あの、お名前を⋯⋯」

「あぁ、オレはジルベール大尉。手紙はレオン・マルクス伯爵からだ。リーリアちゃんを連れて、もうすぐここにくるよ。じゃあ、渡したからね」


 ! !


 来た時と同様に颯爽と名馬に跨がり、ジルベールは去っていった。社員たちは、それどころではない。

「マルク⋯ス伯爵⋯⋯? ひっ! しゃっ、社長っ! リーリアお嬢さんが!」

 顔色が赤から青に変わった女性社員が、階段を駆け上がっていった。


 スレット建設本社前で、社長をはじめ全従業員が並んでお迎えに出ている。まだ十六歳のリーリアが無邪気に手を振るが、だれひとりとして振り返さない。リーリアの着ている王宮メイド服が、ものすごく目立つ。

「おとーさーんっ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 揃って青ざめている社員さんの先頭にいるのがスレット社長だろうと見当をつけ、レオンは、キャトウを連れてスタスタと近づいていった。下級貴族に見える簡素な服装で、この世界では珍しい二本差しだ。いたって機嫌が良く、ニコニコしている。

 スレット社長は、良くも悪くも極端な噂を聞くあのマルクス伯爵が、正常な人物に見えることにまずは安堵した。スレット建設本社が血の海になることは、どうやらなさそうだ。

「失礼します。スレット社長でしょうか?」

 伯爵と爵位こそ中位だが、国王の娘婿というある意味では公爵よりも力のある貴族。そんな人物とは思えないほどレオンは平民に対して礼儀正しく腰が低かった。

 しかし、腰の剣が⋯⋯。ううう、この人は、今のフランセワ王国で、最も人を斬っている男だろう。

 一番上等な部屋に案内されたレオンは、座るなりスレット社長に向かって単刀直入に切り出した。猫目美人の王宮侍女が後ろに控え、王宮メイド服を着ているためかやけに立派に見える娘のリーリアも、シュッとした姿勢で並んでいる。

「六日後に披露宴を開くんです。そこで王宮前広場で五万人くらい集めて、酒と食い物を振る舞いたいと計画しています。力を貸して下さい。ヤグラを立てたり、交通整理や、あとイノシシがほしいですね。できるだけデカくて凶暴なやつがいい! それに、巨大な焚き火で景気をつけたいな!」

 王宮前広場にヤグラを立てて焚き火で景気づけ? 凶暴なイノシシ? 披露宴? 五万人? 我が社は建設会社なのだが? わけが分からない。

「⋯⋯あの、どちらの方の披露宴ですか?」

「もちろんワタシとジュスティーヌですよ。ハハハハハハハハハハ!」

 ジュスティーヌ⋯⋯第三王女殿下? え? 結婚された? 呼び捨て?

「その⋯⋯凶暴なイノシシとは?」

「戦うんです。ヤグラの上で」

 ???結婚披露宴ではなかったのか? やはり全く理解できない。

「これを見ていただいた方が早いですね。同じ物を百枚ばかり作って王都の目立つ所に掲示して下さい」

 後ろに控えている猫目美人侍女が、大判の板を社長に渡した。セレンティアでは、紙は貴重品だ。お知らせは、板に書いて掲示したりする。


 ──────────────────

 フランセワ王家・マルクス伯爵家 大結婚披露宴のお知らせ

 ♡レオン・ド・マルクス伯爵

 ♡ジュスティーヌ・ド・フランセワ第三王女

 ♡お♡め♡で♡と♡う♡


 十六日四時より王宮前広場にて大開催。巨大焚き火が目印よ!

 入場無料。お肉とお酒が飲み放題食べ放題!無礼講!飲んで食って遊んで楽しくお祝いしましょう!

 雨天決行。普段着でいらして下さい。

 お菓子とジュースもあるよ♪ 女性や子供も大歓迎です♪♪

 コップとお皿をお配りします!


 ~中央ヤグラ舞台演目(五時より開始)~

 王宮美少女メイド隊の合唱

 王宮美人侍女隊の合唱

 王宮キャリア女官のマジック

 王宮親衛隊美形騎士による剣舞

 王宮覆面くのいちの手裏剣投げと軽業

 高級遊郭売れっ子遊女たちの舞踊

 王宮楽団によるラッパと太鼓演奏

 絶世の美女!ジュスティーヌ王女殿下の御挨拶と御歌

 マルクス伯爵vs凶暴イノシシの死闘(イノシシ肉はその場で調理します)

 その他多数出演交渉中。国王陛下もビックリ!

 ──────────────────


 普段は絶対にしないのだが、一読したスレット社長は、思ったことをつい口に出してしまった。

「こんなものを掲示して、捕縛されないでしょうか?」

 レオンは、懐からなにやら印章を取り出して笑いながら言う。

「逆ですよ。王宮から掲示印を持ってきましたので、掲示期間内に捨てたら逮捕されます。まあ、そんなことで捕まえたりしませんけどね。ハンコを捺しましょう」

 ペッタン!

 娘のリーリアが、屈託なくクスクス笑っている。王宮勤めで住む世界が変わってしまったのだろうか?

「伯爵様ったら、おかしーい。板を集めてきますねっ。いきましょ、キャトウさん!」

 頼みの綱の娘は、シャム猫侍女を連れて板を探しに行ってしまった。

「あと、酒を運ぶ大八車と篝火に会場整理ですかね。建設会社にお願いするのが一番良いかなと思いまして。是非とも!」

 この伯爵は、腰は低いがグイグイ押してくる。スレット社長は、初期ブルジョワジーの勤勉さを有し、時には現場に入って作業員に混じって働くほど気が若かった。それに、こういう面白そうなことは大好きだ。もちろんブルジョワの習性として、この若い有力者に取り入ることが将来の利益に繋がるとも計算した。

「やらせていただきましょう!」

「おぉ! 引き受けていただけると信じていました。して、いかほどお支払いすれば?」

 スレット社長にも、見当がつかない。

「⋯⋯⋯⋯ここはお近づきのしるしとして、今回は無料とさせて⋯⋯」

 異世界でも権力と資本は癒着する⋯。それはロクなことにならないだろう。お断りすることにした。

「それは、いけません。お払いします」

 レオンは、キャトウとスレットちゃんと三人で大汗をかいて運んできた袋を、ドンとテーブルに置いた。

「金貨で一億ニーゼ入ってます。カネはできるだけ振る舞い酒に使いたいので、建築物はなるべくこの予算内でお願いします。もし不足したらまた持ってきますので、ご連絡下さい」


 披露宴まで六日しかない。

 貴族披露宴担当のアリーヌと民衆大宴会を担当したレオンは、それぞれ文字通り駆け回った。スレット建設の人たちも、社長を先頭に頑張ってくれた。

 例の板の掲示を見た王都民は、最初こそ半信半疑だった。普段は王宮親衛隊騎士が目を光らせていて近寄りがたい王宮前広場に、ヤグラが立ったりでっかいキャンプファイヤーの準備ができてくるのを見て、ようやくタダ酒が飲めることを納得した。とりわけ山と積み上げられた酒樽は、効果的だった。


 いよいよ披露宴当日。朝からレオンは、三人侍女に裸に剥かれ風呂に入れられた。「あまりにキタナイと姫様が恥をかきますっ」とか言って、まるで犬洗いだ。三人掛かりでデッキブラシみたいな道具やタワシで手荒く擦りまくる。

「いてて! おまえら、若い娘のクセに男の裸を見て、なんとも思わないのかよー。いてえよっ! もっと優しくしろっ!」

 アリーヌ・キツネ侍女

「きたならしい! 騙されてしまった姫様が、おかわいそうです」

 マリアンヌ・タヌキ侍女

「あまり見たいものでは、ありませんわね。フフッ」

 キャトウ・シャム猫侍女

「あははっ! コチョコチョ~!」

「ブァッハッハハハハ! やめれっ!」

 忌々しいので、見せてビビらせてやろうと素っ裸で立ち上がった。

「あはははは! ちっちゃ~い!」

「! 失礼だな! ちっちゃくねーよ! 普通ぐらいだよ! だれと比べてんだ。おい、キャトウ!」

「王宮侍女は、モテますのよ~ん」

「はっ、侍女が保安部の保護観察下にあるのを知らねーな? おまえは処女だぁ。不細工!」

「あっ! ひどいーっ!」

「もうっ! キタナイものをブラブラさせないで下さいっ! けがらわしいっ!」

「男には、だれにでもついてるんだよっ。バカ!」

「でも、フケツですからさわりたくありませんわ。ご自分でお洗いになって下さいませ」

「あはっ! 洗いますよ~。えいっ!」

 バシャ!

「あちっ!! なにしやがる! ヤケドしたらジュスティーヌが悲しむだろっ!」

「姫様は、そんなことで悲しみませんっ! 侮辱しないで下さいっ!」

「夫婦なんだから悲しむんだよっ。いてっ! イテテテ! もっと優しくこすれよっ!」

 ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ⋯⋯!

 最後にアタマからお湯をぶっかけられ、腕を掴まれて湯船から引きずり出され、目の粗い布で手荒くふかれて、妙な匂いのする液を塗りつけられた。

「くせえっっ! なんだ?なんだ? この果物の腐った臭いは?」

「はいはい。分かりましたから、この服を着て下さい。早く! 早くっ!」

 ヘンテコリンな白い服を着せられた。

「こんなバカみたいな服、着たくない!」

「大丈夫ですわ。少しも恥ずかしくありません。その服をお召しになって、しばらく立っていて下さいませ。ねっ?」

「マリアンヌが、みつけてきてくれたのです。安くてたすかりました」

「あはっ! 中古ですよ~」

 仮にも王族の結婚式で古着とは、前代未聞だろう。レオンにかけるカネをなるたけ削って、浮いた分でジュスティーヌを飾り立てるつもりらしい。

 早朝から風呂にブチ込まれてコスりたてられ、げんなりしたレオンを置いて、三人侍女は用が済んだとばかりジュスティーヌの所へ行ってしまった。

 数時間放置され、昼過ぎにジュスティーヌが連れられてきた。白く清楚に見えるドレスに青い宝石がちりばめられ、レオンのような男が見てもえらくカネがかかった装いだと分かる。

「へぇ。⋯⋯やあ、きれいだなぁ」

 頬がポッとなるジュスティーヌ。大得意なアリーヌ侍女。

「さあ、高貴な方々をお迎えしますよ」

 

 貴族たちは、到着するたびに今日はまたひときわ美しいジュスティーヌ第三王女に丁寧に挨拶し、珍獣レオンに対してはぎこちなく挨拶をして、そそくさと入場していった。

 ジュスティーヌの後ろに控えていたアリーヌは、訪れる貴族たちの顔ぶれに最初は小さな違和感を持った。一時間もすると違和感は確信に変わり、イヤな冷や汗が流れてきた。「これは、わざとだわ。こんな無茶なことをする人は、この世に一人しかいない⋯⋯。なんてことを⋯」。

 アリーヌは、チラリとレオンを見た。すずしい顔をしてどこかの貴族と挨拶をしている。ジュスティーヌ姫様は、いつも通りお美しいけども⋯⋯。これはいけません。少し間があいた時に小声でたずねた。

「あの、招待客の名簿をつくられたのは?」

 横で聞いていたレオンが、半笑いしながら答えた。

「オレとジュスティーヌだよ。どーした? なにか?」

「まさか! これはひどすぎます。姫様っ!」

 普段は清純派のジュスティーヌが、艶然と微笑みながら言い放った。

「良いではありませんか。旦那様のおっしゃる通りにしていれば、なんの問題もありません。うふふ」

 そんなジュスティーヌを眺め、ニヤニヤしながらレオンが言う。

「宣戦布告だ。面白いよなあ」

 十年以上のつきあいでありながら、初めてこんなジュスティーヌを見たアリーヌは、たじろいだ。「これほどまでに、この男に毒されてしまわれたのですか?」。

「でっ、でも、千人もいらっしゃるのに。これでは、あまりにも⋯⋯。国王陛下のお叱りを受けてしまいます」

 元々は平民だったマリアンヌ侍女とキャトウ侍女が、生粋の貴族であるアリーヌのうろたえぶりを不思議そうに見ている。

 出迎えタイムが終わり、二人は会場に入った。バージンロードのような道を通り、品の良い拍手に迎えられ揃って演台にあがる。ジュスティーヌだけが、にこやかに礼の言葉を述べた。レオンはつっ立っている。それから二人は会場を歩き回り、寄ってくる貴族たちから祝いの言葉を受けた。レオンは、こんな場ではなんの役にも立たない。美女に連れ回される熊に似ていた。

『フランセワ王家の白薔薇』と讃えられ、美女の中の美女。美しく優しくたおやかな理想の王女と見られていたジュスティーヌだ。しかし、子供の頃からジュスティーヌを見ていた廷臣たちは知っていた。この女性は、美しく賢いだけではない。内面に気性の激しさと並外れた度胸の良さを隠し持っている。その性質のせいで王宮を抜け出したあげく自分を襲った野盗に刃物で反撃し、大怪我する羽目になった。それに父王と母王妃だけは薄々気づいていたが、ジュスティーヌは内面に自己破壊の欲求のようなものを抱えていた。そうでなければ殺されるに決まっているのに、野盗に切りかかるようなマネができるはずがない。

 フランセワ王家は、外国王家と婚姻を結ばず、国内の大貴族家とも縁付かない政策をとった。他国の干渉や有力な外戚をつくることを嫌ったからだ。血統正しいが政治的野心の持ちようのないような小貴族家から王妃を迎えたり王女を降嫁させたりである。

 第一王女は、蘭の品種改良に人生を捧げている公爵と結婚し、同時に王籍を抜いている。レオンが立ち話でメンデルの法則を教えたら、夫妻で身体をふるわせるほど興奮し、披露宴を抜け出してそのまま領地の蘭のところに帰ってしまった。

 第二王女も王籍を抜き、紫外線やら赤外線やらの研究に没頭している学者侯爵に降嫁した。この侯爵夫妻にも、光は波の性質を持つ粒子で、光波を伝えるとされる仮想物質のエーテルなど存在しないと教えたら、驚愕してどこかの部屋に引きこもり微積分の計算をはじめた。ニュートン物理学では宇宙の原理は解けないのだけど、E = mc² を教えたらマズいだろう。原子爆弾をつくるヤツがでるかもしれない。⋯そういえば女神だった時に原爆を炸裂させたっけ。


 父王は、ジュスティーヌが男だったらと何度思ったかしれない。あまりにも賢く行動力があるので、危なくて外国王家には嫁にやれない。フランセワの貴族家に降嫁させたら、有力貴族を集めてたちまち王家に並ぶ貴族閥をつくってしまうだろう。田舎小貴族の出身で剣の達人だが単純で粗暴なだけ⋯で政治的野心が無い⋯ように見えるレオン・ド・マルクスは、ジュスティーヌを抑えられる理想の結婚相手に見えた⋯が⋯⋯⋯野心が無いどころかジュスティーヌを煽り立て、貴族階級を滅ぼす気満々だ。

 ジュスティーヌがレオンを愛したのは、⋯まぁ、ホレたハレたは理屈ではないのだろうが⋯⋯容姿や性格が好みだったと同様に、レオンの暴力性と創造性に強烈に惹かれ、レオンの持つ知恵が自分よりずっと勝っていると実感したことが大きい。それまでジュスティーヌは、自分より優れていると思える人に出会ったことがなかった。

 王女たちには、五十人もの女性騎士団が護衛につく。下位貴族か騎士階級の出身で、女だてらに騎士になろうというくらいだから、みんな快活な元気娘だ。そんな女性騎士に囲まれて育つ王女たちは、大貴族家の深窓令嬢よりよほど活発に成長する。特に乗馬は達人レベルだ。いざという時に逃げのびてフランセワ王家の血筋を残さねばならないと、徹底的に仕込まれる。スーパーカーみたいな名馬にまたがり、女性騎士団を先導して馬場を駆け回った。

 なのに『淑女の中の淑女』として常に王女の振る舞いをしなければならないことは、フランセワ王家の娘たちにとって苦役でしかない。第一王女と第二王女は、結婚を期に王籍を抜いて王宮から逃げ出してしまった。おかげで第三王女のジュスティーヌに王女仕事が回ってきたのだが、とうとう二年で我慢の限界に達し、家出騒動を起こした。


 レオンにとって無意味としか思えない貴族連中との時間が過ぎ、いよいよ五時から平民大宴会だ。主役のレオンは、貴族たちの披露宴をチョロリと抜け出して、王宮前広場の中央に建てた五メートルほどのヤグラのハシゴを登った。セレンティアには実用的な電気機械はないが、振動を増幅する性質を持つ鉱石を利用した拡声器がある。

「あーあー。レオン・マルクスだ」

 十万人近い群集の注目が集まる。

 ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ⋯⋯

 わいのわいのわいのわいわいわいわいわいわい⋯⋯


「みんな、オレとジュスティーヌの結婚祝いにきてくれて、ありがとー! 大いに飲み食いして楽しんでいってくれ。酒樽を開けろーっ!」

 !

 わ──────────────────っ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 スレット建設の人たちが木槌で酒樽を蓋を叩き割り、待ちかねた皆さんが樽にドンブリやコップを突っ込んで呑み始めた。よしよし。

 王宮楽団から引き抜いた太鼓とシンバルとラッパの楽士が、景気良くて楽しげな音楽をガンガン鳴らし、キャンプファイヤーを十倍大きくしたような焚き火がガンガン燃え上がっている。

 ヤグラから降りると、交代で遊廓から連れてきた遊女たちが登って舞い踊りを始めた。王宮メイドの女の子たちも総出で豚汁をすくったり肉を焼いたり子供に菓子を配ったりと、クルクルと会場を駆け回って大忙しだ。

 満足したレオンが王宮に駆け戻ると、アリーヌに「なにしてたんですかっ!」と、背中をどやしつけられた。再びジュスティーヌの隣について回ったが、貴族どもの相手は、なんともつまらない⋯⋯。なんの役にも立たない宮廷社交に、「よくこの女がこんな不毛なことを十九年も続けてこれたな」と、ジュスティーヌの忍耐力に感心した。

 ボンヤリしているレオンを遠目で眺めると、白い服を着た信楽焼の狸にも似ていた。『フランセワ王国の白薔薇』であるモデルみたいなジュスティーヌと並ぶと、滑稽にすら見える。

 政略結婚ではなく、むしろジュスティーヌからレオンに近づいたことは、社交界で話のタネになっており、颯爽とした美貌のジュスティーヌの後をノソノソとついていくレオンの姿に多くの貴族は首をひねった。

 王宮メイドの女の子が、トテトテと早歩きでやってきた。広い会場に白い服を着ているのは新郎新婦の二人だけなので、すぐに見つけられる。大あわてでレオンに耳打ちする。

「なにっ! 酒が無くなったっ!?」

 驚愕したレオンが、両手に酒瓶をひっ掴んで平民大宴会場の王宮前広場に駆けつけた。スレット社長が飛んでくる。

「この人数を見て下さい! 十万人を超えてます」

「あ~、五万人分じゃ足りなかったか~」

 仕事が終わり車座になって呑んでいたスレット建設の作業員に召集がかけられた。

「急ぎで悪いっ。大八車を転がして酒問屋に行ってくれ! あるだけ酒を仕入れてこいや。店が閉まってたら、いいから扉を破って持ってこい! 代金は王宮で払う。店主が騒ぐようなら酒といっしょに連れてきてくれ」

 ムチャクチャなことを言うが、酒が入っているスレット建設社員は、大いに面白がった。

「悪いなぁ。こいつで元気つけてくれ」とか言いながら、作業員のどんぶりに貴族披露宴会場から持ち出した超高級酒を注いで回る。超高級酒を体内に注入され更にやる気が出た大八車隊が、もの凄い勢いで出動する。

 食い物も無くなりかけている。せっかく来てくれた民衆を飢えさせるわけにはいかない! 披露宴会場のお貴族サマたちは、お上品だからほとんど食事に手をつけていない。そいつをいただくことにした。アイドルみたいに可愛らしい王宮メイドちゃんたちを会場に派遣し、かけ声を合わせてテーブルごと食事を外に持ち出した。

 すごいぞ! 見たこともない王宮料理の上物だ。お客さんが殺到してテーブルがいくつもひっくり返る騒ぎになった。カラになったテーブルは、置く場所がないので巨大焚き火に放り込んで景気よく片端から焼いてしまう。メイドちゃんたちが、キャッキャッと面白がっている。

 意外に早く酒を満載した大八車隊が帰還してきた。先頭の大八車に酒問屋の店主が乗せられている。

「おー! ありがとー! 手数をかけるが、酒を配ってくれー」

 そのまま店主を捕まえて王宮に引っ張って行った。入口でつまらなそうにしている王宮親衛隊騎士たちにも、大八車からぶら下げてきたでっかい酒壷を渡す。

「お疲れー! そら、祝い酒だ。みんなで呑みな」

「はっ! ありがとうございます。伯爵閣下!」

 騎士たちの「伯爵閣下!」という言葉にギョッとしたうえに、平民立ち入り禁止の城内に連れ込まれ目を白黒させている店主を、「ここが会計係なんじゃないかなぁ?」とレオンが目星をつけていた部屋まで連れて行く。

「すいませーん。ここで一番偉い人を連れてきて下さい。支払いお願いしますっ!」

 どこかで見た顔の眼鏡の男が出てきた。

「これはマルクス伯爵。ご結婚おめでとうございます」

「ども、ありがとうございます。実は酒が足りなくなりまして、追加注文しました。代金を払って下さい。はい、請求書です」

「はあ⋯⋯。えっ! 三億ニーゼぇ? ちょ、ちょっと待って下さい。⋯国王陛下はご存知なのですか?」

「あとで言っときます。まだ請求書がきますんで、そっちも払っといて下さい」

「こんな大金を⋯急に言われましても⋯困ります。宮廷費は陛下の決裁がないと⋯⋯」

「もう呑んじまいましたから、払えないってわけにはいかないよ~。困ったなぁ⋯⋯。国王陛下を連れてくればいいですか? 披露宴に来られるとか言ってたなあ。ちょっと待ってて下さい」

 眼鏡の役人と店主の顔色が青くなった。

「まままま、お待ち下さい!」

「こっ国王陛下など、そんな!」

「だったら、三億くらいポーンと払って下さいよ。まあ、ちょっと呼んできます」

 ガッ!

 眼鏡役人に腕をつかまれた。

「⋯⋯お待ち下さい。王室手形で支払い予約します。マルクス伯爵っ。副署していただきますが、よろしいですねっ?」

「???はい? はいはい、イイですよ。なに、いざとなればジュスティーヌの持ってる宝石を売り飛ばせば、三億くらいには⋯⋯」

 役人がのけぞった。

「ジュスティーヌ王女殿下の⋯⋯」


 王宮から出ると、店主はヨタヨタと駆けて逃げていってしまった。酔って出来あがった十数万人に「オメデトーございまーす」などと揉みくちゃにされながら王宮前広場の真ん中に立てたヤグラに着くと、ちょうど侍女合唱団が歌い終わってハシゴで降りてくるところだった。「はくしゃくー! パンツ見ないでくださーい!」なんて言っている。

 王宮侍女といっても男爵家の三女あたりや妾の子は、子供時代は平民と一緒に路地で遊んでたりして意外に庶民的だ。バイト経験もあったりして、ご令嬢な上位貴族娘よりも、よほど仕事ができたりする。なので、実力本位の王宮侍女によく合格する。

 こんな民衆派侍女はけっこういて、令嬢侍女派閥と対立している。ちなみにアリーヌ侍女は、令嬢派侍女の筆頭格らしい。なのに主人のレオンは、民衆派侍女たちと仲が良くて、頼み込んで合唱をやってもらった。

 青果市場のセリ場から連れてきた囃し手が、鉱石拡声器で実況中継をしている。

「さ~、つぎはいよいよ新郎のマルクス伯爵のご登場です! 王女さまを襲った野盗の群れを三十人も斬り殺し、執念深く王女さまを狙った暗殺団の刺客を十人も血祭りにあげた剣の達人っ! この伯爵閣下に王女さまがひと目惚れなさるのも無理はございません。おめでとうございます! この度のご成婚と相成ったのであります。皆さんのお口に入っている美味し~いモノも、代金はマルクス伯爵閣下のポケットからでております。マルクス伯爵! レオン・ド・マルクス伯爵です! このマルクス伯爵閣下が、これから皆さんの目の前で凶暴なイノシシと対決いたします! 単身白刃を振るって伯爵がイノシシを屠った暁には、皆さん胃袋にお肉が入るという寸法です! さー! マルクス伯爵です! マルクス伯爵どーぞぉ!」

「あぁ、オレの番なのか」と、腰に大小二本をブチ込んで、ハシゴを登った。ヤグラの上は案外広く縦横五メートル以上はある。

 原始的なクレーンでヤグラに持ち上げられた檻の中で、百五十キロもある巨大イノシシが唸って怒り狂っている。レオンは対イノシシ戦用の大剣を抜いた。

「抜いたーっ! レオン・マルクス伯爵が、いーよいよ大剣を抜き放ちましたっ! 凶暴な巨大イノシシは、檻の中で口から泡を吹き暴れ狂っています。この狭いヤグラに逃げ場はありません! さぁ、檻の扉を引き上げます。無事にイノシシ肉は、私たちの口に入るのでしょうか? それともっ! 恐ろしい血の惨劇を目撃することになるのでしょうかっ?」

 十数万人の群衆は、もう総立ちだ。

 ワ──────────────────ッ!!!


 そこで足元から澄んだ声が聞こえてきた。

「フフフ⋯⋯。マルクス。楽しませてもらうわよ。でも、下民が多くて少し臭いわね。騎士に命じて退かせなさい」

 見ると赤いドレスの貴族女が、侍女を十人も引き連れ、平民を押しのけて最前の一番良い場所に陣取っている。



 なんだぁ、あのオンナは? うぜえな。平民の人気取りのために、こんなことをやってるのに、台無しになるだろうが!

 うっかり気を逸らしていると、扉が開き牙をガチガチ鳴らしながら百五十キロのイノシシが突進してきた。ビックリした民衆が、叫んだり怒鳴ったりしている。 

 ウワワ──────────────ッ!!


 ヒョイと横に避けて、剣を思い切り斬り下ろしてやった。盛大に血を噴き出し、イノ首がスッテンコロリン転がり落ちた。

 ウオ───────────────ッ!!!


 血まみれの剣を高々と掲げると、群衆大熱狂。大喜び!

 二頭目のイノシシが上がってきた。今度のイノは、賢かった。扉が開いても突進せず、ジリジリと間合いを詰めてくる。じゃあ、こっちから行くぜっ! 剣を突き出して、体当たりするように、思い切りイノシシの脳天に突っ込んだ。イノ眉間に剣が突き通る。

 イノシシは、もんどりうってのた打ち回った。群衆から「殺せぇ!」とか叫び声が聞こえる。言われるまでもないぞぉ。

「おらぁ! おとなしくくたばって豚汁になれぇ!」

 再び上段から首を叩き落とした。

 ウオォォ──────────────ッ!!!


 首無しイノシシをヤグラから蹴落とすと、凄まじい地響きをたてて地面に激突した。

 ドゴ───────ン!

 四方から子供たちが駆け寄ってきて、背中に登ったりしている。

「マルクス伯爵、巨大凶暴イノシシ二頭をアッという間に倒しました! さー、いよいよ最後の真打ちです。数年に一度捕獲されるかどうかという二百キロを超えるスーパーイノシシが、マルクス伯爵に立ちふさがります! あっあー、⋯⋯ちょっとお待ち下さい。イノシシがあまりにも重すぎて、なかなか持ち上がりません。もうしばらく、もーしばらくお待ち下さいっ」

 さっきの赤ドレス女の方をみると、王宮親衛隊騎士たちが平民たちを追い払おうとしている! ヤグラに落ちていたイノシシの牙を拾って騎士たちに投げつけた。

「こらあ! ここは平民の宴会場だぁ! その女どもをつまみ出せっ!」

 見知った顔の騎士たちが困惑している。お高い侍女どもが騒ぎ出した。

「この方をどなたと⋯⋯」

「無礼者っ!」

「謝罪なさい」

「下民などと一緒にするなど⋯⋯」

 うるせえなあぁぁぁぁぁ⋯⋯。最初にぶっ殺したイノシシの腹を剣で裂いて内臓に手を突っ込み、まだホカホカしている腸を引きずり出した。何本も切り出して、ヤグラの上から侍女どもに投げつけてやる。

「おらっ、貴族女がっ。おまえらこそ、うせろっ! どけぇー!」

 一メートルほどの腸が足下に飛んできて、地面にぶつかり弾んで躍り上がる。「キャーッ」「ひいい!」。十人もいた侍女どもが逃げ散った。腰を抜かし、這って逃げてるやつもいる。

「ワーッハハハハハ! おらおらおらおらおらぁ! これでも食らえー! ハハハハハ!」

 二度と戻ってくる気にならないように、イノシシ腸を背中にぶっつけてやった。襟巻きみたいに首回りに腸がへばりついた侍女などは、金切り声をあげて地面に転がりまわり、酒の入った平民が遠巻きに囲んでゲタゲタ笑っている。

 興が乗ってきたので、足元に転がっていたイノシシの首を掴んで振り回し、勢いをつけて巨大焚き火に投げ込んだ。ボン! 頭蓋骨が破裂した音がして、ものすごい火の粉が舞い上がる。

「おらおら、もう一丁! 失せろーっ!」

 ヒュ───────ン⋯⋯。ボンッ!!

「お貴族サマは、だれに食わせてもらってると思ってんだよおっ。平民の方が偉えんだよ!」


 どよどよどよどよどよどよどよどよ⋯⋯


 生まれて初めて聞いた危険思想に、平民たちは、どよめいた。

「ワハハハハ! そらぁ、祭りだーっ! 貴夫人と令嬢を犯せーっ!」

 どっ! ゲラゲラゲラ! いいぞー! ワ────ッ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 見ると「犯せ!」とか言われて恐怖した侍女どもは逃散したのに、赤ドレス女だけその場を動いていない。ふははははは! 腰が抜けたかあ? 目障りなのでもう一頭、腸を引っ張り出してハラワタがはみ出たイノシシの死体を引きずって、鼻先に蹴り落としてやった。

 ドゴン! ベシャッ! ボギョン!


 骨が砕ける音がする。

 落下の衝撃で内臓が飛び出し、一面血の海だ。赤ドレス女は⋯⋯青い顔をして、コッチをにらんでやがらぁ。

「いいか、これは平民の祭りだ。平民と一緒に見るか、失せるかどっちかにしろ。平民を退かすなど、このレオン・マルクスが許さんっ!」

 赤ドレス女は、「ハンッ」と高慢に笑った。

「わたくしを、誰だと思っているのですか」

「知っとるよ。ジュスティーヌの妹だろ」

「フランセワ王国第四王女、ジュリエット・ド・フランセワです」

 お高い小娘がよぅ。恐れ入るとでも思ったか? 笑わせんな。

「ははっ! オレは第三王女の旦那で、ここはオレの宴会場で、オレと平民の祭りだ。頭からイノシシの血をぶっかけられたくなかったら、おとなしく隅に引っ込んでなー! はーははははは!」


 小娘相手に馬鹿なことをしているうちに、最後のイノシシが来た。

「いよいよです! いよいよ二百キロのスーパーモンスターイノシシが、ヤグラの上にとーちゃくいたしましたっ。この小山のような怪物に、マルクス伯爵はどう挑むのでしょうかぁ!」

 あ、デカい⋯⋯。イノシシというよりサイみたいだ。ヤバそうな気配だが、扉が開いてしまった。口からアブクを吹いて狂人みたいな目をしたスーパーモンスターイノシシが、突進してきた。横に避けて、思い切って剣をイノシシ首に振り下ろした。

 ガィ───────────ンッッ

 剣がはじかれ、手から離れすっ飛んでいく。

 うわあ──────────────────っ!


 群衆が総立ちになった。イノシシは泥浴びをして、固まった泥が鎧みたいになっていたりすると聞いたことがある。どうやらそいつらしい。銃弾も跳ね返すとか。

「大変なことになりました! 剣を失ったマルクス伯爵は、このまま巨大イノシシの牙にかかってしまうのでしょうかっ? 牙を鳴らした凶暴なイノシシが、マルクス伯爵に迫っています! アブなーいっ!」

 脇差しを抜き、床に膝をつけた。刃を上に向け、腕を降ろし床ギリギリの高さの下段に剣を構える。

 ブガァァ────────────ッ!

 突進してきた大イノシシの喉を、下から斬り上げた。案の定、喉だったら刃が通る。凄まじい勢いで血が降ってきた。

 ブシャアアアアァァァァ⋯⋯

 酔っ払いのようになってよろめいている大イノシシの眼窩を、思い切り剣で貫いた。脳を破壊してトドメを刺すために、力まかせにグリグリと剣先をえぐって頭蓋骨の中をかき回してやる。

 なかなか手間がかかったが、大イノシシのクビを切り取った。三十キロ以上ある頭を剣先にブッ刺して群衆の前で掲げて見せる。拍手!拍手!大拍手!

 ワ──────────────────ッ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 ワアアアアア───────────────ッ!!!


 ヤグラから降りると、出番が次で待機していた王宮メイドの合唱団の女の子たちが、「ひっ!」と悲鳴をあげ後ずさりしたり、なかには走って逃げ去る子までいる。頭から血を浴びた姿で巨大イノ頭を剣に刺してぶら下げているのだから当然か。

 逆にガキどもが、目を輝かせて寄ってきた。「スゲー!」とか「カッコいい!」とか言いながら、イノ頭を見ている。「オラァ!」とイノ頭を持ってガキどもを追いかけ回し、しばらく遊んでから「やるよ」と、イノ頭を地面に転がしてやった。子供たちが群がって、御輿のように担いで駆け回っている。

 メイドちゃんたちに頼んで披露宴会場から持ち出してきた菓子を、イノシシで遊んでいるガキどもに配ってやる。セレンティアでは、砂糖やミルクがやけに高価だ。酒も高価い。菓子一個が三千ニーゼくらいはする。平民の平均月収が三万ニーゼに届かないくらいだから、普通は口に入らない。物怖じしない見どころありそうなガキどもに二百個ばかり配り、ガキを相手にひと演説ぶった。

「ガキども、きけ! いいか、菓子の包み紙は大切に取っとけよ。困ったことがあったら、それを持って王宮のレオン・マルクスを訪ねて来いっ! 相談にのるぞ。いいな? 忘れんなよ」

 もちろん慈善事業ではない。血刀にイノ頭をぶっ刺して下げた血だらけ男が面白くて寄ってくる度胸のある悪ガキは、なかなか見込みがある。訪ねてきたら、オレが組織する予定の革命軍に入れるのだー!

「皆さまーっ! 巨大イノシシが、よーやく片付きましたー。すぐに豚汁になって、皆さまの胃袋にお邪魔いたします! さあ次は王宮の妖精、王宮メイド娘コーラス隊の合唱でございます。どーぞ、お聴き下さいぃ!」

 王宮侍女はモデルっぽく見え、王宮メイドはアイドルっぽい。

「こんばんわーっ! 王宮メイド娘コーラス隊でぇーす(揃ってお辞儀)。今夜は、レオン・ド・マルクス伯爵さまとぉ、ジュスティーヌ・ド・フランセワ王女さまのぉ、結婚お祝い会にきて下さってぇ、ありがとうございまーす♡」

(全員で声を合わせて)「ありがとーございまぁーすっ♡」

 殺伐としたイノシシ殺しの後に可愛い女の子の集団が出てきたので、みんな喜んだ。

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


「恥ずかしいけどぉ、いっしょうけんめい歌いますっ! マルクス伯爵さまの作詞で、『フランセワのマルセイエーズ』ですっ!

 元々は革命歌で、フランス国歌の『ラ・マルセイエーズ』の共産主義版『共産主義者のマルセイエーズ』の歌詞を、ちょっと変えてみた。市民革命を賛美した曲なので、フランセワ王国のような専制君主国家では危険思想の部類だが、貴族はみんな王宮内にいるので気がつかない。

 キレーな王宮音楽ならメイド仕事中にたまに聞こえてくるけれど、こんなイケイケで好戦的な曲は聴いたことがない。王宮メイド娘コーラス隊は、張り切った。


♪いざ民衆の子らよ 剣を取り立ち上がれ

♪自由はわが旗じるし わが聖なる力

♪戦いに赴く者 自ら血を流す者よ

♪真紅の旗ひるがえし 隊伍を進めよ

♪われらに 勝利の夜明け

♪断て鎖を 取れ武器を

♪血潮の軍旗 いざ進め 世界をわれらに


♪われらは燃ゆる炎 圧制を砕く鎚

♪自由はわれらが命 われらの光

♪隷属を強いる者 労働を盗む者に

♪戦い決するため 武器を手に集え

♪奴隷の鎖を 断て

♪敵のかばね 踏んで進め

♪血染めの軍旗 わが腕に 世界をわれらに


 ワ────────────────ッ!


 大喝采だ!

 いいねえ。いいねぇ。セレンティア世界で、今度こそ世界革命を起こしてやるっ!


 思い出して赤ドレスのジュリエット第四王女の所に行ってみた。貴族が寄りつかないこんな場所に来たのは、たぶんオレに用事があるんだろう。

 イノシシの内臓爆撃で逃げ散った侍女たちが、戻ってきていた。オレの顔を見るなり青くなり、「ひっ!」となって後ずさる。

「よう、なんの用かな?」

 ジュリエット王女は、どこからか持ってきたらしい椅子から立ち上がり、不快そうににらんできた。

「剣をしまいなさい。無礼でしょう」

 気がつくとイノシシにぶっ刺していた血まみれ剣を、肩にのっけてトントンやっていた。道理で民衆にまで避けられていると思った。血だらけのこんな様子で、人がそばに寄ってくるわけがない。

「これは失礼。すっかり忘れてたぜ」

 侍女どもが、いっせいにさえずり始めた。

「無礼者!」

「恥を知りなさい!」

「不作法にもほどがあります」

「この方をどなただと思っているのですか?」

「これだから成り上がり者はっ」

 うるせえなぁぁ⋯⋯。地面に落ちていたイノシシ内臓を剣先に突き刺して、金切り声を張り上げてる女どもに放ってやった。「ほーれ」。「ギャア!」。再び侍女たちは、主人を捨てて逃げていく。

「ふははははは! 不忠者め~」

 義妹にあたるジュリエット第四王女を間近で見るのは初めてだ。

 へぇぇ、これがジュスティーヌの妹かぁ。二歳違いの十七歳だったはず。たしかに顔は、似ている。比べると青緑の目の色は同じだが、金髪が少し赤みががっていて明るい。だれが見ても美人姉妹と納得するだろう。だが、表情が違う。この妹は、ジュスティーヌよりもはるかに表情に険がある。いささか性格が屈折しているようだ。女の化粧についてはよく分からないが、姉より濃いように感じた。それで真紅のドレスだ。白い服を好むジュスティーヌを勝ち気で派手にした妹ってところか。

 さあて⋯、知性の方は、どうだろうか?

 剣を振って血を飛ばし、鞘に収めた。

「取り巻きは、追っ払ったぜっ⋯と。サシ⋯二人で話したかったんだろ?」

 機嫌が直ったように見えるジュリエットが、面白そうに笑みを浮かべて寄ってくる。

「あなた、見かけほど馬鹿ではないようね」

 おーおー、王女サマだからってエラそうだな。

「で、ご用件は?」

 しかし、ジュリエットの目は笑っていない。

「こんなところで平民風情と遊んでないで、あたしたちと楽しいことしましょうよ。あなたに会わせたい人がいるの」

 宮廷内の政争ですか? くだらねえ。コップの中の嵐なんぞに興味はないぞっと。オレがやりたいのは、『革命』なのだ。被支配階級が支配階級を打ち倒し、社会の構造を根底から組みかえる。政治革命から社会革命、文化革命へ。単なる権力闘争とは、根本的に異なる。まあ、妹ちゃんは、貴族の陰謀政治でも楽しんでいてくれ。

「政治むきのことには、興味ありませんな」

 もちろんウソだが。⋯⋯ちょっと挑発してみようか。

「フランセワ王国で最も地位が高い王族が、それ以上を望むのは、贅沢というものですよ」

 ジュリエットの目が、ギラっと光ったように見えた。

「誰でもが知っているから言うけど、わたくしは娼婦の子よ。ジュスティーヌお姉さまのような、正妃の娘とは違うわ」

 みんな知ってる⋯? オレは、知らんかったがな。

「みな内心では、わたくしを軽蔑してるの。でも、あなたは⋯」

 贅沢な悩みですな。べつに軽蔑はしないが、くだらなさにあきれた。

 ジュリエットのような事情のある貴族は、実はかなりいる。フランセワ王国では、高級娼婦の地位は意外に高い。ちょっとパリの高級娼婦や吉原の花魁に似ている。金持ち貴族に身請けされて高級娼婦が側室になることは、結構ある。正室に子ができなければ、娼婦上がりの側室の子でも立派な跡とりだ。傷のジルベールも母親は元使用人で妾だとか聞いた。でも、嫡子が死んだせいで侯爵家の跡取りだ。

 ジュリエットに訊いてみようかね。

「目の前であなたを指さして、『売女の娘だ』とあざけったやつはいますか?」

 今まで頭の中にいる敵とだけ戦ってきたジュリエット王女は、一瞬たじろいだ。どうやら『売女』の意味は、かろうじて理解できたようだ。真っ赤になった。

「殺してやるわ。そのような者は」


 バカバカしいったらない。小娘のコンプレックスやルサンチマンに付き合ってるヒマはないぞ。

「フッ。父王陛下に『腹が立つヤツを処罰してくれ』って、おねだりすればいいじゃないですか?」

「なっ! 無礼ね。たかが成り上がり伯爵風情が」

 そう言いながら、ずいっとジュリエットが近づいてきた。口に薄笑いを浮かべているが、やはり目は笑ってない。殴りにきたのかな? 殴り返したら死刑になるだろうか? ジュリエット王女は、顔を近づけてきた。

「本当にお姉さまとわたくしの好みの顔ね⋯。黒髪黒眼、無精ひげ、平均より少し背があって横幅が広い。洗練されない粗野な田舎貴族。⋯それに、暴力的で人殺し。⋯素敵ね」

 スッと二の腕を掴まれた。目が潤んでいるようにも見える。おいおい⋯⋯。義妹と妙なことになって新婚早々にジュスティーヌを怒らせるのはマズい。

「わたくしの言う通りにしたら、きっと面白いわよ。ねえ⋯」

 言う通りになんかしねえよ。こいつ、姉を憎んでるのか?

「ジュスティーヌが、お嫌いですかね? よく似た姉妹に見えますがね」

 ジュリエットは、黙って、じ────────っとオレの目を見てくる。目をそらさずに見返してやる。

 ジ───────────────ッ⋯⋯

「本当にお姉さまのことが好きなの?」

 この義妹は、痛いところを突っ込んできた。

「フフ⋯。結婚は王女の権力が目当てです。そんなことは、最初からジュスティーヌも承知でしょうよ。でも、結婚したら愛情を感じるようになりましたね。⋯執着は良くないんだけどな」

 キリスト教などと違って仏教では、『愛』を執着ととらえ解脱すべき苦の元と見る。


「アーッ! はくしゃくぅ! こんな所にいたーっ!」

 キャトウ侍女が、叫びながらこっちを指さして飛び跳ねながら走ってきた。妙な雰囲気だったが、邪魔が入った。

「国王陛下が、いらっしゃいましたー! 早く披露宴会場に来て下さいよーっ」

 さすがに王様を待たせたらマズい。「早く! 早くう!」と叫びながら向こうで飛び跳ねているキャトウを追って、ジュリエットから離れて王宮に向かう。

「それじゃあ。また!」

 キャトウが前を駆けながら言った。

「妹君と話してたんですかぁ? ジュスティーヌ様の耳に入りますよ~」


 途中、酔った民衆の皆さんに囲まれてお祝いを言われたりして、城にたどりつくまでちょっと手間がかかった。跳ね橋を渡って王宮入口に着くと、門番をしている親衛隊騎士がビクッと体を震わせ目を丸くしてオレを見ている? なんだぁ?

 王さまは、どこだ~?

 急ぎ足で会場に入ると貴族連中は、潮が引くようにオレからサーッと離れていった。会場を見渡して、すぐにアリーヌ侍女を見つけた。元々長身美人の伯爵令嬢だ。それに王宮侍女王家担当は、なかなかエラいらしい。洗練された王家担当侍女礼服を着て、品の良いオバサンの案内をしていた。手を振ると、オレに気づいた。

 にこやかにしていたアリーヌは、どういうわけか目を丸くして顔色を変え、オバサンを放り出してコッチに飛んできた。オレに飛びついてガッと腕を掴むなり、引きずるように通用口から外に出される。

「なんて格好を、してるんですかぁぁぁ!」

「王様に会いにきたんだよ~。放せよ~」

 アリーヌのやつ、目を血走らせて爪を立てやがる。いてえ⋯。意外に力があるな。

「血だらけじゃないですかっ! また人を殺したんですかっ? マリアンヌさん、キャトウさん、来てちょうだい! ああっ! もうっ!」

 そう言えばイノシシをぶっ殺した時に、頭から噴水みたいな血を浴びたっけ。

「イノシシと戦ったんだ。平民とジュリエット第四王女にウケたぜ」

「イノシシ⋯? なんて馬鹿なことをっ! この血をなんとかしないと! もうっ!」

 マリアンヌが駆けつけてきた。

「これは⋯⋯ひどいですわね。あちらのおトイレで、水が使えますわ」

 キャトウも駆けてきた。

「うわ! よく見たら顔まで血で真っ赤じゃないですかー。これで王宮に入ったんですかぁ? すごいーぃ!」

「王様が待ってるんだよ。離せよう」

 アリーヌが振り返り、キッとにらんだ。目には涙を浮かべ身体を震わせている。

「こんな格好でっ、陛下にお会いできるわけないでしょっ! あああああっ、どうしましょう!」

 女便所に引き込まれ、バケツで水をぶっかけられた。三人掛かりでゴワゴワした布で顔や腕を手荒く拭かれる。ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ!

「いててっ! いてえよ! もっと優しく!」

 侍女三人娘、完全無視。

「礼服も血だらけだわ。キタナいぃ! もう、いやっ!」

 錯乱したのか、アリーヌが、オレの背中を両手で殴りはじめた。

 ポカポカポカポカポカポカポカポカポカ!


「あなたって人はっ、ジュスティーヌ様をっ、どこまで苦しめればっ、気が済むのですか? 恥を知りなさいっっ! 姫様を返せーっ! ううっうえっうえっうええぇぇぇ⋯⋯」

 あらら、泣き出しちゃったよ。でも、殴り続ける。

 ポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカ!


「うっ、生臭い! ひどい血の臭いですわ」

「オレは香水なんか、つけないぞー」

「臭いは、どうしょうもないわ。でも、礼服がないのよ! どうしましょうっ。うわあぁん! 姫様を元に戻してっ! おまえに汚されてしまったのよーっ!」

 ポカポカポカポカポカポカポカポカポカポカ!


 なに言っとるんだ、この女は?

 いつの間にか外に出ていたキャトウが、飛び込んできた。

「親衛隊の騎士さんから借りてきましたよー! 礼服用マントでくるめば、服は見えませんよぉー!」

 白マントで巻かれたが、なんだかてるてる坊主みたいだ。

「⋯⋯これ以上は、どうしょうもないわね。すんっ、すんっ、すんっ」

「ええ、どうしょうもないですわね。これでなんとか⋯⋯」

「なんとかなりますよぉー。ケラケラケラ!」


 王様を、これ以上待たせるわけにはいかない。侍女たちの後について小走りで会場に入った。見るとジュスティーヌが、父王の話し相手をしている。さすがは生まれながらの王女。動じることなくにこやかに応対している。でも、夫婦だから分かる。場をもたせるのにジュスティーヌの内心は、冷や汗まみれだ。

「ゼェゼェゼェ⋯、レオン・ド・マルクスです。遅ればせながら参上いたしました。本日の、ご御来臨⋯⋯きき、恐縮に存じます。あり、ありがとうございましたっ」

 王様に「遅れてゴメンナサイ」と言うわけにもいかないので、こんな口上になってしまう。妻になったジュスティーヌは、結婚したといっても王籍を抜いていないので、今も立派な王族だ。その夫であるレオンは、国王の娘婿という立場の継承権のない王族になる。でも、身分は妻のジュスティーヌの方が高い。

 家族扱いなので、跪礼はしなくてもよい。血縁でないのに国王に跪礼せずに許されるのは、レオン以外は王妃と王太子妃くらいだ。

「いけませんわ、レオン。お父様をあまりお待たせ⋯し⋯て⋯⋯えぇぇっ?」

 笑顔で取り繕おうと振り返ったジュスティーヌが、てるてる坊主のレオンを見て固まった。(なんて格好してるの!)と、元々大きな目がまん丸になる。アリーヌ第一侍女を、非難の目でチラリと見た。アリーヌも冷や汗ダラダラ状態だ。(あああぁ⋯⋯。これで精一杯だったのでございます。姫様ぁ)。

 公的な場では猫をかぶって常に完璧王女を演じてきたジュスティーヌのうろたえぶりを、父王は面白がっているようだ。

「ん? レオン、その格好はどうしたのだ?」

「はい。衣装が汚れたため、失礼がないようにマントをかぶりましたっ」

「なに? どうしたのだね?」

 父王は、レオンとのやり取りに興が乗って、ふざけている。今でこそ啓蒙専制君主といえるような賢王だが、若い頃は王宮を抜け出して遊び回ったり、高級娼婦を身請けしてジュリエット第四王女を産ませたりする一面のある人だ。

「いえ、イノシシと戦って斬り倒し、頭から血を浴びました」

 額に手を当ててうつむくジュスティーヌ。青ざめて思わず二歩ばかり後ずさり卒倒しそうなアリーヌ。吹き出しそうになってプルプルふるえているキャトウ。マリアンヌだけは澄まし顔だ。

「イノシシと戦った⋯⋯。結婚披露宴でか? いったいどういうことなのだ?」

「宴会の余興に大イノシシを三頭ほど倒し、豚汁を平民にふるまいました」

 国王陛下は、半笑いだ。(ジュスティーヌも妙な男と結婚したものだ)。


 レオン=新東嶺風は、大衆がマッチョな男が好きだということをよく知っていた。現代日本でプロレスラーの類が国会議員に当選するなんてことが起こるのも、非知性大衆、はっきり言えば愚民のそんな嗜好が現れた結果だろう。お高いはずの王族で貴族が、血煙とともにイノシシをぶった斬る見世物をして、見物人に豚汁と酒を振る舞う。⋯それは人気が出るだろう。大衆は血と暴力の見世物を好む。レオンはそんな大衆の愚かさを冷徹に見通し、その人気を取ることに腐心していた。


 国王は、若い頃を思い出したようだ。あのころ悪所で一緒に遊んだ取り巻き連中が、今はもっともらしくスマしている大臣・高官連だ。

「豚汁か⋯⋯。あれは美味なものであるな。また食したいものだ」

「まだありますので、すぐにお持ちしま⋯⋯いてっ!」

 ジュスティーヌとアリーヌが、同時にレオンの尻をつねった。

「レオ⋯我が夫は、田舎育ちで礼儀作法がまだ身についていないのです。あの、お父様。まことに⋯⋯」

 レオンは、「そんなにパパがコワいの?」とか言ってふざけたくなった。さすがにマズいだろう。どうにかこらえる。

「よい。それよりレオン。ワシのところに、こんな請求がきたのだが? 大蔵事務次官、あれを」

 眼鏡役人が紙切れを王様に渡した。王宮の会計係だと思ったら、意外にエラい人だったらしい。

「酒問屋などから王宮に、九億三千万ニーゼの請求がきている。ナニかねこれは?」

「はいっ。大量の平民が祝いにきたため、酒が足りなくなり追加注文したものです。もう酒が切れた、では情けないですから。女子供には菓子を配りました」

 国王は、庶民にとって酒や菓子がいかに貴重であるか知っていた。

「なんのために平民に酒を配ったのか?」

 分かっているだろうに⋯⋯。率直に述べることにした。

「王都民に王室の人気を高めるためです。祝いごとは良い機会なので、酒、食事、見世物を提供しました。王家に対する民衆の敬愛の念は、さらに増すはずです」

 ゴロツキ保守政治屋みたいなやり口だが、フランセワ王国の庶民の水準は、こんなものだ。まぁ、現代の日本も、そう変わらない。

 アリーヌ侍女は、「なぜ王家が平民ごときの機嫌をとらないといけないのですか!」と叫びたかった。しかし国王陛下は、アリーヌより政治家だ。

「ふーむ。支出を承認する」

 まだまだレオンは、厚かましかった。ジュスティーヌと侍女たちは、ひやひやしている。

「お願いがあります。しばらく王宮に住まわせていただきたく。ご許可を下さい」

 国王は、眉をひそめた。

「なに? ジュスティーヌに屋敷が買えるほどの化粧料を渡しておいたはずだが?」

 レオンは、胸を張った。

「私が全部使いました!」

 王女暮らしでカネも見たことがなく金銭感覚の無いジュスティーヌが気づいた時には、もうレオンが下賜された二十億ニーゼを全額使ってしまっていた。アリーヌが真っ赤になって食ってかかったが、レオンは「資本の原始的蓄積を拒否したんだ」とかわけの分からないことを言ってニヤニヤするばかりで、お話にもならない。

「お父様。レオ⋯いえ、わたくしは⋯⋯」

「ああ、ジュスティーヌ、よい。で、何に使ったのかね?」

「はい。貧民街に診療所を建てました」

 国王は、少々驚いた。セレンティアには、福祉の概念はない。

「診療所? なぜそんなところに病院を建てたのか?」

 レオン・ド・マルクスの前世は、『聖女マリア』であり、その前は『女神セレン』、さらにその前は過激派の『新東嶺風』だった。唯物論者でしかも神であったからこそ、物質的な力や現世利益の強さは、骨身にしみている。

「女神や聖女が今も敬われているのは、病気治しという現世利益を民衆に与えたからです。貧しい病人を無料で治療する診療所を建てることで、王家が女神や神殿に取って代わるのです」

 元女神としての本音だろう。女神セレン信者が聞いたら卒倒するようなおそろしく不信心なことを、平然と言い放った。敬虔な女神正教の信者である国王は、いささか意地悪な気分になった。

「運営費は、どう工面するつもりなのだ? ワシからは出さんぞ」

「年に何回か、貴族を招待して寄付金集めのパーティーを開く予定です。寄付額が多かった順に、名前と金額を書いた板を入口の目立つところに飾ります。貴族どもは見栄っぱりだから、集まりますよ~。慈善パーティーには、ジュスティーヌも協力してくれます」

 単純な剣術バカだと見ていたレオンの意外な知恵に、国王はちょっと驚いた。寄付金額と寄付者名を書いて目立つところに掲示するのは、日本の祭りではよく見かける。だが、セレンティアには無かったものだ。

「王宮管理官、『王族の間』以外にジュスティーヌ王女が住めそうな部屋はあるか?」

 王宮は五階建てで、最上階に『王族の間』や閣議室などがある。さすがに『王族の間』に、レオンのような男を住まわせる気にはならない。

「はっ。三階に、その⋯、客間が空いておりますが、王女殿下のお住まいには、ええ⋯、いささか手狭でございまして。寝室、居間、書斎、客間、それに侍女室の五部屋しかないような⋯⋯」

 レオンの元人格である新東嶺風は、四畳半の下宿と掘っ建て小屋みたいな団結小屋に住みついていた。書斎だけで二十畳もある王宮の客間は、広すぎて気持ち悪いくらいだ。

「ぜひ、そちらに」

 レオンが王宮に居住していたことが、後のクーデター事件で決定的な意味を持つことになる。

 さらにレオンは、要求していく。『要求』するのが好きなのは、左翼だからだろうか?

「ぜひ、私を王宮親衛隊に入隊させて下さい」

 レオン・マルクスは、言わずと知れた剣の達人だ。戦闘指揮官としても有能らしく、ジュスティーヌがルーマで暗殺団に襲われた際には、見事な指揮で敵を全滅させている。

「よかろう。親衛隊第四中隊の隊長が空いていたな。任命する」

「最後のお願いですが⋯⋯」

 まだあるのか⋯⋯。てるてる坊主の格好でグイグイ押してくるレオンに、国王は、いささか辟易した。ジュスティーヌをはじめ周囲の者たちは、レオンの厚かましさにハラハラしっぱなしだ。

「王都民全員に、千ニーゼ程度の祝い酒と菓子を配ることを進言します」

 自分の結婚祝いに、百五十万人の王都民全員に酒をバラ撒けという。予算は十五億ニーゼ以上かかる。これは、結婚記念の枠を超えているだろう。「いくらなんでも無茶だ」と、周囲の者たちには思えた。ところが国王は真剣な顔をしてレオンに問うた。

「それほど緊迫していると考えておるのか?」

「いずれ時間の問題かと」

「うーむ」

 国王アンリ二世が命じた。

「レオンとジュスティーヌ以外の者は下がれ。レオンは、思うところを述べよ」

 近くに控えていた高官や侍従たちが、話の聞こえない所に離れていった。レオンがいいたいことを言い始める。王族の繋累でなければ、これほどの直言は無理だろう。

「私が王都にきて意外に思ったのは、王家と民衆の繋がりの細さでした。宴会会場の設営程度でも、個人的にメイドの女の子の伝手をたどってなんとかなったほどです。領主貴族どもは、自領内で徴税権、関税権、行政権、司法権、それに独自の軍事力などを握っていますが、やつらの真の強さは領民との幾世代にもわたる繋がりにあります」

「フランセワ王室も、領民⋯⋯王都民と積極的に繋がりを持てと言うのだな」

「陛下は、即位以来一貫して領主貴族どもの力を削ぐ政策をとってこられました。それは、もう限界に近づいてきたように思えます。しかし、権力を集中させ王権を強くしなければ、先に中央集権を果たした国が領主貴族を手先に使い、フランセワ王国は滅ぼされるでしょう」

「うむ・・・。だがな、おまえたちが、披露宴に領主貴族を一人たりとも招待しなかったことを、王家の総意とみられては困るのだ。今後自重せよ」

「フランセワ王家は、すでに国土の七割、人口の八割を掌握しています。戦って負ける可能性はありません」

 国王が眉をひそめた。『ファルールの地獄』で殺し合いの悲惨さを目の当たりにしてきたアンリ二世は、レオンと違って戦争がひどく嫌いだった。

「王都民に結婚祝いの酒などを配る件は、許可する。事務次官!」

 大蔵省の眼鏡のアンちゃんがきた。会計係と間違えてゴメン。

「今年の鷹狩りは、ワシの腰の具合が良くないので中止する。浮いた予算の使途は、レオン・ド・マルクスの指示に従うように」

「お待ち下さい」

「なんだ、レオン」

「形骸化したとはいえ、鷹狩りは軍事演習です。中止するのは宜しくないかと。むしろ陛下の威光を貴族どもに示す良い機会です」

 意外にも政治性が強く頭が切れる娘婿だ。国王は少々見直した。

「あー、ならば予算はどうするのだ?」

「王宮内の宝石や彫像のたぐいを、領主貴族どもに売りつけるのが最善かと存じます」

「そんなものは、いずれ売りつくしてしまうぞ」

「いえ、すぐに戻ってきます。いくらかは焼けてしまうでしょうが」

 これでは、いずれ内乱が起こると国王に向かい放言したのも同様だ。国王直轄地と領主貴族領に分裂しているフランセワ王国が、内戦に突入することを防ぐ。これが国王の第一の務めだと定め、今までアンリ二世はフランセワ王国の舵取りをしてきた。

「ジュスティーヌは、どのように考えておる?」

 アンリ二世の十人の子の中で、最も聡明なジュスティーヌ第三王女は、夫の考えをどのように見ているのか?

「わたくしも、いずれ時間の問題と考えます。怠りなく準備しなければ、美しいフランセワは焦土と化し、民は奴隷に堕ちましょう」

 結婚前のジュスティーヌならば、領主貴族をなだめすかして綱渡りのような宥和策をとることをやわらかく進言しただろう。だが、レオンと結婚して、ジュスティーヌは変わった。

「下がってよい。予算については追って知らせる」

「はい、お父様。本日は御来臨を賜り誠に恐縮に存じます」

「本日は、ありがとうございました。失礼いたします。⋯⋯あっ!」

「どうした。レオン?」

「先ほど、ジュリエット王女殿下とお会いしました。イノシシを恐れない豪胆で美しい女性でした」

 横目でチロとジュスティーヌがレオンをにらんだ。この腹違いの妹には、姉の持っているものを好んで欲しがる性質があることをよーく知っていた。そして異性の好みが似ていることも、分かっている。

「なにか言っておったか?」

「はあ。私と誰かを引き合わせたいとか、おっしゃってられました。丁重にお断りしましたが」

「やつにも困ったものだ。うむ。下がりなさい」


 身内に甘い父王の性格のおかげで、不調法なレオンは何度も助けられた。しかし、この寛容さは権力者として脇が甘いことにも繋がる。王にとって身近で最大の脅威は、同じ血を引く王家の者であることを忘れたアンリ二世は、近い将来殺されることになる。


 王前を退去すると、アリーヌが飛んできた。

「姫様っ。大丈夫ですか? 問題はございませんか? なにも? なにもっ? 領主貴族たちを披露宴に呼ばなかったことで、陛下のお怒りはいかがでしたか?」

「大丈夫よ。領主貴族のことでは、少し注意されたくらいよ」

 アリーヌ、真っ青になった。

「国王陛下から、ご注意を!!!!!! あぁぁ! ですからっ、あれほどっ! ああっ!」

 頭を抱えてしまった。

「おい、タヌキ。キツネが引きつけ起こしてるぞ。外に連れ出してやれや」

 王宮侍女からマルクス伯爵家侍女に異動したタヌキ顔美人が、ちょっとムッとした。

「わたくしは、マリアンヌという名前ですわ。タヌキではございません」

 全然聞いていない。

「ヘヘヘッ。王様にねだって王宮に住んでよいことになったぜ。これでおまえも王宮侍女待遇だぞ。儲けたな」

 レオンは、ジュスティーヌの手をつかんで外に連れ出した。いい気分に酔っぱらっている平民の間を縫って歩き、ヤグラまでたどり着いた。「よー、花嫁さんだ」くらいの声は聞こえたが、あまりにも美人すぎるうえに王族オーラを発しているジュスティーヌ王女には、ヤジも飛ばない。

「じゃあ、ひとつ頼む」

「はい。ここを登って上で歌うのですね」

 王女殿下が十数万人の平民を前にして歌唱するという、前代未聞の『事件』が起きた。

 かつての日本と同様にセレンティアでも歌い手は、遊女、売春婦、乞食などと同一視され、賤業という偏見が強い。王女殿下が、あろうことか平民の前で歌うなど、およそ考えられないことだ。常識外れなことが大好きなレオンが持ちかけ、冒険大好きのジュスティーヌが乗った。


 ヤグラに立った白いドレスのジュスティーヌは、気高いまでに美しかった。この場では、宝石のたぐいは全て外している。

「こっ、これは⋯⋯。ジュスティーヌ王女殿下のご登場です。じっ、実に、お美しい。フランセワの白い薔薇⋯女神⋯⋯。いや、花嫁です。ご結婚おめでとうございますっ。我ら王都民に、お声を聞かせて下さるとのこと。うおぉぉああありがとうございます。皆さん、お静かに! 拝聴させていただきましょう」

 言われるまでもなく十数万人の酔っ払い平民は、静まりかえった。

「フランセワの民の皆さま。今宵は、わたくしたちの結婚披露宴においで下さり、ありがとうございます。正義を愛するフランセワ王国民の繁栄と幸福を祈り、心を込めて歌わせていただきます」


 シ──────────────ン


♪戦士よ固く結べ 生死を共にせん

♪いかなる困難にも あくまで屈せず

♪我らは若き兵士 フランセワの


♪固き敵の守りを 身もて打ち砕け

♪血潮に赤く輝く 旗を我が前に

♪我らは若き兵士 フランセワの


♪朝焼けの空仰げ 勝利近づけり

♪打ち砕け侵略者を 悪逆な敵を

♪我らは若き兵士 フランセワの


♪暴虐の敵すべて 地にひれ伏すまで

♪真紅の旗を前に 戦い進まん

♪我らは若き兵士 フランセワの


 ドッ!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 わああぁあぁぁああぁあぁぁああぁあぁぁぁぁ!!

 わ───────────────っ!

 わあぁぁ─────────────っ!

 わあぁぁああぁ────────────っ!


 なかには泣いている者までいる。

 ジュスティーヌ王女が歌ったこの数分間は、フランセワ王国人に、統一した国民国家意識が芽生えた瞬間として歴史に残った。江戸時代の『藩』に対する忠誠心が、明治維新で日本という『国』に移ったようなものだ。

 グル巻きマントを外したレオンも血塗れ姿でヤグラに登ってきた。二人で手を握り合い、肩に腕を回したりして仲良しアピールをする。

「おおっと、ここで新しいお知らせです。ジュスティーヌ様とレオン様の結婚のお祝いとして、国王陛下より王都パシテの、なんとっ! 全住民に酒とお菓子が配られるということです! ありがとうございます! 国王陛下! ジュスティーヌ殿下! レオン閣下!」

 民衆は、大喜びの大熱狂。たった十五億でこれが買えるのは、安い。

 ところが、ヤグラから降りるとアリーヌが泣いていて、レオンを見るなり鬼の形相で再び掴みかかってきた。体術の心得があるマリアンヌとキャトウが、あわてて抑えつけた。「卑しい下民の前に姫様を晒し、高貴なお姿とお声を汚した」とかなんとか罵ってくる。レオンは、ちょっぴり腹が立った。アリーヌに顔を近づけ「わははははははは! おまえの姫サマは、もうどこにもいない。消えたのだ~。それに、もうオレと結婚したんだから『奥サマ』だろ」と言ってやった。アリーヌは泣き崩れてしまい、レオンはジュスティーヌに叱られた。

 平民大宴会は深夜まで続き、大成功裡に終わった。


 

 翌日、レオンは王宮親衛隊第四中隊長に勅任された。階級は中佐である。現世の軍隊なら三千人を指揮する連隊長、海軍なら巡洋艦の艦長といったところだ。

 王宮親衛隊は、第一から第四中隊まであり、一個中隊の定員が百五十名。百五十 × 四で、さらに女性部隊五十名と騎馬隊の五十名を加え総定員は約七百名だ。十八歳から二十三歳くらいの貴族子弟が中心で、全員が少尉以上の士官という特別な部隊である。王都に敵が迫った際には、隊員がそれぞれ数百名の退役兵や予備役兵の指揮を執り、親衛軍として王都の最後の楯となることが期待されている。

 普段は王宮近くの親衛隊宿舎で寝泊まりし、四つの中隊が交代で王宮の警備をしている。レオンは、王宮内にある剣道場で指南していたので、親衛隊騎士連中とは顔見知りだった。素振りくらいしか稽古法がなかったセレンティアで、レオンは防具らしきモノと竹刀らしきモノをどうにか作って、思い切り打ち合わせる稽古をさせた。強くなれるので本物の騎士になりたい者には人気があり、逆に親衛隊を官僚になるための腰掛け儀典兵と考えていた者には嫌がられた。

 四個中隊編成の第四中隊の隊長に任命されたのも都合がよかった。最後なので三十人ほど定員割れしていた。おかげでレオン自らが見込みのある者をスカウトして入隊させることができた。

 中隊長になったレオンが最初にしたのは、平民出身の兵が親衛隊騎士の身の回りの世話をする従卒制度の廃止だった。「自分でパンツも洗えないようなやつに戦争ができるか」という理屈で、貴族主義者に「嫌なら辞めろ」と言い放った。ひと悶着あったが、他の中隊から第四中隊に移りたがっている者もかなりいたので、トレードすることで解決した。この騒動で貴族ヅラして役に立たない者を、第四中隊から追い払うことができた。

 王宮親衛隊は、警備+警察+軍隊という性質を持っている。いずれも暴力装置なので、なにはともあれ強くなければ話にならない。レオンが着任した日から騎士たちはスパルタ訓練を受ける羽目になった。王宮の周りを完全武装で何時間も走り回らせられるのに騎士たちは閉口した。走ったらなぜ強くなれるのか?

 これはレオンの元人格である新東嶺風の経験が影響している。空港反対闘争では、よく団結小屋に泊まり込んだ。団結小屋には、現闘団と現行隊(現地行動隊)が、常駐している。現闘団は、現地に何年も住み着いて援農をしたり戸籍を団結小屋に移したりと地域密着型。現行隊は、十人程度の行動部隊。空港公団が農地破壊など悪事を働いているところに駆けつけて抗議したり、夜中に工作機材を分捕って川に投げ込んだりした。権力=機動隊からすれば『犯罪者』の集団だ。うっかり捕捉されたら逮捕されるだけでなく、屈強な機動隊員に囲まれ盾で滅多打ちにされ、骨を砕かれる水準のリンチで半殺しにされる。嶺風は、闘争でいかに脚力と体力がものをいうか身に染みて知っていた。

 開港阻止決戦でも、鉄パイプと火炎ビンで武装し徒歩で空港内に突入した三百人の部隊は、機動隊を圧倒して管制塔直下まで進出した。しかし、増援された機動隊に行く手を阻まれ、後退を余儀なくされた。この時に逮捕されたのは、やはり体力が続かず足が止まってしまい脱落した仲間たちだった。

 空港反対闘争なら死者は出るものの、大抵は頭蓋骨折や眼球破裂で済む。セレンティアでレオンは、本気の本気で殺し合いの革命戦争を貫徹するつもりだった。そのために王宮親衛隊第四中隊を、いずれ創設する革命軍の中核に育てるつもりだ。

 貴族の子弟からなる王宮の警備士官である親衛隊騎士を、いかに出身階級とは逆の革命軍士官に育てあげるか、レオンは頭を悩ませた。とはいえ地球の革命家も上流階級出身者が多い。レーニンは貴族出身の弁護士、毛沢東は地主出身の北京大学図書館司書、カストロは農場主出身の弁護士。ポル・ポトなんかは従姉が国王の側室で、その伝手でフランスに留学している。革命の指導者は、だいたい上流階級出身で旧階級の裏切り者だ。フランセワ王国でも、なんとかなるだろう。

 訓練の合間にレオンは軍事や哲学などの学習時間を設けた。いずれ正規軍や民衆軍の指揮官に据えるつもりなので、指揮統制訓練を施し、座学ではクラウゼヴィッツの『戦争論』や、ルソーなどの啓蒙哲学とノブレス・オブリージュを組み合わせたネオ・ルソー思想を講義することにした。啓蒙専制君主国家であるフランセワ王国の発展段階の社会には、非常に先鋭的な革命思想だ。これを若い騎士たちに、思いっきり吹き込んだ。ジュスティーヌ王女を洗脳したのと同じやり方だ。これは意外なほど、うまくいった。

 セレンティアには、マスコミもなければプロパガンダもなく、まだ若い騎士たちは、良くも悪くも政治宣伝には無垢な人たちだった。そしてセレンティアのまだまだ未発達な社会は、悲惨・貧困・不正・悪徳・矛盾に満ちていた。育ちが良くて正義感が強く頭の良い若者に、地球で実際に一世を風靡した革命思想を強烈な左翼プロパガンダの手法を使ってぶつけたのだから、文字通りイチコロだった。

 ある時、王宮親衛隊の食卓に貧弱な食物を並べた。

「これが王都民の一食の平均だ。食えるか?」

 とても貴族が口に入れられるようなシロモノではない。さらにいくつかの食べ物を外す。

「さっきのは平均値だ。中央値はこんなものだろう。平民が飢えているのは、富裕層が飽食しているからだ。貴族とは、民衆の貧しい食事からさらに搾取する権利を持つ者を指すのか?」

「違う。違います。そうではありません!」

 弟子たちが異議を唱える。

 セレンティアで平均値と中央値の違いが分かるのは、学者か高級官僚くらいだ。レオンが噛んで含めるように教育した第四中隊の騎士たちの知的水準は、群を抜いていた。

「そーだ。そのとおりだ。財産、権力、地位を持つ貴族には、義務が伴う。平民を正しく先導し、先頭に立って戦い、必要ならば死ぬ義務だ。いいかっ、貴族としての義務を果たせ。臆病者になるな!」

 オォ─────────────ッ!


 それまでの貴族は、特権意識を振り回し威張っているだけだった。『貴族としての義務』という観念は、セレンティアにはなかった。

「平民から搾取するだけなら、泥棒とどこが違うのだ? おまえらは、親衛隊騎士として毎日努力している。しかし、努力したくてもできない者が、大多数だということを忘れるな。特権階級のおまえらは、同時に重い義務を背負う」

 貴族家に生まれ育ち、少しは腕に覚えがあったので、出世のために王宮親衛隊に入った者が大半だ。それまでの彼らには、貴族界での出世以外に人生に意味も目標もなかった。年季が明けて親衛隊を退職したら実家に帰り、政略結婚をして、どこかの官庁に奉職するか領地経営をして、たまには社交界に出て⋯。これが彼らの先の見えた人生だった⋯がっ! 強烈なイデオロギーを脳内に流し込まれて、目からウロコが落ちてしまった。

 時には、「女神のように美しい」ジュスティーヌ王女殿下が講師として招かれることもあった。見るだけでポーッとなるような王女様が、本心から熱意を込めて貧しい者や弱い者につくすことや、理想と真理と正義の為に身を挺することの崇高さを美しい声で吹きまくるものだから、王宮親衛隊第四中隊の騎士たちは、最後の一人まで陥落した。


「物質的な力を倒すには、物質的な力をもってしなければならない。そして思想も、大衆をとらえるやいなや物質的力となるのだ」(マルクス『ヘーゲル法哲学批判序説』)


 王宮親衛隊第四中隊の騎士たちは、王宮メイドや下働きの者など、自分より立場が弱い者に対してひどく優しくなった。逆に貴族主義の家族、特に当主である父親に懐疑の目を向けるようになった。王宮親衛隊には、妾の子や下級貴族の三男四男などもけっこういる。第四中隊の騎士たちは、そういった出自を隠さなくなり、それを侮蔑する者もいなくなった。特に賢い者は、いずれ貴族という階級が滅びることを直感的に理解し、それは歴史の進歩と正義のためには当然であると納得し、いよいよ爵位やら貴族の社交やらを軽視しはじめた。

 現代日本で例えれば、全員が大学院卒レベルの知力を持ち、自衛隊の空挺部隊員の戦闘力も持った百五十人の若手エリート集団が、政府中枢に生まれたようなものだ。しかも、それは理想主義と啓蒙思想に凝り固まっている隊組織なのだ。レオンは、そんな組織をわずか半年でつくりあげた。過激派時代のオルグの経験が大いにものを言った。そして、いつものクセが出てきた。

 軍隊なんて人を殺してナンボのものだ。殺し合いの実戦を経験させたい!

 王宮親衛隊は、警察権を持っている。叩けばホコリが出る悪質ヤクザのアジトにでも殴り込みをかけ、何人か血祭りに上げて殺人の特訓をするか、とまず考えた。しかし、意外にもヤクザは王都民に、それなりの人気があった。警察である王都警備隊は、千五百人程度しかいない。たった千五百人で、人口百五十万人の王都パシテの治安維持は不可能だ。不足を補うため、下っ引きをヤクザに委託したりもしている。

 前世の新東嶺風は、デモってる時に機動隊が蹴ってきやがったので殴り返したことがある。機動隊の数人がかりでゴボウ抜きにされ、両手両足を掴んで引きずられ護送車に放り込まれ、そのまま留置場に直行した。その時に同房だったヤクザは、嘘つきでカネに汚いダメ人間だったが、殺さねばならないほどの極悪人というわけでもなかった。

 どんな悪いやつを殺そうかと頭を悩ませていると、手先に使っていた子供スパイに耳寄りな話を聞いた。運がいい?ことに、平民を面白半分で虐め殺したりする極悪な連中がいるらしい。よーし、ちょうどいいぞ。そいつらをぶち殺して戦闘訓練といこうじゃないか!


 人口約百五十万人の王都パシテに、三千人を超える浮浪児がいる。五百人に一人以上が浮浪児ということになる。異常な数だ。これには、レオンの前前世=女神セレンが関わる理由がある。

 降臨した女神セレンは、すぐに病気治しだけでは意味がないということに気づいた。病気にならない環境づくりが大事だ。栄養状態の改善と感染症対策、それに乳幼児の健康維持だ。

『女神イモ』『女神豆』をはじめ栄養価が高く収量の多い作物を与えた。感染症対策に公衆衛生学の知識を授けた。さらに、乳幼児期の死亡率を下げるため、乳児保健の基礎知識を授けたりもした。効果はテキメンで、イタロ王国では十年以上も平均寿命が延びた。

 良いことをしているつもりの女神セレンだったが、結局めった刺しにされて昇天する羽目になった。その後、二度の『ファルールの地獄』で四千万人以上も死亡し、セレンティアの人口は、三割近くも激減してしまった。

 ファルールの地獄が終わった直後から、セレンティア全土で人口爆発が始まった。いわゆるベビーブームだ。日本の第二次世界大戦敗北後やカンボジア大虐殺の後にも同じ現象が起きている。その結果、レオンが降りた二十年後のセレンティアは、四十代以上が少なく十代が極端に多い人口構成になっていた。

 女神が与えた作物によって二十年後には、単位面積当たりの収量は倍以上に増えていた。多くは領主貴族に徴税され領主軍費や贅沢品に徒費されてしまったが、それでも農民は豊かになった。農村でも出生率があがり、乳幼児の死亡率は劇的に下がった。ところが作物の収量は増えても、農地の面積が増えたわけではない。農地を継げるのは長男だけだ。新たに農地を開拓しようにも、多くは領主領として囲い込まれていた。農村は余剰人口を抱えてやがて支えきれなくなり、まだ十代前半の子供たちは仕事を求めて都市に流入していった。

 都市でも人口爆発は起きていた。児童福祉など概念もないセレンティアでは、子供の多くは放置され、やがて棄てられていった。農村から出てきた子供たち。貧民が『再生産』した子供たち。彼らは、都市の最底辺で『浮浪児』として生きていた。いや、生きていたというより、すり潰されて順番に死んでいったという方が正確だろう。

 浮浪児たちは、意味もなく殺されることさえあった。セレンティアは倍も豊かになったはずなのに栄養失調と餓死に、いつも脅かされていた。弱いからこそ、集団をつくらなければ生きていけなかった。王都には、そんな浮浪児の集団が百以上もあった。

 浮浪児集団は、意外にも『固い』組織だった。入るのには、きびしい審査がある。無能なやつが紛れると、足を引っ張るからだ。ノロマのせいで目を付けられ脚の一本でもヘシ折られたら、彼らに待っているのは餓死しかない。基本的に犯罪に手を染めることはなかったが、生きるためには、やる時はやった。

 浮浪児の仕事は、ゴミ拾い、残飯あさり、清掃業、使いっぱしり、ガラクタの露天商、物乞いといったところだ。浮浪児は大半が男の子だった。女の子は十歳くらいなると売春をはじめ、いつの間にかどこかに消えていった。どうしても売春だけはしたくないという女子だけが、いくらか残った。

 浮浪児の根城は、柱が折れて崩れた廃屋だった。これでも雨風をしのげるので、住家としてはマシな部類だった。しかし、孤児たちがそこに寄り集まっていることが知られると、遊び半分で火をつけたり殺しにくるやつらがいる。必ず見張りを立てていた。

 組織をつくり仕事の手を広げていたので、孤児たちが全く何も食べられないという日はほとんどなかった。夜は危険なので、夕方には根城に戻り、皆で輪になってメシを食い、暗くなったら寝た。食い物は、それを手に入れた者にいくらか多めに。あとは平等に分配した。



「まるで原始共産制だなぁ」

 大きな袋を担いだ黒髪黒目の男が、浮浪児の根城にのっそりと入ってきた。剣を二本差している。簡素な服装だが下級貴族に見える。

 輪になっていた連中は、全員が飛び上がった。ヤバいことをする時にいつも隊長を務めるハサマがナイフを抜いた。

 リーダーのクロカンが叫んだ。

「みっ、見張りはどうした! おまえが殺したのかっ?」

 男の後ろから見張りの浮浪児が顔を出した。

「よっ! この人なら、絶対に大丈夫だぜっ。みんなに会いたいっていうから、案内したんだよ。ヘヘヘッ」

 呆れかえった。なんのための見張りだ? 道を歩いているだけで目ざわりだと蹴っとばされ虐待されてきた浮浪児を、どうやって手なずけたのか?

 レオンには、人たらしの才能、⋯というより能力があった。


──────────────────


「いよう、張り番かい? 大変だなぁ」

「! なっ、なんだよ。あんた?」

 袋から菓子を出し、手渡す。王宮から持ち出してきた超高級菓子だ。浮浪児の食費の一年分くらいの値段はするだろう。ごく自然に渡されたので、見張り係は受け取って食べてしまった。

「最近、景気はどうだい? うまいもん食えてるかい?」

「まあまあってとこだな。⋯なんだよこの菓子。本当にうめえな!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯!?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」

「⋯⋯そういうわけでな、会いにきたんだ。案内してくれや」

「ああ、いいぜ。レオンさん。ついてきなよ」


 ナイフのハサマには目もくれず、当たり前のような顔をしてリーダー席のクロカンの隣に座り込んだ。

「挨拶がわりに菓子を持ってきた。まあ、食ってくれや」

 ほいほいほいほいほいほいっと、全員に王宮菓子を投げ渡す。セレンティアでは、中流階級でも甘いものを口にできる機会は滅多にない。甘いものは心を和ませる。皆で食べているうちに、ナイフも引っ込んだ。

 大方食べ終わると皆の視線は、レオンに集中した。

「酒も持ってきた。呑もうぜ」

 フランセワ王国には、飲酒の年齢制限はない。子供たちと酒を飲み交わすのは、妙な気分だった。座が暖まってきたところで、話を切りだした。

「実はな、オレは、けっこうエラい」

「ホントかなー?」

「ウソでー!」

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!

 まさかレオンが王宮親衛隊の中隊長で中佐の伯爵サマだとは、夢にも思わない。生きるために多くの人を見てきたリーダーですら、「まぁ、田舎男爵家の次男程度かな」くらいに見ていた。でも、レオンは意外に金持ちだった。

「ちょっと待ってくれよ。おっと、あったあった」

 フトコロから金貨を取り出して床に置いた。この金貨一枚で、ここにいる浮浪児全員が一カ月メシを食える。

「おう、ちょっとナイフ貸せ」

 刃が潰れたぶっといコケおどしのナイフを取り上げた。金貨に鋭く振り下ろした。

 ドスッ!

 金貨を貫いて大穴を開けてしまった。拾ってリーダーに放った。

「クロカン、ボンタ、ハサマ、それとローザ。おまえらがリーダーだな。それを持って王宮の正門に来い。そいつを門番に見せれば、オレのいる所まで案内してくれる。じゃあな」

 それだけ言うとレオンは、とっとと出て行ってしまった。

 追いかけてアイツを背中から刺したらもっと金貨が手に入る、というハサマの意見は、即座に否決された。道徳的な理由からではなく、あの男と長く取り引きした方が利益になりそうだからだ。

 決断が早いのが、浮浪児集団の特長だった。クロカンとボンタをはじめとするグループのリーダーは、翌朝早々に王宮正門前にやってきた。日本でいえば、皇居と首相官邸の入口を合わせたような場所だ。さすがに気後れする。つまみ出されるかもと思ったが、カッコいい制服の王宮親衛隊員に穴の開いた金貨を差し出した。そいつは浮浪児たちを上から下まで眺めると、「待ってろ」とだけ言って奥へ消えた。

 しばらくして小ぎれいな服を着た少年が、王宮の中から駆けてきた。

「よっ! レオンさんは、こっちだ。ついてきな」

 商家のぼっちゃんが、王宮で下働きでもしているのかと思ったが、なんだか違う。雰囲気で分かる。どうやら⋯元浮浪児っぽい⋯?

「あの男のところにいくのか?」

 先頭に立って案内していた少年は、立ち止まって浮浪児リーダーたちに向き合った。大勢と対面しても、まるでひるむ気配がない。

「『レオンさん』だ。伯爵様で中佐で親衛隊中隊長なんだぜ。奥様は王女様だぞ。⋯⋯まったくよお。おまえらは運がいいぜ! 少しはオレたちに感謝しろよ」

 あの男は思ったより大物らしい。王宮前広場を奥に進み、王宮関係の建物が点々とある奥庭に入った。ここは許可無しでは入れない。当たり前のように進む案内少年に、浮浪児四人は畏怖の念を感じ始めた。しかし、非常事態では沈黙するという鉄則を守り、黙って進む。数分で兵舎のような建物の前に出た。

「王宮親衛隊宿舎だ。ちょっと待ってな」

 案内少年が駆けていくと、すぐに昨日のあの男が出てきた。だが、服装が親衛隊指揮官の制服で、まるで別人だ。

「よくきたな。腹は減ってないか?」

 浮浪児たちは、それどころではない。それでもレオンと案内少年について五分ほど歩くと、三十人は入れそうな真新しい建物の前に出た。

「おまえらは、ここで暮らす。希望すれば、だがな。衣服と食事、仕事に応じた賃金も保証する。なかなかいい話だぞ」

 流されず常に冷徹なクロカンが質問した。

「オレたちは、なにをするんですか?」

 ボンタが続く。

「タダってわけには、いきませんよね」

 ウンウンとうなづき、レオンは満足げだ。十四~五歳にして、この知力と胆力。

「まず、おまえらには、オレの提案を断る権利がある。断っても不利益をこうむることは、一切ない」

 暴力的なハサマがつぶやいた。

「この場で消されちまうってことは、ないわけだ⋯」

 レオンが笑いはじめた。屈託のない笑いだ。

「そんなことして、なんになる? おまえらの仕事は、王宮親衛隊の目と耳、それに手足になることだ。情報収集、偵察、伝令といったところだな。それに必要な訓練と勉強もやってもらうぞ」

 実務的なボンタがたずねた。

「どうしてオレたちなんですか?」

「子供しか入れない場所も多い。直属の特務機関を最初から育てたい。まず最初は、王都のウワサ集めというところからだな」

 さらにボンタが突っ込んだ。

「俺たちを選んだ理由は?」

 レオンは肩をすくめた。隣に立っている少年を見た。

「最初は有望なやつを一本釣りしてたんだがな。なかなか集まらない。それで一番優秀な浮浪児グループを丸抱えすることにして、こいつらに調べさせた」

「もし、オレたちが断ったら?」

「そんな判断をするなら、優秀じゃないってこった。二番目に優秀と見たグループに声をかける」

「オレたちが優秀だと考えた理由は?」

「まず、組織力。単なる浮浪児の集団ではないな。シノギを分担したりして、ガッチリしてる。それにグループに入れる時に、候補をふるい分けしてるだろ? 優秀な者が多い。とりわけリーダー層が厚くて仕事ができる。安易に非合法に手を出さない知恵もある」

 えらくほめられたものだが、話がうますぎる。なんとなくヤバそうな臭いもする。本当にこの男は信用できるのか?

「⋯⋯おまえらは孤児だ。だが、浮浪児になりたかったのではないだろ? 自分になんの落ち度もないのに、浮浪児に落ちたんだ。今まで、死ぬ寸前まで痛めつけられてきた。これからも我慢し続けて、このまま死んでいくのか? こんな社会をひっくり返したくないか? なぁ、手伝えよ」

 浮浪児たちは驚いた。毎日生きるのに精いっぱいで、そんなことを考えたこともなかったからだ。ただ一人、女の子のローザが前に出た。一見すると貴族に見えるような美少女だ。目が輝いている。

「やります。やらせて下さいっ!」


 こうやって集めた孤児たちをレオンは、『カムロ』と呼んだ。『平家物語』で平清盛が平安京に放ったとされる子供スパイ『禿』からとった。

 レオンは、三十人から徐々にカムロ組織を大きくしていき、フランセワ王国全土を覆う組織に成長させた。浮浪児を王宮敷地内に住まわせるのは無理なので、少し離れた国有地に孤児院とか称する特殊工作員養成校と寮を建てて収容した。

 雨風がしのげる家に住めてベッドで寝られるだけでも感激なのに、マトモな食事が出て働きに応じ褒美までもらえる。『カムロ』たちは、張り切った。もっと言ってしまえば、ここを追い出されたら地獄に逆戻りなので、必死に働くつもりだった。ところが、まずさせられたのは、勉強だった。

 数日おきに美しいジュスティーヌが孤児院を訪れて勉強を教え、母親代わりになって子供たちを癒やした。レオンは、尾行などスパイ術を指南した。公安警察に嗅ぎ回られた前前前世の新東嶺風の記憶が、えらく役に立った。実は武装保安員が本業で、侍女になってジュスティーヌの警護をしているキャトウとマリアンヌが、格闘術を伝授した。礼儀作法や常識は、意外にも貴族主義者のアリーヌが引き受けてくれた。まるでケモノのような子供たちが可哀想になったらしい。十年以上もジュスティーヌの侍女を勤めていただけあって、本当は優しい。

 軍には諜報機関があって軍事情報を収集し、王宮にも保安部があり主に貴族の動きを探っている。ところが、王室の足場である王都の民衆の動向を調べる機関が無いことに、レオンはあきれた。そこで孤児の救済にもなり、王都民の世論やウワサなど市井の情報を収集する組織を自力でつくることにしたのだ。孤児を利用したのは、福祉目的もあったし安上がりということもあった。だが一番の理由は、裏切られないからだ。

 やがて孤児たちは、泥沼から救い出してくれたうえに自分を普通に人間扱いするレオンに、感謝し尊敬するようになった。それ以上に愛情深いジュスティーヌは、彼らにとって母親であり女神ですらあった。物心ついて一度も愛情を受けたことのない子供が「女神様のように美しい」女性から優しい愛を注がれたのだ。どうなるかは、容易に想像がつく。利害損得以前の感情や本能といった水準で、カムロたちがジュスティーヌを裏切ることは不可能だった。そして『父親』であるレオンを裏切ることは、ジュスティーヌを裏切ることと同じだ。

 レオンは、能力だけでなく人間性も見てカムロを選抜した。社会全体から虐待されていたともいえる孤児が、ひねくれるのは当然だ。だからこそ、そんな自分に手を差し伸べてくれた恩人に対する敬愛の念は深い。レオンは計算通り、絶対に裏切らない三十人を手に入れた。今はまだ少年少女スパイ団というより、使いっ走りという水準だ。だが英才教育を受けたカムロはレオンの私設特務機関員に成長し、いずれ情報活動や民衆扇動、それに暗殺や破壊工作まで抜群の働きを示すだろう。

 自費で孤児院を建て、侍女とともに数日ごとに通っている貴婦人がいるという噂が王都に流れた。その貴婦人とは、あの美しいジュスティーヌ第三王女殿下で、建てたのは、粗暴だが勇ましいレオン・マルクス伯爵に違いないという。

 レオンとジュスティーヌの『フランセワ・マルクス家』は、浮浪児たちを『寄子』にした。保護者のようなものだ。名前の無い(!)子供には、レオンが自ら名前をつけてやった。

『寄親』は寄子を保護し危機の際に助ける道義的義務があり、寄子は寄親の指示に従って働く義務が生ずる。寄子が損をしているようだが、平民が貴族の寄子になると、騎士の位を授けられ、寄親の家名を名乗り男爵程度の下級貴族ならば対等に会話ができる。フランセワ・マルクス家は王族なので、寄子の地位はさらに高くなった。寄子→ジュスティーヌ王女→国王という順番で、なにかあったら話が国王まで届く可能性すらあるからだ。

 レオンがカムロを寄子にした一番大きな理由は、有力貴族の寄子ともなれば行方不明や傷害、それに殺された際の王都警備隊の扱いが平民とは全く異なるという事情もあった。レオンのような男でも、子供に危険な仕事をさせている自覚はあった。

 寄子になって一番喜んだのは、カムロたちだった。女の子たちのリーダー格のローザが、喜びにふるえながら「私たちのお母さまに、なってくださるのですか?」と問うた。ジュスティーヌが、「ええそうよ。今日からみんなのお母さんよ。あなたは今日からローザ・マルクスなの」と答えると、少女と年少組は抱き合ってワンワン泣いた。年長組は、レオンを囲み誇らしげに見上げている。

 レオンが、アジった。

「おまえたちは、蔑まれ、飢え、殴られ、凍え、今まで苦しめられてきた。特に女の子は、口にできないようなことがあったかもしれない。だが、おまえたちは、少しも悪くない。なんの責任もない。よく生き抜いてきてくれた。おかげで、こうして我々は会うことができた。目を覚ませ。おまえたちを苦しめてきた世の中が、狂っているのだ。このままではいけない。社会の間違いを正せ。悪を倒せ! オレは、おまえたちのように虐待される子供を一人残らず無くしたい。そのために力を貸せっ。おまえらは、この地上から不正を一掃するために、正義のためにマルクス一族として生まれ変わったのだ! 息子よ。娘よ。兄弟姉妹たちよ。生まれた時は別でも、死ぬ時は一緒だっ!」


 レオンは、さらにアジりまくって使命感や正義感、自己犠牲の精神、さらには社会悪に対する憎悪と復讐心をカムロに強烈に吹き込んでいった。食べさせるだけでなく、生きる意味をも与えてくれたジュスティーヌとレオンに対する彼らの尊崇と忠誠心は、もはや天井を突き抜け、宗教の域にまで達した。実際、ジュスティーヌを新しい聖女だと信じ、隠れて拝む者までいるありさまだ。「きっとレオン様は、聖女様を守護するために女神様が送られた聖騎士なんだ!」。


 常に蔑まれ踏みにじられてきた浮浪児出身なので、カムロたちは大抵のことには我慢ができた。路上で意味もなく殴られたり犬猫の糞を口の中に押し込まれても、こらえただろう。しかし、ひとつだけ許せないことがあった。それは、ジュスティーヌに対する侮辱だった。どこかの路地裏で商家のせがれが、「ジュスティーヌって姫サンは、いい女だよなぁ。殴りつけて口から血をたらし泣いてるとこを犯したい。ゲヘヘヘ」とか公言した。たまたま通りかかったカムロたちが、それを聞いた瞬間に飛びかかり、マリアンヌやキャトウから習った格闘術を駆使して死ぬ寸前の大怪我を負わせてしまった。王族侮辱の不敬罪で引っ張られることを恐れて相手が引いてくれたので、幸い大事にはならなかった。

 日常的に殴られたり蹴られたりしてきた元浮浪児に、あのレオンが「腹が立ったからといって他人を殴ってはいけません」などと説教を垂れても、偽善なだけで心に響かない。「任務でない傷害は、今後の活動の妨げになる。それに優しいジュスティーヌが悲しむ」という理屈で、どうにか納得させた。念のためジュスティーヌに、「わたくしのために人を傷つけるのは、悲しいことです」などという特別講義をしてもらった。

 フランセワ・マルクス家が、孤児を三十人も引き取って寄子にしたという話は、王都の評判になった。見習って孤児に手を差し伸べる者が少なからず現れたが、さすがに三十人も引き取った人はいない。レオンとジュスティーヌは、王都の平民に愛され始めていた。孤児院の実態は、諜報員や秘密警察官の養成機関なのだが⋯⋯。


 王宮親衛隊第四中隊は、強くなった。強いが、実戦経験がないのがレオンの悩みのタネだった。そんな時に、カムロのリーダーに任命したクロカンが、よい話を持ってきた。ちなみに副リーダーはボンタとハサマで、後にカムロはそれぞれをリーダーにした『Z』『C』『SY』の三つの組織に分かれる。

 貴族家の四男、五男や妾の子などは、そのままではどこにも行き所のない者が多かった。傷のジルベールや赤ドレスのジュリエット第四王女なども、元はといえばそんな身の上だ。そんな連中は、大変な努力して王宮親衛隊に合格したり、そこまで才能がなくても王都庁などの役所や王都警備隊に勤めるのが普通だ。

 そんな努力もできない不良貴族子弟連中は、グレた。愚連隊となって群れ、王都中を暴れまわっていた。愚連隊のやり口は、焼き畑農法だった。ちょっと繁盛している店に押しかけて言いがかりをつけ、居合わせた客をぶん殴って叩き出し、酒を飲みながら剣や木刀で店のあらゆるものをぶち壊すのが手始めで、従業員の女の子を輪姦するところを囲んで見物して囃し立て、「ガキができたら困るだろ」などと何度も腹を蹴り子供を産めない体にしてしまったり、顔が気に入らないとかで店主を滅多打ちにして殺したりする。店のカネを洗いざらい奪い、「文句があるならゲスドウ侯爵家に来い」などと言い捨てて去っていく。もちろん文句をいってもどうにもならない。今度はゲスドウ侯爵家のお抱え騎士が乗り込んできて白刃を突きつけ、「騒ぎにしたら殺す」などと脅かされるのが関の山だ。

 警察である王都警備隊も、貴族実家の持つ権力を振り回す愚連隊には、とても手が出せなかった。あまりにもひどい殺人者を何人か逮捕した王都警備隊の隊長は、解任されてしまった。骨のある人物が大好きなレオンは、その隊長を王宮親衛隊の法務部に入隊させようと関係各所と折衝をしているところだ。

 愚連隊がたむろしている近くを通りかかり、意味もなく袋叩きにされ半殺しにされた王都民が百人以上。殺された者もいくらでもいる。『下民狩り』とか称し、真っ昼間の公道で後ろから突然斬られて殺され、財布を奪われた者さえいた。

 愚連隊は、悪いことなら放火以外はなんでもやっていた。いや、面白半分で、放火もやっていたかもしれない。泣きわめく若い母親から奪った赤ん坊を、度胸試しに焚き火に投げ込み、焼いて食ったという噂さえあった。若い母親も、自分の子を食った連中に犯され殺されたという。

 不良貴族子弟の愚連隊は、王都の民衆の鼻つまみ者で、恐怖と憎しみの的だった。

 ⋯⋯こんなやつら、殺しちゃっていいよね!



 よーし、いい訓練になるぞぉ~。まずはカムロに愚連隊の実態を探らせた。

 愚連隊は、十歳の少女でも強姦するようなゲス連中なので、女の子は後方支援や連絡係にした。過激派用語で偵察や情報収集活動を『レポ』と呼ぶ。男子には、このレポの任務を担わせる。

「いいか。これは訓練だ。命を張って社会をひっくり返す本番は、これからだ。それまで怪我をするな。敵に見つかったら、全てを放棄してすぐ逃げろ。捕まったら抵抗せず、殺されることのないように立ち回れ。尋問されたら、全て喋ってよい。常に二名以上で行動し、相棒が捕まったら、最速の方法で戻ってオレに報告しろ。直ちに部隊を編成し、斬り込んで奪還する。レポに出る前に、必ずオレと副長のジルベールの所在を確認しておくこと」

 カムロは、予想以上に有能だった。数日で愚連隊のアジトや構成員の情報が集約された。愚連隊は、大きいのは五集団あって棲み分けたり抗争したりしている。どの集団も大量殺人水準の悪事に手を染めている。どいつもこいつも快楽殺人者で、強姦魔の極悪人ぞろいだ。こんな異常な集団が発生するのは、『ファルールの地獄』の遺産なのかもしれない。

 もとよりレオンは、愚連隊を全部ぶっ潰すつもりだった。しかし、理由もなく殺し回るわけにはいかない。犯行現場で愚連隊が剣を抜いた場合にだけ、斬ることが許される。侯爵のメカケのガキがいるとかいう情報は、どうせ殺すつもりだし戦闘にはどうでもいいので無視した。しかし念のため国王には、ジュスティーヌを通して愚連隊の犯罪行為に関する報告書と、王宮親衛隊第四中隊による愚連隊せん滅作戦計画書を提出した。数日待ったが国王から返事は無かった。制止されなかったので、承認されたと考えることにした。

 現行犯でないと後々始末が面倒くさい。最近活発に悪事を働いている愚連隊にカムロを張りつかせ、血の気の多い親衛隊騎士と一緒にワクワクしながら待った。



 人間のクズのような愚連隊のやつらでも、悪いコトは、暗くなってからするらしい。夕方五時頃、カムロから親衛隊宿舎にレポが入った。

 愚連隊どもが、武装してアジトを出た。敵数は三十二人。やつらお得意の、ゆすりと強姦と押し込み強盗をするつもりだ。敵があまり弱いと訓練にならないので、こっちの数を少なくすることにした。主力の斬り込み隊が十名。逃げられて取りこぼしがないように裏口と表口に十名ずつ。合計三十名で出撃する。

 第四中隊の百五十名全員が、出撃したがっている。斬り込み隊には、技量よりも人を斬る経験をしたら伸びると見た者を中心に選んだ。表と裏口組も、人を斬ったら強くなりそうな者が中心だ。

「集合っ! 聴けっ! 愚連隊どもが、悪事に動き出した。罪状は、殺人、傷害、強盗、強姦といったところだ。我が第四中隊は、直ちに出撃し、これを粉砕する。敵に容赦するな。必ずトドメを刺せ。命乞いは無視しろ。目標は総せん滅。一人でも剣を抜いたら皆殺しだ。屋内での戦闘になる。七分以内に完全武装し、集合っ!」

 十五分ごとにレポから連絡がくる。愚連隊は、中流階級地域の商店を狙っているらしい。距離を詰めるために部隊を移動させる。完全武装の親衛隊騎士が三十名。参加できず見学する平服に剣をぶち込んだ騎士が百二十名。こんな集団が、目を血走らせ殺気をみなぎらせて赤い軍旗を先頭に無言で行進するのだから、おそろしく目立った。

 やがて、愚連隊が居酒屋に入って暴れ始めたとレポが入る。花売り娘に化けた美少女カムロのローザが、その場所まで先導する。居酒屋近くで部隊は一旦停止し、敵数と地形を最終確認。全員に周知する。⋯⋯問題なしっ。では突入だ。まず、裏口担当部隊が走っていく。雰囲気が、ちょっと忠臣蔵の討ち入りに似ている。


 選ばれた九人の騎士を引き連れたレオンは、入口まで歩いていった。背後では表口を固める部隊が走って散開する。入口で下っ端ゴロツキが、なにやら見張りをしていた。抜き身の剣をチラチラさせて威嚇してるつもりでいる。馬鹿だ。レオンが目の前に立ったら、体をクネクネさせながら凄んできた。

「おー、なんだオメー⋯⋯」

 バシュ───────────ッ!

 得意の居合いで、腹から胸まで斜め袈裟に斬り上げた。この斬り方は、派手に血が噴き出て景気がいい。ちゃんと死ぬように、返す刀で喉を薙いでやった。ヒョ────────ッ と音をたてて、死体が転がる。

 すぐさま扉を蹴り破って屋内に突入する。棚から叩き落とされて割れた大量の酒壷と、袋叩きにされて半死半生の店員が数人転がっている。三人ほどの女店員が、裸に剥かれ四つん這いにされ、踏んづけられたり蹴られたりして、なぶられていた。

「おう、親衛隊第四中隊だ。降伏するか剣を抜くか、好きな方を選びなっ!」

 さっき見張りを斬り捨てた脇差しを、愚連隊に向け勢いよく振ってやった。ピピピピッと、連中のツラに血が飛び散った。

「やろう、ぶっ殺してやる!」

 数人が抜いたが、ゴロツキ愚連隊のくせに半数以上は、おびえて戸惑っている。

「どうした? ほれ、全員抜けよ。訓練にならないだろーがっ。ふふ⋯、一人でも抜いたからには、降伏は認めない。抜かなかったら、斬られて死ぬだけだぞ。ふっふっふっ⋯」

 剣を抜くこともできずガタガタふるえている腰抜けの近くに寄って、刺身包丁を七十センチに伸ばして肉厚にしたような脇差しの白刃を脳天に叩きつけた。頭が二つに割れ、顎まで刃が届いた。床に脳をブチまける。ひっくり返ってゴキブリのように数秒ジタバタしてから、こいつは死んだ。

「親衛隊第四中隊、レオン・ド・マルクス中佐が、貴様らをせん滅する。おら、抵抗しろ。どうせ皆殺しだっ! ⋯次はおまえの番だ!」

 今度は、なぶり者にしていた女店員の周りにたかっていたクズどもに向けて、脇差しを振ってやった。剣にこびりついた脳と血が飛び散って、ピチピチとクズどもの顔面に当たる。ようやく愚連隊の全員が剣を抜いた。よぉーし!

「かかれっ! 一人も生かして帰すなっ!」

 後ろで今か今かと待っていた九人の親衛隊騎士が、凄まじい勢いで襲いかかった。人数比は一対三だが、敵が弱すぎて相手にならない。戦闘は、敵を包囲して絶滅する『せん滅戦』の典型になった。とはいっても突入部隊の手が足りず、数人が裏口から逃亡した。そいつらは、ぬかりなく配置していた裏口担当部隊に、アッという間にナマスに切り刻まれた。

 入口に血だらけ死体が転がっている。店内から戦闘音と悲鳴や叫び声が響く。当たり前だが、野次馬が集まってきた。



 よしよし、第四中隊の強いところを、よーく見せてやるぜぇ。王都中にウワサを広げてくれい。

 実戦訓練なのだから、なるべくオレは手を出さずに見ている。部下たちは、危なげなく斬りまくる。何人かの敵が、腰を抜かして尻餅をつきふるえていた。そいつらの襟を掴んで引きずり、外に放り出した。地面に這いつくばってるところを、表口部隊が突進してメチャメチャに斬り刻む。王都民の憎悪の的である愚連隊が退治されていると知った野次馬大衆は、歓声を上げ拍手喝采だー!

 戦闘は、十分足らずで終わった。敵は三十二人全員死亡。居酒屋は血の海になった。血で足を滑らせて尻餅をつき酒壷の破片で手を切ったのが、味方の唯一の被害だ。愚連隊の死体は、持って帰っても邪魔なので、王都民の評判になるように並べて路上に放置することにした。

 念のため戦場を回って死体の数を数え、敵の全滅を確認。凱歌を上げた。

「よくやった! 親衛隊第四中隊っ!」

「うお──────────っ! 親衛隊第四中隊っ!」

 プロの軍隊にゴロツキ愚連隊が勝てるはずもないが、それにしても一方的に勝った。王都民の人気もあがった。もっと愚連隊を打倒して、第四中隊を鍛えなければ!

 赤地に鎌とハンマーをあしらったソ連国旗みたいな軍旗を先頭に、第四中隊は、親衛隊宿舎まで軍歌を唱和しながら凱旋する。


挿絵(By みてみん) 第四インターのマーク 挿絵(By みてみん) スターリン主義党のマーク


 ソ連国旗だとハンマーの頭が左側にあるが、第四中隊の軍旗は右側になる。革命的共産主義者であるトロツキストの鎌鎚旗は、スターリン主義党と逆なのだ。ハンマーの柄の部分に4の文字を加えた第四インターナショナルのマークを借用した。第四中隊なので、ちょうどよい。


♪起て! 飢えたる者よ 今ぞ日は近し

♪さめよ我がはらから あかつきは来ぬ

♪暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて

♪海をへだてつ我ら かいな結びゆく


♪いざ闘わん いざ ふるい立て いざ

♪あぁ! インターナショナル 我らがもの

♪いざ闘わん いざ ふるい立て いざ

♪あぁ! インターナショナル 我らがもの


♪聞け! 我らが雄たけび 天地とどろきて

♪かばね越ゆる我が旗 行く手を守る

♪圧制の壁破りて 固き我がかいな

♪今ぞ高く掲げん 我が勝利の旗 


 親衛隊第四中隊の軍歌に化けた革命歌『インターナショナル』をガナりながら野次馬の人だかりの中を行進し、親衛隊宿舎に到着した。

 興奮して武勇伝を語り合っている騎士たちに一時間ほど付き合い、居候している王宮三階に戻った。部屋に入るとジュスティーヌが、セレンティアではもう深夜なのに寝ないで待っている。アリーヌも主人の話し相手をしていたようだ。他の侍女たちはもう寝ているのに、侍女のカガミである。

 侍女のカガミは、オレの顔を見るなり心底嫌そうな顔をした。

「血だらけですわっ。野良犬でも斬ったのですか? もう! なんて野蛮なっ!」

 仕事で戦ってきたのに、心外だ。

「戦闘だ。二人ばかり叩き斬った」

 ガタッとジュスティーヌが立ち上がり、駆け寄ってきた。

「あなたっ、お怪我はありませんか?」

「ないない、弱くてお話にならなかった。侯爵のメカケのガキとかいうやつを、ぶっ殺してやったわ。わはははははっ!」

 ジュスティーヌとアリーヌが、顔を見合わせ暗い表情になった。(この人は、また面倒事を⋯⋯)。

 とにかく真っ赤に血まみれのレオンを、どうにかしなければならない。

「お風呂にお入り下さいな。あなたは、血だらけなのですから」

 レオンが、パシッとジュスティーヌの腕を掴んだ。

「一緒に入ろう。フフ⋯。人を殺すと気分が高ぶるなぁ」

 ジュスティーヌが、ポッと頬を染めた。それを見たアリーヌは⋯⋯もうあきらめていた。でも、こんな男に姫様が惑わされるのを見るのは、くやしい。

「それではっ、わたくしはっ、お休みさせてっ、いただきますわっ」

 部屋から出ていってしまった。本当は、侍女が入浴の仕度をしなければならないのに。

「あー、待てよ。当番カムロを呼んでくれ」

 アリーヌは、また心から嫌そうにレオンに振り向いた。

「はい、承知しました。⋯人殺しに子供を使うのですかっ?」


 王宮と親衛隊宿舎に、連絡係の当番カムロを置いている。とりわけ見た目のよい者を選び、普段は王宮の下働きという名目だ。働き者で気が利くので、侍女や女官にも評判がよい。寝ていたはずだが、数分で飛んできた。

「クロカン、ボンタ、ハサマ、ローザに伝達せよ。逃げやがる前に、愚連隊どもを追撃する。カムロは、十時までに攻撃対象とする愚連隊アジトを選定せよ。続いてレポ活動に移行。レポとは別に、攻撃の口実とする犯罪事実の証拠を押さえよ。十五時までに資料をそろえ最終報告を行え。目標選定後、レポは二十分ごとに状況を報告すること。攻撃開始予定時刻は、十七時とする」

 それなりの額の特別活動費を渡した。愚連隊に仲間を殺されたり、虐げられてきた元浮浪児は、目を輝かせて孤児院に駆けていった。


 王都民は拍手喝采でも、不良セガレを殺された貴族どもからは非難轟々だろうとレオンは、予想していた。ところが非難の声は、全くといってよいほど上がらなかった。

 一門の者がケガレ役人の警備隊ごときに逮捕されるなど、家名に傷がつく。仕方なく鼻つまみの犯罪者でも、圧力をかけて釈放させた。しかし、これからもどんな迷惑をかけてくるかわからない。貴族家に一生寄生するつもりの厄介者に対する本心は、「どこかに消えろ。死んでくれ」だった。なので「殺されてくれてありがたい」くらいが、多くの貴族どもの本音だった。

 事件に関わりのない貴族たちも、愚連隊に迷惑をかけられた平民の知人はいくらもいた。愚連隊など貴族の面汚しだと嫌っていたので、特に苦情はなかった。

 あんなクズとはいえ、貴族が平民づれの警備隊に逮捕されるのは階級意識的にどうにも不快だった。しかし、貴族エリート集団の王宮親衛隊に斬られるのなら、むしろ誉れだろう。

 国王は、ジュスティーヌから上げられた愚連隊に関する報告書を読み、足元の王都で不良貴族子弟の暴力団がはびこっていることを知り、今まであまりにも平民の暮らしに無頓着であったことを省みていた。レオンの「国とは、民あってこそ成り立つものでございましょう」という皮肉めいた言葉が思い出された。温厚とはいえ専制君主である国王に対して、へつらわず直言してくるレオンの存在は貴重だった。贅沢をせず荒事を好み、宮廷政治に関心を持たないレオンの性格は、好ましい。

 朝一番で国王に、レオン率いる王宮親衛隊第四中隊が、愚連隊三十二人を皆殺しにしたという報告が入った。さすがに驚いたが良いとも悪いともいわず、黙って国王は執務を始めた。貴族どもの反応を伺っていたのだ。

 意外にも王宮の貴族たちは、愚連隊せん滅に好意的だった。やがてレオンから、昨日の愚連隊討伐の報告書が上がってきた。まるで本当の戦争みたいに、「武装した愚連隊に対し、さらなる追撃を加える」などと書かれている。国王は、なにも言わずレオンの自由にさせることにした。


 夜明けとともに起床ラッパが鳴り、宿舎の親衛隊騎士が起きだしてきた。ただちに第四中隊の騎士たちは、集会場に集められた。レオンが演説を始めた。

「昨日はよくやった。だがこの程度で終わりではないっ! 第四中隊は、愚連隊に対しさらに追撃を加える。本日十五時より作戦行動を開始。十七時より戦闘を開始する予定だ。緊急時以外は、隊舎を離れないこと。以上。よく休んで英気を養え」

 うおぉぉ─────────────っ!!!


 親衛隊騎士は、大喜びだ。見学や留守番だった連中は、本当に人を斬った同僚がうらやましくてたまらなかった。今度こそ人を斬れるかもしれない!

 十時前に、カムロリーダーのクロカンとボンタが来た。本来の所属は騎馬隊なのだが、参謀幕僚としてジルベール大尉も作戦会議に加えた。ボンタが説明する。

「このブラックデュークという愚連隊が、一番大きくて強力です。総数は約百人。アジトに毎日九十人ほどが集まっています」

 レオンが鼻で笑う。

「デューク? ふんっ。公爵のドラ息子でも混じってるのか?」

「はい。ルイワール公爵家が後ろ盾で、ルイワール公爵のセガレが御輿に担がれています。今までは、だれも手を出せませんでした。⋯今までは⋯⋯」

 クックックックックックッ⋯⋯。そこにいる全員が笑い出した。悪い顔をしている。

 親衛隊は、軍と警察の両方の権能を持つ。一応ケーサツなので法律には従いたい。幕僚が言い出した。

「だが、犯罪の証拠を掴まないと踏み込めないな」

「女を監禁して性奴隷にしています。女の数は、三人から五人」

 さらって、犯して、弱ったら殺して。定期的に女を入れ替えてるんだろう。悲惨なだけで、色気は微塵も感じない。

「間違いないか?」

「複数の目撃者がいますし、昨日の夜もアジトから複数の女の悲鳴や叫び声が聞こえました。アジトにはそれ以外にも、死体や盗品が山になっているはずです」

 ブラックデューク愚連隊の殺人を目撃した者だけで、三十人は下らない。この目撃証言だけでも、後はどうにでもなりそうだ。

「アジトに火をつけて、逃げてくるやつを片っ端から斬るってのは⋯、女と証拠が焼けちまうな」

 レオンのアイデアは、常に荒っぽい。地図を見ながらジルベール大尉がつぶやいた。

「敵が剣を抜かないと、斬れないんですよね。面倒だな」

 面白そうにレオンが言った。

「よし。じゃあ、女をダシにしてオレがひと芝居打とう。アジトの目の前で女が襲われる。愚連隊が出てきたら、挑発する⋯。マリアンヌとキャトウを呼べ」

 マリアンヌは、タヌキ系の丸顔でたれ目気味の優しげな美人。胸がデカい。キャトウは、シャム猫を思わせるシュッとした猫美人だ。まるでタイプは違うが仲は良く、二人とも侍女としては最高位の一級で王宮王家付きだ。こんな美人は、街中ではなかなか見かけない。マリアンヌは渋々、キャトウは面白そうな顔をしてやってきた。

 レオンが、嬉しそうな顔をしている。

「幕僚諸君! 今回の作戦で、オトリになる二人だ。強いぞ。マリアンヌは、ルーマ巡礼の時にオレの毒殺をたくらんだ」

 マリアンヌは、飛び上がった。

「ちがっ! あれは違いますわ。命令があるかもで⋯⋯その、仕方なかったんです。ううっ」

「なにが違うんだよぉ。オレの様子をうかがう目つきったらなかったぜ。腹が立って殺しそうになっちまった。ははは⋯」

 たしかに命令とはいえ、毒殺はひどい。マリアンヌは、うつむいてしまった。

「それに強いぞぉ。投げ剣で暗殺団を二人も始末している。なあ、マリアンヌ?」

「ううう⋯うう。だって、あれは、あれは⋯⋯」

 顔を真っ赤にして、プルプルふるえている。

「二人殺したくらいで、ビクビクすんな! 立派じゃないかよ! こいつの王宮一級侍女は、仮の姿だ。正体は、王族守護の武装保安員だ。暗殺もできる」

「もおぉぉ! どうして話すんですか? 極秘事項ですわ」

「オレの幕僚なら大丈夫だよ。で、キャトウも同類。こいつは、状況判断に優れている。オレを監禁して見張ってた時だったかな、押さえ込んで腕をへし折ってやろうとしたら、自分で肩関節を外して逃げやがった。蹴り飛ばしたら気絶したフリなんかしやがってよぉ。おまえは、トカゲか?」

「アハッ、アハッ、アハハハハ! なーにいってんですかー。やだなーもー」

 笑ってごまかすキャトウ。この二人は、性格も対照的だった。

「おまえらには、愚連隊をおびき出すオトリをやってもらう。危なくなったら、例の暗器で殺っちまっていいぞ」

「お断りしますわ。わたくしの任務は、ジュスティーヌ様のお世話と守護ですもの」

「そーです。そうなんですよー。お断りですー」

「あぁ、保安部に話を通し、正式に命令として下達させる。⋯下がれ。十三時に出頭せよっ!」

 とりつく島もない。二人は侍女から保安要員モードに切り替わった。

「はっ!」

「はいっ!」

 そして再び侍女モードに戻った二人は、嫌そ~に引き上げていった。


 意外にもレオンは、作戦立案の段階では、極めて民主的だった。有能な幕僚を集めて自由に意見を述べさせて議論を尽くし、集合知を結集させて、最終的に作戦を組み立てる。ただし戦闘が始まると独裁者になった。

 過激派出身のレオンが少人数のゲリラ戦を得意とすると思ったら、真逆だった。どうしても機動隊の精鋭部隊の壁を破れず、特殊編成した部隊による無理に無理を重ねたゲリラ戦を取らざる得なかった開港阻止闘争は、自分が死んだこともあって苦い記憶だ。

 レオンは、物量で圧倒し数倍の戦力をぶつけて敵を撃破する戦法と後方でのゲリラ活動を組み合わせ、さらに敵地を焼け野原にする焦土作戦を好んだ。過激派のゲリラ活動に仇敵であった機動隊の戦術とアメリカ軍の戦法を合体させたのだ。軍隊を強くする以上に、そのような戦略を可能とする国力を育てることが、これからのレオンの目標になる。

 レオンの元人格である過激派の新東嶺風は、戦争を将棋のような知恵較べや技術とみる孫子ではなく、ドイツ観念哲学の論理で書かれたクラウゼヴィッツの『戦争論』に傾倒していた。「戦争は政治の延長」という有名な命題を踏まえながらも、『せん滅戦』『絶対戦争』という概念に見られる軍事力の行使を極限まで高めて敵を打倒し政治的にも勝利をおさめる「暴力の行使の貫徹による敵に対する自己の意志の強制」を志向していた。要するに「暴力で敵を打ち倒せば後はなんとでもなる」なのだ。いかにも過激派のレオンらしい。

 レオンは、親衛隊第四中隊の騎士を、文字通り一人ずつ舐めるようにして育てていた。剣技では、この世界の達人レベルに達した者が何人もいた。学では、騎士たちに最も強い影響を与えたのは哲学だったが、実学でも一部は微積分まで達していた。『外』の水準と比較すれば、この集団のレベルは、ずば抜けていた。

 親衛隊騎士は、貴族子弟の集まりだ。強いコネ=政治力がある。なによりも隊長のレオンが国王の娘婿である。しかし、レオンは、元々過激派なので政治力以上に軍事力=暴力を重視していた。殺人にまで至る暴力の行使には、物量とともに戦意と経験が決定的な意味を持つ。人を斬ると強くなるという事実は、技術以上に人を殺すことで精神面での枷が外れることが大きいのだろう。ならば、強くするために親衛隊騎士に実戦と殺人を経験させよう。

 これが『愚連隊狩り』である。実際に人を殺せる軍事演習など、他にない。しかもターゲットは、権力をカサに弱い者をいたぶり殺すようなクズ中のクズだ。念のために書いておくと、レオンは、たとえ相手が『人間のクズ』でなくても、『敵』ならば打ち倒すことにためらいはない。


 謀略家のクロカン、行動派のボンタ、テロ志向のハサマといったカムロリーダーが交代で現れ、ブラックデュークの動向を報告してきた。

 昨夜の居酒屋の愚連隊全滅事件は衝撃だったらしく、敵はさかんにアジトから出たり入ったりしている。

「やつらが緊急召集をかけました。暗くなる前に全員がアジトに集まるはずです」

「緊急召集? 連中はなにをするんだ?」

「幹部が集まっています。会議でしょう。方針が決まったら下っ端を集めて組織固めの集会ですかね」

「『過激派』みたいだ。どこもやることはかわんねぇなぁ」


 十五時になった。親衛隊第四中隊の騎士たちは、完全武装でやる気満々だ。レオンが、作戦の説明と演説を始めた。

「予定通り十七時より戦闘を開始する。敵は、二階建ての非常に広い廃屋敷をアジトにしている。中がどうなっているか、詳細には分からん。同時期に建てられた似たような建物を参考に図面をつくった。よーく見ておけ。地下室に女が何人か監禁されている。別働隊を編成して救出する。志願者はいるか?」

 シ──────────────ン


「ん? 人助けより、人殺しがしたいか? なぶり者にされてるくらいだから、けっこうカワイイだろうし、たぶん裸だぞ」

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!


 エリート貴族子弟からなる親衛隊騎士も、ずいぶんガラが悪くなった。レオンを含めて連中には、女の子に対する同情の念や人命優先などといった殊勝な気持ちは、カケラも無い。

「敵数は、約九十だ。敵地が戦場になる。突入部隊は六十名。二階が一班、一階が二班、地下室が三班。それぞれ二十名ずつだ。敵は特定の階に集中している可能性が高い。その場合は、早急に救援に向かうこと。昨日よりはるかに戦域が広いので注意しろ。廃屋敷の外周の前後左右に、部隊を配置する。アジトから逃げてくるやつは斬れ。一人も逃がすなよ。敵が人質をとった場合は、交渉は無用だ。躊躇せず斬れ。人質の安否を顧慮する必要はない。ゲス貴族のツテで罪を逃れようとしやがるので、敵の降伏は認めない。捕虜をつくるな。最後に敵アジトに火を放つ⋯可能性も考慮している。火が出たり撤退の合図があったら、ただちに引くこと。生きている味方は、絶対に置いていくな。死んでいる場合も、できる限り死体を回収すること。焼けちまうからな」

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!


 親衛隊騎士は、若くて血の気が多い。危険であればあるほど志気が上がる。この平和な時代に殺し合いの本物の戦闘ができるなんて、隊長には感謝しかない!

 十六時に、例のカマ・トンカチマークの赤い軍旗を先頭に部隊が出撃した。

 当然だが昨日の事件は、王都民の話題の的になっていた。鬼のように強いマルクス中佐の第四中隊がまた出てきたので、大勢の野次馬がガヤガヤと後をついてくる。十六時半に策源地に到達。カムロより最終報告を受ける。全て予定通りだ。三十分で部隊が配置についた。



 百人以上は住めそうな廃屋敷の前庭に、若い女が二人逃げ込んできた。商家の娘風の装いだが、顔つきは⋯なんだか⋯侍女みたいだ。剣を差した熊に似た男が追いかけてくる。廃屋の玄関先で女が二人とも、ベシャッところんだ。哀しいほどに大根役者である。レオンは、二人を見比べて、マリアンヌに馬乗りになった。「よっこらせっと」。

「どーして、見比べてからマリアンヌさんを選ぶんですかー!」

「キャトウは、胸が無いからなぁ」

「まぁ、いやらしいですわ! そんなふうに見てらしたんですね! いやらしいっ!」

 声が漏れ聞こえてくる。隠れて見ている突入部隊は、気が気ではない。隊長が斬られたら、えらいことだ。

「へっへっへっへっへっへっ。タヌキみたいカワイイ顔しやがってよう。ウヒヒヒヒヒ!」

 えーと、えいっ。モミ!

 ギャ───────────────ッ!


「マリアンヌに、なにすんですかー! このエロ伯爵っ!」

 キック! キック! キック! キック! キック!

「いて、いて、いててっ! 演技っ! 演技だってのに! 作戦だって言ったろ!」

 今度はキャトウの足を掴んで尻餅をつかせ、のしかかった。

「へっへっへっへっ。小生意気なツラしやがって。よく見りゃ、カワイイじゃねえか。ウヒヒヒ、乳だって⋯」

 えーと⋯⋯。

「⋯おまえ、無いなぁ」

「ひっどーい!」

「あんまりですわ。キャトウは、立派な女性ですっ! もう降りてください」

 キャトウ、膝蹴り! 膝蹴り! 膝蹴り! 膝蹴り!

 マリアンヌ、チョップ! チョップ! チョップ! チョップ!

 二人ともかなり格闘術をやる。強い。強いのでかなり痛い。

「いて、いたた、いたたっ! 本気で殴るなよう! だから任務⋯」

 レオンが女たちに、ぶったり蹴ったりされていると、騒ぎを聞いてやっと廃屋から愚連隊が出てきてくれた。

「おう、ヘヘヘヘ。オンナじゃねえか。おう、てめえ。ブラックデューク様にオンナを献上して、とっとと消え失せろ」

「ここをどこだか知らねぇとは、馬鹿な野郎だぜ。ゲハハハ!」

「おい、こりゃあ、いいオンナだぜ。みんな喜ぶぜぇ。早く中に引きずり込んで犯っちまおう」

 なかなかクズい三人が出てきた。狙いどおり三人とも剣で武装している。

 レオンの口の悪さは、愚連隊に負けていなかった。

「うるせえ、ガキ! へっ! コトが終わったら、おこぼれにあずからせてやるぜえっ。見物させてやるから、そこで指をくわえて眺めてな。ギャハハハハ!」

「なんだ、てめえ。殺すぞ。オンナを置いて失せろって言ってんだよ」

 剣の柄に手をかけた。あと少し。

「へへっ。オレの精液でもくらいなっ!」

 ぺっ!

 クズの顔面に唾を吐きかけてやった。

「野郎っ! 殺すっ!」

 よーし、剣を抜いた。一瞬でレオンは立ち上がり、抜きざまに愚連隊の眉間から顎まで斬り下ろした。残った二人も、マリアンヌとキャトウの投げた短刀が腹に突き刺さり転がっている。

「死んじまいな。ガキ」

 レオンが喉を薙いでトドメを刺した。隠れていた部隊に号令する。

「よし! 突入っ!」

 十秒で部隊が玄関前に殺到してきた。目の前に三つも死体が転がっているのを見て、一瞬足が止まる。

「どーした? 死体がなんだ? またいで行けっ。突撃っ! 攻撃開始っ!」

 気を取り直した六十名の部隊が、勇んで突っ込んでいった。すぐに悲鳴や、斬り合いというより一方的に斬りたてる音が聞こえてくる。

「マリアンヌとキャトウは、後方で支援せよ。それと警備に野次馬を近くまで通せと伝えろ。民衆には、娯楽が必要だからなっ。クックックッ⋯」

 尻餅をついていた二人は、跳ねるように立ち上がった。

「はいっ」

「はいーっ」

 レオンが、最後に廃屋に入る。振り向いて、駆けていこうとするキャトウに声をかけた。

「ああいう胸が好きな男もいるから、気にすんなよ」

「よけいなお世話ですよーっ!」

 新東嶺風が死んだ一九七八年には、セクハラなんて言葉はなかった。


 一階は、十も死体が転がり、血の池がいくつもできていた。よしよし。ゴロツキ愚連隊どもに、言っておいてやろう。

「戦闘停止っ!」

 斬り合いの音が途切れた。

「我々は、王宮親衛隊第四中隊だ。オレは、隊長のレオン・マルクス中佐である」

 いくらなんでも、昨日の今日で斬り込んでくるとは思わなかったのだろう。愚連隊のクズどもは動揺している。

「愚連隊集団ブラックデューク構成員に対し、殺人・誘拐・監禁・強姦・強盗・傷害・凶器の不法所持、さらに親衛隊に対する凶器を用いた武装抵抗罪により、戦時刑法にもとづく部隊長司法権限に則り死刑を宣告する。降伏は認めない。武器を持たぬ者でも、その場で処刑する。戦闘終了後に屋敷を焼き払う。隠れても無駄だ。おまえらが生き残る唯一の道は、戦って血路を開くことのみだ。死にたくないなら、やってみろ。⋯いいぞ。戦闘再開っ!」

 凄まじい戦闘音が響き渡った。愚連隊の戦意が一気に増したようだ。「抵抗しなければ、ゆるしてもらえる」とか甘っちょろいことを考えていたやつらも、武器を取ったのだろう。相手は、愚連隊から見れば殺人集団である親衛隊第四中隊とレオン・マルクス中佐だ。降伏しても殺されるなら、開き直って戦うしかない。

 降伏しても殺すというのはひどいようだが、一味には高位貴族の子弟がいる。命を助けたら悪事はウヤムヤにされ、再び街や領地に放たれ凶悪犯罪を始める。 赤ん坊を蹴り殺して焼いて食ったとかいう証言まである平民を人と思っていない極悪人どもだ。殺すしかない。そうしなければ、再び赤ん坊が蹴り殺され、力の無い民衆が踏みにじられる。そうレオンは、信じている。



 さーて、地下室に女どもが監禁されている。助けてやるかいな。参謀で副官格の傷のジルベールと二人で降りていくと、血だらけ死体が五、六個床に転がっていた。地下室部隊は、獲物を求めて去った後だ。かなり広い地下室に格子のついた牢があり、女が四人閉じこめられていた。ボロをまとったガリガリ女が鎖にでも繋がれているのを想像していたら、栄養状態が良く、色っぽい服を着ている。それに皆さん、けっこうカワイイ。まあ、犯すにしてもブサイクは嫌だもんな。

「あー、救助にきたぞぉー」

 女たちは、両手で格子を掴んでガタガタ揺らしている。

「火をつけるんですか? お願いです、早く助けてください!」

「カギはどこにある?」

「わ、わかりません⋯」

「困ったなぁ。おーい、だれかハンマーを持ってこーい!」

 ジルベールは、レオンよりかはデリカシーがある。女が対応したほうが良いだろうと考えた。

「マリアンヌとキャトウ、それにローザを呼べ」

 忠臣蔵や革共同両派の内ゲバ戦争を参考に、部隊はハンマーやマサカリに斧まで持ち込んでいる。途中、ハンマーで頭を粉々にブチ割られた死体を見かけたが、あれはいったいなんだったんだろう?

「ハンマーが届くまで質問するぞ。やつらが人を殺すところを見たか?」

 コクコクコクと四人ともうなづく。

「死体のありかは、わかるか?」

「庭や地下室の隅に埋めていました。はっ、早く出してくださいっ」

「道具が届かなきゃ、どうにもならんよ。やつらは何人殺している?」

「見ただけで⋯九人です」

「軍事法廷で証言してもらうぞ」

「えっ。それは⋯⋯」

 また、女に優しいジルベールが口を出す。

「安心しなよ。非公開だよ。顔や身許が知られることはないから」

 キャトウとローザが、二人がかりでハンマーを担いで持ってきた。レオンは片手でハンマーを持ち上げる。

「離れてろよー。うりゃあ!」

 凄まじい音を立てて鉄格子の扉が吹っ飛んだ。

「キャトウとローザは、牢内を捜索しろ。終わったらマリアンヌに合流し、その指示に従え。マリアンヌは、女を保護し適切な治療を施せ。証言をとるのに必要だ。氏名住所を聞き出すこと。女どもから目を離すな⋯。⋯⋯逃がすなよ。いいな」

 マリアンヌは、暗い顔をしている。心根が優しいのだ。

「⋯はい」


 一時間で、とりあえず戦闘は終わった。死体の数は七十八。廃屋から引きずり出して、野次馬によーく見えるように前庭に並べた。思ったよりも少ない。愚連隊は九十人以上いたはずだ。

 やろうども、うまく隠れていやがるな!

「複数の敵が、屋敷内に潜伏している。三人一組になって捜索せよ。捜索終了後、屋敷に火を放ち全焼させるっ!」

 隠れている愚連隊や野次馬に聞こえるように、わざと大声で言ってやった。野次馬は、拍手喝采。隠れ愚連隊どもは、青くなった。証拠が焼けてしまうので、本当は屋敷を焼き払うまではしたくない。

 三人一組になり一人が斧やハンマーを使って怪しいところをぶち壊し、二人が剣を構えて待機。そんなのが十組も家捜しをし始めた。天井裏に隠れていた愚連隊が摘発され、引きずられてきた。その場で殺さなかったのは、他の隠れ場所を吐かせるためだ。

 ヒョロヒョロしたガキだ。フランセワ王国では十五歳から成人なのだが、まだ成人していないように見える。レオンは、女に対しては全く差別も区別も容赦もしなかったが、子供には優しかった。だが、どうも引っかかる⋯。

 鼻先に剣を突きつけて尋問する。

「名を言え」

「わ、われは、ルイワール公爵家ゆかりの者で、ある~」

 ジルベールが口を挟んだ。

「ルイワールのメカケのガキなんでしょうよ。で、公爵家のもんが、こんな所でナニやってんだ? ん?」

「さっ、さそわれて⋯。初めてここに⋯」

 ジルベールは、頭が切れる。

「ヘタなウソをつきやがって⋯。初めてのわりに隠れ場所をよく知ってたなぁ? あぁ? 他のやつらはどこに隠れた? 言え」

 レオンが知りたいのは、それよりも⋯⋯。

「おまえ、なん歳だ?」

「われは⋯おととい⋯十五歳になった。おっ、大人だっ。成人貴族の権利がぁ⋯」

 レオンが、にやりと笑った。ちょっと民衆を喜ばしてやろう。

 公爵家のメカケ腹のえりがみを掴み、黒山になっている野次馬の前に引きずって行く。「民の声は神の声なり」ってな。

 外は、そろそろ薄暗くなってきた。髪をひっ掴み無理やり顔を上げさせ、野次馬にさらす。

「聴け! こいつは、たまたま居合わせただけだという。本当か?」

 シ─────────ン⋯⋯


 色白でまだ幼さが残っている。細っこい子供みたいだ。とても凶悪な愚連隊には見えない。この子を殺してしまうのは⋯ちょっと⋯。大衆は、おおむね良識的だ。

 顔を見合わせている群衆の一人が指さして叫んだ。

「あっ! あいつだ! おまえの腕を⋯」

 片腕の男が引っ張られて前に出てきた。すっかり興奮している。

「本当だ。あのガキっ、オレの腕をっ⋯!」

 レオンが口を入れた。

「斬ったのかい?」

 興奮しているが、おっかないレオンには礼儀正しい。残った片腕を振り回しながら説明する。

「通りかかっただけなのに、手下に指図しやがって。ちくしょう! オレの腕を! デュークとか呼ばれて子分に威張ってました」

「ほほう⋯。見かけによらずエラかったんだなあ。よーし」

 そう言うなりレオンはデュークを突き放し、剣を払って居合いで腕を斬り飛ばした。肘から左腕が切断され、地面に転がる。

「ギャッ!」

 地面に落ちた腕を剣先に突き刺して拾ったレオンは、固まっている片腕の男の前にそいつを出した。

「ほら、プレゼントだ。好きにしな」

「ひっ! はっ、はひ! あり、ありがとうございます」

 数百人の野次馬がレオンを遠巻きに囲み、固唾を飲んで見守っている。よほど痛いのかデュークは、残った手で腕の切断面を押さえて地面に転がりふるえている。左半身が真っ赤だ。レオンは、群衆に向き直った。

「さあ、みんな。こいつをどうする?」

 野次馬たちは、たじろいだ。デュークは、公爵家ゆかりの者とか言ってた。愚連隊で威張っていたところを見ると本当だろう。下手なことを言うと、とばっちりが⋯⋯。みな黙って下を向いてしまった。

 レオンが手を下すのは簡単なのだ。だが、民衆が「殺せっ!」と言うように仕向けたい。レオン個人の行為ではなく、民衆の支持と要求を得たいのだ。貴族どもに対する平民の恐怖心を打ち倒すこと。それが人民の意志を固め、革命性を引き出すのだ。

「どうした? こいつは、おまえたちを虐げていた愚連隊の御輿だぞ?」

 野次馬たちは、たじろいでいる。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 ヒョロロ~、ポテ⋯⋯


 地面に倒れふるえているデュークの腹のあたりに、小石が落ちてきた。見ると、ばさばさの白髪で穴だらけの服をまとった八十歳ほどに見える老婆が、ヨロヨロと足下の小石を拾っている。やはり貧しい身なりの栗毛の少女が、老婆を支えていた。この少女がいなければ、老婆はその場でへたり込み二度と立ち上がれないかもしれない⋯。

 老婆は、小石を投げた。

「セガレを、かえせぇ~」

 ヒョロロ~、ポテ⋯⋯

「ヨメを、かえせぇ~」

 ヒョロロ~、ポテ⋯⋯

 支えながら少女が小石を拾って老婆に渡した。

「マゴを、かえせぇぇ~」

 ヒョロロロ~、ポテ⋯⋯


 小石はデュークの腹のあたりに落ちるが、痛くもなんともなかろう。斬られた腕をかばって、老婆の投げた小石には気づきもしない。呆気にとられたレオンだが、バアさんは⋯⋯無理だろうな⋯。少女に話しかけた。

「どういうわけだ?」

 少女は、デュークを指差して静かな落ち着いた声で訴えた。

「こいつが、お父さんと、お母さんと、弟たちを殺しました」

「ほう。なぜ?」

 こいつの悪事をレオンに言いつけたら、公爵家に殺されるかもしれない。少女は恐怖で蒼白になり、感情を失ったような顔だ。

「分かりません。気に入らないとか言ってました。笑いながら、お父さんと、お母さんと、ジェイ君と、ケイちゃんを殺して川に投げ込んだんです」

 レオンは、この少女に興味を持った。膝をついて目線を合わせる。貴族が平民の前で膝をつくなどセレンティアでは考えられないが、レオンは平気だ。

「名前は?」

「⋯えっ?」

「名前は?」

「あの⋯、エステルです」

「いい名前だ。何歳だ?」

「もうじき十四歳になります」

「婆さんの状態は? そろそろ死ぬのか?」

 ひどい言いようだが、これでもレオンはエステルを気遣っている。

「⋯⋯分かりません。近所の人が親切にしてくれるので⋯まだ⋯」

「苦労してるな。危なくなったら王立診療所に連れていけ。満員でもレオン・マルクスの名を出せば受け入れてくれる。⋯⋯さーてと、この野郎は婆さんより先にあの世行きだ⋯」

 まだ地面に転がりうめいているデュークのえりがみを持って立ち上がらせ、手荒に髪を掴んで顔を上げ野次馬にさらしてやる。

「さあ、王都民よ。こいつをどうする?」

 シ───────────────ン⋯⋯


「⋯⋯こっ、殺せっ」

「そうだ! 殺しちまえっ!」

「こんなやつ、死んであったりめえだ!」

「死ねっ!」

 ワアァァァァァアァァァァァ! ワァアァァァァァアァァァァァ! ワアァァァァァアァァァァァ!


 何個か石が飛んできてレオンにまで当たる。

「おう。一番ぶっとくて重い剣を持ってこい!」

 そばにいた伝令カムロが駆けていく。すぐにバカでかい剣を担いで持ってきた。愚連隊はマッチョで虚栄心が強いので、とんでもなくデカい太刀を飾っていたりする。カムロが担いできた太刀を、レオンは片手で軽々と持ち上げ、頭の上で振り回す。野次馬が感嘆の声を上げる。

 オォ───────────────ッ


「フン。実戦の役に立たねえ剣だな」

 王宮の武器庫から国宝クラスの剣を勝手に持ち出しているレオンには、こんな物はガラクタにしか見えない。もう半ば気絶しているデュークを投げるようにしてジルベールに渡す。

 腹のあたりで水平にした太刀を上下に振る。

「わりぃな。ここにやってくれ」

 ジルベールが、ニタリと笑った。

「へへへ⋯。良かったなぁ。レオンさんに斬られるなら、楽に死ねるぜぇ」

 すっかりチンピラ口調に戻ってしまっている。だが、こんなんでもジルベールは正義感が強く、弱い者いじめをするやつが大嫌いなのだ。下町の不良少年でヨタっていたころも、愚連隊を避けていた。もし愚連隊に加わっていたら、今レオンに斬られるのはジルベールだったかもしれない。

「へへッ、おらぁ!」

 思い切りデュークの背中を蹴り、レオンに向けて吹っ飛ばした。飛んできたデュークのヘソのあたりを、レオンは太刀で思い切り斬り抜いた。

 ドバゴッ!

 デュークは、文字通り真っ二つになった。下半身は、転がりながら野次馬の中に突っ込んでいく。上半身は、頭上三メートルの高さを血と内臓をまき散らしながら飛行し、十メートル飛んで群衆の中に落下した。ワッと逃げ出した野次馬は、恐る恐る集まるとデュークの死体に石を投げつけはじめた。レオンが血まみれの太刀を高々と掲げる。野次馬は、大喜びで拍手喝采だ。ジルベールも満足げだ。

「お見事っ! レオンさん、へへ、やりましたね⋯⋯うっ?」

 レオンの目が冷えきっている。


 レオンは、なぜこんな愚劣なことをしたのか? 民衆の人気取りのためだ。明日には愚連隊の胴が真っ二つにされたことは、王都の人々の話題の的になっているだろう。民衆は勧善懲悪が好きで、悪と見た者への暴力と血を好む。とはいえ民衆に愛されるだけでは駄目だ。愛されると同時に、畏怖されねば⋯⋯。

 レオンは、太刀を持ちかえると空に向けて投げた。太刀は、∩の軌跡を描きデュークの頭に直撃する。

 ドガッ! バシャ!

 死体の頭が突然破裂し、仰天した群衆が再び逃げ散った。デュークの頭に太刀が突き立っている。敵に容赦しないレオンにジルベールは、すっかり感心した。

「ひょう! やるぅ。レオンさん」

「くだらねぇよ⋯」

 レオンに呼ばれ、カムロのリーダーが駆けてきた。並べている愚連隊の死体に向かって歩きながら、レオンが命令する。

「あのエステルという少女を、カムロ組織で保護せよ。偶然を装い、男女二名で住居まで付きそえ。友人関係となり、週に数回はエステルの状態を確認すること。困窮した場合は、物心両面の援助をせよ。エステルは、来年開校させる軍女子士官学校に入学させる。そのための援助を行え。⋯カムロ組織の援助であると悟らせないようにしろよ」

 血が下がって貴族口調に戻ったジルベールが並んだ。

「ずいぶんあの娘に肩入れしますね?」

「逸材だよ。親兄弟が殺されているのに隠れていることができる自制心」

 ジルベールが、ちょっと笑う。

「腰が抜けてたんじゃないですか?」

「違うな。自分が出ても殺されるだけと見切ったんだ。賢い」

「でもねぇ。あんな小娘に⋯」

「オレの目をまっすぐ見て理路整然と話した。頭が良くて度胸もある。それに復讐する機会を逃さなかった決断力。逸材だね。一人でも多く人材がほしいからな」


 前庭に九十ばかり死体が並んでいる。これも大衆を喜ばせるためだ。レオンは満足げにながめた。後始末の指揮をしている班長に訊ねる。

「部隊の損害は?」

「今のところ確認できません」

 その時、死体の中からうめき声が聞こえてきた。

「なんだ。あれは?」

「生存者がいるようです。もう戦闘力を失っていますので⋯」

「ちっ! 捕虜をつくるなと命令しただろうがっ!」

 レオンはズカズカと死体の中に入っていき、細剣を抜いた。息がある者の喉を、片っ端から切り裂いていく。遠目からは、赤い霧の中で剣を振るっているようだ。ついてきたジルベールが、さすがに目を丸くした。

「なんでまたこんな⋯⋯」

「生かして帰したら、こいつらの実家が国王に泣きついて流刑くらいに減刑される。⋯あの王様は優しいからな。流刑先でも貴族特権で抜け出して、また面白半分に平民を殺す。愚連隊を一人生かしておいたら、平民が十人死ぬ。生かしておくわけにはいかねえよ」

 集まった野次馬は、レオンが愚連隊にトドメを刺すたびに歓声をあげ、お祭り騒ぎだ。わざと野次馬たちに見えるように、デカい財布袋をカムロに投げて渡す。五十万ニーゼくらいは入っていたはずだ。

「このカネで、安酒を買えるだけ買って届けさせろ。届いたら民衆に、レオン隊長からの戦勝祝いだといって配れ」

「はいっ! レオン様。ただちに」

 数人の仲間を集めて駆けていく。カムロが、カネを持ち逃げする可能性は、ない。まぁ、万一そんなことがあっても、元の仲間が地の果てまでも追いかけて捕縛し、レオンに無断で始末するだろう。

 すぐに酒が届いて配られた。野次馬たちは、前庭に愚連隊の死体が運び出されるたびにいい気分で拍手している。しかし、まだ敵が隠れていそうだ。探し回るのにもくたびれてきた。

「よーし。こうなったら火をつけるぞぉ。おらぁっ!」

「それは犯罪です! 止めてください!」

 良識ぶって止めだてする部下がいる。無視して廃屋敷に入る。女が監禁されていた地下室の入口の前で指示する。

「おう、油を持ってこいっ!」

 さすがの親衛隊騎士たちも、「うっ」となって動かない。代わりにハサマ指揮するカムロたちが、樽いっぱいの灯油を持ってきた。

「フハハハハハ! 皆殺しだ! 焼き殺してやるわっ!」

 樽ごと灯油を地下室に蹴り込んだ。よしよし。

「ランプを貸せ」

 やはり親衛隊騎士は、動かない。しかし、「レオン様のご命令は、ジュスティーヌ様のご命令。ジュスティーヌ様は、聖女。女神! 絶対に従うべきお方」という信仰に取り憑かれているカムロが、大急ぎで火のついたランプを持ってきた。

「よーし、えらいぞぉ。きっとジュスティーヌもよろこんでる!」

 頭をナデナデするとランプカムロは、心底嬉しそうにニコニコだ。

「隊長! 待って下さい! 類焼したら⋯⋯」

「その時はその時だ。大丈夫だって。ほーれ、火炎ビンだぞぉ!」

 ポ─────────イ! 

 パリン! ボアンッ!

 ゴオオオオオオオォォォォォォ~


 ランプを地下室に投げ込んだ瞬間、爆発炎上した。地下室の出口から炎が噴き出す。親衛隊の騎士たちは、もう呆然だ。

「よーし、地下室の扉を閉めろ。開かないように釘と板で打ちつけろよ。念のため扉の前に不燃物を積み上げとけ」

「このままでは火災に! どうするのですか?」

「なにもせんでも消えるよ。教えただろ? 燃焼という現象は? ⋯言ってみろ」

「は、はい。燃焼とは、可燃物が空気中で光や熱の発生をともない、激しく酸素と反応する酸化反応⋯です」

「よし、優秀だな。酸素が無くなると、どうなる?」

「⋯⋯燃焼しません」

「地下室の入口は、ここしかない。密封したので酸素を消費したら火は消える。で、酸素が無くなったら生物はどうなる?」

「窒息しますね」

「そういうことだ。地下室のゴミ虫は、掃除した。あとは一階と二階だ⋯。おまえら、火事がどうだの、いい感じで騒ぎたててくれたな。隠れているゴミ虫どもは、さぞビビってるだろうよ。ふふふ⋯⋯」

 カムロたちが、質の悪い藁や生木を運び込んできた。元は野宿者なので、焚き火は慣れたものだ。

「おら、騎士も手伝え。戦闘だけが仕事じゃねーぞ。ガハハハハッ! 焼けっ! 焼き払え!」

 ものの数分で、カムロ製ケムリ発生機が完成し、点火された。アッという間に屋内に煙が充満する。ゴホ!ゴホ!ゲヘ! こら、たまらん。

「危なくなったら退避しろよー」

 レオンたちが外に逃げ出すと、デカい廃屋敷はもう煙に包まれていた。火をつけたと勘違いした野次馬が、手をたたいて大喜びだ。

「焼け! 焼け! 焼いちまえ!」

「愚連隊どもを一人残らず焼き殺してくれ~!」

「ひょーっ! いいぞー! 第四中隊っ!」

「燃えろ~! 愚連隊は焼け死ねぇ~!」


 愚連隊は、よほど王都民に憎まれていたとみえる。自然発生的に大拍手とレオン・コールがわき起こる。

 ドッ!

 ワアァァ─────────────ッ!!

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!



 よーし、よしよし。応援にこたえて、サービスしねぇとな。

 廃屋の二階の壁が割れて、中から五人ばかり転がり出てきた。こんなところに隠し部屋なんかつくってやがった。情けねえ愚連隊だ。こいつらも、幹部だろう。

「顔や名前を確認する必要はない。斬れ!」

 うっかり上位貴族のガキだと確認してしまうと、後から難癖をつけられるかもしれない。こいつらは、乱戦で死んだのだ。

 二階から飛び降りた愚連隊幹部どもは、次々と斬り伏せられていった。一人がレオンの足元にはいずってきた。

「よよよよ、余は、ルイワール公爵家が六男、レングスである。隊長は剣を引かせよ~」

 またルイワール公爵家とやらかいな? 髪を鷲掴みにして、野次馬の方に引きずっていった。なにかキーキー叫んでいる。

「おう、コイツが貴族とやらだとさ。ゴロツキ公爵家のセガレなんだとよ。くだらねえ野郎だぜっ!」

 憎しみと嘲りの混じった笑いが巻き起こった。こんなやつは、公爵家の看板を外せばゲスで惨めなクズにすぎない。大貴族の虚飾をはぎ取られた公爵家のセガレの無様な姿に、見物人が大笑いだ。

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!


『貴族の権威』とやらを踏みにじってやる。⋯なんといっても革命を起こすんだからな。いずれ階級敵は、全て滅ぼす。

「おう、この男に剣を渡せ」

 王宮親衛隊にも、公爵家の子息は何人かいる。王家の縁戚さえいるし、建国以来の名家も多い。「いいのかなー」という調子で、親衛隊騎士たちが見ている。

「早くせんか!」

 ビクッとなって、一番近くにいた騎士が、ルイワール公爵家のレングスとやらに抜き身の剣を渡した。レオンも剣を抜く。

「オレを斬り倒して逃げてみろ」

 子分に命令してさんざん人をなぶり殺しにしてきたくせに、自分の番となると恐ろしいようだ。ロクに剣も握れずガタガタふるえている。

「余はコーシャク家の⋯⋯」

 野次馬大衆が熱狂している。

「すげえ!」

「死闘だっ!」

「レオンさん! 殺っちまって下さいっ!」

「こんな野郎は、死んであったりまえだ!」

 殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せっ!

 うわ──────────っ!


 言われなくても、完全打倒するぞぉ。なるべく格好良く殺して、民衆を喜ばせたいねっ。脇差しを抜いた。

「いくぞぉ⋯⋯」

「よよよ余は、コーシャク家のぉ⋯⋯。ヒイイイイイ!」

 ザッ!

 派手に血が噴き出るように喉を薙いだ。まるで噴水だ。もう死んでいるのだが、景気づけに脳天に剣を叩きつけた。鼻のあたりまで刃が届き、公爵家のレングスとやらは、頭蓋骨に剣を突き通したままドス黒い血の海の中に崩れた。

 シ───────────────ン


「お貴族様なんぞ、こんな程度のもんだ! わーっははははははっ!」

 死骸に足を乗せて踏みにじってやった。グーリグリグリ~!

 ドッ!

 ワアァァ────────────ッ!!


「貴族だろうが、王族だろうが、無辜の民を害するやつは、死刑に処すっ!」

 ワオォォァ────────────ッ!!!


 さすがにレオンのこの発言は、後でちょっと問題になった。王家守護が任務で国王直轄の王宮親衛隊の行動なので、発言も国王の意志ということになってしまう。温厚な国王からお小言を浴びたが、批判は立ち消えとなった。


 切り刻まれた死体を百近くも前庭に並べてやった。みんな滅多切りで、まともな死体などほとんどない。愚連隊にひどい目にあわされていた王都の民衆は、くたばった貴族愚連隊のガキの死体に罵声を浴びせ、石を投げつけ、今までの溜飲を下げた。

 

 敵が全滅したので後始末だ。死体の身元を確認し、係累の貴族家に引き取りに来るように絡してやった。貴族家など冷たいもので、死体を引き取りに来たのは三割程度だ。家門の恥を始末してもらい、内心喜んだ貴族家も多かった。しかし、戻ってきた死体がめちゃめちゃに損壊していたことは、貴族の名誉を汚したとかで、保守派貴族にレオンに対する強い反感を抱かせることになった。そのためレオンは、後にテロられた挙げ句、失脚することになる。


 本当は公爵家のレングス君の首を突き立てた槍を先頭に凱旋したかったのだが、ジルベール大尉以外の全員がカンベンしてくれと反対するので断念した。

 全身に血を浴びて真っ赤な者が何人もいる。百五十人の親衛隊騎士が整列した。貴族子弟らしく長身の美形ばかりで装備も格好いいので、やけに映える。周囲は、黒山の人だかりだ。歓声が上がる。

「いいぞっ! 親衛隊第四中隊っ!」

「うお────────っ! 親衛隊第四中隊っ!」

「第四中隊、バンザーイ!」

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!

 わ────────っ! わ────────っ!


 真紅の旗にカマとトンカチのマークをあしらった例の軍旗を先頭に、軍歌に化けた革命歌『インターナショナル』を全員で高唱しながら、民衆の歓呼に包まれ、第四中隊は威風堂々と親衛隊宿舎に帰還したのだった。


♪起て!飢えたる者よ 今ぞ日は近し

♪さめよ我がはらから あかつきは来ぬ

♪暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて~


 レオンは、今回の愚連隊狩りの責任者なので、早急に報告書を書かなければならない。この報告書は、国王にまで上がる。アジビラの勢いで思い切り一気に書いた。


「我が王宮親衛隊第四中隊は、王都民に塗炭の苦しみを与えている極悪の犯罪組織『ブラックデューク』に対し、調査活動をを行い、殺人・誘拐などの重犯罪の証拠を得た。『ブラックデューク』一味をせん滅すべく、十二月十六日十六時、百五十名からなる部隊が出動した。十七時、『ブラックデューク』が不法占拠している廃屋敷に部隊が到達。武装集団は剣を抜き、抵抗の構えを示した。十七時十二分、突撃隊が敵アジトに突入し、戦闘を開始。戦闘は、せん滅戦の様相を呈し、親衛隊騎士は、容赦することなく次々と敵戦闘員を粉砕した。約一時間の戦闘の結果、九十八名の敵を完全打倒した。また、焼尽した地下室より敵四名の焼死体を発見した。前日十五日に打倒した三十ニ名を加えると、親衛隊第四中隊は、百三十四名の極悪犯罪分子の完全せん滅を成し遂げた。部隊の志気は高く、戦意はいよいよ盛んである」

 

 ニ波に渡る凄まじい攻撃で、百人以上の愚連隊を完全せん滅した王宮親衛隊第四中隊とレオン隊長は、一躍王都民の人気者になった。それと同時に恐怖の象徴ともなった。王都パシテで百人を超える集団殺人が起きたのは、二度目のファルールの地獄以来、実に二十年ぶりだ。

 レオンなら、もし愚連隊が逃げなければ三日連続で出撃していただろう。しかし、王都の民衆を脅かしていた愚連隊は、文字通り消え失せた。賢明にも皆殺しになる前に、逃散してしまったのだ。


02に続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ