第17話 たい焼き
メロンジュースの中にあったストローを、恥ずかしそうにつまむのだった。
なんだかその表情を見ているともうし訳ない気持ちが溢れてくるが、飲まないのも失礼になるので、グラスを受け取る。
こんなことならば新しいドリンクを取りに行くべきだったと後悔しつつ、俺はストローをひょいと桜華側に向けるとグラスに口を近づける。
本来ならばこれはチョロい行為のはず。
というか、相応しくない行為だ。
男女がグラスを共有して飲み物を飲むなんて、流儀に反するけど……
グラスを近づけるほど目の前でぼやける桜華。
顔は次第に見えなくなり、上半身だけが見える。
そうつまりは、胸の部分がみえてしまうわけだ。
服を押し退ける胸の部分をずっとみている訳にはいかないので、俺は何も考えないことにした。
勢いのままにグラスに口をつけると、メロンジュースを一気に飲み干す。
そのままの勢いを保持して、俺は自分のグラスを左手に持つと、席を立ちドリンクバーのエリアに向かう。
俺のグラスにはレモネードを、そして桜華のグラスの替えがないか必死に探す。
しかし替えのグラスは見つからずため息をつくと、後方から甘い声が聞こえてきた。
「そのままでいいよ! 和人くんのなら気にしないから」
誤解が生じる言葉を言う桜華。
もしここにいるのが俺じゃなくて、他の男ならば勘違いしていると思う。
「そ、そう?」
「そう何度も言われると恥ずかしいよ!?」
顔を赤らめた桜華を見て、俺は素早く顔を背けてメロンジュースのボタンを押し、グラスに注ぐ。
ダメだ。そうダメだ。
桜華と対面していると、頭がお花畑になりそう。
桜華が優しいから友達として認めてくれているのであって、決して好きという意味ではない。
そう、違う!
俺はメロンジュースがタプタプと入ったグラスを桜華に渡す。
すると桜華は「うん」と小さな声で言うのだ。
俺はどうすればいいのか。
もしかしてここは天国なのかもしれない。
目の前には、水野桜華の姿が見える。
黒髪で肌が白くかわいい。
そんな彼女が少し恥ずかしそうな表情で俺を見ているんだ。
まさに理想としている恋人が目の前にいる。
「ハロラント、マッチから抜けちゃったかな?」
「あ! そうだった! 和人くん! 早く戻らなくちゃ」
こんな間抜けなことを言う俺だった。
その後俺たちは、2時間ほどゲームをした。
全勝とはいかなかったけど、7割ほど勝てたのでなんとか面目が立った。
時刻は6時。
普段の俺ならば自室で母親が作っている料理の香りを楽しんでいる頃だ。
しかし今は桜華の真横に立って居る。
そんな桜華は満足そうに伸びをすると、目の前にある錆びた時計を見た。
「6時ですか」
「6時ですね」
「じゃあそろそろだね」
というので俺は頷き、俺たち学校方面に歩き出す。
「和人くん。たい焼きは好き?」
唐突な質問が来た。
「まぁ、美味しいと思う」
質問の意図が分からないので正直にそう言うと、桜華は目の前にあるたい焼きやを指差す。
「叔父さんが経営しているの。今日付き合ってくれたから!」
「俺もゲームしたかったし、いいよ」
「ううん。お礼がしたいの」
「お礼?」
「奈留ちゃんのこと手伝ってくれてありがとうって」
「なんもしてないと思う」
「そんなことないよ! ちょっと待ってて」
たい焼きやの目の前までくると、桜華は駆け足で店に向かってしまった。
俺はなんだか、そわそわとくすぐったい気持だ。
お礼を女の子からされたことがないので、くすぐったい。
こういう時は素直に受け取るべきなのか、もう一度断るべきなのか考えていると、桜華がでてきた。
袋を俺に向けた桜華は、
「今日はありがとう和人くん! 楽しかった! また行ってくれるかな?」
「も、もちろん」
俺は、たい焼きセットをいつの間にか受け取っていた。
桜華のマジックだ。
「じゃあ私こっちだから。また学校でね」
小さな路地を指差す桜華。
俺は頷くと、桜華は微笑むと背を向けたのだった。
明日は悲しいことに休日だから、また会う日は2日後だろうか。
どんどんと小さくなる桜華の姿を俺はある程度まで見送り、別れ際というのは悲しくなるのかと思いつつ学校方面へと歩き出した。




