第16話 ゲーミングカフェ2
「奈留ちゃんは大丈夫だよね?」
「わからないけどそう思いたい」
俺は桜華が指定したゲームを起動しながらそう答える。
何があったのか分からないけど、これ以上深入りするのは違う。
「そう、だよね」
心配そうな表情の桜華だったが、何かに納得したのか一度頷くとディスプレイを見た。
だから俺も切り替えて、ディスプレイを見る。
『ハロラント』
爆破を阻止する側と爆発物を仕掛ける側の戦いがテーマのFPSゲームだ。
銃で相手を倒す5vs5のゲーム。
「和人くんこのゲームやってる?」
「息抜き程度にだけど」
「そうなんだ! じゃあハロラントやろう」
少し前の自分なら桜華がハロラントをやっていると全く思えなかった。
しかし隣にいる桜華は体をほぐし、椅子の高さを変えているので、かなりやり込んでいるようだ。
競技性の高いPCゲームにおいて椅子の高さやデバイスの位置などは、勝利に近づくための重要な前段階。
桜華は次にマウスの位置、キーボードの位置、ディスプレイの位置を変えると、俺を見た。
「和人くんはそのまんま!?」
「俺はあまりこだわらないタイプなんだ」
「そうなんだ」
そう言った桜華は、アンレートマッチの項目をクリックした。
アンレートマッチとはレートを賭けた戦いじゃなくて、気軽に遊べるモードのことだ。
このモードを選ぶ時点で桜華が上級者だと分かってしまう。
この環境でゲームをすると不利になるので水野桜華は、レートを賭けた戦いを選ばなかったのだ。
体から冷や汗がでてくる。
俺の位置はマスター。
桜華がもっと高い位置にいたとしたら、恥をかくところだった。
額の汗を拭うと同時に、『マッチしました』と表示された。
「あ! マッチしたよ!」
「じゃあ、俺は後から選ぶよ」
「いいの?」
「うん」
そう言ったものの、既に残りの2人はキャラクターを決めていたので、選べる役割がほぼ決まっていた。
「じゃあ私はヒーラーで! 和人くんDPSお願いします!」
「いいの? 人気の役割だけど」
「私この役割専見たいなところがあるから」
「そうなんだ」
「うん。和人くんは?」
「俺は……余りものかな」
そう言って最強キャラを選んだ。
普段アンレートマッチをするときは、あまり使わないキャラクターを選択するが、今回は桜華がいる。
絶対に負けたくない。
そう、負けたくない。
俺はディスプレイの位置をこっそりと修正すると、防衛側で対戦が始まった。
アンレートの試合なので味方と敵の強さが平均同士になることはない。
そんな言い訳をしつつ、俺は早速ひとり倒す。
「和人くんナイスだよ!」
桜華の有難い言葉つきで。
なんだろう、このゲームにも女子はいるけれど、また違った感覚だ。
この高鳴る鼓動は何だ……?
これが清楚系女子の魅力というやつか……!!
そんなことを考えていると、敵全員が突撃してきた。
「あ!! ごめん、敵侵入! 爆発物設置マン一人。俺死亡!」
「OK! って和人くん『俺死亡』って」
俺が桜華を笑わせてしまったせいで、桜華の画面はブルブルと揺れている。
当然、そんな状況で敵に狙いを定めることなどできず、桜華はやられてしまった。
残る3人の味方も結局やられてしまい、1ラウンド目を落してしまった。
ツボにはまったのか腹を抱えて笑っている桜華。
「笑いすぎだって」
「ごめんなさい……! でも和人くんゲーム中だと口調が変って、そのギャップが」
再び笑い出した桜華の画面はまだブルブルと震えていたが、俺は桜華を無視して敵を2人撃破。
「和人くん強い!」
ようやく笑いが収まった桜華の第一声はそれだった。
「桜華がいるから負けられない。あっ! 味方一人死んだから桜華カバーマンよろしく!」
「分かったカバーマンします!」
少しだけ馬鹿にされているような気がするけど、無視だ。
俺は敵の背後をとることにし、大きく裏をまわっていく。
「設置しているかも!」
「設置場所に何人いそう?」
「足音が結構するから全員いるかも!」
「了解!」
桜華の言葉を信じて足音ガンガンで設置場所を目指す。
「設置した!」
「近いから一緒にでよう。合図する」
「分かった!」
設置場所の近くまで来ていた俺は、足音を消してゆっくりと直線の通りを進む。
大抵、裏を見ている敵が一人はいるはずなので、曲がり角でそいつとの勝負になる。
「準備はいい?」
「うん」
「よしいこう!」
曲がり角を曲がると、敵が見える。
俺は瞬時にそのキャラクターめがけ発砲するが、弾はそのキャラクターを貫通した。
さらに前方を見ると、桜華が使っているキャラクターが血を流しながら横たわっている。
桜華が使っているキャラクターの真横には、敵が二人。
そして敵は俺に気づいておらず……
「桜華ナイス!」
俺はそう叫ぶと、画面には『ラウンド2勝利』という文字が現れていた。
「やった!」
桜華は嬉しそうに俺を見た。
「和人くん強い! レートいくつなの?」
ついにこの時が来てしまった。
1ラウンド勝利の余韻も吹っ飛ぶ時が。
でも仕方がない。
FPSゲーマーとは、レート大好き人間の集まりなのだ。
俺は首を傾げている桜華の目を見る。
「……ま、マスターしかないけど……」
そうマスターしかないんだ。
すまないマスターで。
桜華は俺を見損なっただろう。
そう考えていたが、桜華は驚いたような表情をした。
「マスター!?」
「そうだけど」
「すごい! 私なんてプラチナだよ!」
プラチナとはマスターの2段階下の位置にある。
俺はその言葉を聞いて全身の力が抜けた。
ふにゃりとなった体は、まだ動きそうもない。
桜華は心配そうな表情で近づいてきた。
「大丈夫!?」
心配そうな表情でそう尋ねる桜華は、やはり清楚系の鏡だ。
距離が近すぎてどんな顔をしていいのか分からないし、柔軟剤のいい匂いがすごい。
だから俺は桜華から目を背ける。
「だ、大丈夫」
「よかった~。でもこれ飲んだ方がいいと思う」
差し出されたのは、飲みかけのメロンジュース。
当然桜華が使っていたストロー付き。
「……え?」
「ん?」
「ストローで咥えるのはちょっと、いくらなんでも」
「ち、違う!」
顔を真っ赤にした桜華は続けて、
「グラスでってことだよ!」
メロンジュースの中にあったストローを、恥ずかしそうにつまむのだった。




