0079 其の迷宮の名は[第1章完結]
テルミト伯の口上が始まる。
そして事前には知らされなかったが――予想通りだが――ソルファイドの"眼"を通して収集された『9氏族陥落』作戦の際の情報や、【樹木使い】リッケルが木造船団で攻めて来た際に、例の空飛ぶ顔面パーツどもによって収集した「映像」を交えて、丁寧に丁寧に、まるで嫌がらせかヤケクソのように俺の存在を紹介してくれる。
そこには一種の開き直りすらあるようであり、これではわざわざ俺に事前に釘刺しをした意味があるか? と思うほどであったが……単に、テルミト伯は学者肌であり説明しだすと止まらないだけの性質である、かもしれない。
『――というわけです。以上からして、この【えいりあん使い】という権能は、単純な魔獣使役型というには幅と応用性が非常に広く、私としては一体全体どのような来歴でこの若者が現れたのか興味を禁じえないところではあります。小醜鬼どもを駆除して見せた手並みも見事なものではありますが、さりとて「潮幽霊のアモアス」から該当するような何者かが脱走したという記録も無し。思うに【人世】からの"落人"かもしれませんが……まぁ、我らが麗しき【闇世】の偉大なる【黒き神】の祝福を受けて迷宮領主の"同志"となった身、細かいことは置いておきましょう。彼を迎え入れようではありませんか? さぁ、オーマ君。この場には、本来は単なる郷爵や副伯では目通りすることも難儀な歴々がいる……木の葉が騒めくような掠れた音であるとて、実に幸運なことなのです。自己紹介をなさい』
――これもまた戦いだ。
刃を切り結び、魔法や技能、超常の力が乱れ飛ぶのと変わらぬ、言の葉の戦場に今俺は身を置くものである。
踏み潰してきた敵と、退けて打ち倒した敵の顔を思い浮かべながら、俺は心に戦化粧をするかのように、口の端を歪めた表情を作って『鉢植え』の向こう――『樹瘻の鈴虫』が操る【木の葉の騒めき】によって音声で繋がる、迷宮領主達の姿を思い浮かべながら、口火を切った。
「――慈悲深く偉大なる【黒き神】の御恩寵が春の光となり陽射しとなって天地に満ちる時節。志篤き先達たる高位なる爵たる皆様におかれましては、ますます一層、清冽にしてご清祥のことと。ただいま、【人体使い】テルミト伯殿より紹介に預かりました、このたび副伯へと新たな爵へと任じられました、銘は【エイリアン使い】、名はオーマと呼ぶ者です」
『うっわぁ、硬いねー、みなりんこの新人君はあれな人? 狂が信な感じの人なの? ひょっとして「円卓」の人ー?』
『そうですね、可愛い姫様、いささか言葉は蜂蜜をぶち撒けたかのように装飾過多ですが、小職としてはそれもまた良し。迷宮領主に与えられたものが、何に由来する力かを知る慎ましさ――を、弁える程度の知恵はあるぞ、ということを示したいのでしょう。あと「円卓」の気配は感じませんね、声だけですけど』
『へぇ、じゃあいっかー。ねぇねぇ、おーま君おーま君。君の眷属なかなかいけてるねーそれどうやって作ってるの? えーなにーもしかして、小醜鬼でも食べさせてるのー? あっはぁ、もしかしてご同類だったりするかなー?』
「畏れ多くも、大公がご息女【宿主使い】ロズロッシィ様と存じます。我が【エイリアン】とは私の故郷の言葉で"童の遊び心"を意味するもの、その本質は自在そのものにて魔素と命素を除いて特別な触媒や資源を要するものではありません――ただ私の望むがままに、彼らは変転自在に姿形を変えるのです」
いきなり大物が興味を示し食いついてきたが、これは十中八九テルミト伯が昼夜を惜しんで編集でもしたのであろう"紹介動画"の副作用だろう。俺を囲い込んでおきたいならば、良いところで話を打ち切りたいはずであるが、相手は対立派閥の大後援者の関係者、迂闊な口挟みはできまい。
だが、そもそもはそういう食いつきに対して、俺が過剰に反応しないようにするための釘刺しだったわけだ。今、俺は明確にテルミト伯の「善意」に後ろ脚で砂をかけている。ざまぁ見ろ。
『えー何それずるっ! はぁーどんな風に世界見てるんだろね、これ、ロッシィちゃんはおーま君に興味湧いてきたかもー? だってさー、これさー、"蟲"型じゃんどう見ても。なのに"飛行型"になったり"水中型"になったりしてるわけーずっる! てことはーうぇる君の上位互換かなー?』
『……ぶち殺す。姫様を誑かす狂言、万死に値するぞ、馬の骨め。貴様はいつか必ずぶち殺す。蟲どもの餌の肥溜めに漬けて腐らせて【人世】の土に投げ撒いてやる、覚えておけ、生命を冒涜する悪魔崇拝者め』
俺にだけ聞こえる小声が聞こえた気がしたが――これは【蟲使い】ワーウェールだな?
周りが反応していないところを見ると、"鈴虫"によって【木の葉の騒めき】を掌握していることを利用して俺にだけ伝達してきたか。いきなり嫌われて宣戦布告される予定は正直無かったが、いくらなんでもこれは不可抗力であろう。
適当にロズロッシィの質問を受け流し、殊勝な台詞を一つ二つ言ってやったところで、話の切れ目を狙ってテルミト伯が話題を次に移そうとする。
だが、それをあえて潰そうとしたとしか思えぬタイミングで口を挟む者があった。
上級伯【鉄使い】フェネスである。
『いやー! 諸世界をまたいだ随一の情報通を自称するこの僕でも君のことはとんと知らなくてねぇ、とんだダークホースが現れたもんでこうして話すことができる機会を待っていたんだよ。あのリッケルクンを撃退してしまうとは、君はなかなかに見所がある、そう思うだろう? 若い男が大好きなグウィネイト女史!』
『いきなり最低なご紹介を心からありがとう、頭に栄養の足りなかった娘達の尻に敷かれるお道化さん。お帰りの際には私からも、貴方のみすぼらしいお尻を乗せた円盤を撃ち落としてあげるから、快適な空の旅を楽しむといいわ』
『つれないねぇ! でも実際――これほどの戦力が最果ての島に埋もれていて良いはずが無い、そうだろう? そうは思わないかな? 蟲のようで蟲でない! 蟲から発展して環境に合わせて、様々な"生物"そのものに変じるのが彼の権能だというのならば! もっと自由な空間で力を振るわせてやりたい、そうは思わないかね? どうなんだいテルミトクン!』
キィキィとやけに甲高く、金属に爪を立てて引っ掻くかのような、壊れていながら壊れていることを誇る意思があるかのような純粋悪の如き意思を持つオルゴールが発するかのような不快な声色である。
同じ不快さを催す"音"であっても――そういう身体をしているだけ不可抗力である樹人と異なり、わざと、そう聞こえることを理解して掻き鳴らしているかのような、わざとらしさと悪意が含まれている、と感じる。
……これが、この場におけるおそらくは最も厄介な存在である"界巫の懐刀"と呼ばれる存在、【鉄使い】フェネスか。
『えぇ、えぇ。間違いなく痒いところに手が届くような無節そ――潰しの効く権能であることだ。私としてはですね、是非ともその力をぞn』
『だろう、だろう、だろう? それを遊ばせておくなんてもったいない。与えられた資源と手札はそいつを使わないことも含めて最大限使いこなさなければ世界に対する罪だ、不敬だよ君達! ……で、レェパクンはどう思う? 君ならどうこの遊び心を受けるかねぇ?』
テルミト伯に意見を求めておきながらそれを途中で潰し、やや劇役者めいた抑揚の効きすぎた調子で朗じるフェネス。音だけであるが、テルミト伯だけでなく徐々に他の者達も不穏な気配になっていくことが察せられる。
予定調和であり暗黙の認識ではあれども、進んで地雷原に突っ込むことができるのは道化を通り越した狂人であり、タップダンスを踊り始めるのは冷徹なまでの確信犯的な作為者の意思を感じさせる。
『まぁ、率直に間が悪いですな。私と我が盟友がこれから正々堂々と果たし合おうというこのタイミングで新たな戦力など……いっそ知らなければ良かったですよ、ですが不思議なことに我が屋敷に置いていた古い鋏が急に"喋り"始めたもので。おかげで大事な同志である【蟲】と【死霊】と一緒に我が身を酷使して、対策を練らなければならなくなったもので』
『……面倒な話もあったものですね【傀儡】、そのお喋り声はひょっとして今ここできんきん響く不快な声と同じ声だったのでは?』
『ただいまぁ――あぁ大丈夫ちゃんと聴いてたから。でもさぁ、【傀儡】に【人体】さぁ、いっそ、その【えいりあん】の彼は待機じゃあダメなのかい?』
『相変わらず何も考えないのね【死霊】。リッケルの坊やを撃退した、これからまだまだ発展する余地しかない"若い"戦力よ? 今から仕込んで指向付けしないで、何の意味があるというの』
『んんー? グウィネイト、じゃなかった【魔弾】の姐さんさぁ、それは彼の面倒を見るのに君が立候補するってことかい? それなら「ネバーラァル」は僕がいただいてもいいってことかな、あそこは滅多にない子供達の――』
『ちょっとお口が過ぎたようね? お高い"替えの体"を文字通り血反吐吐いてまた作ってきなさいな』
警告の言葉の直後。
水袋をぱぁんと破裂させたかのような炸裂音と同時に、びちゃびちゃと何か湿った重い塊がどちゅどちゃと地面に落ちる音が響く。次いで、まるで頭の中で銅鑼を鳴らすかのような、聞いているだけで脳震盪になりそうな"音"が響く。
『『『うわっはっはっはっは!! 【死霊】め、機嫌が良すぎて要らぬ口がさえずったと見える! 頭蓋を吹き飛ばされおったな、わっはっはっは!!』』』
挨拶のように互いの能力が乱れ飛び合い、物は試しという非常に軽いノリで"耐久力"を確かめ合うという愉快な様子が音声だけでも色々と想像される。なお、俺は可能な限り【精密計測】を副脳蟲達に実施させており、音の反響一つからでも可能な限りの情報を得ようと務めさせてはいた。
只今の、口を開いただけで騒音公害を引き起こした巨漢然とした声色の男は【鼓笛使い】だろう。「楽器」系の魔獣の眷属を操る存在であるらしいが、本人が最も危険な「兵器」である可能性はある――『因子:振響』が新定義されて1%解析されてしまったが、どうなっているんだ、と頭をひねることは全て後回しだ。
俺は場の空気の変遷にじっと、耳と意識を傾ける。
しばらく"励界派"の面々による様々な言い合いが続く。その中から、なんとなく誰がどの自治都市に目をつけているか、といった情報の予測材料も入ってくるが、概して、テルミト伯がきっと駄目元ながらも望んでいただろう【えいりあん使い】の話題が流れることとは真逆の展開である。
要所要所で、煽るだけ煽っていたフェネスが合いの手を入れる立ち位置に転じており、場はさも俺が参戦したらどのようになるのかという、一種の知的な仮想シミュレーション、盤上遊戯の盲打ち遊びじみた情勢に変わる。
だが、それに飽きたのか、もう一人の後援者が再び、議論を戻しにかかる。
――すなわち"界巫"と"大公"の係累同士、真打ち同士の鞘当てが始まった。
『はーいはいはい、どんな魔獣にもなれるならーロッシィちゃんはご同類がほしいかなー。一から魔素とか命素とかー食うとかーなんてのは非経済の極みじゃない? 元からある生物をさー、乗っ取るようにしようよーねーおーま君? 『寄生』って超楽しいし楽だよーおすすめ』
『やぁやぁ、人食い大公の血を忠実に引いた人食い嗜虐のじゃじゃ馬姫サマ! 生産性の無い邪道に前途ある若者を引きずりこまないでくれたまえよ、彼の力はもっと有効活用されなければならない、そうだろう? なぁお前たちもそう思うよな? 僕の可愛いネフィとメリィ?』
『何が"遊び心"だ、全然かわいくないじゃないか! あたしは嫌いだぞこんな気持ち悪い魔獣、なんだこれ、ギシャーってなってるじゃないかこの口、気持ち悪い』
『うひひひ、叩き潰し甲斐があるじゃないか。親父殿、たまには活きの良いの見つけてくるからなー』
『それでー? ふぇねちゃんは結局、おーま君をどうしたいわけ? あたしらにぶつけたいの? それともてるみんの獅子身中の虫にしてー地盤乗っ取らせて受け継がせて支配させて後釜にしてー都合の良い走狗にしたてたいつもりー? それでもいいよーえいりあんとはなんだか殺し合いのし甲斐がーちょっとありそうだしー?』
『――"界巫"の懐刀さん。可愛い姫様と我が主に代わって小職がその真意を問い糾しますが、貴方、まさかその若者を使って多頭竜蛇を排除させるおつもりで?』
『じゃないのー? でぃるるん釣り出すにはそれぐらいしないとー駄目かもね? ……みなりんそんな目しないでよ、え? これ言っちゃまずかったやつ?』
『可愛い姫様。そうですね、アウト寄りのギリギリ鼻先掠めてアウト凡退ってところでしょうか。お父様には黙っておきますが、小職ちょっと急に喉が渇いてなりません。可愛い姫様のお手製の「血だるま腸菓子」が食べたくなってきました』
『……【甘露】様、ただいまここに』
『ちっ――無駄に用意の良い陰気男め……おほん。ありがとうございます、ワーウェールさん』
『と、いうわけだオーマクン。どうせ、自分が"鉄砲玉"にされるんだろうとか警戒して、せめて高く売り込もうと思ってテルミトクンの助言を無視したんだろう、そうだろう? いいじゃないか! 挑戦心、大いに結構。僕が、そこそこ高めにその意気を買い取ってあげようじゃないか! 2年以内の多頭竜蛇討伐でどうだい。その間、ここの愉快な連中のちょっと血なまぐさい"方針闘争"を一緒に高みの見物と洒落込んで、勝った方の下について一緒に乗っ取ってやろうぜ、あっはっはははぁ』
場の空気に緊張と、そして気の抜けた弛緩が同居する奇妙な空気が満ちる。
そうなることを覚悟していた嫌いがあったとはいえ、"励界派"の面々は、それぞれの後援者同士の一見穏やかながら言葉の裏に込められた壮絶な応酬を目の当たりにして、一様に黙り込んでいる。だが、それもまた予定調和。予測された暴風であり、無茶振りと当て字される類の理不尽である。そして予測された理不尽とは、対処可能なリスクでしかなく、いつの間にか値踏みするような気配で6伯爵はそれぞれ息をひそめるように、気配を張り詰めさせている。
――迷宮領主として"格上"の存在の力を借りる、その後援を得ることの意味を【傀儡使い】達は理解しており、それはテルミト伯側もまた同じ。
いくつかの展開予想の一つとして、ロズロッシィとフェネスのどちらかが、俺にそれを提案すると【傀儡使い】は読んでいた。
場の緊張が一気に高まり、伯爵達と傲慢なる後援者達の注目が俺に集まる。
そしてそれは俺が待ち構えていた瞬間でもあり、だが同時に、予測の下に、そうなるように仕掛けた「蝶の一羽搏き」の結果でもあった。
流石に、フェネスとロズロッシィのそれぞれに奇天烈な人となりまではわからない。
だが、テルミト伯の使い走りにはならない――と言外に込めたことで、過程はどうあれ、【傀儡使い】との間で押し付けあった結果、後援者のどちらかが引き取って俺に"使い道"を与えるように議論を主導すると見えていたからであった。
「お言葉ですが、【鉄使い】フェネス殿に【宿主使い】ロズロッシィ殿。この私めから、ご提案があります。是非ともお聞き願えますでしょうか」
フェネスさえもが空気を変える。能天気に騒ぐ役目だけを与えられていた、彼を尻に敷いているはずの娘達でさえもが黙り込み、ひたひたと冷たい緊張に包まれることが気配だけでわかる。耳の奥で、金属がきぃんと小刻みに震えるような不快で、得体の知れない危機を訴えるような奇妙な気配が反響する。
――故の手応えであった。
大公とその息女に対して"人を食った"と平然とのたまう、自身こそが人を食った存在であるフェネスが「へぇ」と呟き、気配で続きを促してきた。
――嫌な緊張感で手に汗が滲んでくるが、だが、それこそがここが勝負どころであることの証左である。俺は副脳蟲達に、用意させていた指示を実行しろと【眷属心話】で命令を下し――。
≪何だ? 急に何なのだ? 何、われの名前? われこそは――"嘯く潮の如き"ウィカブァランが末裔! 名付けられし名は「ヒュド吉」であーる!≫
"提案"の如何によっては【木の葉の騒めき】越しですら八つ裂きにされかねない、それほどまでに張り詰めた緊張の糸が一気に――ズレる。何名かの「……は?」という声が漏れ、次の瞬間に聞こえたのはフェネスの爆笑であった。
『おいおいおい、おいおいおいおいおい、おおいおいおい。オーマクン、それはもしかしなくても多頭竜蛇の分体、いやこの場合は分"頭"って奴かい? 何ちゅうレア物手に入れてるんだい? 君は』
「これは失礼、大変なお耳汚しを――ですが説明の手間が省けましたが、お察しいただいた通り。前後不覚となり、過去の己すらもわからずにこの世界に零落してきた私にとって、生きた竜の舌すらをも抜くこの【闇世】で、尚も使命を果たし続ける迷宮領主の先達たる皆様のご教導を拝聴できるは何物にも増す学び。ご期待をいただくことは、何者かもわからぬ己を奮い立たせる誇りの源泉となる希望……では、ありますが」
一呼吸。
ヒュド吉が何かぎゃあぎゃあと喋り始めるが、小道具としての役目は終わったので場面の切り替えめいたバックミュージック化して徐々にフェードアウトさせる。
「【竜】を手に入れた私にとって、多頭竜蛇を滅するなどというのは時間の問題に過ぎません。その程度ができずして、どうして歴々に並べましょうか? これを手に入れた以上は、解析し、分析し、調べ上げ、検め証し、私は必ず多頭竜蛇を排除して障害を無くし、皆様の下へと馳せましょう」
『言われなくても……やるつもりだ、と言いたいわけですか、オーマ君。つまり、己に任される"仕事"としては役が不足している、と。一体、何を、提案してくれるつもりなのですか?』
「【黒き神】への献身。麗しき【闇世】とあらゆる迷宮領主への利益のための先鋒とならんことを」
『なんとも興味深いな、もう少し具体的に言ってくれ、【えいりあん】』
「【人体使い】テルミト伯にご紹介を預かった通り、私は今は過去亡き【人世】からの落伍者。ですが、その故に【人世】を巡りやすい――"混じりもの"ですから。私は【人世】へ赴きましょう」
『それで? 偉大なる【黒き神】に敵する諸神どもの妨害により、我ら迷宮領主の力が届きにくい【人世】などに落ちて、どうするつもりかな?』
『【人世】の産物を持ち込んで交易する、だとか、そんなつまらないことは言わないでくださいね。貴方は知らないでしょうが、そういう商人の真似事をしている者は、既に居りますから』
挑発するように【人体使い】と【傀儡使い】がそれぞれ問うてくる。
俺が【鉄使い】フェネスにすら、挑むような物言いをしたことで静観の姿勢を修正し、場合によっては取り次ぐことでこの案件に関する主導権の獲得を狙ってきたのであろう。
「否、私がもたらすのは【人世】の情報と――そして迷宮領主の力の源となる"経験"を、効率的に【闇世】に送り込むための組織の設立」
『……ぶち殺すぞ痴れ者めが、貴様この期に及んで何を言って』
『あっはははー! おーま君面白いこと言うねーあははは! 君、本当に副伯? あっははは、"爵位詐欺"じゃないのかなーそれ、ふぇねちゃん以外にも居るなんて知らなかったなーねぇみなりん』
――賭けに勝った。
【鉄使い】も【宿主使い】も【甘露使い】も侯爵未満であったが、それぞれの上役は界巫に大公である。そうした上役の存在しない"励界派"の6伯爵はともかく――『種族経験点』という概念は、少なくとも副伯に至っても【闇世】Wikiには載っていない共有知識であった。
だが、【人世】との戦いのために、後から生み出された迷宮領主システムを構築した『九大神』であれば……高位の爵位には、技能や位階上昇、経験点といった世界法則に関する知識を与えている可能性が高いと俺は考えていた。
間違いなく、ロズロッシィの反応は、それを知っているか知らされているという反応であった。
『ふっふっふ、くっくっく。ワーウェールクン、まぁうろたえずに聞いてみてごらんよ。きっと、君にも勉強になるとも、あぁそうだとも。この新人クンは、思ったよりは面白いかもしれない』
「私の権能ならば、たとえ【人世】であっても適応することができる。そして純血の『ルフェアの血裔』ではない私であればこそ【人世】で活動をすることができる。私は諸国を煽動して――【闇世】を探索する者達の"組織"を作り上げるつもりです」
『あら、偉大なる神々様が作り上げたこの膠着状態をわざわざ壊そうということ? 信心深いことを言っておきながら、神をも恐れぬ所業を企てるのね』
「いいえ、然にはありません、【魔弾使い】グウィネイト殿。【人世】を知り、調べ、浸透して影響力の根を張り、必要な数、適切な数だけを――ほどよく育ち、それを屠ることで我らの"経験"に代えることができる者達を育て、管理し、調節して、送り込む組織を作る。それが私の構想です。【宿主使い】ロズロッシィ様と【鉄使い】フェネス殿におかれましては、その"意味"をご理解いただけた様子」
『【人世】じゃ迷宮領主の主要なメンツの"裂け目"もまぁ知られちゃってるからねぇ、確かにまだ「生まれ立て」のオーマクンなら、バレずに動き回れる可能性はあるっちゃああるのか……いや! お兄さんはカンドーしたよ! どいつもこいつもあいつもそいつも、自分のことしか考えない野郎ばっかりで、界巫様も心を痛めているからねぇ』
『要は【人世】での利権を全部自分に寄越せ、と。成功すれば我らの利益も大きいかもしれませんが……あの"人売り"と一体何が違うというのですか?』
『馬鹿だねぇテルミトクンは、実に馬鹿だねぇ。キプシークンはただの"旅侠"で、オーマクンはどこで仕入れたのか――それとも"認識"したのか知らないけれど、何故か高位の知識を知っている出所不明の無名の新人クン。いくら【人世】では僕らの力が出力弱くても、やれることの幅が違いすぎるのさ』
『小職からも補足させていただきますが、その"組織"の発展次第では――戦力の配分をちょっと間違えた者達を【えいりあん使い】殿の差配一つで送り込むことができますよ? 気に入らない迷宮領主の"裂け目"へと』
『……し、しかし、【人世】へ遁走するための方便ではないのですか? 【甘露使い】様。この誑かし男の言うことは気宇壮大だが、風呂敷を広げた大法螺に過ぎません!』
『勤勉な労働に中毒しすぎて、あなた頭の中にまで蟲が湧きましたか? 【蟲】よ、必要とあらばいつでも【人世】に遁走するつもりですよ、この新人君は。全く、よくもまぁ私の善意の忠告を正面から投げ捨ててくれたものです。とんでもない夢想家か、即刻殺すべき反逆者ですね、これは……【鉄使い】、抹殺するなら今が最後のチャンスかもしれませんよ?』
推定神かその他の上位存在に俺がこの世界に招き落とされ、そして迷宮核によって『ルフェアの血裔』の「侵種」などに種族変化されてしまったことが必然であるならば。
【人世】にいて「民を導いて」いたという、ヒュド吉が――イノリの名前を知っていたというならば、それもまた必然であろう。
【人世】では迷宮領主の力が弱まり、だからこそ【闇世】からの侵攻は本来は"界巫"による号令などによるべきものであり、しかし、今世においては【黒き神】が戦国時代を望んで【人世】への侵攻など考えられてもいないらしい。
だが、それでも――「魔法」という超常の力が存在することを加味しても、それでもなお迷宮領主の力は役に立つ。
それは元々、【樹木使い】リッケルの侵攻や、テルミト伯や【鉄使い】が俺に興味を示さずとも、【人世】へ赴く際には想定していた構想ではあったのだ。多頭竜蛇を打倒できない期間が長引いた場合の"対案"として、【人世】への浸透は選択肢に入れていたことであった。
俺はそれを明示し、堂々とぶち上げたに過ぎない。
そしてもし、似たようなことをやっている他の迷宮領主が仮に居ると言われたならば、そいつに接触して補佐をして【闇世】全体に情報をもたらしてやるとでも歌ってやるつもりであった。
「【鉄使い】フェネス殿のご期待通り、多頭竜蛇は何とかしてご覧にいれましょう。"大陸"に行くだけならば、【人世】から皆様の"裂け目"の位置を調べ上げて『道を繋ぐ』ことも構想に入れましょう。そのための時間を私に頂きたい。私に、皆様からの"投資"をいただきたい――いただいた『ご支援』に応じて、将来の、皆様が受け取るべき配当を割り当てさせていただくつもりです」
小醜鬼という敵対者、侵入者を屠ることで、種族『迷宮領主』としての『種族経験点』が劇的に獲得される。眷属も、従徒もまた同様に。
――小醜鬼が種族レベルで明確なる【闇世】の"敵"であるからこそ、その敵を撃退した「経験」としてそのように判定されるのであれば、その成り立ちからして【人世】からの侵入者もまた同様に処理されるだろう。そうした読みもまた、俺が【人世】を現実的な浸透先、拡張先として考え、探しものを探すついでに勢力の拡大のための具とするプランの根幹であったのだ。
むしろ、それを独力でやるよりも、投資という形で支援をもらえるならばやりやすいぐらいだろう。
ただ、問題は……。
『すっごい面白い案だけどねーだけどさーねー。為政者的な視点で考えるとーあはは、君にそれだけの実力があるのかなー? ロッシィちゃんはそこが気になるなー。まぁでも投資しないって言ったらーふぇねちゃんがかっさらってくんだろうからーそれはパパに怒られるかなー、考えたねーおーま君』
『うくくく、僕が簡単な解決策を出してあげよう、なに、簡単なことだよ。大言壮語してくれたんだから多頭竜蛇の討伐はきっちりやってもらうとして、監視役をつければいいのさ! あと、必要以上に【人世】の奥地に入りすぎて"裂け目"を放置しすぎる場合は、不活性化で魔素と命素を回収させてもらうのが良いんじゃないかな?』
さすがに監視役を拒む理屈は、直ちには出すことはできない。
あわよくば、自由行動のお墨付きをもらえれば良かったが――そこまで甘い連中ではない。
だが、この流れならば――。
『で? 誰が監視役を出すというのです? 私はご免ですよ、面倒極まりない伝書鳩役をやらされるのは誓ってご免です。忙しいので』
『あぁ、心配しないでよ、暇人の僕のところから出してあげるから。暇人の! 僕がね!』
『でもさーそれだとふぇねちゃんのところに利益が行き過ぎるんじゃないの? おーま君が成功するかどうかはわからないけどー毛ほどでも、ぎるるんの力が増す可能性許したらパパうるさいんだよねー』
『なんだそんなことかい、可愛い姫サマ、あっはっは、うくく。そんなの"二重監視"でいいじゃないか! 僕が出す"監視役"に、君のご自慢の「寄生種」つけてくれて一向に構わないよ』
『えーまじー? まじでー? うぇる君うぇる君、ふぇねちゃんに変なキノコでも食べさせたの? 素直過ぎてちょっと気持ち悪いんだけどー』
『てことで、僕の愛しの娘の愛しのネフィ。頼んだよ!』
『――は? え? ……は?』
『うひひひゃひゃひゃひゃ! ネフィ姉、じゃじゃ馬姫の気持ち悪ぃのに寄生されちまうのかよ! 親父殿、鬼畜過ぎる、うひひゃひゃひゃ! ヴィヴィ姉に言いつけねーとなこれは、うひひひひ!』
『あ、オーマクン! まだ君が成功するって確信したわけじゃないけどねぇ、もし軌道に乗ったって判断できたら……そうだなぁ、ふふふ。君の"構想"にとても便利な連中を紹介してあげよう、そうしよう。「破廊の志士の誓約連帯」っていうちょーっと暑苦しい連中なんだけど? あっはっは、まぁ楽しみにしていてくれたまえよ』
『待ちなさい【鉄使い】、あのテロリストどもを紹介するつもりですか!? あなた本当に一体誰の味方なんですか!! ――あぁ、もう、お前もなんとか言え腐れ【傀儡】! あぁ、あぁ、まったくどいつもこいつも!』
……概ね、許容範囲内の展開に収まったか。
両派の後援者同士で話をまとめ、ケリをつけてくれる形に持っていくのが、俺にできる精一杯であった。
利用されることは避けなければならない、それは俺の信条というか、トラウマに近い部分である。
だが、最悪なのは知られずに利用されることであり――それが避けられないならば、俺もまた相手を利用するために、より高く自分を売らねばならない。そうして力をつけなければならない。
俺という厄介者をどのようにすり潰すのかを、連中が淡々と"品定め"しようとする場を、逆にプレゼンの場に変えること。
それこそが、俺にできる乾坤一擲であった。そのために、リスクを取って有力者を挑発し、明示的に俺を高く買えと態度で示したのだ。
最初から6伯爵の思惑など、眼中にするつもりは無かった。
いつしか"臨時会議"の雰囲気は、血を見ねば収まらぬか、といった冷ややかな緊張からは一時解き放たれていた。ただの構想、画餅に過ぎずとも――しかし、それなりに実現性もある、夢を見ることができる程度のものはぶち上げたつもりであり、そして対立する派閥の後援者同士の面子を可能な限り、くすぐることを心がけたつもりであった。
そしてその結実が、この展開であった。
さらに2、3フェネスとロズロッシィが打ち合わせ、速やかに合意を交わしていく。
"励界派"の6伯爵は、難色を示す振りをしつつも、追認するしか選択肢は無い。
『全員死ねばいい。私を煩わせる愚物どもは全員、ばらばらに弾け飛べば良い……共有知識に誓約書を記述しますので、いいですね? 【死霊】が爆散したおかげで私が書記係になる展開もいい加減うんざりですが――おっと、大事なことを私としたことが、確認し忘れていましたね』
おそらくは、誰にとっても予定外の長時間に及んだ【えいりあん使い】の取り扱いに関する話し合いは、実務的な段取りにようやく移行し、俺は最低限「鉄砲玉」として即、雑にぶっ放される展開は避けることができた、と実感して長い息を吐いた。
戦場では多くを殺した者が勝者、ではない。殺しても、殺されればそこで終わる。
戦場では、生き残った者、余力を持ってそこから離れることができた者こそが勝者なのだろうと思う。ならば、焼け死ぬ寸前だった俺は元の世界では敗者同然か。だが、この世界にやってきて、見方を変えれば今一度の機会を与えられた勝者であるのか。
『【えいりあん使い】オーマ、貴方の迷宮の"名"を。今ここで我々全員に告げなさい。それを以て、貴方の提案を俎上に乗せ、誓約の形にしたためさせていただくとしましょうか』
名を失い。
名を思い出し。
名付け。
名付けられる。
「答えよう」
認識が現象となり、現実を超克することこそがこの世界の流儀である。
俺の迷宮の在り方は俺が、そして俺と関わった者達が決めていく。
その先に、それぞれの探しものを見つけていくのである。
「我が迷宮の名は【報いを揺藍する異星窟】なり」
――――第1章・完――――
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