第28話 チョロい恋をする3
開けっ放しの窓。
雪菜がこの部屋にいたのは間違いない。
じゃあ今度はどこに消えたんだ。
これも奈留たちが考えた作戦なのか?
それにしては、あまりにも複雑でたちが悪い。
あの3人がここで引き離すようなことを計画するとは思えない。
じゃあなんだ? 今度は本当にアクシデントだっていうのか?
そんなことありえるのか?
俺は必死に手掛かりを見つけようとするが、やはり奈留たちの仕業じゃないようで、部屋の中には何もなかった。
いったいどこに消えたんだよ……
今度は廊下の壁際になにかないかとくまなく探すことにし、外に出ると、さっき廊下にいた男が近づいてきた。
それだけで、こいつのせいだと分かる。
俺はそいつの服を掴む。
「どこだ!?」
「落ち着けって! 俺はただ教えたくて」
「どういうこと?」
「まずは服を掴むのを止めてくれ」
というので、服を離すと、そいつは苦笑いしながら頭を下げた。
「ごめん! これは俺のせいでもあるんだわ」
「だからどういう事だって」
「奈留や須藤とは同じ中学で、だからここで俺は誘導する役目を頼まれたんだよ。でも雪菜ちゃんを誘導する役目だったあいつは、惚れちゃってさー、多分ヴェネツィアゴンドラ近くの橋に行ったよ。本当は一人で行かせるはずだったんだけど。ああ、言っとくけど俺はあいつと縁切るからさ、奈留たちのこと悪く思わんでくれ、関係ないし」
申し訳なさそうにそう言うそいつを無視して、俺は全速力でヴェネツィアゴンドラ近くの橋に向かった。
静まり返った西洋風の道を全速力で走っていると、橋の上で強引に手を握っているそいつの姿が見えた。
雪菜は嫌そうに抵抗しているけど、そいつは止めない。
それどころか何やら怪しい液体を飲ませようとしていた。
それがどんな液体なのか分からないけど、雪菜にとっては害になる物だとは容易に理解できる。
そいつはペットボトルを雪菜の口に強引に近づけ、力が弱い雪菜はそれに抵抗できずにいる。
口までもう少し。雪菜は口を固く閉じているが、いつ強引にこじ開けられるか分からない。
もはや一刻の猶予もなかった。
俺は、人目を気にせずに大声で「止めろ!」と言うが、そいつは大きな舌打ちしながら止めなかった。
「残念だけどショーの音のおかげで叫んでも聞えねーから。お前が俺に勝てるとも思えないし。そこで黙って見てろよばーか!」
畜生すぎる。
そして黙って見ているはずがないだろう。
「馬鹿はお前だよ!!」
俺はボートを漕ぐためにあるカイを手に取るとそれでそいつを攻撃する。
しかし柔らかいカイではあまりダメージがないようで、ピンピンしている。
それでも雪菜を逃がすには十分効果があり、雪菜はそいつからスルリと抜け出すと、俺の後方まで走った。
さて、ここからどうするか?
当然ながら俺は武道を習っていいないので、勝てそうにない。
だから警備員を予め呼んでおいたんだ。
数人の足音が後方から聞こえてくると、そいつは焦った表情で舌打ちをした。
「おまえ弱虫かよ」
「お前にだけは言われたくないね」
全速力で逃げようとしてるそいつの後頭部にカヌをぶちこむ。
ダメージは全くないが、少し遅らせることはできただろう。
そいつのことを警備員に任せて、俺は雪菜を見る。
「……大丈夫?」
「……うん」
小声でそう言った雪菜は、怖かったのか涙を流していた。
次に涙を手で拭うと微笑んだ。
「私ってやっぱりチョロいみたい。やっぱり和人くんのことが好き」
「それは俺も同じだ。中学生の頃、俺が消しゴムをあげたら、雪菜は微笑んだ。もうその頃から実は惚れていた」
そう言うと雪菜は照れ臭そうに笑う。
俺はと言うと、何をしゃべればいいのか分からず……
ただショーの音と歓声を聞いていた。
しばらくすると、雪菜は不安そうな表情をした。
「和人くん……」
「……ん?」
「トラウマは、その大丈夫なの? もし、その……」
小声でそう言う雪菜を見て、俺は再び自分に嫌気が差した。
これからはこんなことが無いように、自分の殻を破り、ずっとそばにいてくれた雪菜を守るんだ。
「な、なんでじっと見るの! 恥ずかしいよ」
「いや自分で思ったんだ。俺はチョロい恋をしている」
「……なっ! 何言ってるの! 和人くんらしくないよ」
珍しく動揺している雪菜は、手で顔をパタパタと仰いでいたが、最後には微笑んだ。
「私もチョロい恋をしました」
end




