第26話 チョロい恋をする1
ネズミーランド。
日本で一番人気がある遊園地は、俺たちが住んでいる市から電車で30分くらいのところにある。
緊張のせいであまり良く眠れなかった俺は、少し早めの電車に乗り、待ち合わせ場所に向かった。
桜華曰く、現地集合が一番雰囲気がいいという事なので、俺は一人寂しくゲートを通る。
遊園地に来ること自体少し前の自分に言っても信じてもらえないだろうけど、一人でゲートを通ったと言えばなおさら信じてもらえないだろう。
ほぼ百で友達や恋人と来ている人が多数なのに、俺は一人。
なんだかやっぱり恥ずかしい。
周りを気にしないように急ぎ足でゲートを通り、待ち合わせ場所である海の前にある像に到着したけど、やっぱり早く着すぎたみたいで、まだ誰もいなかった。
待ち合わせ時間まで残り30分。
飲み物でも買って適当に時間を潰そうと考えていると、前方に奈留と須藤が見えた。
「おーい! 和人くんやほー!」
「うぃーす!」
二人仲良く手を振りながら近づいてくる。
俺はそんな様子を見て、少し不安だったギクシャク問題を頭の端に追いやる。
「おはよう二人とも」
「和とっちはやくね? もしかして待った?」
「いや、今来たところ」
「そかー。俺たちも楽しみでさー、早く着ちゃって」
二人は苦笑いした。
「だってネズミーランドだよ? 楽しみすぎでしょ!」
「まぁそういうことだよな」
須藤はそう言うと、入場ゲートを指差した。
「あれ。桜華じゃないか?」
「本当だ! あの輝きはまさしく!」
二人がそう言うので、目を凝らしてそれらしき人物を見る。
スカート姿でいかにも清楚なオーラを放っているので、すぐにその人物が桜華だと分かった。
桜華も俺たちに気づいたのか、ちょこりと手を振ると足早にこっちに向かっている。
「みんな早い!」
桜華の第一声はそれだった。
待ち合わせまで25分。
5人中4人が30分前に着くのは、少し不思議なことなので、当然と言えば当然だ。
「いやー楽しすぎて!」
「奈留ちゃんそれわかる!」
二人は女子ノリでキャッキャはしゃいでいるので、必然的に俺は須藤に体を向けた。
「あとは雪菜さ、ちゃんか!」
須藤はそう言うと、ハッとした表情で続けた。
「ああそうだ和人っち。今日は楽しみにしてろよぉー」
日曜日に河川敷で奈留が話していたことだろう。
どうせ話してくれないだろうけど、気になったのでどんなことなのか聞いてみることにした。
「それは教えられない! まあでも、あれだよ。奈留には内緒だけど、二人を仲直りさせたいって奈留が」
須藤はキャッキャとはしゃいでいる奈留を見たので、俺も見る。
「なんか悪いな……」
「そんなことないさ。べつに和人っちは悪くないと思うぞ。それに、俺たちがそうしたいってだけだから」
照れ臭くなることを、須藤は真顔で言うので困る。
俺は少し挙動不審になっているかも知れない。
「感謝する」
「そこはやってやるぜくらいでいいんだよ!」
「どうなるか分からないけど、やってみるよ」
「いい感じじゃん!」
「桜華さんも知っているの?」
「ああ、もちろん! 桜華も協力するって」
俺は桜華を見ると、桜華は俺の視線に気づき、微笑んだ。
容姿端麗、性格も良い。
それが桜華だ。
俺はここにいる全員に内心で感謝した。
ネズミーランドに到着してから28分が経過した。
しかし、雪菜の姿が見えず、俺はスマホを取り出した。
普段の雪菜ならば5分前には必ずいるはずなので、少し胸騒ぎがする。
自分のせいで遅れているとも考えられるので、なおさら胸が騒ぐ。
「雪菜ちゃん遅いね」
奈留もそう言ってポケットからスマホを取り出していた。
「あ! あれ雪菜ちゃんじゃない?」
というのは桜華。
俺は桜華が指差す方向を見ると、たしかにそこには足早にこっちに来る雪菜がいた。
「遅くなってしまったわ。少し迷子になってしまったの。ごめん」
「いや時間ぴったりだからよ。全然問題なし!」
「それね! この辺り複雑だから」
奈留たちはそう言うけど、俺は雪菜が嘘をついていると分かった。
雪菜は前もって道などを調べるような人間だ。
迷子になる可能性というのは低い。
つまり、雪菜は俺と会うのが気まずかったに違いない。
嫌われてしまった。そんな感情が急に込み上げてくる。
楽しいはずのネズミーランドだが、俺の心は晴れない。
胸がムカムカして、雪菜の顔を見れない。
雪菜も俺と目線を合わせる気はないようで、俺がチラリチラリと雪菜を見ていたのに、目が合うことはなかった。
そんな状況の中で、俺たちは最初のアトラクションに向かう。
最初に並んだのは、ジェットコースターだ。
ジェットコースター系は人気なようで、長蛇の列だった。
仮に今ここにいるのが俺と雪菜だけだとしたら、険悪な雰囲気になるのは間違いない。
しかし今は須藤たちがいる。彼らがいるおかげで、俺は平常心でいることができた。
雪菜はどう思っているか分からないけれど、少なくとも俺にとってはありがたい。
「もうそろそろだね! 楽しみすぎだよ! あ、そうだ元気あれ!」
「ああそうそう! かずとっち! 俺と奈留と桜華は後ろに乗るよ! 同じ中学連合的な感じで!? かずとっちと雪菜ちゃんは前な」
「……え?」
と言ったのは雪菜だ。雪菜は困惑した表情を一瞬見せ、次に頷いた。
「俺と雪菜……?」
「もちろんだろぉ! 同じ中学連合! 桜華も同じ中学だし」
「同じ中学同士どっちが怖かったか後で感想言い合うんだよね、須藤くん!」
「……え? ああ、そうそう。そうたしかにそう」
須藤に絶対にそこまで考えてなかっただろうと言いたい。
須藤は少し挙動不審になっていた。
「まあどっちが怖がりか見せてやるよ!」
と言いつつ須藤はウインクしてくるので、俺は腹をくくった。
さっきの雪菜の表情から察するに、俺と一緒なのは嫌なはずだ。
でも、そんなのは関係ない。この間の日曜日に過去を克服すると誓ったばかりじゃないか。
俺は軽く太ももを叩き、雪菜を見た。
「どっち、が怖がりか、証明してやろう」
「そ、そうね。陰キャの私たちには、こ、これ以上怖い物なんてないわ」
こんな勇敢な会話をしたけれど、二人とも目をチラリチラリと合わせるだけ。
雪菜がどんな表情をしているのか全く分からないまま、座席に座る。
雪菜が奥側。俺が中央。
座席間の距離は狭く、死にたいくらい緊張する。
手汗がびっしょりのまま走り出したジェットコースター。
カタカタと音を立てながら動き出すけれど、俺はそれどころじゃなかった。
左には雪菜が座っているのだ。
俺はチラリと雪菜を見ると、雪菜は凍り付いたような表情で前を見ている。
もしかして雪菜はジェットコースターが苦手なのか?
雪菜は目をキョロキョロさせ始めたので、俺は無意識にそう尋ねていた。
しかし雪菜はロボットのように首を横に振る。
「そんなわけ、ないじゃない。私に怖い物なんて、ない、わ」
嘘をつけ。
どこから見ても今の雪菜は怖がっているようにしか見えない。
真顔でそう言われても説得力はない。
徐々に速度が上がっていくにつれて、雪菜の表情は凍り付いていく。
俺はアトラクションとしての楽しみよりも、雪菜の意外な一面に釘付けになっていた。
「これは夢。これは夢。これは夢」
ジェットコースターで一番高い場所に辿り着いたところで、雪菜はそう呟きだした。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫よ。こんなの、へっちゃらだわ」
次の瞬間、雪菜は目を丸くさせた。
ガッーと音をたてながら落下していくジェットコースター。
雪菜は無意識に体を俺に寄せていた。
そんなことをされれば、ジェットコースターどころじゃない。
雪菜とは対称的に、俺の心臓は幸福感でドキドキしている。
しかしだからと言って、手をつなぐなんてことはできずに、そのまま終了。
雪菜はハッとした表情で俺を見た。
「ご、ごめん」
雪菜はそう言って、今度は体を反対側に寄せた。
そんな行動をされれば当然悲しくもなり、俺は首を横に振り、よそよそしく立ち上がる。
こんな状況ではとてもじゃないけど、素直に話せない。
俺は列車から降り、須藤たちと合流。
それと勝負の結果は、当然俺たちの負けだった。




