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第21話 和人は開き直る

雪菜の家は、豪邸だった。

普通の家が4~5戸ありそうな規模で、邸宅は通常の2倍ほどの大きさがあるし、芝生やデッキがある……このこと自体驚くべきことなのだろうけど……俺は今雪菜との距離が無性に気になっていた。


そう、気になりすぎて思考の邪魔になっていた。


たしかに今まで俺たちのパーソナルスペースは、近かった。

でも俺と雪菜の距離はこんなにも近かったのか!?

筆箱2個がようやく入るくらいの距離で横並びしていることに今更気づく俺。

パーソナルスペースに踏み込み過ぎなんてどころじゃない、パーソナルスペースを共有しているレベルじゃないか。


「和人くん? どうかしたのかしら?」

「い、いや……雪菜の家ってすごいなと」


俺がそう言うと、雪菜は小さく頷いた。


「両親が凄いってことよ。私自身は可愛いだけだわ。勉強だってそこまでできるわけじゃないし」

「それでも俺よりは優秀だと思うけれど」

「和人くんはずっとゲームをやっているからだと思うの」


そう言った雪菜は、俺を庭まで案内してくれた。

心臓が破裂しそうな状況で、雪菜の後をついていく。

人工芝ではなく天然の芝。

しっかりと手入れがされた芝を進むと、木でできたテーブルと椅子を指差す雪菜。


「ここでいい?」

「も、もちろん」


高鳴る心臓の音を抑えるように深呼吸をした俺は、木でできた椅子に座ると、


「ワンワン!」


ラブラドールレトリバーが、家の中から興味深そうに俺を見ていた。

雪菜は窓ガラスを前足で何度も叩くそいつを見て、


「和人くん。犬は大丈夫?」


俺は首を縦に振った。


「この子、ムギって言うの。うるさくなるから外に出しちゃうね」


雪菜は玄関から家に入り、庭に面した窓の鍵を開ける。

瞬間、ムギは俺目掛けて一直線に走り出した。


「人懐っこいから安心して」


雪菜がそういう前にベロンベロンと手を舐められていた俺は、苦笑いする。


「苦手じゃないから大丈夫。むしろ犬は好きだ」


ムギの頭を撫で、モフッとした体を触る。

犬を触るのは久しぶりだけど、やはり気持ちがいい。

毛並みの感触を味わっていると、雪菜はまたもや家の中に入っていた。


「お茶持ってくる」


スリッパをカツカツと鳴らしながら消えた雪菜。

その瞬間緊張していた俺は、気が抜けた炭酸飲料水のように体を丸めた。


「緊張する……」


ムギの登場で少しは緊張が和らいだが、俺は今雪菜の家にいるのだ。

カーテン越しに雪菜の姿が見え、太もも丸出しな格好でお湯を沸かしている。

学校で何度も見ている《《あの太もも》》だ。

普段なら何とも思わないというのに、すごく魅力的に思えてくるのはシチュエーションのマジックなのだろうか。


白く、細く、でもむっちりとしている太もも……

ああ、ダメだダメだ。


俺は視線を落とし、ムギを見つめる。


「今の俺を助けることができるのはお前だけだよ……」


ムギをワシャワシャと触ると、ムギは尻尾を大きく振ってくれた。

俺はムギが愛おしくなり、半分抱き着くような状態になっていると、


「和人くん、犬好きだったの?」


喋り方が学外モードにいつの間にか切り変わっていた雪菜は、お茶とお菓子を持ちながら微笑んでいた。

その微笑みにまたしてもドキッとじゃない、今の俺にとっては毒だ。

目線を下げれば現れる太もも。


俺は目線を逸らした。


「まぁ犬は好きかな」

「そっか。よかった」


再びこっちに来た雪菜は俺にカップを手渡すと、


「私って犬派・猫派どっちだと思う?」

「……犬を飼っているから犬派だと思うけど」

「そう犬派。でも私を知らない人は猫派だと思うらしいの。きっと見た目のせいかな。ほら私って整った顔をしているし、目元が猫みたいだし」

「それ自分で言う?」

「和人くんもそう思うでしょ」


頬杖をついた雪菜は、自信満々な顔でそう言った。

突然の質問で俺はどう答えていいか分からなかったけど、雪菜は確かにかわいいので俺は頷く。


「間違いないよ。学校で一番かわいいし美しいのは雪菜だと思う。悪友補正もあるだろうけど、本当にかわいいと思う」


俺は開き直っていた。

今さら皮肉を言って誤魔化したところで、自分の気持ちまで誤魔化せるわけではない。

それに、これくらいの本音を雪菜が聞いたとしても何とも思わないだろう。


……と思っていた。


雪菜の頬は徐々に紅潮し、恥ずかしそうに眼をキョロキョロと動かしている。


「んっんっ」


咳払いをした雪菜は、続けてお茶をごくりと飲むと、


「そんなこと言われると思わなかったかな……」


そう言うと、今度はお菓子ヒョイと口の中に放り込んだ雪菜。


「ねぇ。どういうところがかわいい?」


こんな変なことを言うんだ。


「は!?」


俺はびっくりしてしまった。

質問の意図は全く分からないけど、雪菜は嬉しそうだった。

嬉しそうに、だけど涼しい顔で紅茶を飲んでいるんだ。


全く意味が分からない。

分からないけれど、あえて冗談を言う気にもならず、


「見た目だと……凛としているように見えるけど喋るとおっとりしているとこ」


考えた結果、素直に答えることにした。

そして正解だったようで、雪菜は嬉しそうに微笑む。


「つまり私の顔が大好きってことだね。24時間365日眺めていたいんだね」

「そこまでは言っていないだろ! それじゃあ、ただの変態じゃないか」

「和人くんは変態でしょ!」

「変態の定義による……」

「毎日私の太ももを見ているのだから、変態と言っても過言じゃないよ。私の太ももを毎日見られるなんて幸運なことだと思う」

「故意的じゃないけど!!」


クスリと笑った雪菜は、


「冗談だよ! だけど、私のことを好きでいてくれているようで安心!」

「学校内唯一の悪友だからね、そりゃー、ね」


そりゃー大好きにきまっている。

長年一緒にいたのだから。

とは言えずに言葉を濁すが、雪菜は満足そうに頷いた。


「それならよかった。これからも悪友として桜華さんとの進展を応援します」


雪菜は、にこっと微笑んだ。

俺はそんな雪菜を見て、申し訳なさそうに首を横に振った。


「ずっと言おうとしていたことなんだけど、俺は別に桜華さんのことが好きじゃないんだよ」


機会がなくなかなか言えなかったことを、俺はぶちまけた。


「え!?」


混乱した表情をした雪菜は、持っていたポッキーを落した。

そりゃそう。

これについては俺が悪い。

たしかに雪菜は俺が桜華のことを好きだと勘違いしていたけれど、もう少し早く言うべきだった。

俺にとって桜華は交際も・進展もしていない、いわばアイドルのような理想。

尊い存在と好きは別。

たしかにこれから桜華と交流したら……いずれは桜華を好きになるかもしれない……


だけど……重症患者のように俺は雪菜のことが好きらしい。

それに好きだと気づいた時点で、包み隠さずに言わなければいけない気がした。


「たしかに桜華さんは、アニメの聖女のように理想的な女の子かもしれない。でも尊いだけで好きではないんだ」

「和人くん、その言葉は私以外には使わない方がいいと思う」


ジト目でため息をついた雪菜は、しかしなぜか嬉しそうに微笑んだ。


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