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0092 悉く果て、尽く朽ちる(3)[視点:皆哲]

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 輝ける晶石の都『ブロン=エーベルハイス』。

 【輝水晶(クー・レイリオ)王国】王家ブロイシュライト家の膝下にして、500年の歴史の上に立つ魔導の王都はこの日も麗しくあった。


 【星詠み】家の御業によって"天候"にすら干渉し、曇天や豪雨の類がエーベルハイスを覆うことは年に数度あるか無いかというほどに稀なことである。さらに、【西方懲罰戦争】が継続される中で発展した物流の大動脈を牛耳る【紋章】家の管理と手腕により、北は蛮族の領域から南は『次兄国』の商人達の商圏が繋げられており、王都に住まう百万を超える人口が養われるに飽き足らず、必需から消耗の品に至るまでが文字通り捨てる(・・・)ほどの有様。

 加えて、現在でこそ【紋章】家の下風に立たされる"掌守(しょうしゅ)伯"ではあるものの、かつては"元"頭顱(とうろ)侯の一角を占めたギュルトーマ家による【封印結界】の魔法陣が王都を何重にも包む魔導の障壁を成している。


 "国母"ミューゼの第一の高弟ブロイシュライトを祖とする王家は、【浄化譚】より引き継いだ力によって東オルゼを覆う"荒廃"――『魔法学』で言うところの「属性バランスの乱れ」――の調律を最終的に総括し、王国全領域の安寧の守護者として君臨している。

 その核たる存在が王国の名でもある【輝水晶】――ブロイシュライト家の"秘匿"技術――であり、その最も偉大にして重要な『塊』を囲うようにして、白亜なるエーベルハイス王城は天を衝くように聳えているのである。

 この意味で魔導の王都エーベルハイスもまた、紛れもなく、この世界における魔導の総本山の一つである。算術のみでは決して至ることのできない、正確に一辺が相等しい正十三(じゅうさん)角形を成す王城は、少なくとも荘厳さでは、【四元素】家の侯都に本拠地を構える『ゲーシュメイ魔導大学』――『魔法学』そのものの権威である組織――を上回る威風と威容を誇っていた。


 そんな王城の一角。

 【四兄弟国】の一角を成し、"長女"、"長男"、"次男"に囲まれた"末子"たる【聖墳墓(イーレリア)守護領】からの亡命者(・・・)の扱いを審議すべく、火急にして臨時の『導侯会議』が招集。王国各地に封じられ、"荒廃"の調律の責任を負うこの国の至高の為政層たる頭顱(とうろ)侯達が、ある者は自ら、またある者は一族の者を名代に立てて参じ臨む。


 だが、この「臨時」の会議は火急であったことから、市井にはその開催は伏せられていた。

 常ならば『導侯会議』とは、それぞれの頭顱侯達がその"荒廃"調律をはじめとした為政の成果や、魔導の探究の学果、懲罰戦争における戦果を、国母ミューゼと王家の名の下に広く報せるためのもの。政治性以上に統治性と儀式性を備えた恒例行事(イニシエーション)であり――それぞれの所領から数百は下らぬ各家の精鋭を集わせる、だけではない。


 【四元素】家が"魔導大学"を、【紋章】家が"物流"を支配しているように、頭顱侯はその「本業」とは別に、王国内において、それぞれが棲み分けた各領域における巨大な権益を掌握する元締め達なのである。表も、そして裏も含めた様々な社会的階層を傘下として率いている。

 "参列"の折には、己の力を誇示し――同時に己の縄張り(・・・)を誇示して互いに牽制し合うために、こうした数多組織の代表団がそれぞれの奉ずる頭顱侯に付き従って王都へ集うため、王都全域が一月以上に渡って、終わらぬ祭典・催典ともなるのである。


 故に、この「臨時」会議の開催に市井や庶民のレベルで気付いた者は、ほとんどいない。

 しかし、"雲上"にて行われる高貴なる責務の邁進のための活動は、地を歩く者が眩しすぎて見上げられずとも日進月歩する。また、地の底を流れる水流がやがて海に至りて揮発して"雲"へと昇るように――「地下」で蠢き、また葛藤する存在の間で弄ばれ、流転する様々な"情報"が最終的に掌守伯を経て、頭顱侯にまで達するものである。

 そうした水脈(・・)から情報を拾い上げつつ――【皆哲】のリュグルソゥム家の当主シィル=フェルフ・リュグルソゥムもまた、王都に根を張わせた間者や傍流出身の者、彼らが見出した"協力者"達のネットワークから、【輝水晶(クー・レイリオ)王国】で何が起きようとしているのかを見極めるための「戦い」を続けていた。


 そして妻と、引き連れた子らとで手分けをして、リュグルソゥム家が属する『盟約派』の諸家と折衝し、表と裏とで時候の挨拶と会談を積み重ねる。このように当主自らが動き回る様は、数多くの掌守伯や、さらにその下に測瞳(そくどう)爵・指差(ゆびさし)爵といった下級貴族を抱える他家からは、時に酷く侮られるもの。

 だが、所領が非常に狭く実質的に一掌守伯並しかないことに加え――『止まり木』の性質上、血を薄め(・・・・)ないために(・・・・)同族婚を繰り返すという非常に閉鎖的な婚姻政策を採っていることから、一族の数の少ないリュグルソゥム家にとっては、やむを得ない立ち回り方であった。


 しかしそれは同時に、多少の侮りを受け流しさえすれば、非常に効率的であり合理的であり、効果的な活動法であるとも言えた。『止まり木』にて集い、いくらでも時間をかけて、集めた情報の真贋を突き合わせることができ、さらに"最適"な情報収集の経路をあらかじめ十分に議論し合っておくことができる。

 彼らにとっては、むしろこれぐらいの(・・・・・・)人数の方が身軽に動きやすく、いわゆる伝言ゲームの愚の害を極限まで低下させることが可能。

 当主自らが、さながら"根"の者達の現地部隊長のように足繁く各所を回るというのは、頭顱侯に上り詰めても尚変わらぬ、始祖リュグルとソゥムの子供達が貧民街(スラム)で力を合わせて生き抜いていった200年前からの、もはや伝習である。


 ――すなわち、少数精鋭こそが(・・・・・・・)リュグルソゥム家の強み。

 ――そしてその故に、少数精鋭こそが(・・・・・・・)リュグルソゥム家の致命となった。


 ガウェロットが囚われ、彼の子らが横死したのとほぼ同じ時刻。

 シィルは妻ミシャイラと長男イリットと共に【冬嵐】家の王都別邸へ向かう道中で、白昼堂々姿を現した不審者達に取り囲まれながら、魔導棍や魔導の短剣といった得物を静かに構えた。


「"人攫い"教団の狂徒ども……に見せかけた【騙し絵】の"廃絵の具"どもか。【冬嵐】家の縄張りでよくも堂々と現れたものだ」


「【皆哲】のシィルだな、よくぞ逃げなかった。用件など想像がついていよう?」


 語るはフードを被り、全身の肌という肌を覆った集団の先頭の隊長格と思しき女。

 巧妙に"傘下組織"を騙ってはいるが――その独特の歩法が【騙し絵】家特有の【空間】魔法を利用した体術であると見抜き、シィルが妻子に素早く目配せを送る。そして彼らは『止まり木』へ繋がり――現実世界ではわずか1秒未満、『止まり木』の世界では2日の時刻を経て意識を戻す。


「……ガウェロットらを屠ったか。お主ら、"破約"のために動き出したということか?」


 言うが早いか、魔導棍に対【空間】の妨害魔法を込めて後方に叩きつける、と同時にミシャイラとイリットが【撃なる風】を足元に生んで跳躍して散開。【四元素】家の"風使い"には通用しない技であるが、相手は【騙し絵】家。次々に【短距離転移】によって周囲に迫った"廃絵の具"達に機動力で対抗するための適解の一つである。


 シィルが叩きつけた魔導棍は、背後に転移してきた女隊長の細身の剣を受け止めるが――妨害魔法の効き(・・)が、悪い。そうでなくとも王都の全域には、頭顱侯中最も危険な存在である【騙し絵】家の【空間】魔法を抑制する魔法陣、魔法符に『紋章石』がうんざりするほど仕込まれているはずであるが、暗部"廃絵の具"達は意に介した様子を見せない。

 だが、シィルもまたそれを見て驚かない。

 女隊長が地を蹴り、まるで空間を(・・・)蹴るような独特の跳躍によってその全身をブレた蜃気楼のように揺らめかせて三度、四度と斬りつけた全てをいなす。返し様に魔導棍に【魔力撃】を込めて叩き込む……が刹那だけ発動される【短距離転移】の連発(・・)によって回避され、数歩で数メートルもの距離を離される。


 【騙し絵】家が得意とする【空間】魔法と体術を組み合わせた独特の歩法術"ネーヴェ"である。

 特にこの女隊長は、シィルの見るところ、次男と同い年ぐらいに見えたが……その実力は【騙し絵】家の直系にも匹敵するだろう――だが、リュグルソゥム家の知らない(・・・・)血族であった。入れ替わるように左右から襲い来る"廃絵の具"に対して、シィルもまた(・・・)【短距離転移】を行って距離を取り、さらに【短距離転移】と"歩法"を組み合わせたシィルオリジナルの空間跳躍歩法術(ネーヴェ)を披露して見せた。

 それを見た"廃絵の具"数名が、あからさまに狼狽し、次いで怒りを示すが、それは釣り餌。

 自ら相手にせず【魔法の矢:追尾】を三連撃放って追い散らし、シィルは"ネーヴェ"を駆使して女隊長に迫って【理力の短刀】によってそのフードを切り裂いた。


「……噂に違わぬ恐ろしい学習能力だな、リュグルソゥムめ。よもや"ネーヴェ"をも盗むか」


「ドリィドは達者か? 昔、あいつと死合ったことがあった。今度こそ殺すという宣言を果たしに来たようだな、その刃であるお主は、まさかあいつの娘、か? ……そうか、"落し子"か」


 切り裂かれたフードから顔をのぞかせたのは、くすんだ灰に青色混じりの頭髪。

 【騙し絵】のイセンネッシャ家の血筋の一つである。だが、その顔には大きな傷があり、眼の色も肌の色も異なることから、あまり公にはできない経歴であることが窺える――瞬時、シィルは『止まり木』に通じて妻と長男と議論を重ね、古びた情報を引っ張りだして、その推論を積み上げていた。

 自らの存在をリュグルソゥム家から秘匿できていたはずだ、と確信していたのだろう。

 刹那の攻防で言い当てられた女隊長、もとい"落とし子"の顔が歪む。


「王都からは逃げられんぞ。貴様の他の息子娘どもも既に囲った」


知っている(・・・・・)


 睨み合い、再びシィルと"落とし子"が切り結ぶ。

 【悪喰】家と【聖戦】家の身体強化術を混ぜて使う、という禁じ手を"ネーヴェ"にさらにブレンドさせたシィルの強引な動きは、とても齢60を越えたとは思わせない。"落とし子"を中心に4名の"廃絵の具"達が入れ替わり立ち代わり、【短距離転移】と歩方術(ネーヴェ)を組み合わせた『多対一』の絶技によって四方から猛攻を加えるが、シィルはまるでその全ての手が見えているかのように、先読みに先読みを重ねた棍捌きと魔法詠唱によって対抗する。


 さらには、およそ人間には反応が不可能なのではないかと思えるタイミングで瞬時の【空間】魔法の発動を行い、"廃絵の具"側の【空間】魔法を相殺してくるのである。

 早熟にして晩成たる一族とは、ここまでのものであるか、と"廃絵の具"を率いるその"落とし子"は驚愕していた。

 さらに数名に目配せをしてシィルを取り囲むが――それはその分、ミシャイラやイリットを自由にさせることに繋がる。シィルが主力を引き付け、その間に相対的に弱い者から妻と長男が連携して撃破していく、という作戦にハマっていたのである。


「……馬鹿な」


 だが、しかし。

 戦場となった市街に響いたその呻きは、局所的優位を勝ち取った――と自認していたシィルが漏らした驚愕であった。

 "廃絵の具"の数は襲撃時から既に半減していた。"落とし子"もまた、己の実力ではシィルを殺し切ることができないと悟っている。

 だが(・・)、それでも彼女の余裕は崩れなかった。

 王都からは逃げられない、という言葉が絶対であることを理解していたからだ。


「どうした、知っていた(・・・・・)のではなかったか?」


 空間が歪む。

 まるで風景の中から、色と色相と形が捻れて遷移(グラデート)するかのように――"騙し絵"のように景色が歪んで、白髪の青年魔術師が大道芸のように空中で一回転しながら現れる。と同時に、その青年魔導師の足元に、どさりと鈍い音を立てて、ボロボロになった2つの死体が転がる。


「マージェ、スアラ……!」


「ハハッ! 今回はなかなか骨があったけど、それでも平均ちょい上止まり。いつものパターンに収まったかなぁ!」


 見知らぬ若者であった――が、その白と青を基調とした、身体にぴっちりと合うような細身の戦闘魔導服には見覚えがある。『止まり木』へ意識を転移させて青年の正体を調べるや、その素性はとある"掌守伯"家の係累であることがすぐに判明した、が。


「なぜ……リリエ=トール家がここに……!?」


 あと30~40年ほど魔導の研鑽と調律における功績を積み、そしてその際に空席があれば(・・・・・・)、次のそのまた次(・・・・・)頭顱(とうろ)侯になることが見込まれている掌守伯家である。歴史の浅い、若く、勢いのある一族であるが――"次の(・・)"では、ない。シィルの理解するところ、それは(次は)ギュルトーマ家であるはずだったからだ。


「どういうつもりだ? まさかサウラディ家まで……ッ」


 リリエ=トール家は【冬嵐】家の掌守伯。そしてその【冬嵐】家は、『盟約派』の首領にして第1位頭顱侯たる【四元素】家の分家が独立した一族。つまりリリエ=トール家は【四元素】家の陪臣に近い存在であり、その意を汲まぬ動きをすることはあり得ない存在。


 ならば、この襲撃が意味するところは『盟約派』と『破約派』が手を組んだということ。


 悲劇は止まらない。疑惑は即座に"最悪"という本性を麗しの王都の白昼に曝け出す。

 続けて【空間】魔法がさらに発動し、再び"騙し絵"のように景色が歪んで――まるで真冬の雪原を丸ごと召喚したかのような凄まじい寒気が奔流となって辺りを貫く。とっさにシィル達が【魔力の外套:火】によって身を守る、が。

 『止まり木』での息子からの警告が間に合わず、シィルは【火】属性の外套が貫かれて蝕まれることを覚悟して歯を食い縛り、それでも骨まで砕かれるような、冬そのものが招来されたかのような、もはや単なる【氷】属性だけでは説明のつかない、尋常を超越した凍気に片膝を屈する。


「【冬嵐】の……ゲルクトラン! なぜお主が【騙し絵】家と、手を組んでいるのだ――!」


「知れたことを。その"聡明"な頭で、もう思い至っているのだろう? 全員(・・)、だ。この船には全員が乗っていて、貴様らだけが泥舟にいるということだ」


 ――【聖戦】家を除いて、各頭顱侯家の当主は【西方懲罰戦争】には自らは参陣していない。

 ならばガウェロットらを屠ったのは、目の前の【騙し絵】家の"廃絵の具"のような暗部か非正規の存在であり、暗闘と陰謀、謀略の延長上の"暗殺"という手段によってリュグルソゥム家が狙われた、と思わされた(・・・・・)ことにシィルと、生き残った息子達は議論の末、理解していた。

 事ここに至り、リュグルソゥム家が生き残るための最善手は、ただちに一族の全員で国外へ脱出することであったとシィルらは悟る。だが、既にあまりに遅すぎた。


「ルクの馬鹿者め。こんな時に、こんな時に、顔を出すのが遅れるか……!」


 【冬嵐】家の当主ゲルクトランとその精鋭部隊数十名が丸ごと、不倶戴天の敵派閥であったはずの【騙し絵】家の【空間】魔法によって"転移"してきていた。

 まるで古の時代の"竜"の姿を思わせるような、角や牙、翼や尾の特徴を備えた独特の形状をした魔導甲冑に身を包む【冬嵐】のデューエラン家の魔導兵達は、【火】によっては消すことのできない、異常な【氷】属性の魔法を操る一族である。

 そしてこれだけの【空間】魔法が、王都にあるはずの無数の妨害術式に遮られていないということは――それらを掌握するギュルトーマ家、つまりその上に立つ【紋章】家もグルであることの雄弁なる証拠であった。


 ゲルクトランが何かを地面に投げて寄越す。

 それは氷漬けにされた三男の無念に歪む髑髏(しゃれこうべ)であった。


 ミシャイラが絶望に崩れ落ちる。弟の横死に激昂した――と見せかけて長男イリットがシィルを逃がそうと派手な魔法を発動しながら飛び込むも、長女と次女を屠ったリリエ=トール家の白髪の青年魔術師が素早く割り込み、【光】属性の魔力を両手から放出して立ちはだかり、激しく魔法と武器とで切り結び始める。

 シィルは、既に己の命をも諦めていた。

 イリットが命を掛けて稼いだ時間を――彼は幾度も『止まり木』に飛び込むために使った。


 直接、それ(・・)を伝えなければ意味が無い。

 ルクを叩き起こし部屋から引きずり出してでも『止まり木』に来させよ、と侯都に残してきた次男アトリと三女ラミエリに怒声を飛ばす。そして『止まり木』内での"書庫"に二人を伴い、当主のみが開けることのできる特別な"部屋"に通して、いくつかの書物を集めるように指示を叩きつけて再び現世(うつつよ)へと戻る。


 1対1(サシ)の勝負であれば、イリットはリリエ=トールの青年魔術師ともうしばらく切り結ぶことが、できたかもしれない。しかし、通りの向こうからまるで葬列を押し固めたような、灰を被ったように陰鬱たる気配を振りまく集団が現れたことに、シィルもイリットも気づいていた。

 気づいていながら、対抗することができなかった。いかなリュグルソゥム家の高等戦闘魔導師(ハイ=バトルメイジ)といえど、質と量で多勢に無勢過ぎたのだ――壮麗なる王都には最も似つかわしくない者達、陰気じみた【遺灰】家の家人達の葬列じみた部隊までもが現れたのである。


 【冬嵐】家が王都を極寒に叩き込もうかという容赦の無い凍気をばらまく中、そんなものを意に介さぬ人型の(・・・)灼熱の"灰"の塊が葬列の如き集団から解き放たれ、イリットを襲う。それを庇ったミシャイラが、灼熱の灰人形どもに寄ってたかって抱きつかれ、悲鳴を上げながら黒焦げの炭と化して崩れ砕けた。

 イリットが【活性】属性によって自身の身体を強化し、八面六臂の如く仇を討たんと飛び込むが――足から(・・・)【光】魔法を噴射してでたらめな軌道でイリットに追いすがったリリエ=トール家の青年魔術師が、【魔法の剣:光】でイリットの延髄を貫いて哄笑する。


 その様を見せつけられながら、一族の終焉を思い知らされながら。

 それでもシィルは、不肖の愚息が『止まり木』に現れるのをただ待っていた。

 ――下手に戦い、抗うよりは、むしろ諦めて降伏したと見せかけて、会話を可能な限り引き伸ばしながら。リュグルソゥム家にとって何よりも大切な「時間」を稼ぎながら。


 ……『侯都』にも襲撃があったことを、次男と三女から聞いていた。

 侯邸で決死の籠城戦を繰り広げるも、既に侵入され、当主の私室まで撤退しようとしていることを『止まり木』で聞いていた。次男アトリ――順当に行けば次の「当主代行」となるはずの兄を守り、捨て駒にならんと敵集団に切り込んだルクを救って三女ラミエリが死んだことも、シィルは知っていた。


 それでも彼は末息子ルク=フェイールスを信じて、待った。

 勝ち誇る【冬嵐】家のゲルクトランに、用は済んだとばかりに灰が吹き散らされるようにすえた臭いを残して消え去る葬列の如き【遺灰】家の者達。【騙し絵】家の"廃絵の具"の女隊長に馴れ馴れしく話しかけている白髪の青年魔術師。

 その全てを、まるでコマ送りにされるような、『止まり木』が現世に乗り移ったかのように引き伸ばされた感覚の中でシィル=フェルフ(当主)は、ルクを待つ。


 ――彼と、彼を選んだミシェールこそが"予言された子ら"であるかもしれない、と、自らの父母である亡き先代当主夫妻から引き継いだ日の記憶を反芻しながら。


 ゲルクトランが腰から抜き放った、冬という名の災厄を凝縮させたかのような透き通った極寒の剣が冷たく首筋に突きつけられ――押し当てられ、そして喉を引き裂くために鋭く引き抜かれ、鮮血の味が口の中に満ちる、その瞬間。

 『止まり木』が数秒間という長い(・・)間、激しくぶれ、揺らいで歪み、ありとあらゆるリュグルソゥム家が200年かけて積み重ねてきた叡智が混沌に崩れ砕けようとするほどの衝撃によって、まるで咽び泣くかのように震えて。


 ついに、命の灯火の最後の瞬間まで待っていた息子が。

 彼を慕う末娘と共に、手を握られながら、シィルが待つ『止まり木』内の崩れ焼け落ちかけた侯邸にその精神体を転移させてきたのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

また、いつも誤字報告をいただき、ありがとうございます。


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また、次回もどうぞお楽しみください。

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[良い点] 人世むっちゃ強い。闇軍勢はこんなの勝てるんだろうか?
[一言] 少数精鋭が弱点だったけどエイリアンの群体知性が加わって最強に見える
[気になる点] 掌守伯や測瞳爵・指差爵という特殊な名称の爵位がどんな貴族体系なのか、そのうち明かされるのが気になって楽しみです
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