0094 寄生種の眼は外来種を見抜く
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
【降臨暦2,693年 燭台の月(3月) 第25日】(66日目)
【報いを揺藍する異星窟】の【人世】側の出口に広がる大森林は、丘陵地帯に挟まれて小川や大小の泉が多く、そのせいかはわからないが、かなり水はけの悪い湿地混じりの領域である。暫定的に『湿地森』と名付けたこの森林地帯での生態調査は、数日の間に劇的に進んでいた。
シースーアの暦の上では既に3月も後半のこと。
夜空の星々に【精密計測】を利用した天測を行うことで、【人世】の1年の周期もまたほぼ360日である計算結果が得られていた。まぁ非常にざっくりとしたものではあるが……【人世】が【闇世】の"親世界"であることから、可能な限り人族――ルフェアの血裔――にとって、元の環境から大きく変わらない世界として生み出される試みがなされた、という今の俺の理解に合致する情報ではある。
それで、3月後半である。"四季"の考え方が【闇世】と俺の元の世界で近いならば、当然"親世界"である【人世】のそれも同じこと。
であるならば、いい加減、春の気配が急速に芽吹いて雪が溶けていってもおかしくないのであろうが――未だ『湿地森』は雪深い。たまたま、俺とソルファイドが最初に出たのは小春日和だったようで、その後の数日は雪が降りしきっていた。
だが、この"季節外れ"の多雪。これが、どうにも元からこの地域固有の自然現象である、というわけではなく、『湿地森』においても異常事態であることが生態調査から見えてきた。
この強烈な"寒気"は、付近の丘陵の最標高地から遠見できる、盆地を一つ挟んだ北東側の山地から流れ込んできていたが――流れ込んできているのは"気候"だけではなかったのだ。
まるで"北東側"の地域から引っ越ししたか、さもなくば"避難"してきたかのような。そんな、生物相の丸ごとの「移住」による影響が『湿地森』の随所で観察されたのである。
現在、俺は『性能評価室』にいた。
そして調査結果の最終確認として、俺はその生物達の戦闘能力の"評価"を完了させつつ、『煉因強化:脚力上昇』と技能【悪路走破】によって運搬能力を強化した労役蟲達に"後始末"を任せたところである。
運ばれていくのは2種の生物であり――『湿地森』の生態系において「頂点捕食者」の座を争っていた存在だ。
片方は緑白色の体毛に漣を思わせる黒色の縦縞を帯びた、元の世界で言う大型の猫科を思わせるサーベルタイガーのような肉食獣である。"最適化"された名称は『緑漣牙虎』であり、その名の通り牙虎を思わせるような、肉を切り裂くのに適した長く鋭い突き出た牙と、それを収める鞘のように変形した顎部の一部が特徴的である。
だが、それ以上に樹上から湿地、特に沼の中にまで潜って何時間でも獲物を追跡することのできる持久力がこの牙虎の強みであり――漣と共に現れて、鹿型の草食獣を主食とする。
こいつからは『因子:強肺』が得られている。
そしてもう片方は、猫科大型獣とは打って変わり、まるでフクロウの目玉を思わせるような、個体によっては8から13もある"模様"を腹に宿らせた、灰色の体毛に覆われた"大蜘蛛"であった。
『痺れ大斑蜘蛛』という名前として"最適化"されたこの蜘蛛は、なんとその体格だけならば【闇世】の葉隠れ狼にも匹敵しており、少なくとも俺の元の世界における「虫」の常識で捉えられるものではない。
――その特徴は、まず見た目からの予想通りのものとしては"糸を紡ぐ"という能力。そしてそれに加えて、まるでアメンボのように分厚くそしてきめ細かい体毛に覆われた8本の肢先である。痺れ大斑蜘蛛は、この水面に触れれば大量の気泡を保持することができる8本の肢で器用に糸を紡ぎながら、なんと簡易的な"筏"を作り上げてしまう。そうして表面張力を稼ぐことで、沼地はおろか、時には小川すらをも渡っていく能を見せていた。
加えて、その牙にある種の神経毒を有しているようであり――噛まれれば亥象ですらも数十分程度で動けなくなるほど麻痺させてしまうという、生粋のハンターである。
こいつからは『因子:紬糸』と『因子:侵神経』を得ることができた。
単純な膂力とその持久力では『牙虎』に軍配が上がり、紡いだ糸をハエトリグモのように前の方の肢の間で構えて絡め取る、という戦術込みでならば『大斑蜘蛛』が勝る、という戦闘力では互角の"捕食者"同士が――共に樹上から湿地帯、沼地までをも縄張りとしている。
獲物とする生物すらもが"引っ越し組"を含めて被っており……つまり【人世】の『湿地森』で、この2種は現在、食物連鎖上の最上位を決める生存闘争を繰り広げていたのである。
どうも、巣の痕跡などを広く調べさせていると、元々この『湿地森』を中心とした丘陵地帯に先住していたのが『緑漣牙虎』であったが、そこにこの"季節外れの冬"の震源と思しき北東の盆地一つ越えた向こう側の山地から、『痺れ大斑蜘蛛』を中心とした何種類もの生物が移動してきた、ということがわかっていた。
"最上位"の争いにおいては牙虎vs大斑蜘蛛であったが、その他でも、例えばこの2種の「食べ残し」を巡って大型の猿のような生物と禿鷲のような生物同士が争ったり、雪をかき分けて木の根を掘り出したり木の皮をかじる鹿とトカゲなど、似たような食性を持つ生物同士が少ない餌を巡って争う様子が森の各地で観察されたのだ。
仮に、もう少し長い時間をかけて一所で生物達がそれぞれのニッチに棲み分けて、そうして食物連鎖が形成されたのであれば――このような"喧騒"は起きまい。異なる地域同士で、それなりの規模の外来種の侵入が起きたのだと俺は疑っていた。
――そして、その原因。
多頭竜蛇から分離されつつも、その独自の精神を塗り潰されずに個性を温存させることができた存在たる竜の生首「ヒュド吉」を【人世】に放り込んだ際。
彼は真っ直ぐに"北東"の方角に、転がるように勢いよく顔を向けて、こう言ったのであった。
『むむむぉ! あっちから、あっちから、われの"仲間"の気配がするのだ! 懐かしいのだ!』
亥象の肉以上に"蜘蛛肉"が気に入った様子であったので、走狗蟲と隠身蛇の混成班に狩らせてきたそれを与えつつ――口を割らせて"仲間"とやらの意味と詳細を確認したところ。
それは"竜種"というではなく。
"古い主に共に仕えた"という意味での「仲間」とのこと。
斯くして俺の【人世】調査の"方向"は、二重の意味で定まった。
では具体的にその「お仲間」とは誰であるか? という質問に対しては、ヒュド吉は予想を裏切らず、「忘れてしまったのだ! 肉、うまい! この舌がしびれるような風味が……とても効くのだ!」などと言い始め、副脳蟲どもが≪すぱいきゅぴーホットドッグ!≫などと実在しない食い物の記憶を捏造し始めたので、丁重に、まとめて【闇世】の元の生け簀に帰宅させたが。
なお余談であるが、せっかくヒュド吉を生け簀から出す機会であったので、多少の「実験」も行っている。1つ気になっていたことがあり――浸潤嚢に漬けてみた。そしてその際に解析された情報から、たとえば『竜の臓器』など再現できないだろうか、と紡腑茸に確認したところ。
色々と考えさせられる結論であったが、端的に言えば、多頭竜蛇には「臓器が無い」という疑いが生じたのであった。
……単に、肝心の胴体部分が解析できていないからなのか。はたまた、そもそも生首だけで当たり前のように生存しているヒュド吉、もとい多頭竜蛇があまりにも特殊すぎる生態であるからなのかは現時点ではわからない。
だが、これを考える際に――そもそもヒュド吉からも解析された『因子:混沌属性適応』や『因子:再生』が、何らかの意味を持っている気がしてならないのであったが。
さて、話を"調査"に戻そう。
わずか数日でここまでの【人世】情報を集めることができたわけだが、もちろん、『最果ての島』で生態調査の時のように走狗蟲達を走り回らせたなどというわけではない。人里離れた森林地帯に"裂け目"の出口があったことは朗報であったが、万が一にも、厄介な存在に目をつけられる、という可能性の排除が第一目標であることは変わっていない。
しかしそれでも、俺の迷宮は、これだけの生態調査を実行することができたが――その絡繰りが【闇世】側で新たに獲得した"因子"にあった。
グウィースがリッケルの置き土産の"おまけ"であった『宿り木樹精』を取り込んで、生み出すことができるようになってしまった存在である『小人の樹精』。
俺の直接の眷属ではないため、技能テーブルなどを直接見れたわけではないが、どうもこいつは"様々な"樹精に『進化』することが可能なようであり。ある意味では彼らの"親"たるグウィースが俺の【エイリアン使い】の従徒となった影響が、ル・ベリの【異形】とはまた違った形で見て取れる。
そしてこの小人の樹精。
彼らは、そもそも自分達が生み出されるキッカケとなった『宿り木樹精』にさえも、当然の権利のように「進化」することができることがわかった。
……いざとなれば【人世】側で「そういう魔獣である」とまだ言い訳できる『宿り木樹精』達を、グウィースから"お願い"してもらって『湿地森』に少数解き放った、だけではない。
彼らに【因子の解析】を発動することで、『因子:寄生』の解析を完了させることが、できたのであった。これが大きかった。
その結果、新たに「系統」レベルで解放されたのが『エイリアン=パラサイト』系統であり、その系統の"祖"となる『母胎蟲』である。
――そしてエイリアン=パラサイト系統は、エイリアン=ビーストやエイリアン=ファンガルとは少々異なる"進化系統図"を有していた。
母胎蟲は、喩えるなら労役蟲に"ゾウガメ"の頑丈さと、"タガメ"の生態性質を足したような形態に変化させた存在である。肢がある分、ファンガルよりはビーストの系統にずっと近いが――命じなければほとんど動かずじっとしているという点では、性質面ではむしろファンガル寄りかもしれない。
最大の身体的特徴は、背中から生えた巨大な"瘤"であり、ラクダのように盛り上がっていながら、同時に大型のカメ類の甲羅のように硬く柔軟でもある、皮膚が変化した器官である。そんな"瘤"が全身の半分以上をも占めており、そこには素の状態で10もの「孔」があり(系統技能に点振りしてやればさらに増やせそうである)。
――そして孔の中には、親指サイズの小さな小さな蛭のような"小蟲"が住み着いていた。こいつこそが進化系統図上では母胎蟲から"破線"で繋がっている『寄生小蟲』という名前の極小のエイリアン。
そして、エイリアン=パラサイト系統において"進化"するのは、母胎蟲ではなく、彼女達が技能【小蟲の創成】によって1つ1つの孔に生み出す、この寄生小蟲自体なのであった。
寄生小蟲達と彼らの"母胎"の関係性は、なかなか複雑である。
まず、個々の俺の眷属としての"維持コスト"は全て母胎蟲が負っている。その"胎内"にいる限り、寄生小蟲達は維持コストが不要。
ただし、その分「腹の子を抱えた」状態となる母胎蟲の方で維持コストが増大するが、個々の寄生小蟲達の大きさ自体がごく小さなものであるため、種族技能で【巨体化】でもさせない限りは誤差と言える範囲である。
なお、「孔」の数以上の寄生小蟲及びその"進化"系統を1体の母胎蟲が養い抱えることはできない。
一方で寄生小蟲達は母胎蟲から長時間離した場合は――魔石や命石の欠片などを"お弁当"として持たせない限りは、徐々に衰弱していき、個体差もあるが早いとわずか24時間ほどで「壊死」してしまうほど脆弱だ。なんと、迷宮領域から直接、魔素と命素を吸入する力すらこの"小蟲"達には無く、かろうじて魔石と命石の粉末をかじることで永らえることができるに過ぎないのである。
こうしたある種の強い一体性を有していることから、俺はむしろ『寄生小蟲』と『母胎蟲』はワンセットの存在と捉えた。
つまり、見た目こそ別々の独立した個体のように見えるが――寄生小蟲は母胎蟲の端末であり、その一部であるという理解だ。
実際、寄生小蟲に対しては直接【眷属心話】による指令は下せなかったのである。これは、言うことを聞かないことは別として心話自体はできる幼蟲達とも異なる点である。
いずれの"小蟲"にしても、一度母胎蟲の腹の中に抱えさせてから、母胎蟲経由でなければどんな簡単な指令すらも受け付けなかったのである。
……しかし、系統としての"進化"は母胎蟲は行わない。
あくまでも彼女の「孔」の中にいる状態で、個々の小蟲達が、小さな小さなとても小さなエイリアン=スポアを形成して、『共覚小蟲』や『微臓小蟲』などに進化するのである。
そして"進化"後の維持コストについては、やはりそれぞれが住む「孔」の持ち主である母胎蟲に加算される、というものであった。
母胎蟲自身は【遷亜】や『煉因強化』などを駆使しなければ強化はできず、系統そのものとしては非常に脆弱であると言えるだろう。肢があり移動することもできるものの、小蟲達の住処兼管理端末としてじっと一箇所に佇む様が、まさにファンガル的でもあると言うことはできた。
下手をすれば労役蟲よりも弱く、襲われればあっさりと、その腹に抱える"小蟲"達ごと全滅する程度の存在であるが――しかし。
それでも資源を割く価値があるほど、彼女の"子供"達は優秀であり、俺が『湿地森』での調査を一気に進めることができた功労者達であった。
まず、寄生小蟲。
この小さな親指大の蛭的存在は、その名の通り、エイリアン以外の生物に寄生することができるのが特徴である。一度寄生状態になれば、命素に関しては宿主から微量吸い取りながら生き長らえるため、魔素さえ"お弁当"として持たせれば長くて3~4日は保つ。
そしてその重要な特徴として、小醜鬼や他の最果ての島の生物を使った実験から、彼らは寄生した部位の"感覚"を蛭のように吸い取り、記憶することができることがわかっていた。
目の奥などで視神経に寄生させれば、視覚情報を。
鼓膜や三半規管の近くなどに寄生させれば、聴覚情報を。
加えて脳の近くに寄生させれば、限定的ではあるが"思考"情報を。
――それどころではない。
便宜的に『丹田』と呼ぶことにするが、「内なる魔素」と「内なる命素」を練り上げる、ある種の生物としての体内の魔素・命素の流れを巡らせる箇所、個体によってかなり位置が異なっているのだが、ここに上手く寄生させれば、魔素覚とでも言うべき、魔力の発動に関する情報をも寄生小蟲は吸い取り、記憶するという能力を見せてくれたのであった。
ただ、使い勝手には非常な癖がある。
まず、あくまでも母胎蟲の"端末"でしかなく、そもそも迷宮領主としての指令すら受け付けない「部位」に過ぎない小蟲達からは、たとえ【闇世】側の迷宮領域内であっても、直接その情報を受け取ることができない。
しかし、回収に成功さえすれば、小蟲達が集めた"感覚情報"は母胎蟲にフィードバックされ、彼女を経由して副脳蟲達によって【共鳴心域】越しにエイリアン達の群体知性に統合される形で取り込まれる。
この故に、小蟲を扱う際にはその回収体制の確立が悩みどころであったわけだが。既に解析完了していた『因子:強知覚』と『因子:擬装』によって開放されていたパラサイト系統の2種の"進化先"と組み合わせ、使い分けることで、俺は一気にその問題を解決できていた。
まず『共覚小蟲』。
"小蟲"達は進化してもほとんどその見た目が変わらず、見分けるには色やそのエイリアン的顔面の多少の違いで見分けるしか無いが、その特徴は寄生小蟲からの正統的な"進化"である。
彼らは母胎蟲との間での限定ではあるが、「感覚を同調」することが可能であり、適切な距離内であれば、感覚情報の回収のために一度母胎蟲に戻す必要が無くなったのである。しかも、その母胎蟲と【共鳴心域】で繋がってさえいれば、副脳蟲どもを経由して他のエイリアンや、あるいはこの俺にさえも"感覚"情報を伝達することができるため、寄生小蟲と比べて情報収集能力が圧倒的に高い存在なのであった。
しかし、燃費が様々な意味で結構悪い、というのが弱点である。
母胎蟲から離れていられる時間が進化前の寄生小蟲の半分以下であるだけでなく、どうもこの【感覚同調:母胎】という系統技能は、母胎蟲自身に相当な負担を強いるようであり、単に母と子が同調しているだけならばともかく――それを副脳蟲経由で、しかもこの俺にまで届けようとすると、その間、その母胎蟲は全精力を感覚同調に傾けねばならなくなる。
そしてそれによって、他の「孔」の寄生小蟲達への"給餌"がおろそかになったり、回収した寄生小蟲からの情報フィードバックが遅れたりと、様々な悪影響が発生するのであった。
いっそ贅沢な話ではあるが、共覚小蟲を主力で運用するには、1母胎蟲あたり1共覚小蟲とするぐらいの思い切りが必要なレベルである。
……なお、今の話は【闇世】において、である。
そもそもが迷宮領主的能力への阻害効果が重い【人世】では、共覚小蟲と母胎蟲の"感覚同調"が可能な距離は、現在可能なもろもろの強化を込みにして副脳蟲どもにサポートさせてもわずか50メートルがせいぜいという有様であり――この意味では遠くへの情報収集には現状では向かない。
むしろ、捕獲した生物のあれやこれやを"解析"したり、尋問などの文脈で活用したりすべきであろう。
――その"生物"には、当然、展開次第では人族もまた含まれるが。
そして次。
『共覚小蟲』が高性能高消耗であるならば、中性能低消耗の存在であるのが『微臓小蟲』である。
この小蟲は、あらかじめ母胎蟲の「孔」内で指示を出したり、サイズによっては技能【巨体化】と組み合わせなければならないが――なんと、生物の臓器を"模倣"した寄生体に変化するという能力を有しているのである。
ただし、擬態できるのは紡腑茸で"紡ぐ"ことが可能な臓器限定。
つまり"脳"を除く、代胎嚢や浸潤嚢などで生物学的な組成をある程度解析済のものでさえあれば、亥象の目玉だろうが、小醜鬼の膵臓だろうが、綿毛雀の爪先にであろうが"擬態"が可能。
そしてこの生体擬態の効果として、寄生した生物の神経系や血管系と自らを接続させてしまうことができ――部位によって得られる"情報"が増大するだけでなく、栄養はおろか「内なる魔素」「内なる命素」から必要な養分を吸い取ることができるのか、飛躍的に寿命が延びるのであった。
しかし、看過できない弱点が存在する。
一つ目は、共覚小蟲と違って、取り込んだ情報を回収するためには、擬態して寄生した臓器が重要な部位であればあるほど、一定の困難がつきまとうこと。というか、それを"回収された"という事実をもみ消したり忘れさせたりするのは、相手が知的な生命体である場合は難しいと言わざるを得ない。
それこそ「思考情報」なんぞを得ようと思えば、確実に延髄の神経束などに寄生させねばならず、いざそれを摘出する際にはほぼ確実に絶命させなければならない。
さらに二つ目に、まだまだ『魔法』の初学者であるこの俺自身でも簡単に"感知"することができるほど、魔法的な感知手段に弱いことが『性能評価』で判明していた。多少、魔法の才能がある程度の"形成不全"にすら感知されてしまったのである。
故に、そういう技術を持つ存在に露見してしまうと――このような"冒涜的"な手法で情報収集を行っている、という事実それ自体が、早い段階で脅威と認識されてしまうリスクを招きかねない。
【人世】に、今の時代でどのような勢力があるかはわからないが、【竜公戦争】にせよ【人魔大戦】にせよ、【闇世】の迷宮領主達は強力な存在であるにも関わらず、撃退を繰り返されている。そのような中で、俺は【人世】の調略によって【闇世】の"経験点"とする構想を披露した手前、その俺自身が早々に【人世】の"大敵"とみなされてしまうルートは危険に過ぎた。
故に『微臓小蟲』もまた、単体では使い所が限られるわけであったが――。
幸運なるは、既に解析済であった『因子』のおかげで、早々にこのパラサイト系統の3種が同時に揃った、ということであった。
つまり、それぞれの強みを単純に組み合わせれば良いのである。
露見のリスクが最も少ない寄生小蟲を『湿地森』の野生動物達にばら撒き、監視を兼ねる走狗蟲や隠身蛇達に定期的に回収させる。
そしてル・ベリなどによって"調教"させた【人世】生物には微臓小蟲を寄生させ、走狗蟲達に先行させた更なる外縁部――具体的には、そう、例えば「人里」などに差し向けて情報を集めさせ。
新しく回収した生物の調査などには共覚小蟲を使う。『緑漣牙虎』や『痺れ大斑蜘蛛』の性質や能力などを詳しく調べることができたのも、そのおかげだったというわけだ。
――さらに共覚小蟲を、グウィースが生み出した――正確にはグウィース自身の子供ではなく、彼はあくまで触媒のようにその発生を"果実"によって手助けしただけに過ぎないらしいが――宿り木樹精に"寄生"させて、こちらの指示が通りやすい「眼」の代わりに活用して細かな作業を行えるようにしつつ。
一週間ばかり、俺はひたすら【人世】における小蟲を中心とした諜報ネットワークの形成に副脳蟲達とフル稼働で勤しんでいたわけである。
――そして、その結実として。
『湿地森』の北側。ソルファイドの報告にもあった「人間達の侵入の痕跡」について、エイリアン達による徹底的な監視と調査を組み合わせたことで。
どうも、この『湿地森』の北の出口の近くに、『村』と言える規模の人里があることがわかったのであった。





