0081 因果は超越の中に煉らる
7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
いくつか存在する"拡張端末"のうち、浸潤嚢は【エイリアン使い】の固有技能である【因子の解析】を代行する存在である。その意味では、こいつは眷属達の可能性と方向性の選択肢を増大させる、という点で正統的に迷宮を発展させてくれることから、いわば"研究種"と言うこともできるだろう。
そんな研究種たる系譜に恥じぬ強力無比な機能を有す、浸潤嚢から"胞化"した第3世代のエイリアン=ファンガル系統こそが『煉因腫』である。
『性能評価室』では、テストのために呼び寄せた数体の走狗蟲と労役蟲達が待機していた。今、部屋の「半分」のみ臓漿に満たされ覆われた状態となっており、もう半分は全くの剥き出しとなっているが――これはわざとである。
より詳細に、臓漿の有る無しがエイリアンや迷宮の機能に与える影響を比較観察するための措置だ。
荒々しく様々な意味で剥き出しの脈動そのものたる臓漿の紫と褐色混じりの臓物色に覆われた『性能評価室』。走狗蟲と労役蟲達が明らかに意気軒高な様子で俺の一挙手一投足をじっと待機しており――彼らの後方には、ぶよぶよと、まるで白っぽい大小のうなぎが絡まりあったかのような、巨獣から引きずり出されて綺麗に血抜きと洗浄でもされたかのような、ぷるんとした体皮をした「あん肝」の盛り合わせのような、そんなエイリアン=ファンガルが、ぷるんぷるんと震えていたのであった。
これこそが煉因腫である。
副脳蟲どもの報告書でウーノが「あん肝にウナギがからまった」と食い物で喩えてくれた通り、白っぽい肝の部分からぬめぬめとした"ぬたり"が絶えず溢れており、およそ乾燥とは無縁の保湿具合。そこにウナギだかアナゴだかウミヘビだかの群れが、さも狭い空間の奥深くに我先に争って殺到して"溜まり"を、蜂団子ならぬ鰻団子を形成するが如く、白っぽいぷるぷるの肝部分が中心部に向かって渦を巻くようにうねっており――まぁ、少なくとも、まともな物理的な防御力は無いだろう。
疾走してきて勢い余った走狗蟲が突っ込んだだけで、その爪や牙に当って白っぽいぷるんぷるんの肝部分は容易に傷ついて血を流し、下手をすれば呆気なく死んでしまうかもしれない。見た目通りか、下手すると見た目以上に戦闘能力など皆無であり、間違っても表に出すことはできず、侵入者などの攻撃に晒されるべきではない存在だ。
だが、その研究種としての"機能"は、強大の一言に尽きる。
何せ――俺の眷属達に一種の永続的な"変異"を与えるものである、ということが判明していたのである。
煉因腫は待ち望んだ「強化種」なのだ。
その機能の概要は副脳蟲達が事前に【共鳴】によって"聞き取り"を行ったことで、既に大まかに把握できていた。それで、昨日から早速走狗蟲を1体、ぬたりが渦巻くうなぎ型白あん肝の中に放り込んで"漬け"ていたわけだが……さて、どうなったかな。
俺は『煉因腫』のぬめる体表に手をかざして【情報閲覧】を諳んじる。すると表示された『拡張ウィンドウ』には、次のような項目が表示されていた。
【設定】
・現在処理中:走狗蟲
・処理モード:解析・<伝播>
[煉成情報]
(体皮構造)―― 生体硬質化:107%
(筋維構造)―― 筋密度上昇:105%
[魔素・命素割増率]
・維持魔素:115%
・維持命素:103%
「モード」を「伝播」にしている間は[煉成情報]の項目に干渉が可能であり、現時点では体皮・骨格といった身体構造について「設定」をすることができることがわかっている。
つまり、現在煉因腫第1号基の中に放り込んでいる走狗蟲は、「体皮構造」を107%で「硬質化」させ、「筋密度」を105%に上昇させる、という強化が与えられている。言い換えれば、この走狗蟲は"平均的"な個体と比べて7%皮膚が硬く、筋肉の密度が5%強靭――自分自身の技能に頼らず、煉因腫の能力によって強化を与えられた、ちょっとしたエリートでちょいスーパーな走狗蟲となっていたのであった。
無論、漬け込んで即時に、とはいかない。設定した強化が"浸透"するまでには、いくらか時間がかかる。戦線獣や幼蟲など他の系統でも試してみたところ、強化の浸透時間は、大体、その系統に進化するのにかかる時間の25から50%ほどであった。
一方で「強化が浸透する」ことの機序に関しては、エイリアン=スポアを形成してどろどろに融けて身体構造を文字通り練り直す"進化"そのものとは別物だ。
さながら、生物版のテセウスの船を証すかのように。
急速に細胞が新陳代謝し始め、ちょっとした蒸気を噴き出しながら全身の筋肉やらが軽くぼこぼこと泡立ち始めるのである。そうして古い細胞や組織が壊死していき、急激に新しい「構造」で形成されたものに入れ替わっていく――といった具合。
言うなれば、エイリアンとしての系統を変えることなく「一寸」変化・変異するという塩梅。代償として幾ばくかの魔素と命素を消費し、また、拡張ウィンドウの項目にも現れているように、概して強化された個体は維持コストが上昇する傾向にはある――のだが「伝播」モードの本領はここから。
なんとこの状態の煉因腫は、設定された「煉成情報」の強化を、漬け込んだ個体のみならず、自身に直接触れて【共鳴】した他の同系統である全てのエイリアン系統に対して"伝播"させることができ、そして、この能力もまた臓漿による遠隔【共鳴】の対象となっている。
つまり、今『性能評価室』に走狗蟲達のうち、臓漿に覆われた半分側にいる者達――そのエイリアン的同調によって煉因腫と繋がる者達――は、等しく「硬質化107%、筋密度105%」の強化が浸透。さながら「テセウス船団」とでも言うべき勢いで、一斉にその身体構造をぼこぼこぶくぶく、じゅわうじゅわと変異させていた。
「露骨に見た目が変わって"亜種化"するわけでもない、というところがポイントだな。見た目が同じでも、全然"性能"が違う個体群をぶつけるという戦術も取りやすくなる。中途半端に情報が漏れて対策を取ったつもりになった相手にこそ刺さる特殊部隊も作りやすい」
「しかも、時間をかければ異なる強化に差し替えることも可能、というわけですな」
「そうだ、状況に応じて特化型を作りつつ、使い捨てにしないで"再利用"することができる。非常に可能性を感じる能力だ、が――」
これだけ聞けば、非常に万能で、やりたい放題に強化を重ねることもできるように思えるだろう。だが、煉因腫とて、ある種の万能薬ではなく、運用にあたってはいくつかの制約があるのであった。
まず、先程の"強み"の裏返しだが、強化はあくまでも煉因腫が取り込んでいる個体と"同系統"のエイリアンにしか効果が無い。
言い換えれば、今俺の目の前にいる煉因腫1号基が強化っているのはあくまでも走狗蟲のみであり、比較のために同じく部屋に呼び込んだ労役蟲はその恩恵を受けることができていない。皮膚が硬くなって筋力と視力が増したちょいスーパーな労役蟲は誕生していないのである。
もっと言おう。
煉因腫1基ごとに1系統しか、強化れないのである。
――だが、そんなことよりも、もっと重要で重大な制約が存在する。
「生体硬質化107%」や「筋密度上昇105%」は……最初から選択可能ではなかった、のだ。
それこそ、煉因腫がまだ誕生した本当に直後の時点では、走狗蟲で選ぶことができたのは、わずかに「生体硬質化101%」のみ。
それを、「伝播」モードではなく「解析」モードに設定した上で、複数の走狗蟲を次から次へと漬け込ませ、地道に"研究開発"する中で、やっと"発見"できたのがこの2つだったのだ。
これが何を意味しているか。
それは、まるでアカシックレコードの如く最初から"全ての種類の"強化が判明している、とかいうのではないということ。
例えば小学生のクラスが1つあるとしよう。
その中には走るのが得意な子、怪我しにくい子、目が良い子、霊感がある子、親が金持ちな子、といった具合に様々な"個体差"と"個性差"が存在するように、一口に走狗蟲や労役蟲といっても、同系統のエイリアン達の間であっても、少しずつ違いが存在している。
ちょうどそれと同じように、同じ系統であっても、走狗蟲だって労役蟲だって"違い"があるのは当然のこと。
……煉因腫の本質とは、そうした身体構造の差異について、地道に、根気強く、それこそある種の考古学的な取り組みであるかの如く、解釈し、分析し、咀嚼し――そこから、その系統のエイリアンが有すべき「強化」を発掘していく、という過程を辿るものだったのだ。
「筋密度上昇105%」と「生体硬質化107%」という走狗蟲用の強化2種は、数十体の走狗蟲をじっくりと「解析」モードで漬け込むことにより、新たに強化のメニューに載せることができるようになった。そうして初めて、それを同系統の他の個体達に"伝播"させることが解禁されたのである。
「逆に言えば『生体硬質化108%』は、まだメニューに乗っちゃいないってことだ。それが、今はまだ見ぬ、ほんの少しだけ硬い走狗蟲が現れてくれるまでは……手を出すのは難しい。その他の強化も、同じことだな」
なお、副脳蟲達が煉因腫からその意気込みを聞き取る限りでは、例えば「皮膚硬質化107%」の個体を複数"解析"し続けることで、そこから「108%」への道を開くこと自体は、できなくもないらしい。
ただし、この場合は当然のことながら莫大な魔素と命素を必要とする。しかも、この発展型の「解析」モードでは、さらに俺の眷属とは一見して全く関係のなさそうな生体素材――何かの果実やら果物やら、排泄物やら生体残骸やら――が要求されるのであった。それで、ひとまず1号基を「解析」役として研究に注力させることは後回しにして、ひとまず今手持ちの2種の強化を"伝播"でばら撒くことを優先させていたわけである。
「解析モード中は伝播モードが使えない。逆に伝播モード中は、対象になった"全"エイリアン達に強化が浸透し終わるまでは解析モードに戻せない。緊急で都合の良い奇跡みたいに、全個体をいきなり強化して起死回生、なんて芸当はまず無理だ。時間をかけて、莫大な資源とトンチじみた謎資源を投じて、せいぜい強化のメニューを豪華にしていってやるしかないってわけだ」
≪きゅぴ、それならたくさん並べて一気にどばーっと解析さんしたいきゅぴねぇ≫
≪で、でも……研究開発さんにはたくさんの投資さんが必要で、時間もかかっちゃう……≫
≪いやっほう! 男の子は度胸だ、女の子も度胸だよ! 一か八かで珍しい「強化」さんが手に入るか、手持ちの魔素も命素も全部注ぎ込んじゃおう! 宵越きゅぴの金は持たないんだぁ!≫
「あぁ、まぁお前らに果たして"ぬ"と"ね"を見分ける概念があるのか俺には甚だ疑問だが、長期的には絶対に役に立つが即効性を期待してギャンブルする用じゃあないな、こいつは」
「ふむ……"内政"を重視するならば労役蟲を、戦闘に偵察に探索などの広範な活動を重視するならば走狗蟲を、それぞれまずは強化していくのが良いのでしょうな」
「違いない。大体、基本種の基本的な性能を1%上昇させるためだけでもこれだけ資源喰らうんだ。世代が進んだ上位系統だと、今はちとコスパが悪すぎる。走狗蟲用と労役蟲用の2基体制で、しばらくは放置して地道に"発掘"作業をさせておく形がいい、かもな」
≪きゅぴぴぴっ! きゅぴぴぴっ! きゅぴぴぴっぴぴ! きゅぴぃのスヌーズタイマーの時間だきゅぴぃ、超覚腫ちゃんの1号きゅぴが胞化完了したみたい!≫
「危うく目覚まし時計だと思ってぶん投げるところだったぞ? だが、そうか、そういえばそんな時間だったな――ウーヌス、ちゃんと連れてきているよな?」
≪きゅぴの自称に、遅刻さんの二文字は無いのだきゅぴぃ、カモンガンマさん!≫
突如、自らが世にも珍しい脳みそ型目覚まし時計であるなどと自称し始めたウーヌスであったが……なるほど、俺の「確実にリマインドしてくれ」という指令は確かに達成された。こんなに不愉快な"目覚まし音"、絶対に気づくし無視できない。
だが、必要なことなので肩をすくめるしかない。
ウーヌス達に俺が頼んでいたのは、なにせ、今後の【情報戦】を戦っていく上で、これまた非常に重要な能力を持つ新たなファンガル系統の誕生確認だったのであるから。
ややあってから、ドシドシと臓漿の上を踏み滑りながら通路の奥から駆けてきたのは城壁獣のガンマ。
その背には、浸潤嚢でテルミト伯の眷属である飛来する目玉の死骸を解析したことで、ついに獲得した『因子:強知覚』によって新たなファンガル種である『超覚腫』が"装備"されており――さながら巨大イソギンチャクに寄生された状態で突進する異界サバンナの異形犀といったところであるか。
だが、超覚腫という、比較的大型なエイリアン=ファンガルの肉根をその全身に這わされ文字通り魔素と命素を猛烈に吸われる状態にありながらも、全力疾走でここまで短時間で駆けてきたのだ。速度バフにせよ魔素・命素の維持能力バフにせよ、臓漿の恩恵の大なるを改めて認識させられる。
なお、余談であるが俺の眷属達を見ていて、俺はふとした考えが浮かんでしまっていた。
俺が臓漿を利用するとして。
なんとなくなのだが、素足、の方がさらに高速疾駆の精密さが増すのではないか? と。
≪わきゅぴわきゅぴ!≫
「……試さんからな」
かたやル・ベリは早々に開き直ったようであり、道中でも【異形:四肢触手】を駆使して直接臓漿を鷲掴み、凄まじい速度で、俺を追い抜いて先に『性能評価室』までたどり着いていたというのがつい先程の話であるが。
そんなくだらないことを考えていると、ガンマが、まるでどっこいしょという掛け声が聞こえんばかりにどさりと背負ったエイリアン=ファンガルを降ろす。それを見て、俺も意識を切り替える。
『超覚腫』は「第2世代」のエイリアン=ファンガルであり、労役蟲から直接"胞化"した系統であるが――その見た目は、言うなれば邪悪なトーテムポールめいた、大幣、であろうか。だるま落としの如く塔状に"段々"と積まれたトーテムポールのその各段には、突起状の肉ひだやらくぼみやらが不揃いに並んでおり、さながら哺乳類と蟲の中間的な"表情"を思わせる顔貌のような模様を形成していた。
そこには、某宇宙的恐怖を題材にしたテーブルトークロールプレイングゲームをテーマにでもしたかのような、無数の"目"とも"鼻"とも"耳"とさえもつかない、しかし直感的にそれが「感覚器官」であることはわかる、そんな無数の突起物と肉ひだがところどころで垂れている"顔"が段々と積み上げられており。
しかも、ぶるんぶるん、ゆっさゆっさと、それらを神社の神主さんが振るう白い菱形を連ねた大幣を想起させるかのように、絶えず視覚的な不協和音を讃えたかの如き有様で揺らいでいるのであった。
「さて。名が体を表すならば、超覚腫は凄まじく鋭敏な感覚を持つはずだが……どうだ? 副脳蟲ども、どう感じる?」
≪あはは、すげぇや何もかもクリアになってる。創造主様、ちょっとこいつは視えすぎるし聞こえすぎるから、いきなり直接接続はまずいかもーウーヌス、フィルタリングさんしておいて≫
≪ぷるたりんぐ?≫
≪あはは、違うってば。創造主様、まぁでも百聞は一見に如かず、百見は一触に如かずってやつだね、あははは≫
モノが、笑いながらウーヌスを適当にいなしつつ、独自に【共鳴心域】を発動して超覚腫の――その「超越せる」感覚を、俺にだけ同調させる。
瞬間、俺はまるで脳みそに瞳が生えた。
かのような、おぞましくも清冽なる感覚が脳天からつま先まで駆け抜けるのを感じた。
それは時間にして、きっとコンマ1秒にも満たない、下手をすると神経伝達速度よりも短い、何十分の一にすら引き伸ばされたコンマ1秒未満、だったろう。
だが、世に"開眼"という言葉があり、また物理的にそれに到らんとして頭蓋骨に穴を開けるという技術があると知識では知っていたが、まさしく、それに近い。
頭蓋をこじ開けられ、直接、脳みそで以て世界を"視た"かのような、つまり瞳という臓器によってフィルタリングされていない非常に荒々しく原初的である「生」の情報の塊が、超覚腫を通して俺の五感を六感と七感の壁すらをも越えて穿貫する。
その刹那、六徳、須臾、逡巡の間。
俺には周囲のありとあらゆる生物が発する、微細な、毛細血管を流れる極細なレベルでの血流の一滴一滴の音すらもが視え、迷宮の中を通り流れる魔素が踊り命素が泳ぐ様を、全身の皮膚にびっしりと蟲の触覚が生えてそれを撫でられるかのように実感させられたのであった。
≪はい、これ以上はまた今度ね創造主様、あはは! これ以上は練習さんが必要だからねー。あ! ル・ベリさんはウーノがいいかなー。グウィースちゃんには、アインスがやっておいて。超覚腫ちゃんを今後増やすなら、みんなちゃんとこの感覚は知っておかないとだねーあははは≫
「……とりあえず視覚聴覚嗅覚触覚味覚、あと魔素覚と命素覚が全部同時に"視え"たな。なんだ、こりゃ。こんなものに、俺達は気づかずにいた、のか?」
≪そうそう! 創造主様後で技能テーブル見たらわかると思うけど、技能さん獲得したらもっと色んなおもしれーの見れそうだよ、あはは超楽しみ≫
――珍しく、モノが俺に対して直接多弁である。
ウーヌスをいじることを生きがいとしている"キレ者"のモノであったが、俺のことを色々と考えている素振りを見せながらも、普段は直接話すことをどこか避けている……とは少し違うが、何らかの信念によって回避しているように思えた。
普段、副脳蟲として俺に必要なことを伝える際には、彼は必ずウーヌスをそそのかして促して俺に伝えさせる、という形を取るのである。そこに、きっと何か、モノだけが俺を『創造主』と呼ぶこととも関係があるのだろう。
それを今確かめようと思うならば、よほどの備えと覚悟が必要である。そんな直感的な警鐘が頭の中で鳴り響く。しかも、その警鐘は――かつて『称号:超越精神体』に対して感じたのと同じ類のもの。
だからこそ、現状、副脳蟲達の働きとしては特に大きな問題が起きていないため、モノのその不思議な態度に俺は目を瞑っていた。
そんな存在であるモノが、俺に直接超覚腫の"扱い"について何かを示唆しようとしていることの意味は、今はまだわからない。いや、それどころか、今はまだわかるべきでもないのだろう。
素直にその"助言"に従って、超覚腫の技能テーブルを見てみれば――なるほど、と思わせられるものが確かに存在していた。
【五覚感知:強】や【魔素感知:強】【命素感知:強】を基本として、【電流感知】だとか【熱感知】はおろか【振動感知】【青色透視】。いっそ、何が何でも"見破る"という意思を感じさせる、それこそが我が役割である、と宣言しているかのような、他のファンガル系統と比べるとかなり多めの系統技能群に加え――【神威感知】だとか【呪詛感知】といった超常そのものにすら干渉するようなものが揃っている。
これならば、たとえ他の迷宮領主の眷属に不可視化能力があるような存在がいるとしても、この邪悪なトーテムポール型大幣たる超覚腫ならば、どのようにでも料理できるだろう。サーモグラフィー的に【熱感知】でもいいし、生物であれば体内で必ず発生している【電流】で感知してもよく、それはエイリアン達の同調共鳴ネットワークの中では丸裸に丸見えの状態と変わらないだろう。
こと"防諜"という意味においては、今後、テルミト伯以外の迷宮領主達がどのような【情報戦】手段を有しているかわからない現状、超覚腫の島内各地への配備は焦眉の急である。
――だが。
信用をしてはならない。
並み居る【○○感知】系技能達の最奥。超覚腫の技能テーブル上の最右には、【世界感知:横】と【世界感知:縦】とかいう、明らかに名前からしてヤバい技能が鎮座していたのであった。
モノの意味深な態度から俺は、他はともかくこの"縦横"な【世界感知】が『称号:超越精神体』によって与えられる技能群の"同類"であると、俺は改めて気付かされる。
伊達に、俺の"警戒心"から生まれた副脳蟲ではない。そも副脳蟲という存在自体が、俺にとっては迷宮領主の権能の中でも相当に特異で特殊な部分から生じた連中達であり――言うなれば世界法則の"お墨付き"であると言えなくもない。
知らず知られず気を引き締めてから、俺はモノをじっと一瞥だけして、何も無かったかのように気を戻す。そして【エイリアン使い】として、迷宮の領主として、この新たなる重要戦力たる超覚腫達の更なる検証と島中への配備計画を練るように副脳蟲達に伝えたのであった。
未知の脅威よりも、眼前の脅威への備えが先である。
「警戒しすぎることはないからな。【鉄使い】の野郎の狙いが、今一つ掴みきれないが」
「御方様が遁走するわけがない、と見透かしたつもりになっているのが癪ではあります」
「何が『ネフィはのんびり【人世】観光させながらそっち向かわせるからゆっくりでいいよ!』だ、道化野郎め。この俺が、振り回されるテルミト伯にほんの少しでも同情心抱くだなんて、不覚の極みだ……すまんな、ル・ベリ。あの【人体】野郎にツケを払わせるというのは、変わらない」
「……御方様の御心のままに。我が些少なる心を思ってくださっているだけで、この身に余る光栄でございます」
【闇世】Wikiによれば、眷属に直接"裂け目"を通過させることができるのは公爵の権限である。つまり、あの金属を引っ掻くような不快な声で喋っていた【鉄使い】とかいう道化が【宿主使い】ロズロッシィに提案していた「二重監視」とは、少なくともロズロッシィが公爵ではない以上、【闇世】側では実行できる芸当ではない。
それをフェネスはあっさりと【人世】側でゆっくり合流してからやろうじゃないか、と提案しており、さらに俺に対しても、"裂け目"の向こう側が【人世】のどこに出るかわからないのだから、まぁ連絡取りながら臨機応変に合流しようよ、などといい加減なことを言っていたことを反芻する。
なるほど、一応は"励界派"の「新人」扱いである俺を、自称後援者に過ぎない奴が囲い込んだと思われ過ぎないよう、他の迷宮領主達に配慮したと言えなくもない。
もしもあの場面で、いきなり俺の迷宮に直接"監視役"でも送り込もうものならば、【鉄使い】としてこの俺の迷宮の"情報"を得すぎてしまう――そうなると【エイリアン使い】はもはや【鉄使い】の息がかかり首根っこを押さえられた存在となり、【幻獣使い】側からすれば避けたい展開なのだろう。
だが、そうした掣肘は【傀儡使い】側から成されるものだと考えていたが――。
「俺を本気で監視する気があるのか、無いのかが謎だ。何が目的なのやら……あいつの"投資"への参加が本気じゃない、という可能性もあるのか?」
素直に捉えれば、2年以内の多頭竜蛇討伐を優先させたい、ということかもしれない。
だが、そこまでしてあの「哀れな生き物」を排除したいのであれば、それこそ悪名高い"黒幕"を気取っているならば方法はいろいろありそうでもある。あるいは、よほど【気象使い】が恐ろしいのであろうか。
「確か【竜公戦争】の"生き残り"という話だったよな、【気象使い】は」
【闇世】Wikiの記述に曰く。
現在存命する大公の中で、【闇世】では最も強大な力を持つとも謳われる迷宮領主こそが【気象使い】ディルザーツである。その威名は、かつて敗色濃厚であった【竜公戦争】の折、【人世】側における『竜主国』からの大攻勢に際し、逆に複数の「竜主」を討ち取り、逆侵攻を防いだことで【闇世】中に轟き響き渡ったのだという。
「『竜』ね……ヒュド吉に聞いてみるか、駄目元で。だが、その前に小醜鬼牧場の確認だな。行くぞ、ル・ベリ」
「御意。着実に選別と交配、調教と調練は進んでおります。必ずや、御方様の糧としてみせます」
ル・ベリに頷いて応え、俺は『性能評価室』を後にした。





