0082 規格と掎角、塵灰にまみれ
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
労役蟲達が地下を掘り抜く。そこから出てきた岩礫を戦線獣が砕く。そして、それをまた労役蟲達が細かく砕いてから、また他の労役蟲達が"運搬"してきた粘土と混ぜ合わせる。
さらにそこに、噴酸蛆に加えベータの部下として新たに進化させた数体の爆酸蝸達の噴き出す【強酸】により――繊維レベルまで分解され漂白された【最果て島】の樹木片やらが一定の割合で混ぜ込まれていく。
最後の仕上げに労役蟲の【凝固液】によって固められ、おおよそ30cm× 30cm×50cmの『エイリアン建材』が完成である。これらを運搬役の労役蟲達に混じって、生ける仮設足場兼かご兼自律型クレーン車として働く触肢茸達が、設計図の通りに積み上げていく。
小醜鬼達の居所と生産拠点と労働施設と、そしてその"利活用"の試験場を兼ねた『アパート』は、元の穴蔵から大幅な増築に増築を重ねていた。細やかな運搬作業が得意な労役蟲と、重量物の運搬に使える戦線獣、そして時に道具役となり時に自らが運搬役となれる触肢茸らの集中的な運用によってエイリアン建材を積み上げ、当初の目標であった4階建てとなり、小醜鬼約500体を詰め込むことができる規模にまで拡大していた。
その有り様は、いっそ長屋というよりは"工場"の様相を呈するか。
ちょうど上から俯瞰すると「C」の字型に折り曲げられた形状であり、中庭を兼ねる凹みの部分の中央には地下施設への坑道と、それを囲むようにル・ベリが様々な"作業"を行う作業場などが置かれている。中には"監視塔"などもあり、「C」の字型の工場の内線をぐるりと見渡すことができる様は、さながら一望監視房の発想そのものであった。
……特段、俺がル・ベリに何か現代知識を助言したとかそういうわけではない。
ル・ベリなりに、"なり損ない"が多く交じる小醜鬼達の効率的な管理を追求した結果として自然に思いついた方式――だそうだ。
前の職業『奴隷監督』の経験と、後は【嘲りの寵姫】の加護による一定の能力補正もあるのであろうが――見込んだ通り、ル・ベリには"管理者"としての才能があると見えた。"設計図"を書いたのは彼であったわけだが、こうして完成形を見るとそれなりに壮観ではある。
「小醜鬼どもに自ら、労働と"生産"、そして掃除を叩き込んで管理させています。既に反抗的な個体は交配させて処分を済ませていますので、残ったのは従順なものばかり……【弔いの魔眼】の活用によって形成不全の割合も、定期的な"間引き"で相殺できる程度には減らすことができました。ただ、御方様にとって重要な【魔法】の因子を発現する個体が未だ少ないことが、申し訳なく……」
「いやいや、この短期間で十分過ぎる成果だぞ、我が第一の従徒ル・ベリよ。多頭竜蛇の『竜言術』とやら抜きで、知能低下して衰退して野獣以下になるはずだった斜陽どころか日没の種族に、見事にお前の力で資源としての価値を与えてくれたな。単純に、魔素と命素に頼らない労働力として使えるだけでも役に立つからな」
『2氏族競食』と『9氏族陥落』の2作戦を経て、最果て島の小醜鬼達の歴史は終焉した。
最終的な"生き残り"はル・ベリの『獣調教師』的選別眼により、雄35体、雌65体の計100体が残ったのみである。彼らはいずれも俺の眷属の脅威とル・ベリによる"調教"の恐怖を知る生き証人であると同時に、この『小醜鬼工場』の教育役と管理役、そして"生産役"達となっていた。
長屋の中での彼らの役割は、番うことである。ル・ベリが副脳蟲達の頭脳労働を借りて策定した管理スケジュールの下、妊娠した個体は"地下施設"に配置した専属の代胎嚢に運び込まれる。そこで「幼体」が育まれ、人間で言えばギリギリ生殖能力を獲得した生育度合いにまで成長させられてから"収穫"となる。
この段階で約8割が形成不全となってしまうが……それらを"絞める"のは同じく専属配置された触肢茸の役割である。
なお、この一連の過程もまた、教育役にして監督役である小醜鬼達の指揮下、なり損なわずに成長することができた「工場産ゴブリン」達によって運搬が行われている。それもまたル・ベリによる"調教"と"調練"の成果といえる。
"なり損ない"は、『牧場』の肉食獣や『農場』の肥料として潰すために。なり損なわなかった"新しい兄弟"と役割を終えた母体は、元の長屋にまで運ばせる。
その他、食料の運搬から排泄物の処分、造営が進む『牧場』と『農場』での単純労働作業などへの教化が急速に進められており、今では『工場産』達の最初の方の世代からも徐々に"管理者"とすることができる個体が育ってきている様子。
重要な部分以外では、つまり自活という意味では、俺の眷属達による管理統制の労は減少し、施設として自立しつつあるのが『小醜鬼工場』なのであった。
「生産だけならば、日に10体はいけますな。御方様の代胎嚢の便利さが素晴らしい……取り込んだ生物の母体に負担をかけることなく、赤子を取り出してしかも生育させるわけですからな」
「"なり損ない"が日に8体、という計算か。2体はそのまま、生殖可能なんだろう? それ同士のかけ合わせの具合はどうなんだ? すぐにじゃないとはいえ、いつかは"生き証人"達も寿命が来るからな」
「力不足をお許しください。"死の経験"を以てしても、"なり損ない"同士の更に次の世代となると厳しいようで。今のところ、100に1つまともに成長すれば良い方です」
「そもそもその第1世代も、日に2体生産とはいえ【弔いの魔眼】用に"死の経験"を味あわせて潰す必要があるからな……」
工場産の第1世代たる"なり損なわない"が1日に2体。
ただし、その2体を生み出すためには――代胎嚢によって急激に促進される肉体の成長に合わせた"種族経験"を「同類の死の記憶」によって強引に積ませる――【弔いの魔眼】でもう1体を消耗する必要があった。1日2体生産して、うち1体を翌日に消耗するのであるから、現時点での平均的な生産量は1日1体、というのが期待値。
……まぁ、実際には「死の記憶」の入れ子構造化が副作用をもたらしているらしく、第1世代同士をかけ合わせた場合、なり損ないになる確率がさらに高まっているため、検証はまだ道半ばといったところ。
俺とル・ベリの仮説としては、やはり肉体の成長加速に合わせて「経験」を積ませる上で、それが単に"死の経験"のみというのが非常に偏っており、普通の"経験"もさせる必要があるのではないか、というものであるが。
――その故に、工場産の個体も含めて小醜鬼達に小醜鬼達を自己管理させる体制を組んだのである。
だが、それであったとしても、ル・ベリの品種改良的選別眼という観点からは、生き証人世代の100体以外の工場産は150程度もいれば十分。その他の"余剰"は労働力であり、そして様々な用途に使い潰すための"実験材料"に過ぎなかった。
「代胎嚢殿をさらに使わせていただけるのであれば、生産量自体は増やせます。が、養うための食料の増産が追いつきませんからな」
「亥象とか山羊とか、あと海棲生物の『牧場』にも使ってるからなぁ。その辺りは全体を見ながら少しずつ拡充だが――少なくとも"なり損ない"のうち、ちょっと欠損している程度の連中だったら、こいつでなんとかできるはずだ。実験するぞ」
「御意」
一望監視房の中央から地下坑道へ、その先に『ゴブリン工場』に併設した『多目的実験室』へル・ベリと共に降りる。
途中で専属配置の代胎嚢と触肢茸が待機する『生産部屋』に立ち寄って"処分待ち"の"形成不全"達を検分する。多くは、さながら「不気味の谷」的な意味で「ゴブリンではない」と、否定形でしか表現できないような不快な個体ばかりであったが――そうした重度の"なり損ない"とは別に、身体部位が少し欠損しているだとか臓器がちょっと足りないだとかいうだけの"軽度"の個体も混じっていた。
これまでは、こうした者達についても、労働の役には立たないのでそのまま潰していたわけであるが。
「少しの"手当て"で利活用できるとするなら、この新ファンガルが登場してくれたインパクトは大きい」
その名も『紡腑茸』。六腑を紡ぐ新たなるエイリアン=ファンガルである。浸潤嚢を『因子:分胚』と『因子:骨芽』によって胞化させた「第3世代」であり、同じ胞化元から系統を枝分かれさせた存在である煉因腫と共に"研究種"と定義できる能力を持つ。
見た目は、喩えるなら横倒しにした巨大な"巻き貝"――当然、蠢く肉塊"でできているが――が大量の肉根を足元に生やして自立した形状である。ただし、それは胴体部分に関しての話。
紡腑茸の正面、"口"というにはいささかでか過ぎるが、巻き貝の入り口に相当する箇所はまるで骨と皮と腱と脂肪で形成された「パラボラアンテナ」の如く、大きく大きく広げられており――労役蟲や走狗蟲程度なら一息で丸呑みされてしまいそうなほど。
いっそ、剥き出しの肺のように、その円錐形の巻き貝胴体を呼吸とともに膨張収縮させていなければ、粘土の代わりに肉塊で作った「特大クラッカー」であるかのようにも思える。
だが、その真価と特徴は、パラボラアンテナにも見紛う「大口」の内部にあった。
内側に、12本の火箸のような硬質な先端を備えた、非常に細い、しかし強靭で自由に動かせる"牙付き触手"が生えている。それらはちょうど"パラボラ"部分の内側をなぞって"巻き貝"の奥まで螺旋を描いて滑り落ちていくかのように等間隔に生えており――牙の先端からは、肉とも血漿ともつかない謎体液がだらだら滴っていたのであった。
俺は紡腑茸の隣に目をやる。
そこには"なり損なわなかった"工場産ゴブリン達を放り込んで【因子の解析】をするための浸潤嚢が佇んでいたが、2基のエイリアン=ファンガルは、地を這う互いの肉根を複雑に絡み合わせており――さながら生体サーバーだか生体コンピューター同士がデータのやり取りをするかの如く、【共鳴】や同調よりも一段深いと思われるレベルで交信をしているのがはっきりと感じ取れた。
ちょうど俺が紡腑茸に、お前の力を見せてみろ、と指示を下したのがここに来る数時間前のことである。
目線を"パラボラ型大口の内側"に戻せば。
12本の牙付き触手が、さながら6人のおばあちゃんが器用に組体操でもしながら1枚のマフラーを共同で編んでいるかの如く、6対の"編み棒"と化して、うねうね、ぐねぐねと、実に滑らかかつ器用で複雑に連携した動きで、例の謎の肉液を口内でだらだらと垂らしながら――その"肉液"をこそ材料として、文字通り臓器を編んでいたのであった。俺とル・ベリが到着したのは、それがほぼ"完成"する間近のタイミングである。
そこから、最後の"仕上げ"を凝視すること10分。
「流石は御方様の眷属。これは、見事な"目玉"ですな」
さながら、2人羽織ならぬ6人羽織でもやらかしたかという、6人のお婆ちゃんによる共同作業的棒編みによって、丹念に丁寧に、毛細血管やら神経やら筋繊維やらガラス構造までをもが、一分の隙もなく生体として完璧に"生きて"いる状態で紡ぎ出された、目玉。
――それは生物学的には紛れもなく小醜鬼という種族の"目玉"そのものであった。
胴体から切り離された一部分でありながら、その神経と血管が紡腑茸自身の口腔内で半癒合しており、おそらくそこから栄養やら命素やらを供給されているのか、臓器として生きた状態でしっかりと「保存」されていたのであった。
「では、早速」
ル・ベリがその"目玉"を【異形:四肢触手】で器用につまみ、紡腑茸との半癒合部分をぶちぶちと引き千切る。それではせっかく生きたまま保存されている臓器組織が死んでしまうのではないか、とも懸念されたが――紡腑茸の口腔内から引き千切られたのは、口腔の内側の肉片ごとであった。
剥離した肉片は例の肉液が相変わらず滴っており……つまり"移植"するまでの少しの間は保つ、ということ。
ル・ベリはそのまま隣の部屋の専属配置代胎嚢まで歩み、この検証のために待機させていた"目無し"の軽度形成不全の小醜鬼を別の【四肢触手】で絡め取るや、肉片と肉液まみれの"目玉"と共に代胎嚢の中に放り込んだのであった。
「どうだ? 副脳蟲ども、代胎嚢は何て言ってる?」
≪きゅぴ……大手術になりそうだが、腕が鳴る、だそうだきゅぴ。闇医者さんなのだきゅぴ、報酬はスイスイ銀行の講座の授業料だそうなのだきゅぴ≫
ある意味混ぜるな危険の組み合わせじゃないのか、それは。
……まぁ、とりあえず、最初から無理ですと断られなかっただけ、十分であると言えるだろう。そんな心配してもいなかったが。
以上の通り、紡腑茸の能力は、きゅぴきゅぴ報告書にあった通り、取り込んだ生物の情報に基づいて――その身体部位を「紡ぐ」ことであった。
当然ながら無から有を生み出すわけではなく、あらかじめその生物の生体情報を獲得する必要があるが、その方法は2つ。直接、対象となる生物をこのパラボラアンテナ型"巻き貝"の中に突っ込むか、または、今まさに夫婦杉の如く根を複雑に絡み合わせている浸潤嚢とのコンビネーションである。ある種の外付け装置として連結した浸潤嚢経由で【解析】することでも生体情報は【解析】可能であり――こちらの方が紡腑茸単独でやるよりも圧倒的に早いということがわかっていた。
「だが、臓漿経由ではできないみたいだな。"研究種"同士の連携は、通常の同調よりも一段階上ってことかな」
なお、いくら"臓器"であってもなんでも紡ぐことができるわけではない。
第一に――どんな生物であれ、"脳"は「紡ぐ」ことができないということと。
また、俺の眷属もまた「対象」とはならないことがわかっていた。
≪きゅぴぃ。紡腑茸さんによると、できないさんなのは別に造物主のものに限らないらしいきゅぴい≫
ウーヌスが聞き取ったところでは、そもそも迷宮の眷属自体が対象にはできない、とのこと。純粋に、迷宮とは無関係の"動物"を対象として、自分自身か連結した浸潤嚢に取り込んだ生物個体の"欠けた部位"を優先的に「紡ぐ」性質があるという様子。
――紡腑茸自身によれば、『それは自分の"役割"ではない』とのことだ。
一つ理由として考えられるのは、迷宮の眷属とは等しく、それ自身が属している迷宮という一個の「システム」の一部である、ということだ。なるほど、見た目が動物"的"であったとしても、その身体を形成する細部にまでその「システム」が染み渡っているならば――仮にそれを「紡ぐ」つもりなら、その迷宮システムそのものの全容を【解析】しなければならない、といえるかもしれない。
この点、紡腑茸の"役割"があくまでも「この世界の動物」を対象としているのならば、なるほど、迷宮の被造物はそもそも対象ではないということなのかもしれない。
また、"研究種"仲間である煉因腫が逆に俺の眷属にのみに作用していることや、代胎嚢のようにエイリアンであろうと他の生物であろうと問わない、という事例もある。あるいは単に、エイリアン=ファンガル系統としての機能と役割の差異であるかもしれない。
――だが、それならば、眷属とこの世界の生物の中間的な立ち位置である、従徒や、あるいは迷宮領主についてはどうであろうか。
そんな考えが顔にわかりやすく浮かんだか。ル・ベリが何かを確認するように副脳蟲達と【眷属心話】をかわす様子を見せた後、進言をしてきた。
「御方様。あのソルファイドめで"実験"なされては? いつまでも"目無し"では御方様の御役に立てるかわかりません、奴の個人的な感傷よりも、その方が大事なことです」
「なるほど、それももっともだな。俺やお前が試そうにも幸い五体満足……お前はちょっと違うか。だが、あいつは今はまだ忙しいからな……戻り次第、試してみるとしよう」
だが、それにしても、と俺は紡腑茸の"役割"を想う。
臓器の完全なる再生、だなどと、それだけでも俺の元の世界では未だ発展途上の研究であり技術であったはずだ。そしてそれはこの世界の【魔法】の力とて同じこと。
失われたものを完全に取り戻す、というのは、なんであれ難しいし代償を伴うのである。だが、もしそれを紡腑茸の力で簡単にできるようになるとすれば――。
≪きゅぴぃ! もしかして、売るきゅぴか? 造物主様が……闇のぞうもつ商人さんに……!≫
「そのプロジェクトは魅力的だが、まず患者を浸潤嚢に突っ込んでから代胎嚢に二度漬けしないといけないぞ? どうやって口止めするかが課題だな。記憶を失わせるとか、そういう技術を今後手に入れれば……可能性はあるかもな」
「珍しい生物の臓物を生み出して売る、というぐらいならばできるかもしれませんが」
「そうだな、それならいけるか。まぁ、出どころを気にしないでくれる信頼できる商人とか仲介者が必要になるだろうな」
俺の眷属の欠損部位も対象となるならば、かなり強力な"回復役"となっただろう。その意味では、ややトリッキーな運用が求められるエイリアン=ファンガルではある。
ただし、迷宮経済の観点からは、現状すでに異星窟は【領域定義】による魔素・命素の基礎収入が頭打ちとなっていた。『結晶畑』にはまだ拡張の余地があるが、それだって【最果て島】の土地を越えて敷き詰めることはできない。
そういうことを見越して、魔素・命素に頼らない資源の確保手段として、『小醜鬼工場』を主軸に据えた『牧場』『農場』を計画したわけだが……紡腑茸は、むしろこちらと非常に相性が良い。
"なり損ない"から"なり損なわない"への再利用の目処が立った、ということだ。
労働力として、また"実験材料"として使い潰すという意味では、一から新しい工場産ゴブリンを作るよりもずっと安上がりだと言えるだろう。
そして、そこまでして"実験材料"を確保しながら、俺が何を検証しようとしているかというと。
『小醜鬼工場』地下の『多目的実験室』は、かなり広いスペースを取っていた。
元からあった天然の地下空洞を掘り抜いて、小さな学校の体育館程度にまで拡張していたのである。そもそもの目的はリッケルのような存在が攻めてきた際の一時的な避難所として、また、可能性は少ないが小醜鬼達の反乱が万が一にも起きた際の"詰め所"として、であったわけだが――。
その広いスペースには、既に数体の"名付き"や「新顔」を含むエイリアン=ビースト達が到着し、俺とル・ベリの到来を待っていた。
「さて、アルファ、デルタ、ゼータ、イオータもいるな? 『性能評価』の時間だ。そこにいるのは、お前達の新しい"後輩"のラムダとミューだ。しっかりと指導して導いてやってくれ」
螺旋獣のアルファ、デルタ。
縄首蛇のゼータに、切裂き蛇のイオータ。
そして杖代わりに携帯している一ツ目雀のカッパー。
俺の指示を聞くや、"名付き"達はすぐさまカッパーの"一ツ目"と目配せをしあい――アルファは俺のすぐ隣に、またデルタ以下がそれぞれの得意な距離に、といった具合であらゆる不測の事態を想定して即座に対処できる定位置に自然な流れで並ぶ。これは、何も特別なことではなく"名付き"達にとっては、呼吸どころか心臓が拍動するほどにまで自然であり当然のことである。
だが"新入り"であるがために、そうした連携には未だ加われていない新エイリアン=ビーストが2体。
デルタが彼らに好戦的な眼差しを向けているが――かたや全く意に介さず、その巨頭を俯かせて、はむはむと地面に生えた苔のようなものを食んでいるのが塵喰蛆のラムダ。そしてもう一方は、ぶるりと長い首を震わせつつ、流し目でデルタをちらりと見返した投槍獣のミューである。
「御方様、お待たせしました」
"名付き"達の微妙な目線の交錯の間に、ル・ベリが数体の"なり損ない"達を連れてくる。
無論、そのための"実験材料"というわけである。
「さて、ラムダにミュー。お前達の『性能』を示して見せてくれ。俺と、お前達の"同胞"が『評価』できるようにな」
斯くして眼前、2体のエイリアン=ビーストがその実力と特性を明らめていく。
塵喰蛆は、噴酸蛆から進化した「第3世代」であり……"蛍"になれず「蛆」のまま巨大化したエイリアン=ビースト系統である。
元のカバのように巨大な頭は幾分縮小し、エイリアン的十字牙顎を維持した口吻もやや小型化したが、形状も変化した。さながら掃除機の隙間用の付け替えノズルのような尖った形となったのだ。また、そのイモムシのような巨体は、イモムシ体型のまま、蠕動のための筋肉自体が発達したかのように余計にずんぐりと膨張しており、喩えるならば小学生がたまに課外学習で掘り出して興奮する「異常な形の巨大サツマイモ」であるといった風体。
……さすがに、このデコボコしすぎたイモムシ胴体では、ベータが創始した『エイリアン式回転移動術』は上手くできないのか、走狗蟲数体と触肢茸の班によって牽引され、ようやくここまでたどり着いたのがラムダである。
そして、その最大の特徴は何といっても、全身にびっしりと生えた細かい黒灰色の繊毛であろう。
『因子:豊毳』がもしも解析未完了であれば、多分この塵喰蛆からも解析できたんじゃないかと思われるほどびっしりと生え揃っており――そして非常に抜けやすく"生え変わり"が激しい。
道中には、ずるずると引きずられて牽引されてきた際に落としてきたと思しき、まるで折れた針をぶち撒けたかのような、大量の極細の"針毛"が撒菱のようにばら撒かれていた。
――この黒い"針毛"の真の恐ろしさはここから。
カッパーの"一ツ目"がキラリと橙色の輝きを放ち、周囲に【風】属性の力が満ちる。
俺やル・ベリ、アルファ達の周囲を包む程度の気流――"流れ灰"が届かぬようにする程度には有用な気流の簡易盾であるが、そのような防御魔法が発動したのとほぼ同時。
ラムダがおもむろにその掃除機のノズルのような口吻を"なり損ない"の1体に向け、ものすごい勢いで空気を吸い込んでハリネズミの如く全身の毛が逆立つほど膨らんだ、かと思うや、まるで子豚の家を吹き飛ばす狼も真っ青にさせる壮絶な勢いで激しく息吹を吐き噴き出す。
――だがこの"息吹"の中には。
まるで雲霞の如く、群れなす羽虫やらの大群と一瞬見紛うかのような大量の「針毛」の欠片が塵芥の如く、解体現場の大量の石綿の粉粒を含んだ暴風の如く、ぶちまけられた粉塵の如く入り混じっていたのである。
そのような"針の粉"とでも言うべき暴風を吹きかけられた"なり損ない"が無事であるはずもない。
瞬く間にその目を充血させ、体内をかきむしるかのように激しく咳き込んでもんどりうち全身をあらゆる角度の「く」の字に折り曲げてばたつき悶えながら、たっぷり数秒後。
大量の血を吐き出して、そのまま痙攣しながら動かなくなっていったのであった。
デルタが「よくやった」と言わんばかりに咆哮し、イオータも残忍な表情を浮かべてくねくねと喜びの舞いを舞う。
「改めて、恐ろしいですな……これは"毒"とも違いますな?」
「体に害を成す、平衝を乱すって意味まで拡大解釈するならある種の"毒"かもしれないが、まぁこれは――火山灰と針の中間的な性質を併せ持った"毛"の粉だわな」
「腑分けしてみましょう。失礼をば」
ル・ベリがいつの間にか取り出した布で口だけでなく顔全体を覆ってから、吐き出した血やら何やらでぐちゃぐちゃの状態となった"なり損ない"まで近づいて、慣れた手付き……いや、"触手付き"で解剖していく。主に、肺の状態を見ているようであった。
「恐ろしい"塵芥"です。肺の中身が、ズタズタにされております」
「初見殺し極まれりな性能だな。でかすぎて身を隠す場所が無いし、転がって逃げるのも無理だが、対策無しだと俺達ですら危ない。カッパー、【水】魔法に"換装"して流しておけ」
「罠としての運用が一番でしょうかな」
≪あはは、あはは! ねぇウーヌス、いいこと思いついたんだけど! 名付けて"血噴き団子"なんてどーだろ、あはは!≫
≪きゅぴぃ、なるほどなるほど。お団子さんの中に【風】魔法さんと一緒に入れて、食べちゃったら体内で爆発、喀血! させるということきゅぴね。つまり僕たちはお団子屋さんの看板娘さん……≫
≪甘だれ~≫
迷宮でわざわざ落ちている"お団子"など食べる侵入者がいるかは、果たして疑問であるが――いや、時限式にすれば時限爆弾的な運用もできる、のか?
一瞬、モノの案を本気で取り入れようかと思ってしまったが、今は性能評価の時間。
俺は次に投槍獣のミューに、その力を示すことを目で促した。
投槍器という飛び道具がある。
元の世界の大昔、原始人の時代でクロマニョン人がマンモスなどの大型獣を狩る際に利用した道具である。
原理自体はシンプルだ。先端がバールのような感じで反った形状の長めの棒が投槍器の本体であるが、これを手につかみ、そのバールの先端部分に引っ掛ける形で「投槍」を番える。そしてその状態で、投槍器を思い切り前方に向けて振るえば――バール状に反った部分が投槍の石突部分を強く押し出し、遠心力が加わって力強く投槍がすっ飛んでいくのである。
もう少し詳しく説明しよう。
「遠心力」は簡単に言えば「長さ」で決まる。長ければ長いほど力が増すわけであるが、普通に手で槍を持って投げる場合、投槍に加わる遠心力は「腕の長さ」分でしかない。
だが、投槍器を手に持った状態で考えれば、つがえられた投槍に「力」を加えるのは、掌よりもさらに先、バール状に反った支えの部分である。つまり「腕の長さ+投槍器」の長さが加わった位置から、その分だけ遠心力が増すことになる。
安定させるには熟練の技量が必要であろうが、それでも、力強く投げ放つだけならば、棒1本で威力を増すことができる。元の世界で、近代に行われた実験では、素人でも200メートル先に配置した象の死骸を貫くことができるほどの威力を叩き出したこともあるとかなんとか。
――そんな投槍器の名を冠するのが、この戦線獣から進化した新たな「第3世代」のエイリアン=ビーストというわけだ。
その特徴は、噴酸蛆とは別の意味で巨大化して強靭化した太い"首"である。さながら丸太のように異様に太く巨大に長くなった強靭な首に対し、頭部は戦線獣時代とはあまり変わらない。
だが、その後頭部のあたり、ちょうど延髄の付け根から後方に尾の側に向かって突き出すように、太く長大でまっすぐな"角"が生えている。この"角"の先端はバールのようにフック状に反っており――つまりこれこそが投槍器の本体部分。
言うなれば、この首全体が、ちょうど投槍器を持った「巨人の腕」とのようなものである。
この「投槍『角』」によって投擲されるべき"槍"が、角の先端のフック状部分に引っ掛けられる形で乗っていた。この"投槍"は、ミュー自身の頭頂を越えるに飽き足らず、リーゼントの如く前方に突き出す形で番えられている。
「殺意が高いな。焔形長剣みたいに"揺らめいた"形状してるじゃないか。切り裂かれるだけで傷口がズタズタになるだろうな」
「ですが、これは一度投擲したら終わりでは? 御方様。回収してまた番える、と?」
それは少し効率が悪いのではないか、とル・ベリが訝るが、疑問に答えるように眷属心話が頭の中に響き渡る。
≪きゅっぴっふっふ! ル・ベリさんさん、その秘密さんは――『因子:骨芽』さんにあったのだきゅぴぃ!≫
≪生えてくるよ~≫
"投槍器"を成す本来の意味での角と、その上に番えられた"投槍"。
これらは実は――フック部分で連結していたのである。ただし、その接続は非常に脆く、弱い。さながら切れ目か切れ線にも似た細かな亀裂がぐるりと連結部分を一周しており、力を加えることで容易に千切れ外れるだろうことが見て取れる。
――この意味では厳密には"槍"部分もまた「角」の一部であり、フック部分から生えて来る本当の意味での「先端」なのであった。つまり、本来は1本だった角を、フックの部分で折り曲げて頭や目線の方向に向かってUターンさせた……とでも言えばよいだろうか。
さながら、トカゲが千切れるしっぽをサソリの真似をして頭上に反らせて乗せたようなもの状態。
ただし、どちらも「千切れる」ことが前提だが、用途が全く違う。
トカゲは囮にするためにしっぽを千切れさせるのに対し、投槍獣はそれを武器としてぶん投げるのである。
ミューが"投擲"体勢に入る。
身をかがめ四つん這いとなり、まるで五体投地……いや、"7"体投地するかのように、四肢と尾の全てで大地を抱えるかのような体勢を取るが――その戦線獣時代は両腕に集中していた筋肉を全て"首"に移管したかと思うほどに強靭で、元の世界のキリン以上に胴体とのバランス比が異常な太すぎて巨大過ぎる、蛇腹状に硬質化した「ネックガード」のような構造に覆われたその首だけはもたげており。
"投槍角"を地面と平行に維持した状態で、ぐぐぐぐ、とその頑丈に発達した長い首を、血管や筋肉の筋が浮き出るほど後方へ引き絞っていくかのように反らせて力を溜め――。
「バツンッッ」と空気をぶん殴るような裂帛音とともに、ミューは轟然と首で地面を叩きつけた。
その瞬間、異常発達した長大な"首"の長さと、まさにその後頭部から骨格レベルで突き出していた「投槍角」を足し合わせた分の長さがまるごと「遠心力」を生み出し、ミュー自身の頭上を飛び越えリーゼントのように前方へ突き出るに長い約1メートル20センチもの「槍」が一条の剛槍となって豪投される。
その『性能』はラムダがやってくれたのとはまた別の意味で壮絶の一言に尽きた。
生ける攻城弩が城ではなく生身の生物に向かってぶっ放されたのだ。
焔形長剣の如く揺らめいた独特な槍身は"なり損ない"を貫通しつつ、ひねり引きずり巻き込んで轢きながらぶっ飛んでいくに飽き足らない。微妙に螺旋状に揺らめいてたことから、ジャイロ効果でも発生したのか、恐るべき速度と推進力と"精密性"で以て洞窟の岩壁までほとんど勢いを減衰させることなく、激突し、衝突し、その衝撃で四肢が吹っ飛んで「だるま」のような状態となったなり損ないの胴体をそのまま縫い付け、それでも勢いが殺しきれずに、ビィィィン、とその根本を揺らしながら血漿まじりの体液を辺りに撒き散らしていたのであった。
「……凄まじい威力ですな」
「投擲、に関してはアルファやデルタを越えてるなこりゃ」
「軌道を逸らさねば大抵のものは貫通されるでしょう」
「『因子:骨芽』の力で"槍"は新しくまた生えてくるからな。だから、お前の言う通り、既にぶん投げた分も回収して再利用しつつ、何本も最初から準備させておけば連発も可能というわけだ」
「遠隔攻撃手段が【強酸】しかありませんでしたからな。この威力と速度と射程ならば、地上からでも【人体使い】の目玉どもをことごとく撃ち落とせるでしょう」
≪お、オーバーキルさんじゃ……ないかなぁ……?≫
俺はル・ベリに頷いて見せ、アルファ達にもそれぞれ一瞥をくれる。
だがデルタが持ち場を離れていた――見れば、何を思ったのか、いそいそと向こう側の岩壁まで小走りで駆けていき、肉塊を縫い付けた「槍」を力任せに引き抜く。そしてミューとアルファを一瞥し、それを反対側の壁に向けてこれまた力任せに豪投。
あぁ、自分の方が強く投げられる、と言いたいわけね。
だが、対抗心をぶつけられたミューは流し目でそれをちらりと見ただけで、疲れたのかやる気がなさそうに、キリンが眠るようにだらりと曲げた首を背中に乗せて寝転がったのであった。
「さて、次は……」
≪グウィース、グウィース! おにーたま、あるじたま! いいもの見つけた!≫
突如、【眷属心話】で響き渡る『イリレティアの播種』にしてル・ベリの「弟」たるグウィースのソプラノボイス。ル・ベリが、またあいつ何かやらかしたのではないだろうな、と心配を表す苦虫顔になるが――面白いと俺は思い、ル・ベリに「見に行ってみるとしよう」と告げたのであった。





